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<返せなかった520センズ>


――アンタがいなくなるなんて、考えてもみなかった。







賢者の石を調べ始めて、セントラルにいる間は図書室を借りる事が多くなった。何か手掛かりがあるかもしれないと、重箱の隅をつつくように本をめくる。
毎日のように来ては本をめくり、何か気になる事柄を見つけると実際に出掛けて調べる。
人に会いに行く事もあれば、石碑や村そのものを見に行く事もあった。
そんなことを繰り返して暫く経つが、一向に有力な情報はない。
久しぶりに大佐の執務室へ来たと思ったら揃って溜め息をつく兄弟を見て、当の大佐もフーと息を吐いた。

「兄弟くん、用がないなら出て行きたまえ」

書類を書きながら容赦無く言い放つ男を睨み付け、エドワードはソファーにくつろぐ。

「うっせーな、どこで休憩しようとオレたちの勝手だろ」
「兄さん」

とても上司へ対する態度には見えない兄に、弟が慌てて制止しようとするが聞いていないようだ。
ロイはムッとして、ペンを持つ手を止める。

「私の仕事を邪魔するくらいなら、とっとと報告書を出しなさい」
「すみません、大佐。ほら兄さん、今日はもう宿に帰ろう」

反論できないところを刺され、エドワードは黙る。
代わりにアルフォンスが謝り、立ち上がって出て行こうとした。

「体が小さくても頭脳明晰だと思ったが、私の思い違いだったかな」

やっと立ち上がって弟に続くエドワードの背を眺め、ロイは追い討ちをかける。

「だぁれが豆チビかァ!あんまりふざけた事ばっか言ってっとその机を針山に錬成してやる!クソ大佐!無能!」
「ち、ちょっと兄さん!」

言いすぎだよ、とアルフォンスが止めに入るが、ロイが言った台詞も酷いものだ。
自分からも何か言ってやろうかと相手を見ると、ロイは笑っていた。
エドワードは笑われた事に更に不機嫌になる。しかし再び口を開く前に、ロイが言った。

「鋼のはそうやって元気なほうが可愛いな」
「はっ……!?」

エドワードは間抜けな声を出す。
「そうだ、今度、飯でも一緒にどうだ?」
「……だ、」

怒りで戦慄く小さな体は、言葉すら忘れてしまったようだ。

「誰がアンタなんかと行くかよ!バカにすんのも大概にしろ!」

やっとの思いで叫んだエドワードが踵を返すのと同時に、中尉が入ってきた。

「大佐、新しい報告書です。……あら、エドワードくんとアルフォンスくん」

呼ばれたエドワードはビクッとして、直後開いたドアから一目散に駆け出した。弟が慌てて後を追う。
リザは視線をロイに戻して、睨み付けた。

「なにやったんですか、大佐」
「君も失敬なやつだな。私は……溜め息ばかりついている仕事の邪魔者を追い出しただけだよ」

仕事に励みたいからなんだ、と暗に言う顔を撃ち抜いてやろうかと考えつつ、リザは書類を机に積み上げた。
サボタージュされるのは困るが、誰かを傷つけて怒らせた言い訳に仕事を持ち出してくるとは最低だ。

「じゃ、頑張って今日中に終わらせてくださいね」

嫌味たっぷりに言って、やけににこにこして気色悪い男の部屋を後にする。
他者から見ればロイがエドワードを怒らせて追い出したように見えたが、実際は少々違った。

「あぁ、中尉、頼みたいんだが」
「なんでしょうか」

イライラを表へ出さずドアの前で振り返るリザは、さすができる女である。

「今度鋼のに会ったら、いつでも来ていいと伝えてくれ」

にっこりと、何を企んでいるのかは分からないが彼をよく知らない女性ならばイチコロであろう笑顔を浮かべ、そう言われた。
リザは勝手な事ばかり言う上司に心底腹が立ち、

「ご自分で伝えてください。失礼します」

とドアを閉めてしまった。
自分で撒いた種は責任を取って欲しい。
揉め事なら尚更だ。
しかしリザは、この時真実を無視していた。
ロイの笑顔が、少し曇ったことにも、いつもなら敏感な彼女は怒りで気が付かなかった。



その時から間もなくして、市内で大規模なテロ事件が起きた。ハボック、フュリー、ファルマン、リザ、そしてロイの5人は、部隊を連れ収拾に全力を尽くした。
やがて事件の黒幕が見え、一人の錬金術師だと知る。その男は元中央所属の軍人であり、能力があったにも関わらず酒に溺れて使えなくなったため銀時計を取り上げられた。
国と軍を逆恨みし、隙あらば反逆しようと機会を狙っていたのだ。
リザとロイは犯人の居どころまで突き止め乗り込んだが、家のなかには誰も居らず、静まり返っている。
机の上に市街地図を見つけたハボックが叫んだ。

「大佐!ヤバいっすよ!」

ロイが見たものは、地図につけられた赤い印。
それは爆弾の場所を意味する。

「手分けして向かう。各自、戦闘部隊と爆発物処理班を連れていけ。急ぐぞ!」

印の場所はバラバラで、そのうち2つが基地の中だった。
ロイとハボックが基地へ向かい、残りの3名は街中の場所へ向かった。
街中に仕掛けられた爆弾は錬金術で造られた物であり、探せばすぐに見つかった。
リザとほか二人が合流すると、まだ連絡のない本部へ向かった。


爆発が起きたのは、リザが基地本部へ到着した時と同時だった。
車の陰にうずくまって身を守る。炎の音を聞きながら、リザは焦っていた。
まさか、そんなはずはないと信じたかった。



中へ入ろうとするリザを、ハボックが止める。

「ムチャっスよ!中尉!」
「ハボック少尉!無事だったのね。大佐は?」

仲間の顔に安堵して訊ねるリザに、ハボックは口を閉じた。

「無事だと……いいんですが」

リザの目に恐怖にも似た不安が浮かぶ。
再び燃え盛る火の中へ入ろうとする彼女を、全員が抑え留めた。

「消防隊が来ましたから!もう少し待ちましょう。中尉まで危険な目に遭うことはありませんって!」

必死に引き留める部下たちと、燃えて崩れる見慣れた建物を目に、リザは動けなくなってしまった。
自分は間違った想像ばかりしすぎている。
そう言い聞かせた。




3ヶ月後、エドワードとアルフォンスが東方指令部に帰ってきた。
しかし二人が目にしたのは、一部が黒く炭と化した基地と、立ち入り禁止のロープだった。

「大佐!大佐はいるか?」
受付係を見るなりエドワードは訊ねるが、受付係の女性はなにか答えあぐねているようだ。
「エドワードくん……」

呼ばれて振り返ると、リザとハボックがこちらへ向かって来るところだった。

「中尉!少尉も……無事だったんだな。ビビったぜー、外から見たら。まだ直せねえの?手伝おうか?」

途端に安心して気をほぐすエドワードだが、リザとハボックは硬い表情のままだ。

「で、へっぽこ大佐はどうした?報告書出さねえと……」
「あの……まさか」
「え?」

受付係に感じた違和感は忘れようとすっかりいつもの調子に戻る兄を遮り、アルフォンスがリザの表情を読み取る。
ハボックは目を逸らしたまま何も言わなかったが、ゆっくりと口を開いた。

「大将……ロイ・マスタング大佐は殉職した」

静かに耳に届いたその言葉は、やけによく聞こえた。エドワードは呆然としている。アルフォンスは頭を垂れ、
「……お悔やみします」
と消えそうな声で言った。

「ち、ちょっと待てよ!冗談だろ。あんな嫌味な奴が簡単にくたばるわけねえって」
「エドワードくん。話せば長くなるのだけど……あの焼け跡から、これが見つかったの。残念だわ……」

そう言ってリザが差し出したのは、小さな布の包みだ。
開くと、ビロードの黒い布の中には焼けて汚れた銀時計と、いくらかの小銭、そして指輪があった。
エドワードは見なかったことにするかのごとく、強く握りしめる。
黙ってしまった少年にリザとジャンがかける言葉を探していると、エドワードは外へ駆け出した。

「あ……、兄さん!」

アルフォンスが後を追う。リザは遠くなる二人の背を見つめながら、薄茶色の瞳を歪めた。

焼け跡まで走り、エドワードは足を止める。
見上げた建物は半壊して損害が酷く、錬金術でも時間がかかりそうだ。
アルフォンスは兄の肩を叩き、二人はゆっくり歩きだした。



宿に帰り、落ち着かないままそれでもなんとか軽い食事をして少しでも旅の疲れを取ろうと風呂に入った。まだ混乱して眠れそうにない頭で内容が入ってこない読書をしていると、訪問者があった。
ドアをあけると、私服のリザが立っていた。

「すぐ帰るわ。でも、大佐からエドワードくんに伝言があったのを思い出して」
「聞きたくねえよ……」
「……いつでも執務室で休んでいい、と伝えてくれと言われたわ」

ドクン、と心臓が重くなった。

「オレ……大佐に、ひどいことばっか言ってた。あの日だって、すげーバカにした。オレ、……オレのせいで」
「エドワードくん、あなたのせいではないわ。そんなに自分を責めないで」

俯いたままのエドワードの肩に手を置いて、リザはささやくように優しく言う。

「むしろ、責任なら私たちにあるわ」
「……大佐のこと、」

嫌いじゃなかったのに。
そう言いかけて、目の奥がジンジンした。

「大バカヤローだ……!」

エドワードが自分自身に向けて言ったそれに、リザは口を閉じるしかなかった。
手を置いた肩が僅かに震えている。

「入ってもいいかしら」

エドワードの後ろから来たアルフォンスが崩れそうな兄を支え頷いた。
エドワードをベッドに座らせ、リザのために椅子を持ってくる。

「思えば、大佐の命令で隊を分けたのが間違いだったわ」

聞いているかどうかも曖昧な空虚の金色に、リザは3ヶ月前の事件を話し始めた。
ロイの行動は途中からいつもと少し様子が違ったこと、犯人を知っていて巻き添え又は自ら犠牲になったとしか思えないこと。
よく考えれば気づけた筈なのに自分たちは誤ってしまったこと。
エドワードは何も言わず膝の上の拳を握りしめていたが、リザが話し終わると口を開いた。

「中尉、……ありがとう」

15歳の少年にしては落ち着きすぎている小さな声を聞いて、冷静沈着な女軍人の目も僅かに震えた。

「ごめんなさい。……帰るわね。長居してしまったわ」

アルフォンスが宿の外まで見送りについて行ったが、エドワードは動かなかった。

「あの……ホークアイ中尉。ありがとうございます」

律儀に頭を下げる鎧の姿にリザは苦笑する。

「……エドワードくん、気づいてなかったのね」

エドワードもロイも不器用で傷つけあってばかりいた。
だがそれでもお互いを認め、惹かれあっていた。
あんなに純粋な少年を放って逝ってしまうなんて、やはり無能だとリザはひとりごちた。

「アルフォンスくん、お兄さんを支えてあげてね」
「……はい」
「お墓参り、行くのなら……ここだから」
「はい」

リザの乗った車が見えなくなるまで待ってから、墓所の名前が記されたメモを持ってアルフォンスは部屋へ戻った。
ベッドの上には、先程から時が止まってしまったかのような兄の姿があった。
いつも結っている金髪は入浴のためにほどいたまま肩に流れている。

「兄さん。明日は墓地に行こうよ」

ゆっくりとエドワードの体を倒し、寝かせて毛布を首もとまでかけるアルフォンスは、いつもよりさらに優しい手つきをしているようだ。
やっと動いたエドワードは、弟の大きな冷たい手を取って少しの間握りしめた。

「……ああ、そうだな」

口から出たのは抑揚のない声で、まだ実感がわかず混乱したままの心情を表している。
アルフォンスは電気を消して、暗闇のなかでいつまでも眠りに落ちない金色の瞳を見守った。



エドワードはアルフォンスと共に、軍人墓地へ足を踏み入れた。
無数の白い石が並ぶ進みたくない道を、ゆっくりと歩く。
朝からあまり口を開かなかった兄が、静かな声で言った。

「お前も、ウィンリィも、ばっちゃんも、オレの大切な人だ。だけど……」

新しい石の前で、二人は立ち止まった。

「コイツはちょっと、違った」

まだ曖昧な心は、混沌のなかで答えを見つけようともがいている。
兄よりよく解るアルフォンスは何も言えず、俯いた。
墓石はつるりとして冷たく、よく知った名前と、3ヶ月前の日付が刻まれている他は何もない。
少し萎れた、白いカーネーションの花束が置いてあった。

「お花、持ってくればよかったね」

アルフォンスが呟くように言ったが、相手は応えなかった。
エドワードは焼け跡の小銭を墓石の前に置いた。
指輪を見つめ、しばし考え銀時計と共にポケットへ戻す。
のちに彼は銀時計を望まぬ昇進をしたリザに返し、指輪を首にかけた。

「行くぞ、アル」
「え、もう行くの?」

来た道を引き返すエドワードに、アルフォンスは驚きながらも続いた。



――立ち止まっている暇はねえし、オレたちにはやることがある。

アンタみたいなうるさいオッサン、いなくなってくれてせいせいした。

けど……苦しい。

もしかしたら、何年かたって、

大人になって恋をしたら、

今のわけわかんねえ苦しみが理解できるかもしれない。

それまで待つのは馬鹿馬鹿しいから、

こんなのとっとと忘れたい。

でもアンタのことは、いつまでも忘れられそうにない……。




涙が溢れたのに気づいて、袖口で乱暴に拭う。
その痛みを忘れようとするかのように、少年は前をにらんで歩きだした。







2011/09




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FA Fanfiction / ROYED

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©2011 Koibiya/Kasui Hiduki