<lustroom/色欲ルーム>
情熱の国、エスパーニャ。遠征でやってきた鬼道は、不動と一年ぶりに会った。二人の関係は友達以上恋人未満、毎日メールを何通か送り合い、用事を作っては電話をかける。くだらない他愛ない話が楽しくて、家が離れてはいたが一緒にドイツにいた頃は、高校時代に戻ったみたいで本当に楽しかった。しかし不動が西軍へ引き抜かれてしまい、一年ほど会えない日が続いた。募る想いに比例して、疼く下半身にはもどかしさが溜まっていく。
試合が終わり、両チームは仲良くバールでどんちゃん騒ぎ。二人だけで杯を交わしたいところだが、お互いに今日の主役となればそうもいかない。
「鬼道クン、ちょっと」
しかしちょっと抜け出すくらいなら、誰も気付かない。その目が意味するところを読み取って、鬼道は睨むようにすがめた視線を返し、ちょうど話し相手が他の話題に夢中になっている隙に体を引いた。
不動は、ひびの入った鏡と蝶番の錆びた小さな個室が一つ、男性用便器が二つしかない狭いトイレへ、鬼道を押し込んだ。鍵を掛けた途端、抱き合って何も言えなくなっている。見つめ合って、すぐに目を閉じた。世間一般の友達以上恋人未満もこんなキスをするものなのか、呼吸ひとつで体の芯がじわりと熱を持つ。
息継ぎに吸い込んだ空気が、微かなアンモニア臭と下水の臭いから、懐かしい、無臭に近い洗剤と個人特有の汗の臭いが混じったものに変わる。その上にわずかに漂うのは、ミントガムに使われる合成香料のにおい。
「は……ッ」
後頭部を引き寄せ腰を擦り寄せ、その度にガタ、ガタッと扉が小さく文句を言った。背を預けていた鬼道は、肩を押して体勢を入れ換え不動を扉に押し付ける。唇が離れる間隔が狭くなり、差し入れた舌で歯列をなぞったとき、不動が鬼道の肩をグッと押さえて俯いた。
「ヤべえって」
ふーっと不動の肩を眺めながら大きく息を吐き、沸騰しかけた頭をクールダウンさせる。
「ホテルどこ?」
「……あの騒ぎ、抜けられるか?」
「フツーに帰りゃいいじゃん」
「じゃあ、あと一時間」
「ん」
目を合わせられなくて、するりと撫でた腕が行ってしまう。錆びた蝶番が溜め息を吐いてから、鬼道は頼りない蛍光灯が照らすひびの入った鏡の前に立ち、生ぬるい水で顔を洗った。やっと熱が落ち着いてきたところで、先刻の反省をする。
今ここで行為に及んでも構わないと思ってしまった自分への激しい羞恥が、今頃になって沸騰するかのように沸き上がってくる。さんざんがっついて来る不動を批難した自分が、同じことをしようとしていたではないか。
一時間なんて地獄のようだ。鬼道はこの強烈な感情が、特定の相手にだけ生じる特別なものだと、既に分かっていた。もう一度、フゥと息を吐いてトイレを出る。
もう、止められない。
end
2014/08