<愛妻弁当>
※激しいキャラ崩壊注意
※天京風味
太陽がサンサンと降り注ぐ日曜日の午前十時、オレ松風天馬は最高の気分でユニフォームに身を包み、雷門中の芝を踏みしめた。今日は待ちに待った、帝国学園との練習試合!
宇宙人とばかり戦ってきたから、ふつうの人間とサッカーできるのが楽しくて仕方ない。毎度お馴染みの迫力ある重々しい登場にも慣れ、装甲車から現れる帝国イレブンと挨拶を交わす。相変わらず気張っていて、自信たっぷりな雅野たちの様子に感じる妙な安堵感。
しかし、鬼道総帥の様子がおかしかった。
「いいか、練習試合なんぞとっとと終わらせるぞ。終わったらすぐに昼食だ」
「はい! お任せください、総帥!」
元気よく返事をしている雅野と帝国陣だけど、鬼道さんは物凄く不機嫌そうだ。あれはきっと、寝坊して朝食を摂り損ねた時の眉間のシワだ。オレも感じたことがあるから知ってる。うんうん、つらいですよね。
ベンチに座って腕組みをする鬼道さん、そしてその前に立つ佐久間コーチが微妙な顔をしながらホイッスルを口にしたけど、吹く前にひょいっと意外な人物が現れた。
「鬼道クーン! お詫びに弁当持ってきた!」
不動監督が私服姿で健康サンダル履いて走ってくるところなんて滅多に見れないのでは、と思いながら一体何事かとオレたちは見守る。鬼道さんはすっくとベンチから立ち上がったが、すごい形相だ。それよりすごい形相なのは佐久間さんだった。
「なぜここにいるんだ?」
みんなが聞きたい。ついでに、鬼道さんとどういう関係なのかも聞きたい。なんのお詫びなんだろう?
「だーから、今朝寝坊さしたお詫びだって。ホラ、ご飯大盛りで、おかずもお前の好きなヤツ詰めてやったから」
そういう問題なのかな? でも鬼道さんはちょっと嬉しそうだ。そういう問題なんだ。
「部外者は立入禁止だ! お前なんぞ観客席も出禁だ!」
佐久間さんは不動さんに何の恨みがあるんだろうか。それも気になる。
「ふん……」
ベンチに座り直した鬼道さんは、膝に乗せた包みをほどく。やたら可愛いペンギン柄のハンカチを開くと、二段の高そうな曲げわっぱの弁当箱が出てきた。鬼道さんはおもむろに、これまた高そうな漆塗りらしき箸入れに入っていた漆塗りらしき箸を取り出して食べ始める。お腹が空いて倒れそうだったわりには、がっついたりせずにお行儀のいい食べ方だ。さすが鬼道さん。
けれどまた、問題発生らしい。箸がピタリと止まり、空気が凍りついた。
「玉子は大葉入りじゃないのか」
弁当箱を見つめたまま鬼道さんが低い声で呟く。大葉入りの出汁巻き玉子がお気に入りらしい。お詫びって持ってきたものにお気に入りが入ってないなんて、ショックだよね。でも、不動さんはあんまりダメージを受けてないようだ。慣れてるのかな?
「っあー! ゴメン! すっかり忘れてた」
「さてはお前、弁当を二つ作り、愛人の分とおれの分を取り違えたな?」
思考回路がすごいし、なんでそんな面倒な話を即座に考えつくのか、やっぱり天才ってすごい。
「んなワケねーだろォ!? ペンギンウィンナーだって入ってるし!」
タコさんじゃないんだ。ペンギンウィンナーってどんなだろう?
いや、それ以前に確かに、むすっとしてちょっと唇を突き出す鬼道さんは子供みたいだ。あれっ、実はあんまり怒ってないのかもしれない。
「明日! 明日絶対大葉入りにしてやるから。な?」
「絶対だぞ……」
不動さんが両手を顔の前で謝るように合わせて、それを見た鬼道さんはフンと鼻を鳴らして弁当に戻る。そんなに大葉が好きなのかとか、もっと他に怒るべき所があったんじゃないのかとか、色々と突っ込みが追い付かず、オレは目を細めた。あれがリア充ってやつかなあ。太陽が眩しいなあ。
「……天馬、そろそろ始めよう」
なんか既に疲れた声で神童さんが言った。
「はい!」
大人の事情が気になるけど、オレたちにはオレたちのやるべきことがある。雷門のキックオフで始まった練習試合は順調に進み、激しい攻防を繰り返した。
ふと見ると、ベンチに座る鬼道さんの隣にはちゃっかり不動さんが座っていた。佐久間さんは眉間に三本くらいシワを作って、オレたちが何かミスをしないかと目を光らせている。こわい。
不動さんはそんなことお構いなしといった様子で、ベンチはオレのものと言わんばかりにのさばっている。しかも鬼道さんの肩に片腕 を回し掛けて。一体あのドヤ顔はどこで身についたんだろう。生まれつきかな?
「天馬!」
回ってきたボールを慌てて受けて、オレは再び走りだす。やっぱりサッカーは楽しい。鬼道さんと不動さん、佐久間さんにも、こんな時代があったんだって思うと、蹴る足にこめるものが増える。
結果は1-1の引き分け。楽しくサッカーできたからいいんじゃないかな。
オレたちも、やっと休憩。ひと試合やった後のミネラルウォーターとおにぎりは格別だ!
帝国メンバーと適当に座って、わいわい楽しいお昼になった。それにしても、一人一つじゃ足りないなあと思っていると、薄笑いを浮かべた不動さんが両手におにぎりのたくさん乗った皿を持って、葵や瀬戸さんとやって来た。
「お~、みんな足ンねェだろォ~。どんどん食え~」
皿を剣城に渡して、不動さんはフッと笑う。
「お疲れさん。お前も大分、慣れてきたみたいだなァ」
ぐしゃっと頭を撫でようとして、剣城が髪型を気にする系男子だということを思い出したらしい不動さんは、背中をぱんぱんと叩くのみに留めた。剣城はちょっと俯いてから、でも失礼になるからちゃんと不動さんと目を合わせ「あ、ありがとうございます」と言った。律儀なところが可愛い。などと和んでいると、不動さんの背後におどろおどろしい効果音が付属されそうな、鬼道さんが立っていた。
「どーしたの、鬼道クン?」
動じないところがさすが、その名の通り不動さんだ。しかし大丈夫だろうか……今の鬼道さんはマジで怖い。全く関係ないオレですら身の危険を感じる。鬼道さんはきっと顎を上げ、不機嫌そうに言った。
「デザートは無いのか」
そっちか!!!
「冷やしてんの」
あるのか!!!
鬼道さんはきゅっと口を引き結んだまま、くるりと背を向けてベンチへ戻って行った。不動さんはおにぎり配りをマネージャーたちに任せ、その後を追いかける。なんだか分からないけど、大変だなあ。
「ねえ天馬、不動さんのデザートって何かなあ? きっとものすごく美味しいものだよね!」
信助が目をキラッキラさせながら耳打ちするものだから、米粒が鼻に入りそうになってちょっとつらかった。信助はもうちょっと何か疑問を感じないんだろうか。まさか、こんなに気になってるのはオレだけ?
「う、うん……そうだね」
「気にならない?」
「え? ……だ、ダメだよ信助……」
止めるオレをスルーして、信助は体が小さいのを良い事に、ワイワイとおにぎりにかじりつくみんなの輪から抜けて、そろそろとベンチへ近付いていく。オレは止めようと思って追いかけたはずなのに、いつの間にか一緒にボールカゴの陰から覗き見する羽目になっていた。まずい。
「……不動、今日はすまなかったな」
「あ? いいって、無理させたのオレだし」
「だが……」
やばい、思いっきり会話が聞こえてくるし、鬼道さんたちはオレたちに気付いてない。ボールカゴの陰なんてすぐバレそうなのに。信助は顔を伸ばして不動さんの手元を覗こうとしている。オレは必死で抑えた。
「なに? 誘ったのはおれだからって?」
「い、言うな」
鬼道さんが動揺してるなんて珍しい。ちなみにこっちを向いたので不動さんの手元が見え、クーラーボックスから出したばかりの水ようかんが見えた。竹に入っているやつだ。皿に乗せられ、菓子切まで付いている。鬼道さんが驚きもせず受け取ってさっそく食べ始めるところを見ると、これが当たり前のことなんだろう。 信助が涎を垂らしているけど、オレは二人の会話が気になったのでこらえてもらった。
「不動」
「なんだ?」
「今日みたいなのは、あまり……」
まさか嬉しくなかったのだろうか? 二人の仲はやはり悪いのだろうか。オレは疑惑が募ってますます気になってきた。鬼道さんは眉間にシワを作って、水ようかんをもう一口食べる。不動さんが溜息を吐いた。
「悪かったな……」
鬼道さんは不動さんが雷門に来ることが迷惑なんだろうか。仲が良いように見えるけど、やっぱり中学時代の犬猿の仲は続いたままなのかもしれない。そんな余計なことを考えてしまった。
「でも何で? 迷惑はかけてねェだろ」
鬼道さんは俯いて、空の皿を眺めた。そのショボーンな感じは、この場のシリアスさが生んでいるのか、水ようかんをもっと食べたいだけなのか、分からない。
「迷惑ではないが……急に来られると、心の準備をしきれなくてな……迷惑だ」
「やっぱり迷惑なんじゃねーか」
そう言う不動さんは嬉しそうに、鬼道さんの隣に座って抱き寄せる。顔を近づけると、鬼道さんが慌てた。
「よせっ」
くすくす笑って、不動さんは離れる。オレは目が点。
「毎日お前の仕事場に押しかけて、慣れた方がいいんじゃねーの?」
「だから迷惑だと言っているだろう」
「よく言うじゃーん、いつも一緒に居た方が長続きするって」
「それは逆じゃないのか」
ぐいぐいと体を押し付けようとする不動さんを、鬼道さんは押し返す。三回目にはそれがリズミカルに繰り返されるようになっていて、鬼道さんも口元が……ゆ、ゆるんでいる!
大のおとなが男同士でやることじゃないと思う。さすがに信助も、水ようかんを諦めるくらい疲れたらしい。
「……帰ろうか」
「……うん」
オレたちは、もう片付け始めているみんなのところへ戻った。二人のことは気にしないことにしよう。でも信助は帰り道でまだ水ようかんのことをブツブツ言ってたから、オレは「今度一緒に食べよう」と約束して何とかなだめた。
今日の収穫:鬼道さんは怒っても怖くない人だということが分かった。
おわり
2014/08