<欲望>





情報を集め旅をしながら、兄弟は少し大人になった。最初はぎこちなかった関係もすぐに慣れ、アルフォンスの記憶もほぼ完全に戻った。
しかし錬金術を使わずに門を壊す方法はそう簡単には見つからず、時間だけが過ぎていった。
エドワードの異変に気付いたのはいつからだっただろうか。
兄は心に深い悲しみを負い、その呪縛から抜け出せないでいた。

真夜中にふと目が覚めると、隣のベッドは空だった。

「にいさ……?」

月光が作る薄闇のなか、窓際に立つ人影を見つけた。

「わりぃ、起こしちまったか」

一瞬だけ振り返った兄は、表情が見えない。
アルフォンスは体を起こした。

「寝てろよ、明日も早い」
「その台詞、そっくりそのまま返すよ」
「あのな……」

呆れたように、アルフォンスの冗談めかした答え方に軽く笑う。
エドワードは負けたよと言わんばかりにため息をひとつ吐いて、ベッドへ戻った。

「ねえ、そっち、行ってもいい?」

温まったベッドを出て、5つ数えても答えないエドワードの隣へ、ゆっくり潜り込む。
今まで窓際に立っていたせいで、エドワードは足が氷のように冷えきっていたので、アルフォンスの体温は嬉しかった。

「ほら、冷えちゃってるじゃないか」
「うるせー……」

エドワードの生身の足にぴたりとアルフォンスが足を寄せて、その温度差に二人とも身震いし、同時に小さく吹き出した。

「夢を見たんだ」

ささやかな笑いが収まった時、エドワードが呟くように言った。

「どんな夢?……」
「……」

月明かりが射す天井を見つめる兄の横顔は、どこか悲しげに映り、見たくない。

「……お前は、知らなくていい」
「……!」

悲しみと怒りに挟まれ押し潰されそうな弟を否定するかのように、エドワードは背を向けて丸くなる。
その肩を掴んで、乱暴に向き直らせた。

「なんだよ……兄さんはいつもそうだ!そんなに一人で抱え込むのが好きなの?ちょっとでいいから止めろよ!」
「お前に何がわかるんだよ!」

アルフォンスの頬が鳴り、彼はエドワードに掴みかかった。
揉み合い蹴り合いに文句を言うかのように、スプリングが軋む。

「どうせ僕じゃ頼りにならないんだろ!」

歪められた目を見て、エドワードは手を止めた。
アルフォンスは力んでいた手を振りほどき、荒くなってしまった息を吐いた。

「……アル、」

それ以上、何も聞きたくはなかった。
なにか言おうとした口を唇で塞ぐと、止めかけた腕は諦めて暗闇に横たわった。
そのまま無抵抗でも良かった、寧ろ右手で殴ってでも拒絶を示してくれれば、もう少し頭を冷やしてまともな思考回路を見つけられたかもしれない。
いや、二人は、よくあるその場限りの逃亡を試みたのではなかった。
起こした上半身に、滑る手のひらが火を灯す。
先程のような憎悪ではなく、かと言って愛情とは言い切れない。
消さなければとわかっていても、火は瞬く間に燃え広がり、抑えきれなくなっていく。

「ん……、ん」

何度も、謝罪を込めてキスを交わす。

「……っ……ふ、ぅ」

拒絶されず嬉しい反面、受容への不安と背徳が深く刻まれていく。
掠れた声を漏らす兄を、包み込んで癒したい一心で、必死になって愛撫した。

「ン……っ、」

エドワードは控えることなく、反応を晒す。
それが嬉しくてエスカレートしたのは事実だ。
アルフォンスはエドワードの股間へ顔を埋め、起き上がりかけていたそれが硬く張り詰めるのを嬉しく思った。
どこかで依存しあい、惹かれあっていた二人は、初めから罪を背負っていたのだ。

「だから……いいんだ」
「え?……」

恍惚か、虚無か、または両方が混ざりあった表情で、エドワードは弟を見つめた。
ずっと一緒に生きてきた。なのに今、見たことのない弟が目の前にいる。
好奇心や、恐怖心や、そんなものはもう、どうでもいい。
欲しいものがある。

「いいんだよ、兄さん。これは夢じゃない」

伸ばした手が濡れる。
押し付けた腰の中心を穏やかに強く貫かれ、エドワードは背をしならせた。

「ッふ、アル……っ、アルぅ……!」

本当に性欲はお互いを支配していなかったのだろうか?そんな思考すら馬鹿げている。
失って取り戻し、命を代償にすることが、どんな価値があるだろう。
スプリングはまた文句を言ってきたが、聞いてやれる余裕は無い。
快楽よりも、もっと痛みを伴うもの。
いや、快楽と呼んでしまったほうが適切なのかもしれない。

「う、あっ、――ッ!」
「アッ……はっあ……!」

その扉は、開けてはならない。
開いた者は代価を払い、代わりに望みのものを得る。

「……兄さん」

望み以上か、望み以下かは、自分で決めることだ。

僕は手を握った。
兄さんは寝返りをうって、左手でつなぎ直した。




2012/02




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