<KISS>


最後でもいいから――――


ついこの間から、ブルースの仕事 に遊びに行くと、女の人のナビが居た。
彼女は誰なんだろう。
いつもブルースの隣で、一緒に仕事してる。
彼女がいる時は、そこに居てもつまらないから、ボクは理由をつけてすぐ帰る事にしてる。
ボクはブルースが好きだけど、この想いはやっぱり許されないものなんだね。
ブルースもボクの事好きだったらいいな、なんて思ってたけど、それこそあり得ない事みたい。
こうなったらいっそ炎山君に頼んで、ブルースの思考プログラ 書き換えてもらおうかな。
なんてね。嘘 よ。

ともかく、ボクは気になって仕方なくて、彼女の事を色々調べた。
(科学省のプログラ 君達に聞いたら、喜んで知ってる事全部話してくれた!ボクが話しかけたら、何故か皆ちょっと顔が赤かったけど、バグかなぁ?)
“彼女”って言ってるけど、ブルースの彼女っていう意味じゃないからね!
彼女の名前はルビーって言って、科学省の優秀な人のナビなんだって。
オペレーターは男の人で、最近大きい仕事をしてる炎山君を手伝ってるみたい。
オペレーターまで女の人じゃなくて良かったね、熱斗君…。
それで、ナビのルビーさんもブルースの仕事を手伝ってるん 。
仕事を手伝うくらい、いいよ?でもね、…
たまに、二人がすっごくお似合い なって思っちゃうことがあるん …。
悔しいなぁ。
ボクはこんなんでも一応男 から、…やっぱり変だよね。
男の人を好きになるなんて、神様に背いてるよね。
…電脳世界にも神様がいるとしたらの話 けど。

目には見えないところで落ち込んでたボクに、さらに熱斗君が追い討ちをかけたんだ…
まあ、熱斗君は天然で、悪くないから責めないけどさ。
熱斗君は、落ち込んでるボクなんか知らないとでもいう風に、
『炎山がブルースに彼女でも作ってやろうかって相談してきたんだけど、ロックマンはどう思う?』
って。
酷いよ熱斗君。それに、ボクに聞いたってしょうがない事なのにさ。
やっぱり、ボクなんかただのライバル よね…。
ブルースはどう思ってるん ろう。
そればっかりがボクの頭を占めて、ぐるぐる回ってる。

ボクはある日、真夜中にブルースのPETに行ってみた。
流石に、ルビーさんは居ないと思って。
思ったとおりルビーさんは居なかったけど、ブルースは何だか冷たかった。
気のせいかな?いつもの事か…。

「ねえ.ブルース…最近ルビーさんと仲良いん ね?」

そう聞くと、ブルースは動揺してた。
珍しいよね、ブルースが動揺するなんて。
から、余程の事でなければ動揺なんかしない彼が動揺するなんて、本当なんだって思った。

「幸せになってね.」

笑顔で言ったら、ブルースは少し困った顔をしてた。
ボクはブルースの腕を掴んで、引き寄せた。
じっと見えない瞳を、31.4秒見つめた。
けど、やっぱり見えないものは見えなかった。
ボクはありったけの幸せを引っ張りだして、とびきりの笑顔を作って、言った。

「バイバイ.またね.ブルース.」

それで、戸惑うブルースの腕を離して、ネットシティへダッシュ。
もう、ブルースなんか見たくなかった。

――――最後でもいいから、キスしたかった。
ボクの唇を、一番最初に、君に奪って欲しかったん …。

ボクは泣いてた。
苦しくて仕方がなかった。
熱斗君に断らずにPETの電源を勝手に切ったのは、今日が初めて った。
こんなに泣いたのも、初めて けど。
熱斗君に情けないところ見られたくなかったし、慰められたくもなかった。
今だけは、誰にも会いたくなかった。たとえ、熱斗君でも…。
HPはパスコードを知らないと入れないから、ボクは少し安心してたのかも。
悲しくって、自分が惨めで、誰かがHPに入って来た事なんか気づかなかった。

「ロックマン.」

ボクは耳を疑った。
そりゃ、誰 ってそう よね?
すぐ真後ろでさ、突然居るはずのない好きな人の声がするん もん。
ボクは一瞬、自分の時間が全部止まっちゃったような気がした。

「ロックマン.」

いつもより、なんとなくだけど優しい声がした。

「お前は.何か勘違いをしていないか?」
「….…っえ…?」

ボクは一文字発音するのが精一杯 った。
もうちょっとで、プログラ が停止しそうだった。
ブルースは淡々と続ける。

「オレとルビーが.仲が良いとか言っていたが.彼女はただの部下で.仲が良いも何も無い.」
「…っほ.ほんと…う?」

心の底から安心した。
やっぱりボクの思い違い ったん 。
思い込んで、泣いて、バカみたい。損した気分 よ。

「そっ…か.…良…かったっ……」

安心したら、また涙が溢れてきた。
止まらなくって、恥ずかしくて、情けなくて
ボクは両手で顔を して、床に座り込んで泣いた。
胸が嗚咽で苦しかったけれど、少し け心が軽くなってた。
けど、ブルースは帰らずにいた。
不思議に思ってボクが聞こうと顔を上げたら、突然、あり得ない事が起こった。
ブルースの腕の中は、案外暖かかった。

「泣くな.」

ブルースは言った。
前に相手がいるのに、声が の後ろから聞こえて、不思議な気分。
ボクは抱き められたままフリーズしてた。

「オレと仲が良い奴がいるとしたら.」
「…へっ?……」
「………」

ブルースはなかなかその先を言ってくれなかったけど、ボクはブルースの腕の中でしゃくりあげながら、その先を待ってた。
さっきより倍ぐらい小さな声で、その続きは聞こえた。

「お前ぐらい .」

今日はあり得ない事ばかり起こる。
もしかして演技?突然カメラを持った人が出てきて、「はいドッキリ~」とか。
そういうオチじゃないよね?
本当なんだよね、ブルース…?
ボクは信じられなくて、すぐには理解できなくて、だけど、尋ねることは出来た。

「え….……ボク…が.何…?」

ブルースはやっとボクを離して、逃げ出さないように腕を掴んで、答えた。

「お前が好きだと言ったつもり が.言語分析プログラ が足りないのか?」
「…え…?好き…?ブルー…スが.ボク…を?」

あり得ない事を言った相手は、照れくさそうに(それはもう、かつて無いほど顔を赤くして) いた。
ブルースも、ボクの事を好きだったん 。
やっとそう理解した瞬間、もう全部出し切ったと思った涙がまた溢れてきた。

「うぅっ…えっ……ぶ.ぶるー…すっ…ぅぐっ…」
「な.何で泣く?…頼むから.泣くな…」

今まで敵 ったブルースの手が、ボクの頬に触れて初めて、優しい手だと思った。
ブルースがあんまり困った顔をするから、ボクはそれが可笑しくて、半分泣き笑いになってたと思う。
さらに困るブルースに、ボクは笑顔で言った。

「…嬉しくってもっ…なみっ.涙は.出るん よ.」

今度こそ、ホンモノの笑顔だった。
それでもブルースはま 困ってたから、ボクは言った。

「ブルース.…ボクもね.ずっと君の事が好きだったん よ.」

そしたらブルースは少し け口の端を上げてこう言った。

「知ってた.」

びっくりしたボクの唇に降ってきたのは、甘いキスで
ボクは魔法が解けない事を祈った。


アナタに、やっと言えた言葉。
アナタと、やっと出来たキス。










2005/10




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