<天使>
カーテンがひらひらと舞って、窓から朝日が射し込んでいる。
腕枕にはもう何も乗っていなくて、代わりにロイは残念な気持ちをいっぱいに抱きながら上体を起こした。
「鋼の……?」
脳みそが覚醒して、シャワー室のほうでドアが開くような音を聞きつけた。
途端に安堵して、体の力が抜ける。
寝たまま筋肉を伸ばして、さらにリラックスできたところで、エドワードが下着姿で出てきた。
「やっとお目覚めかよ」
「早起きだな」
「アンタが寝坊なんだろ」
髪を拭きながらベッドに腰かけると、当然のように手が伸びてきて腹をホールドされた。
何も言わずに髪の毛を乾かす。
ロイはしめった金が流れる肩に口づけをした。
エドワードが口を閉じて好きにさせてくれるのは、それが彼も望んでいるからだと今では知っている。
もしも平和なんていうものが訪れるのなら、二人でのんびり暮らすのも悪くないな。
などと、考えて口にしかけたがやめておいた。
「ん?なんだよ」
「なんだね」
「いまなんか言おうとしただろ?」
「ああ、……好きだよ、鋼の」
「ばっ……それはもうわかった!」
責めるような目線を、嘘の上手い男へ向ける。
嘘の上手い男は思考を読まれたような気がしたことに驚きつつ、喜んで抱きしめた。
まったくいい加減にしろ、という意味を込めてその腕を叩き、もたれかかる。
「……そろそろ行く時間じゃねえの?大佐どの」
「もうそんな時間か……」
言いながら離れる気配がないエドワードに、溜息をついた唇でキスをした。
その後は、お互いに自然な動作で離れ、それぞれ身支度をして、朝食をとり、家を出た。
「なにか、見つかるといいな」
「おう。……じゃあな」
駅で待っている筈の弟のもとへ、エドワードは速足で向かった。
それを見送ってから向きを変え、ロイは逆の方向へ歩き出した。
国軍中央司令部、大佐の執務室。
堅苦しい制服と建物、厳めしい顔ばかりが目に入ってくる。
脳みそまで堅くなってしまいそうだ。
「……」
ロイはふと書類を書く手を止めて、窓の外をみやった。
彼が次に帰ってくるのは、いつだろうか。
できれば怪我をしないでもらいたい。
賢者の石の情報がなにか見つかるといいけれども、危険なことには巻き込まれてほしくない。
それはおそらく無理な相談だとわかってはいる。
だが、もし帰って来なかったら?
「大佐、これ18時までにお願いします。……どうなさったんですか」
「……ああ、すまない。了解した」
「……失礼します」
リザの気遣いが含まれた射るような声で我に返ったロイは、苦笑を浮かべて謝った。
一瞬眉を寄せ、顔色をうかがうような目で見たリザは、何も言わずに持ち場へ戻る。
自分も救いようがないな、と一人ごちて、ロイも仕事を再開した。
ある日の夜、情報収集に立ち寄ったバーで見覚えのある女性に会った。
前にたまたま重要な情報をくれたことがあり、大いに助かったものだ。
そのことを話して盛り上がり、ついついバーに長居してしまったのも原因の一つかもしれない。
そのまま彼女に誘われてホテルへ行き、朝になれば消えていた。
連れがいなくなって一人で迎える朝は、デジャヴだ。
知らぬ間に飲み過ぎていたようで、頭痛に顔をしかめながら起き上がる。
いつの間にか露見し始めた弱さに、自嘲の笑みを浮かべた。
少年に憧れを抱いている。
初恋のような純粋はなく、どちらかと言えば憎しみや妬みに近いかもしれない。
軍の狗とされながらも、自由に生きようともがく姿が羨ましいと思った。
自分も縛られたままではいたくないと思っているが、この手は信じられないほどの量の血に染まっている。
彼を穢すような罪悪感を心のどこかに感じていたのかもしれない。
罪悪感を重ねてしまった自分自身を叱咤しながら、身支度を整えて足早にホテルを出た。
綺麗事だけでは生きてゆけない、と思っていた。
常に裏の世界を覗いて生きてきた。
あの兄弟のような人間は、他にいなかった。
ロイは書類をまとめて、ファイルに綴じる。
ふと、彼の名前が目に止まった。同時に、”解決済”のスタンプも視界に入る。
その時廊下のほうで複数の人間が明るい声をあげ、重い足音が聞えてきて、ロイは思わず口元を緩める。
不安になったり、安堵したり。
ああ、これが贖罪なのか、と納得する。
情けない顔になっている気がして、誤魔化すためにドアから背を向けた。
窓の外、雲の隙間から、青空の光が輝いていた。
終
2011/09