金曜日。
この5日間で今までにないくらいやつれたエドワードは、昨日より更に憂鬱に登校した。
「おはよー……」
教室に入ると、真っ先にウィンリィが駆け寄ってきた。
「ちょっとエド、目の下に隈できてるわよ? 大丈夫?」
「あ、ああ……大したことじゃねーよ」
「なんだか知らないけど、それどころじゃないんだから!」
「へ?」
気迫漂う親友の様子に押されつつ、エドワードは何事かとざわつく教室を見渡しながら席に着く。
何があったのか隣のリンに尋ねようとしたその時、理科の担当であるホーエンハイムが入ってきた。
相変わらずぬぼーっとしている先生からは、事件性など全く感じない。
「あ~、おはよう、みんな。突然だが、文化祭が明後日になった」
「ええーっ?!」
クラス全員がハモった。
“文化祭日時変更のお知らせ”は廊下に貼ってあったのだが、よもや2日後だとは思わない。
それよりも、そんな重大発表を今日の天気と同じレベルで言わないで欲しい。
もっと問題なのは、今の今まで文化祭が実際いつなのか、誰にも知らされていなかったということだ。
実行すると聞いただけで、エドワードも台本を読みながら、日にちのことは気にもしていなかった。
誰かさんのせいで、そんな余裕もなかった。
ざわつきから不満の声に変わったクラスの中から手が一本にゅっと突き上がる。
真面目でガリ勉のケインだ。
「なんだねフュリー君」
「先生、それいつ決まったんですか」
gjな質問に、いったん教室は静まり返る。
「今朝だ」
「なんで明後日なんですか」
「校長の気分」
一瞬、あまりにも適当すぎる理由に沈黙した生徒たいは、我に返り不平不満を並べたてる。
もっと先生をとっちめようとして、気付いた時にはホーエンハイムは消えていた。
「あンのおやじ!!」
「逃げやがった!」
「マジあと2日かよ!?」
騒然とする教室の中で、エドワードも呆然とする。
サボるという選択肢が浮上する。
しかし直後、クラス1-Aの全員がある人物を連想し、サボタージュ、それだけは嫌だと心の底から思った。
一致団結の瞬間である。
「よーし……。こうなったら下手クソでも先公の責任にできるだろ。テキトーにやろうぜ」
誰かが言う。
エドワードは思わず立ち上がっていた。
「それより、2日間で完璧にやろう。先公を見返すチャンスだろ? テキトーになんてやったら、思うツボだぜ」
皆が息を呑む。
エドワードは机の上に片足を載せた。
「やってやろうじゃねーか! オレたちは無能じゃない!!」
クラスは湧き、猛り、闘志を燃やした。
今なら何でもできる、と全員が思った。
とは言いつつも、理不尽な決定に文句を言わなければ気が済まない反乱分子エドワードは、校長室へ一人乗り込んだ。
「校長先生!文化祭いきなり明後日とか、おかしくないですか!」
礼儀もふんだくれもなく勢い良く校長室のドアを開けたエドワードは、誰もいない部屋に向かって叫んだことに気がついた。
少し耳を澄ませてみたが返事はない。
「……ったく、校長どこ行ったんだよ~、この大事な時に……クソッ」
「助けてくれ……わたしじゃない……わたしじゃない……助けて……」
しかし、窓辺に置いてある2ツ口のフラスコの中から、必死に助けを求める声がしているのは、気が付かなかったのだ。
2年生と3年生にもすぐに情報は伝えられ、教師はクーデターを恐れて逃げ帰り授業は無しも同然。
終日ぶっ通しで文化祭の準備に取り掛かった。
エドワードは携帯電話でアルフォンスに、急いでメールを送った。
《今日から文化祭の用意することなた(>_<)明後日本番なんだ、きゅうに気まってさ。だから学校に泊まるわるい》
ハァ、とため息をついて、皆が作業している場所へ戻る。
模擬店の屋台作り、舞台のセット、芝居の衣装、食材など、出来る限り行程を減らして少ない作業量で豪華にするために、全校生徒がフルで働いた。
災害用の毛布を引っ張り出してきて、教室で固まって眠る。
エドワードは1-Aの指揮をほとんどとり、クタクタに疲れて毛布にくるまれ丸くなった。
隣にリンがうずくまる。
「あー……おやすみ、リン」
「……おまえさア」
「ん?……」
「今日、カッコよかったゼ」
教室の隅で、まだ皆が寝る仕度を整え、トイレに行ったりしている中で、こっそりしたリンの声はなぜか良く耳に届いた。
エドワードは眠くてぼーっとする頭でそれを聞いた。
褒められることは珍しい。
ちょっと意外げな顔をリンのほうへ向け、照れてみせる。
「あー……ウン、……ありが、とう」
お礼を言うのには慣れてない。
でもリンのほうへ体ごと向けて、少し笑い、そのまま眠ることにした。
リンは単純に褒めたつもりだったのだが、エドワードのはにかんだ笑顔に何か別の意味を見出し、いつもより寝不足になった。
翌日も全員で休みなく作業を続けた。
先生は生徒たちの刺さるような目線を受けながら、アドバイスをしたり、パシリに行かされたりしていた。
エドワードたち数名の一番の難問は舞台稽古と台本の暗記、そして舞台のセットと衣装製作だった。
特に出番の多い数人で、何度も何度も練習する。
当然ロイも居るわけだが、さすがにこの状況では何も言ってこなかったし、してこなかった。
そのことに安堵しつつ、どこか残念に思う気持ちに気付かないフリをしながら、エドワードは練習に集中した。
グラトニーに屋台用の食材を呑まれそうになったり、エンヴィーが出番がなかったと言って巨大化し一部の校舎が破損したりしたが(エンヴィーは体育の教師であった)、エドワードの説得によって二人とも抑えられ、校舎も食材も元通りに直された。
そして文化祭当日を迎えた。
エドワードは出来上がった衣装を持って、体育館へ向かう。
途中、様々な飾り付けや、衣装を着たクラスメイトを見た。
リンはジャグリングで6つの炎の輪を回している。
ウィンリィは大好きな工具やネジ、鉄クズを使って、アート展を開いた。
100センズで身近な物を修理してくれるコーナーもある。
ランファンは焼きそばの屋台で男子に人気のようだ。
ロゼはカフェでメイド姿を披露している。
リザはミニアーチェリーで、もっぱら見本をみせていた。
ケインはスカーとアレックスが開いたストリート・ファイトの受付とレフェリーを請け負い、青ざめながらも頑張っている。
そんな彼らを微笑ましく心のなかで応援しながら、とうとう体育館へ到着したエドワードは、控え室で着替え舞台へ向かった。
助演を務めるヒューズとブレダ、助っ人のエンヴィーとプライドはすでに舞台に立っている。
姿が見えないが、徹夜で作業していたであろう大道具のジャンも、どこかで仮眠を取っているだろう。
軽く打ち合わせして幕を下ろすと、エドワードは深呼吸した。
「大丈夫、力抜いていいんだ」
出番は最初と最後、中盤の二回で、計4回だ。
しかしセリフはほかの脇役より少し多い。
主人公とヒロイン、その次に重要な悪役である。
……と、頭をクールダウンさせるためにここまで考えてはたと気がついた。
その主役がいない。
客席からはざわざわと賑やかな声が聞こえていて、開演まであと5分である。
エドワードはプライドに客席に聞こえないよう耳元で尋ねた。
「あの、先生……マスタング先輩がいないみたいなんですけど」
「エッ」
プライドは一瞬素早い思考回路を巡らせ、すぐに控え室へ向かった。
先生がなんとかしてくれるだろうと思いつつも、ダメだったら代役を誰がやるのか、考えようとしたその時だった。
「お……お……お腹空いたぁーっ!」
幕にしがみつき破り取って、グラトニーが現れた。
客席のほうから来たらしい巨体は苦労して舞台に這い上がり、びっくりして固まっているエドワードたちを見つめる。
その口からは絶えず涎が溢れており、近づかないでくれと心からお願いしたい。
「グラトニー先生!」
どうやら生徒たちの声は届いていないようだ。
グラトニーは舞台上の巨体をぐらりと揺らし、辺りを見回した。
「お腹……空いたぁ……あああああ!」
「……うわっ!」
突進してきたグラトニーに驚いて舞台裏へ逃げたエドワードを、暴走した先生は追いかける。
「待って~!」
客席の生徒たちはポカンとして、いまのは何なのか、芝居の演出だったのか、それならつまらなさすぎる、と口々に勝手なことを言っていたが、エドワードにとては訳が分からない上、とんだとばっちりであった。
ところで肝心のマスタングはどうしているかというと、彼はあろうことか体育館倉庫に閉じ込められ、ある女性と二人きりでおいしい状況に陥っていた。
いや、本人にとっては全く有り難くない。
なぜなら相手は、あのオリヴィエだからである。
これがエドワードならどんなに良いかを想像しながら、ロイは適当に相手をしつつ逃げる隙を伺っていた。
「なぜ、こんなことをする?」
オリヴィエはドアの前に立ちふさがり、仁王立ちをしている。
「それは、」
先ほどまで取っ組み合いをしていたせいで、弾んでしまった息を大きく吐いて整えた。
答えようとして言葉に詰まった。
素直に言えるはずがない。
代わりの言葉を必死に探したが、好意を寄せる相手が目の前にいて正直だいぶテンパっている。
「いや、あの、ええっと……マスタング、わ、私はお前と一緒に……コレに出るんだ!」
「はっ……?」
点になったロイの目に映ったのは、『レンガク!ベストカップルで賞2011』のピンク色を多用した華やかでラブリィな文字がデカデカと印刷された一枚のチラシだった。
ちなみに、レンガクとは錬金学園鋼高等学校の略称である。
ロイは些か逡巡したのち覚悟を決め、口を開いた。
「オリヴィエ嬢……非常に嬉しい申し出だが、私にはエドワ」
最後まで言い終わらないうちに、グーで殴られた。
驚いて怒りが浮かんだ視線を戻すと、意外にも儚げな瞳は可憐に伏せられており、面食らう。
確かに、レンガク一の美人なのだ。
「マスタング……私は自分の立場をわきまえているつもりだ……だからこそ、来年卒業する前に最後の思い出として、これに出て欲しい。出てくれるだけで……いいから」
百合の花のような美女が悲しげな表情で俯くというのは、なんと良い画になるのだろう。
彼女の切なさに同情してしまったロイは、打開策を全てかなぐり捨てて付き合うことに決めた。
「……いいだろう。出るだけ、だな」
念を押しておく。
どうせ芝居を演る予定だったのだから、恋人のフリくらいは余裕だろう。
オリヴィエは美しく弧を描く眉をひそめ、泣きそうな顔で頷いた。
と思ったら、急に手を掴み倉庫を飛び出す。
「よし! そうと決まれば会場へGOだ!」
引っ張られながらロイは、一抹の不安を感じていた。
「ったく、マスタングの野郎遅いな……もう10分過ぎちゃったぜ」
「……オレ、探してくる」
ハイマンス・ブレダが腕時計を見ながらウロウロする横で、悪役の衣装である黒いマントを脱ぎながら、エドワードは走りだしていた。
「ちょっ、おい! エド!」
「まったく……」
マースが止める間もなく、金色が見えなくなって、エンヴィーがやれやれといった様子で両手を広げた。
「紳士淑女の生徒諸君、事情により舞台『レンキンライダー!焔VS鋼』は延期となりました。再度一時間後にお集まりください」
アナウンスが流れ、客席は一段とざわつく。
数人は空き時間に別の出し物を楽しもうと体育館を出て行ったが、その他の粘り強い、特に真ん中や前列の席を取っている主に女子の連中は、仲間とお喋りしながら交代で食べものを買ってきて待つ気満々の様子だった。
ロイ・マスタングの人気をしみじみと実感しながら、覗いていた幕の隙間を閉じてマースはため息をつく。
「何、やってるんだ。ロイ……」
またサボってナンパか、パレードの女の子鑑賞か、まさか抜け駆けでデートか、と考えながら外に出た時、耳に物凄い歓声が押し寄せてきた。
「な……なんだぁ!?」
『ご覧下さい! これぞまさに、究極の恋人! ベストカップルで賞2011は、マスタング×アームストロングに決定! みんなも異存ないかなー!?』
拡声器を使って司会者が言うと、さらにYESと皆が歓声をあげる。
当然、学校中に響き渡り、エドワードの耳にも入った。
「そっか……恋人がいたのか。そりゃそうだよな」
アームストロングといえば、あの体育では誰も敵わないキラキラした巨漢である。
エドワードは諦めるしかなかった。
心にぽっかり穴が空いてしまったような感覚に襲われる。
しかし、恋はおろか、意識したことさえ無かった筈なのに。
気を取り直して、ベストカップルで賞のステージへ向かう。
ロイをなんとかして演劇の舞台へ連れて行かなければ。
これは自分の感情云々は関係ない。
ただ、一時間も待たせることになってしまった芝居を無事に上演したいだけだ。
「ロイ! ロイ・マスタング!」
ステージの上から、黒い瞳が自分を見た。
隣にいるのは弟ではなく姉の方のアームストロングであった。
なぜか、余計腹ただしい。
お前はホモじゃなかったのかと叫びたい気分だった。
すうっと息を吸って、思いっきり口を開いた。
「バカ! マヌケ! スカポンタン! スケベ、タラシ、オタンコナス! しね無能!」
全員が振り向いた。
ただし、ほとんどの人間がエドワードの身長のせいで見えていなかった。
「なっ……エド!?」
開いた口が「ド!?」の形のまま塞がらないロイと、ただ一人自分の世界に浸りきっているオリヴィエを残し、エドワードは逃げ出した。
思ってもいない言葉が次から次へと飛び出してしまって、恥ずかしい。
夢中で走って、ふと気がつくと校門前まで来ていた。
「兄さん!」
長かった髪を短く切り揃え、レンガクの制服をきちんと着たアルフォンスが今来ましたとばかりに地図を片手にそこに立っていた。
「アル……おまえ、どうしてここに?」
「あれ、言わなかったっけ? 僕も今日からレンガク一年一組だよ!」
「何!? 聞いてない! とび級だと、バカな!」
「バカだったら不可能だよ、兄さん!ところで僕、兄さんのお芝居みたかったんだけど……もう終わっちゃった?」
「あ!……」
時計を見ると、延長した開演予定時間の10分前だ。
たとえロイが来ていても、エドワードは戻りたくなかった。
「一緒に演技するはずの先輩が、来なくてさ……劇のこともオレのことも、どーでもいいみたいなんだ」
「先輩って……マスタングさん? あの人良い人だよ」
「おま、なぜそれを……!?」
「やだなあ、そんなにあからさまに動揺しなくても。兄さんは分かりやすいんだよ。それに、僕に鎧を捨てろ、諦めるなって言ってくれたのあの人なんだ」
衝撃の告白に、エドワードは驚いて目を見開いた。
急に鎧を捨てたことを、謎に思っていたのだが、これで明らかになったのだ。
「ホモだし」
「やっぱり!」
「そもそも僕にあんなに良くしてくれたのだって、兄さんに近づくための口実だったし」
「なんで!」
「兄さんのことが好きなんだよ、まだわからないの?」
すべて見透かされていたことに驚愕を禁じえないエドワードは、頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
「兄さんを口説く為に、邪魔にならないようポイントを稼いで、あわよくば利用したいと考えていた……そうだよね、マスタングさん?」
さも探偵が犯人を追い詰めるシーンかのごとくアルフォンスが言うと、門の影からロイ本人が現れた。
「ロイ!いつからそこに!?」
「おまえを追いかけてきたから……えっと、その」
「“最初から居た”と正直に言え!」
「すいません私がやりました」
「イヤ、探偵ごっこはもういいです」
エドワードは、本日二回目の逃げ出したい衝動に駆られる。
しかし強く逞しい二本の腕に抱きすくめられて、心も体も身動きが取れなくなった。
そして悟った。もう、逃げられない。
「エドワード……すまなかった。俺が愛しているのは君だけだよ」
「ロイ……オレ、オレ……ッ!」
交わる黄金と漆黒の視線は炎のように熱く、濡れた唇を意識して胸に引火させる。
「ってちょっとちょっと、二人とも! 解決したのは何よりだけど後にしてよ」
「そうだ! おい、あと5分しかねえぞ!」
「えっエドワードっ……ちゅ、ちゅう……一回だけ……」
「行くぞ!」
「あ、待ってよ兄さん」
「ちゅう……くそ、後でのお楽しみか! 放置プレイか! さては恥ずかしがり屋さんなんだな?」
「マスタングさん独り言聞こえてますよ」
全速力で走って、なんとか1分前に着いた舞台袖で、慌てて衣装に着替える。
「よく戻ったな!」
「待ってたぞ!」
ヒューズやブレダ、他の出演者の表情が不安から安堵に変化し、エドワードは微笑んで幕が上がるのを見守った。
1時間遅れの演劇は無事に終わり、拍手喝采の中幕を閉じた。
カーテンコールでロイがエドワードを抱き上げ、エドワードが真っ赤になって顔を背けたことで、二人は公式な恋人として全校生徒に認識されることになった。
屋上で泣き崩れていた女子一名を除いては。
あと片付けはグラトニー先生に任せて、レンガク文化祭は無事に終了した。
エドワードはロイを見つめ、ロイはエドワードを見つめる。
長い道程の果てに、二人はめでたく結ばれたのであった。
終
「やっとかよっ! っつーかオレたちまだ結ばれてねーし!」
「結ばれたい!? エド! 結ばれたいのか!?」
「ちがっ……ギャアアアアアア」
2011/11