<たったひとつの、>
セントラルに滞在中のエドワードは、夕食を調達しにホテルを出た。
賑わう大通りを避け、パン屋へ向かっていると、一本先の裏路地からロイが現れるのが見えた。
駆けていくと、こちらに気付いたロイが立ち止まる。
「はがねの。何をしているんだね」
「アンタこそ」
「私は見てのとおり、非番 」
彼の私服は無地のシャツに黒ジャケットに黒ズボンと、いたってシンプル、もとい地味である。
「オレは夕飯」
そう言って、エドワードは細い路地に入って行く。
「奇遇 な、私もこれからと思っていた。うまいイタリア料理屋があるんだが、一緒にどうだ?」
後ろからついてくるのが、足音で分かる。
エドワードは立ち止まり、小さく息を吐いた。
「いい加減、そのツラやめろよ。ムカついてくる」
ロイの、落ち着いた声が、ややトーンを上げて感嘆する。
「バレてた?つまんないなぁ」
「お前な」
と振り返れば、そこにはもう国軍大佐の姿は無い。
代わりに、漆黒の長髪をかきあげる、細身のホムンクルスが笑っていた。
「あいつの前では、大人しくなるくせに」
「そんなんじゃねーよ」
エンヴィーが一歩踏み出すと、エドワードは一歩踏み下がる。
様子を伺っていたエンヴィーは、エドワードのコートとジャケットを引き剥がし、壁に押し付けた。
「あいつはこういうこと、しないもんね?」
ぐ、と奥歯に力が入る。
エドワードは大きく呼吸し、肩の力を抜いて俯いた。
「抵抗してくれないと、つまんないよ。――まさか、情けでもかけようっての?」
鋏のように鋭利な爪が、シャツを切り裂いて肌に赤い筋を作る。
傷口から滲んだぬるい血が腹を伝っていくのを感じた。
「やめ――」
「無駄だよ」
甘く囁くように言い、その爪で露にされた乳首をつつく。
漏れた吐息を聴いて、満足げに微笑ん 。
エドワードは一瞬の間自由になった片手で、エンヴィーの胸ぐらを掴み唇を押し付けた。
それは乱暴な動作の中で、震えるほど優しいキス った。
エンヴィーはエドワードを引き剥がし、鳩尾に拳をめり込ませる。
「きもちわるい」
むせかえってうずくまるエドワードは、赤の混じった唾を吐いてエンヴィーを見上げた。
「オレに何しようったって、構わねぇよ。でも」
「……」
「オレに会ったら、その格好でいろよ。オレは、お前がお前でいる時が一番……」
「ねえ、」
エドワードの体を足で転がし、仰向けにさせた側にエンヴィーは屈み込む。
「うざいよ、そーゆーの」
エドワードが見たその顔は、どこか悲しげに った。
困ったような、寂しいような、台詞とは釣り合わない表情。
「……そう な」
エドワードは苦笑して、ぎこちないキスを受け入れる。
自分が誰なのかすらわからない奴に、お前らしさが好きだなんて。
がもし、このホムンクルスが自分に対して抱く感情があるのなら、それを信じてやりたい、そう強く思った。
終
2012/07
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