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<hina.exe>


この世界はこのプログラム無しには成立しない。
なぜならば、「hina」がこのインターネットにいる全てのナビの感情を作り出し、コントロールしているからだ。

手すりに掴まり遠くを見る、青い小さな姿を見つけ、ブルースは気になって話しかける。

「何を.見ているんだ?」

隣に現れたライバルに少し驚きながらも、前を見続ける。

「最近…何もかもどうでもよくなってきたんだ.」

ロックマンは眼下に広がるネットシティを見渡した。

「怖いよ…もう.誰が何をしていようが.どうでもよくなる時があるんだ.」

振り返った癒し色の瞳は、今にも泣きそうな程儚い。

「ロックマン….」
「どうしてかな?熱斗くんを毎朝起こすのだって…もう.辛いんだ.…学校なんて休めばいいと思っちゃうんだ.」

ブルースが尋ねようとした事を読んで、首を振る。

「プログラムチェックをしても何も異常はないよ.…こんなこと熱斗くんには言えないし…」

それ以上言葉を続けられずに、また手すりをギュッと握る。
ブルースも手すりを掴み、ネットシティを見下ろした。

「…オレも.そう感じた時があった.」

ロックマンはブルースを見る。
視界はぼやけてしまったが、鮮やかな赤に包まれた横顔はどこか悲しげだった。

「仕事も任務も.…炎山様の事さえ」

ブルースはハンカチを取り出して、ロックマンに差し出した。
ロックマンは驚きながらも、差し出されたグレイのそれを受け取る。
ブルースは言った。

「ロックマン.…何かがおかしい.………無くてはならない物が崩れだしているような…とにかく嫌な予感がする.気をつけろ.」

そう言って、ブルースはビルの屋上を後にした。
残されたロックマンはグレイのハンカチで涙を拭い、ぽつりと呟いた。

「…ありがとう.ブルース」




気晴らしにネットシティを散歩しようと思い、ぶらぶら歩いていたらある事に気がついた。

「…みんな.楽しそうじゃない…?」

カフェでは恋人がケンカを始めてしまったが、すぐにどうでもよさそうに黙り込んでしまった。
大通りは皆、ぼーっと、どこへ行く訳でもなく歩いている。
おかしな、光景だった。
ロックマンは拳を握り締め、来た方向へ走り出した。

「ロックマン!!」

呼ばれて立ち止まると、右方向の管理局のビルから、ブルースが走ってきていた。
いつになく真剣な雰囲気を纏い、ロックマンの前まで来ると、彼は言った。

「やはり.この状態は異常だ.インターネットの中心にあるプログラム…『hina』が崩れだしている.」
「え…っ!?hina!?って…あの.ボクたちネットナビの感情を管理してるテキスト作成プログラム?」

言っているうちにブルースが走り出したので、後半は走りながらの大声になってしまったが、誰も気に止める様子はない。
ロックマンは彼らを横目で見ながら、ブルースの後を追った。



数分後ブルースとロックマンは、インターネットの中心と言われている場所へ来ていた。
真っ白な空間に黒く細いグリッド線が引かれ、どこまでも続いている。
だが、透明なカベがあるのを感じ、ここはとても狭い場所なんだと知った。
ブルースは構わず前に進む。セキュリティなのか、透明な丸い…ガラスのような球体の中に、hinaはあった。

「…これだ.」

玉の中に浮かぶ物体は、部分的にダイヤモンドのような輝きを持っているが、他は白く濁り、何の形か解らない程崩れてしまっていた。

「そんな…コレが.ボクたちの感情を管理するプログラム?」

見ているうちにもゆっくりではあるがどんどん崩れてゆくその姿に不安を抱いて、ロックマンが思わず言った。
崩れた粉は、ゆっくりと微かに煌きながら落ちてゆき、球体の底に着く前に消えてしまう。
この砕けた破片が全て粉になって消えてしまったら…
ロックマンの考えを察したのか、ブルースは重々しく頷いた。

「シティを見て分かるように…キサマの考えていることは当たっているだろうな.」

光を失ったかけらを覗き込み、ブルースはロックマンに目線を戻した。

     「これが全て消滅してしまえば.
        オレたちの感情も消滅する.」

分かってはいてもその言葉は絶望を導き、ロックマンは言葉を失った。

「そんな…っ!」

泣きたくなる絶望と共に、焦りが心を締め付ける。
もし、感情が消えてしまったら…。
ブルースは何とかして球体を壊そうとするが、どんなに斬りつけても透明なカラはヒビさえ入らない。

「くそっ….」

グリッド線に座り頭を押さえた。
消えていく感情が、直そうとする気持ちも道連れにしてしまう。

「ロッ…ク…マン…ッ」

ブルースは立ち上がるなり、ロックマンのその蒼い体を抱きしめた。
何か方法は無いのかと、欠片を見ていたロックマンは、急に抱き締められて驚くしかない。

「…ブルース…?」
「すまん.」

謝るだけで腕は離さない。いや、
…離せなかった。

「少しだけ…こうしていてくれ.」

ライバルとして顔を合わせるうちに芽生えた、この感情を失くしたくなくて。
気付いたのはつい最近のこと。
自分でもバカらしいと、自嘲しながらも、何よりも失うのが怖い。

「…やだ.」

腕の中から聴こえた声に疑問を抱く。
思わず離した腕の中から見つめる瞳は、泣いていた。

「…ロックマン…?」
「やだよ.ぜったい…」

ロックマンは呟くように言う。
こぼれ落ちた涙が白い床に落ちた。

「キミを好きじゃなくなるなんて.…この気持ちが消えるなんて

   絶対やだ!!」

潤んだ瞳が近づいて、閉じた。
ブルースも目を閉じる。
これが最初で最後の恋ならば…もしも神様が居るならば、お願いです。
どうか、どうか…崩れてゆく透明な場所で口付けを交わすふたりを、救って下さい。

ロックマンは爪先立ちになっていた足を降ろし、ブルースのバイザー越しに見える青い瞳を見つめた。

「好きだよ.ブルース」

涙が溢れてくる。
ロックマンはブルースのグレイのハンカチを取り出し、握り締めた。

「キミがボクから離れて行ったって構わないよ.だけどボクには分かるんだ.この気持ちがみんなの心から消えてしまったら…どんなに辛いか…分かるんだ.」

ガラス玉の中の透明な欠片は1つずつボロボロと崩れ、白い粉となってゆっくりと落ちてゆく…だが、今その単調な動作が、止まりつつあることに、まだ2人は気付いていなかった。
ロックマンは少し歩き、玉を挟んでブルースと向き合い、そして、笑った。

「だけど.もう遅いみたいだね…ごめんね.ブルース.強引なことして…でも.ボクは嬉しかったよ.一瞬だったけど….」

欠片はもう、1つしか残っていない。

「幸せだったんだ.」

ブルースは気付いた。
どうしたらこの世界を救えるのか、
どうしたらこの欠片を元通りに戻せるのか、
彼の涙を止めればいい…。

「1人で勝手に話を進めるな.」

ガラス玉を挟んで向かい合ったまま、ブルースは言う。

「この世界はまだ救える.勝手に終わりにするな.」

白くなってしまったかけらが、少し輝きだした。

「オレもお前が好きだ.…ロックマン」

欠片が光を増した。
そして、2人は眩しさに腕で目を庇ってしまい何が起きたかは分からないのだが…、光がおさまり再び目を開けた時には、欠片は全て元通りに1つの形を成していた。

「…これが….hinaの本当の形?」
「ああ.恐らくそうだろう.」

あまりの美しさに数分前の出来事も一瞬忘れ、ふたりはガラス玉を覗き込む。
2人の前に浮かぶ大きなガラス玉の中には、キラキラと輝く透明なココロの形が、ゆっくりと回っていた。



それから2人は、真っ白なその場所を後にして、ネットシティへと戻った。
ロックマンは何も言えず、ブルースは元々無愛想なので会話などあるはずもなく…少々居づらい雰囲気が漂っていた。
だけど、あの台詞がウソじゃないことは、例え恥ずかしくてウソだと思おうとしても、ガラス玉の中で回るハート形のダイヤモンドが証明していた。



ネットシティへ着いて、先を歩いていたブルースが振り返った。

「オレは炎山様の所へ報告に戻る.キサマも早く戻れ…それじゃあな」

そう言って背を向けたブルースを、

「…待って!」

たった一言で呼び止めた。
白い髪を揺らして、だけど彼は振り返らず、青く柔らかな言葉の続きを待っているようだ。

「ねえ…これ.……」

言葉は途切れてしまったが、ブルースにとってはそれだけでも充分だった。
ロックマンからは見えないその顔は、一瞬だけ笑みを浮かべる。
ブルースは背を向けたまま、こう一言残して去っていった。

「オレのハンカチはずっと持っていていい.…泣き虫のキサマには必要だろう.」

ロックマンはしばらく、遠ざかっていくその背中を見つめていたが、やがてこみ上げてくる気持ちに堪えきれず笑みをこぼした。

「…何だか今日はキミに助けられてばっかりだね.…ありがとう.ブルース….」

キミを想うこの気持ちは、最後まで失う事はなかったよ。
ネットシティの真ん中で、ロックマンはグレイのハンカチに口付けた。

ここから始まる、2人の恋物語。








2006/05




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EXE Fanfiction / Blues.EXE Rockman.EXE

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©2011 Koibiya/Kasui Hiduki