<さいしょの難関>






SIDE:A

 まただ。オレは閉まったばかりのドア――帝国学園中等部個人学習室のドアだ――を凝視して、あり得ない可能性に行き場のない想いを抱え悶絶した。
 島から帰ったイナズマジャパンはそれぞれ元の生活へ戻り、次のステージへ向けて準備に取りかかった。高校生活が待ち構えている。鬼道は雷門へ戻り、オレは帝国へ戻った。
 しかし何かにつけては、ちょくちょく顔を合わせている。サッカー絡みはもちろん、帝国と雷門ではカリキュラムが違いすぎて支障が出ると言うの で、こうして帝国学園中等部図書室の一角にある一人~二人用の個人学習室でノートを写したり。
 だが最近、鬼道の様子に些細な違和感というか、妙な空気を見つけてしまった。帰ろうとして片付けをし、部屋を出て行くときになって、決まって少しだけ沈黙するのだ。ほんの、五秒くらい。なぜだかは知らないが、そんな彼の様子にいちいち惹かれ、自分のものにしたくなっていった。

 そうは言っても、また少し違うやり方で、自分を見てほしい。例えば、キスをすればどうなのか分かるんじゃないだろうか。まずはじめに、この超一流の脳みそをハイパーフル回転させて計画を練る。
 いつもの調子だと、放課後に練習を終え、めちゃくちゃ腹が減った頃に、帝国メンバーでファミレスに向かう。そこを敢えて雷々軒にすれば雷門の連中と話せるため、週に何度かは五駅分足を伸ばす。チャンスはその時だ。
 問題はどうやって鬼道と二人きりになるか? トイレの帰りに捕まえてと言っても、店内では無理が ある。だとすると帰り道か。薄暗くて良いかもしれない。鬼道の家は帝国学生寮のある隣の駅だから、方向もちょうどいい。帝国メンバーは途中でどんどん降りていくから、同じ学生寮を使っている弥谷と成神と土門と洞面さえ居なければ、鬼道と二人で残れる。
 ……その四人が全員居なくて鬼道と二人きりで薄暗い道を歩くなんて状況が起きていたら、とっくに行動してるっつの。そもそも今までダメだったから計画を練ろうとしているんじゃないか。視点を変える必要がある。
 じゃあ理想はどんなだ? 分からないが、鬼道が喜びそうな感じがいい。そうだ、あいつを喜ばせなければ、こっちの希望だって叶えてもらえない。
 夕陽が染める河川敷。ベタだがそれなりのムードはある。名前を呼べばこっちを向いた、その目を真っ直ぐに見つめて、ゆっくりと体を近付ける。鬼道だって期待しているはずだ、逃げないし大声も出さない。唇と唇が触れ合うまで、あと少し――。

「あーっ! HOMOだ!!」
「しーっ。見ちゃいけませんっ」

 クソガキが……覚えたてのローマ字をこれ見よがしに使いやがって。しかも使いどころ間違ってんぞ。差別語だし。
 やはり外はだめだ。とすると、室内か。何とかしてオレの部屋に鬼道を呼ぶ口実を作らねばならないということだ。







SIDE:Y

 まただ。閉めたばかりのドア――不動が住んでいる寮の部屋のドアだ――を背に、おれは大きな溜息を吐いた。自分がここまで意気地なしだとは思わなかった。いや、むしろ昔よりも軟弱になったような気さえする。世界大会で優勝したチームで最高の働きをした天才ゲームメーカーだと言うのに、一体どうしたというのか?
 原因は何となくだが分かっている。いや百パーセント、不動のせいだ。なにが何となくだ、自分で自分を苦しめているくせに。
 彼のことが気になって気になって仕方なくて、勉強も手に付かない。夜も眠れず、食事も味が分からないし、ふと我に返ると風呂でぼーっと今日過ごした不動との時間を思い返したり次に会う時の理想を思い描いたりしている。一体何をやっているんだか、このおれが恋煩いなど全く以て愚の骨頂、勘違いなら早いうちに忘れてしまわねば。勘違いかどうかは確かめるしかないのだが、如何せんその実行力に乏しい……とまあ、こういうわけだ。
 男ならとっとと事をやってしまって次へ進め、速やかに行動せよと帝王学でも教えられたが、これこそ情けないことだ。だったら完全に、端から勘違いだと決めつけて専念すべきものを優先すればいいのに、悶々としたままいつの間にか別れの時間になり、名残惜しみながら帰ろうとするが、なんだか妙なのだ。不動に引き寄せられるような、何か大事なことを成し遂げなければならないような気がするのだ。通らなければならない門があるのに、その門がどこにあるか分からない感じと似ている。おれは現実世界に生きているのでそんな状況になったことはないが、そんな感じだ。
 溜息を吐いてから数秒、早くも今日の後悔とひとり反省会をしていた。とっととやってしまおうとした事は全く実行に移せず、せっかく不動の部屋に行けたというのに何か特別な事は起こらないまま、いつもと同じように勉強だけして終わってしまっ た。全身が帰りたくないと叫んでいて、それでも何とか動かそうとしたその時、ドアが開いた。

「あ、」

 不動はまだおれがここに突っ立ったまま だとは思っていなかったらしい。もう少しで、勢いよく空いたドアがおれの顔面を直撃するところだった。おれは持ち前の反射神経が反応して、ドアの直撃を免れようとしてそのまま固まったためちょっと妙な体勢になっていた。
 もしかしたら追いかけようとして急いで出てきた、そんな風に見えた不動がおれの制服を掴み、引っ張り、おれは足をもつれさせながら中へ入って、玄関で四本の足がばたついた。
 ドアが背後で溜息をつくように閉まる。おれは不動の唇がほんのり温かく柔らかいことですっかり頭がいっぱいになっていた。

「……っい、」

 いきなり何をするんだとか、何か言ってやりたかったが、ぶわっと広がった赤いものに押されて言葉はどこかへ行ってしまい、不動を見たが同じような微妙な表情で唇を噛んでいる。心臓が爆発しそうだ。自然発火するかもしれない。そうしたらそれは消火するすべがあるのだろうか。

「じ……、じゃあな」
「……おう」

 一体何が「じゃあな」で済むのか、おれは半分以上うわの空でやっとのことでそれだけ口から紡いで、もう不動の顔も見ることができずに再びドアを開けた。今度は逃げるように廊下を、速足で歩く。エレベーターはなかなか来ない。まったくどうかしている。
 おれは爆発しそうな心臓を守ろうとして、エレベーターの前に頭を膝に埋めてしゃがみこんだ。次に合わせる顔が分からないが、とにかく今この瞬間は何か崇高な光に包まれていて、これから未来がどんな結末になろうとも、永遠におれの心に残るだろうと予感した。




end




2014/08

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