<お風呂では 直に>
ドスドス、と怪獣でもやってくるような足音が廊下から響いてくる。怪獣は怪獣でも、小さな怪獣である。
「おら大佐、帰ってくるなり真っ先に直行してやったぜ」
ノックもなくドアを開けた途端大声で自分の存在を告げるエドワードを視界に入れ、ロイは苦笑した。
「はいはい」
4か月ぶりにこの街へ帰ってきたとあればお互い恋しいのは当然であるが、会うなり抱きしめあったり寂しかっただのなんだの言うのは恥ずかしいの 。
照れ隠しはつづく。
「はい、は一回でいいっつの!」
誰もいない執務室の机に報告書を叩きつけ、なにをそんなに興奮しているのか子ザルが喚くように言う。
「せっかく帰ってきたってのに、相変わらずやる気ゼロ な。つまんね……」
「エド」
トゲトゲに自ら刺さるように呟いた静かな名前に反応して、遮られたままエドは黙った。
顔を見れば、微笑んでいる。それが嬉しくて、喜びを隠すためについ顔をゆがめる。
ロイは手を伸ばした。
「おいで」
丈夫で大きな年季の入った書類机を回り込んで、むすっとしたままのエドワードはロイの前に立つ。
有無を言わさず椅子に座ったまま、小さな身体を力いっぱい抱きしめた。
「おかえり」
大きな腕が包み込む。小さくてもたくましい腕が、おずおずと背中にまわされるのを感じてロイはゆっくりと息を吐いた。
無事で良かった。怪我もなく笑顔を見せてくれた。その想いが腕から伝わる。
「た……ただいま」
完全に体重を けながらも未 抵抗感のある小さな声が胸から聞こえ、ロイは再び苦笑した。
夜、ロイの自宅。
弟に断りを入れてきたエドワードは、ロイと夕食を共にしてそのまま家へ泊まった。
愛されて感じる、人肌の温もり。
人間で良かった。生きてて良かった。
古い傷痕を撫でて二人は抱き合う。
「ロイ……」
「エド」
衣擦れとベッドのスプリング、二人ぶんの荒い息遣いが部屋を満たす。
「あ……っくぅ」
しがみついて、ふるえる。
昇りつめた快楽の向こうに、懐かしい平穏を垣間見た。
口づけをする度に想いがつながる。
金色の目のなかに黒い目が映っていた。
「あぁ~……ったく、中に出すなって言ってんだろ!」
呼吸を整え熱も落ち着いてから我にかえった。
「すまない。君に夢中で我を忘れてしまった」
ロイは正直な気持ちを冷静に言う。誇張して脚色する場合もある。
「オイオイ……あんた、軍人 ろ。我とか忘れていいのかよ」
しもせず裸でバスルー に向かいがてらふり返って反省する色を見せない隙 らけのにやけ顔を睨みつけると、予想外の言葉が聞こえた。
「いまは軍人ではないよ。た の男 」
つられて軽く笑い、「ああそうですか」と冗談めかしてバスルー の戸を開ける。
刺激の残る体にシャワーを浴びながら、先ほどの言葉が頭の中で揺れていた。
愛する者とベッドを共にする時は、軍人ではない。
ただの男であるロイ・マスタングは身の危険をどうこうという意味ではなく、二人で過ごす時間にそれ以外の何かがあることはない、という精神的な意味を込めて言った。
身の危険を察知できないと云々という話ならば、完全に冗談である。わかってやっているの 。
そうか、と納得したと同時に解けた心があたたかくなる。
バスルー の戸が開いて、ロイが入ってきた。
「エド」
泡 らけの体を背後から抱きしめられ、 肌に体温を感じる。
「なんだよ」
気にしないといった体で泡を流すエドの声は、それでも穏やかだ。
「一緒に入る」
今さら断る理由もない。
シャワーを譲ったエドワードはバスタブに浸かり、ロイの逞しい肉体が泡で埋まっていくのをぼんやり眺めた。
いつもの見慣れた古傷の他に、あざが増えている。
背中の青い染みを見つめているうち、出会った 衝動的にベッドに入った夜もあざを見つけたことを思い出した。
「なんでオレを抱いたの?」
バスタブに入ってきたロイを見据えながら、小さいがバスルー にはよく聞こえる声で尋ねた。
ロイは即答で返事をする。
「君なら、理解しているから 」
肩書きと顔で釣られるような遊びの女性たちはそれなりに愛や真実を持ってはいるが、理解しているとはいい難い。
ロイがエドワードに会い、知り合っていくうち感じたのは、本物の真実だった。
「……それが男 とは、皮肉だね」
照れくさいのと切ないのとで正直に喜べばいいところをひねる。
ロイは知ってか知らずか、意に介さず言葉を返した。
「構わない。欲しいものは手に入ったよ」
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口付けが胸を め付ける程甘く、エドワードは僅かに眉を寄せた。
そして、ロイの首に腕を回した。
「そういうの、自己チューって言うん ぜ……」
耳元で、軽く笑ったような鼻息が聴こえた。
終
2011/8
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