<感染>

SIDE:R


最近、毎晩のようにロックマンは出掛ける。
ブルースのところへ行くのが日課みたいになっている。
別に熱斗は咎めない。
悪い事だとは思っていないし、自分だって同じ事をしているから。
自分が良いと思ったことを、ナビだって貫き通していいと思う。
ナビ って、立派な自我と感情があるの から。

ロックマンはいつものように、ブルースの背中を見つめながら座っていた。
彼の仕事が終わるのを待っているの 。
… が、今日はいつもより忙しそう った。

「……ブルース.」

声をかけても、聞こえないのか返事をしてくれない。
多分、仕事に集中する為に外部音声を切っているの ろう。
ロックマンは立てた膝に顎を置いた。

いつもの事だけど。
いつもこうだけど。
いつになったら、彼は振り向いてくれるん ろう。
いつになったら、仕事は終わるん ろう。
いつ……
折角会いに来ても、軽く挨拶した けですぐに仕事を再開してしまった。
今日中に仕上げなければいけない書類があるとかで。

今日の会いたさと明日の会いたさは違うんだと思う。
今日の会いたさはメーターを突 している、とロックマンは思った。
何故 か知らないけれど、
「会いたいなぁ~」
という時と
「今すぐ会いたいっ!」
という時がある。
何故 か知らないけれど…。
それで、今日は後者なんだと思う。ていうか、そう。
から、早くブルースに振り返って欲しかった。
早く貴方に触れたくて…、来たのに。

気が付いたら、胸の奥から何かが溢れてきた。
この気持ちはなんだろう。
どこかから雫が落ちる。
ボクはとうとうおかしくなったのか、とロックマンは目を擦りながら思った。
けど、ま 涙は出続ける。
こんなことで泣く自分が分からなかった。
目の前にブルースがいて、いつでも触れるのに、
…どうしてこんなに寂しいの ろう。

膝に顔を埋めて、大声で泣き出したい気分 ったけど声は抑えて、静かに泣いた。
しばらく泣いたら、治まるだろうと、思って。

いつの間にか、肩に回される手があった。
ロックマンは、やっと触れられたと思ったと同時に、止まりかけた涙がまた流れてきて焦った。
何も聞いてこないブルースに抱きついて、思いっきり甘えてみる。
ブルースはそっと抱き返してくれた。
甘えてみて気付いたのは、寂しい涙が幸せな涙に変わった事と…
ブルースの体が、少し震えていたこと。
どうしたのか尋ねようと腕を解いて顔を見たら、ブルースはいつもより口を引き結んでいた。

「…ブルース.メット外していい?」

頷かなかったけれど、許可は取った。
嫌がってはいなかったので外したら、銀色の髪の毛がさらりと降ってきた。

「仕事終わったの?…」

ブルースは何も言わずに少し け顔を縦に動かした。
そっと頬に手を当てて髪の毛を分けようとしたら、横を向かれた。

「ブルース….……」
「見るな.」

声の様子が少し変で、声帯プログラ にバグでも発生したかと思ったが、大丈夫なよう 。
それより、髪の毛を分けてみたら、彼自身にバグが発生してるんじゃないかと、ロックマンは思った。

「あ…あの.ねえ.…ブルース.何で泣いてるの?」

そう聞いたら、ブルースは装備を外した手の甲で目を擦って、苦笑した。

「知らん.」
「知らんって…」

呆れたように言うと、思わぬ答えが返ってきた。

「…お前に感染したんだ.」

ロックマンは嬉しくて、それはもう、とても幸せそうに笑った。
そうしたら、ブルースは少しびっくりして、それから一緒に笑った。
笑ったと言っても、不器用な彼のこと から、少し口の端を持ち上げるくらい ったけれど。
けど、その顔は、幸せそうに笑ってた。

感染したままで、治らずにいてね。
ボク って治せないけど、治らなくてもいいでしょ?
…悪いウィルスじゃないん から。





SIDE:B


もし、プログラ を書き換えられたらどうしようか。
そんなことを考えるようになった事自体おかしいと思う。
普段と変わらぬ仕事風景、ブルースは疲れた手を休めて関節を鳴らした。

(…オレはどうしたというんだ…)

溜息をついて、そのことについて考えてみる。
ココロの隅で、エラーに似たものが起きている。
それは厳密に言うと悪いものではないの が、ブルースに多大な影響を与えていることは間違いない。

最近、気がつけばアイツのことを考えている。
例えるなら…中毒症状の一部。
それを自覚している辺り、かなりの重症。
ウイルスに侵されているというか、アイツに侵されている、というか。
たぶん後者だろう。

けど、そんな病気にかかっていることを知りながら、治したくないと思い始めている。
この気持ちはどこから来たの ろう。

(……変わったな….)

アイツに出会って、全てが変わった。
一緒に戦ううち、いつも違う顔を見せるアイツに、惹かれていった。
気がつけば、自分は微笑えるようになっている。

アイツが泣いていると、こっちまで悲しくなる。
どうにかして悲しみを軽くしてやりたい、と思う。
背 っているものがあるのなら、半分でも全部でも持ってやる。

アイツが笑うと、こっちまで嬉しくなってくる。
何が楽しいのか知らないが、優しくしてやれば笑うのを知っている…。
嬉しいことがあるのなら、少しでもいいから分かち合ってみたい。

…オレはどうかしたのか。
どうやら相当電脳がおかしいようだ。

ブルースはまた溜息をついて、仕事を再開した。
今度は余計な事を考えないように、とくに集中して。

やっと一段落ついたので、今日はもう寝ることにする。
炎山に報告しようと立ち上がったその時、やっと彼がいることに気付いた。

いつのまにか来ていた恋人は、何故かうずくまって泣いている。
ブルースは自分が、少なからず動揺しているのが分かって、内心自分に溜息をついた。
そっと、歩き出す。
近づいても、彼は気付かないようだ。
ブルースは隣に腰を下ろし、肩を抱いてやった。
肩は一瞬驚いたように震え、それから顔も見ずに抱きつかれた。
よっぽどのことがあったのか自分のせいなのか、分からないが、ブルースはそっと抱き返してやった。

一定の間隔で微かに震える体を抱いていたら、何故か自分も泣いていた。
理由が分からず流れる涙をそのままにしていた。
ふと、泣き止んだのかロックマンが顔を上げた。
覗き込まれて、奥歯に力を入れる。気付かれたくはなかった。
こんな自分が泣くなんて…、恥ずかしいような気がする。

「…ブルース.メット外していい?」

スン、と鼻をすすって、尋ねられるが答えられなかった。
今何か言葉を発したら、独特の変な声になるだろうから…

「仕事終わったの?」

ああ、仕事は一応終わっている。
頭の中で答えてみても、伝わるはずもないので、小さく いておく。
頬に手が伸びてきて、顔を見られるのは嫌だから横を向いた。

「ブルース….……」

こればかりは理由を言わねばなるまい。

「見るな.」

仕方ないのでごく短く、答えておいた。
もう一度手が伸びてきて、…今度はもういいか、と諦めた。

「あ…あの.ねえ.…ブルース.何で泣いてるの?」

案の定驚いて狼狽する声がする。
ブルースは俯き気味 った顔を上げ、右手の装備を外してもう治まった涙を拭った。

「知らん.」
「知らんって…」

苦笑気味に言ったら、呆れたように一言。
理由を検索していたらとある単語が浮かん 。

「…何それー.ボクはウイルス?」

それを伝えると、笑いながら文句を言われた。
文句といっても、ココロの底からの不満ではないことは分かっていたけど。
笑顔を見ていたら、いつのまにか自分も微笑んでいた。

(幸せとは…こんなものなの ろうか)

このまま…治らなくてもいい。
このウイルスは、オレを変えてくれた大切な存在。









2005/12




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