<お酒に弱い鬼道さんの話>
介抱役は純粋に嬉しいが、こう頻繁では疲労が生じる。
「ホラよ、着いたぜ」
不動は文字通りぐでんぐでんに酔い潰れて半分眠っている鬼道を、ベッドへ半ば放り出した。どさりと投げ出された体はベッドに沈み、何か気持ちよさそうにむにゃむにゃとつぶやいて、それっきり小さないびきが聞こえ始める。やれやれとため息を吐き、その寝顔が可愛いなあと眺めてから、不動は肩と首を回しつつキッチンへ向かった。
冷たい水で喉を潤しながら、確認のために記憶を遡る。どうせ朝になったら、眉間にシワを寄せたまま自己嫌悪にまみれた声で訊ねられるからだ。
まず、ほぼ毎月行われているレジェンドジャパンメンバーで飲み会があった。次の日は何も無いからと、鬼道はいつものように飲んでいた。不動もほぼ同じように飲んでいたが、何故か酔いづらい体質らしいのだ。
とにかくビールをジョッキ二杯、お湯割り焼酎二杯、ウイスキーロック三杯、の辺りでだいぶ出来上がっていた。にも関わらず酒好きで陽気な連中はリタイアしたメンバーを残して二軒目へ向かい、そこでも何か内容を掴み損ねた緑色のカクテルと、ウォッカマティーニを三杯あおっていた。
ようやく円堂がダウンして、会はお開きになり、タクシーを捕まえる間に高級酒を道端へ流す一流選手たちの姿を見てさんざん小馬鹿にしていた鬼道を、何とかなだめすかして連れ帰ってきた。鍵をなかなか渡さないからポケットを探ったら廊下に響き渡るような大声で痴漢呼ばわりされ、本当に最悪だった。
しかも当人は至って上機嫌なのだ。それがまだ唯一の救いだと思うことにしてはいるのだが。
「オレで良かったなァ……」
気持ちよさそうにと言うよりも正体を失くして眠っている恋人を見やり、不動はリビングへ戻って、ソファに横たわった。
◆
まず、休みの日だからと言ってワインを買ってくるのをやめさせなければ。
ポンッと小気味良い音がして、不動は慌てて振り向いた。
「おいっ!」
「ん? なんだ? 一九九二年イタリア、白だが辛口だ。お前も好きだろう」
好みの問題以前に、それは本日三本目だということをもっと深刻に認識してもらいたい。
どう言ってやればいいものか考えるが、もうコルクを開けてしまったものはどんどん劣化してしまうし、そうこうしているちに鬼道はソファへ戻ってきて、ローテーブルに置いたグラス二つになみなみと黄金を注ぎ、勝手に乾杯していた。
「んん……たまらないな」
口を付ける前に香りを楽しんで、恍惚とそんなことを言う。知らねえぞ……と思いながら、どうせ飲むならとワインに合いそうなつまみを探しに不動はキッチンへ向かった。
案の定、あっという間に空けてしまったほとんどの量を、鬼道が飲んだ。止めようかどうしようかと迷っているうちに、気がつけば飲み干していて、鬼道はどこか不機嫌にグラスを片付ける。今夜はそれほど酔っていないのかと思いきや、隣へ戻ってくるなり押し倒さんばかりにすり寄って来たので驚いた。
「ふどう……今日は泊まって行くのだろう?」
まるで幼児のような言い方で、少し高い声が囁く。不動はせがまれたキスに二、三回応えた後、鬼道の肩をやさしく掴んだ。
「お前、甘えてるだろ。オレに」
「甘えてなどいない」
即答するのは肯定と同じようなことだ。しかし鬼道は機嫌を損ねたのか、起き上がって正しく座り直した。代わりに不動が立ち上がる。
「悪ィけど、今日は帰るぜ」
「なに……なぜだ?」
やけに必死な声が呼び止める。不動は口を開く前に、目線をさ迷わせた。
「酔った勢いでどうのこうのっつーのは、オレは……そういうのは、もうしたくねえんだよ」
「あ、待て」
背を向けようとして腕を掴まれ、驚いた。こんなに鬼道がしつこいのは珍しいが、酒のせいなのか判断がつかない。
「もうしたくない、のか?」
言ったそばから、これには語弊があると感じていた不動は、きちんと振り向いて答える。
「酔った勢いでは、ね」
酔い潰れて弱っている鬼道をベッドに寝かせながら、何度このまま抱きたいと思ったことか。しかし朝の後悔を増やしたくなくて、ずっと我慢してきたのだ。だがそんな不動の心中を察せず、鬼道は張りの無い声を掛ける。
「帰るな。お前には、どこへも行って欲しくないんだ。だけどおれは不器用で、酒がやめられないから……お前に、迷惑を掛けている」
まるで心臓を両手で包み込むように、鬼道は言う。
「もしかして……オレのせいで飲み過ぎンの?」
不動が問うと赤い目が少し揺れた。
「……苦しいんだ。いつもいつも不動のことばかり考えて、付き合っているというのに恋人らしくないし、気持ちを何ひとつ伝えられなくて、そんなことを考えているうちにいつの間にか……おれは馬鹿だ。情けなくて仕方ない」
俯くドレッドを眺め、不動は小さな溜め息を吐いた。こんな態度は初めて見たが、もう強く言えなくなって、敗けを認めるしかない。
「別に飲んでもいいから。ほどほどにしとけっつってんの」
「そうか? こうして酔っ払っても、嫌いにならないか……?」
なんだ、それが不安だったのか。疑問が解けた不動は、少し笑った。
「んなことで、ならねェよ。嫌いになんか。それよか酔っ払い鬼道クン、めちゃめちゃ可愛いし」
「何? 可愛いなどと言うな。全くうれしくない」
むくれる余裕があるのなら大丈夫だ。不動は彼の隣に片膝を乗せ、俯いた顔を下から覗きこむ。
「褒めてンだからいいじゃん」
「そういう問題じゃな……」
うるさい口は、とっとと封じてしまうに限る。
「んんっ……ふ……」
まだ、挨拶代わりだ。不動は何度もゆっくり触れ合わせたあと唇だけ離し、五センチと離れていない鬼道の目をまっすぐ見つめた。眉はやや不安げだが、いつもと同じ強い光に輝く紅い瞳は濡れていて、そのまま全身全霊を注いで愛撫したくなる程の誘引力を放っている。
「ふどう……おれを、離さないでくれ」
こんな弱気な鬼道が見れるのが、ただのアルコールのおかげだというのか。別人のような別人でないような、奇妙な感覚に包まれながら、心から唇で応えた。ふわふわしたドレッドの束を撫で、後頭部を支える。
鬼道がぐっと体を寄せて来た。腰から手を滑らせ、股間を揉むようにして撫でると、鬼道がぐらりと揺れる。自ら外したベルトを避けてスラックスのジッパーを下ろすと、下着の中へ片手を潜り込ませた。
「んぁ……っ」
先走りで濡れた手を引き、止めるなと言いたげな鬼道を宥めるようにキスをする。思った以上にやり返して来て、長引く。歯列を割り軟らかい舌と戯れ、唾液が溢れた。
「ン……、ンッ……ふ……」
体液を本人の後孔に塗りつける。指先で広げると、それだけで快感を生んだらしく、独りでに腰がうねった。
「はァっ……、お前は……何も言って、くれないのか」
手早くコンドームを開け、体勢を整え、濡れそぼった入り口に自身を宛がう。鬼道が懇願にすがるような視線を寄越してくる。だが不安と言うよりは、不満げな視線だ。
「シラフんときに、言ってやるよ。夢じゃないって分かるようにさ……」
誤魔化しも兼ねて、一気に腰を進めた。
「うぁ……! なぜ、……外せ……っ」
「んだよ、着けてねェと……後で文句言うクセに……っ」
挿入した後は、律動と言うよりも円を描くように腰を揺らす。それだけで奥深くに挿さったままの楔が、貫通した体の中心に動くたび電撃を送る。
「あ、ふど、ぁあっ……!」
鬼道は両目を瞑り、荒い吐息と共に悶絶の声を漏らす。いつもは歯を食い縛って耐えんとしているのに、今夜は敢えて快楽を積極的に受け入れ、手繰り寄せて唇を舐めてきた。
「鬼道、イきそーっ……」
鬼道のきれいに筋肉が付いた脛を掴んで折り曲げ、激しく出入りしやすい体勢を作り、慣れて濡れた粘膜を擦る。
「おれ、も……ッあ! や、ふど、う……ッ!」
鬼道の首筋に何度も口づけるが、夢中でただ求め合い、肌がぶつかる音に意識が混ざっていく。
「くぅぁーーッ!!」
鬼道がしがみついてガクガクと震え、それを抱き締めて不動も腰を震わせた。腹が彼のもので濡れたのを感じる。胸の中の想いも一緒に吐き出してしまいたくなって、やっとのことで口を噤む。代わりに頭を撫でて、キスをして、赤い瞳を探した。
「ふどう……」
「なんも言うな」
不動は微笑んだ。
この後、鬼道は酒の量が減り、悪酔いはしなくなった。ある日茶化して褒めてやったら、不機嫌そうにこう言われた。
「お前を甘やかすとロクなことにならないということは、身をもって学んだからな……」
不動は叫びたいのをぐっとこらえ、目を縋めた。
「お前さあ……ゴムなんて要らない?とか言ってたのはどこの誰だったっけ?」
「おれはそんなこと言ってな……」
咄嗟に否定しながら記憶が戻ったらしく、鬼道は最後まで言う前に言葉を失った。真っ赤になったところは、たまらなく可愛いのだが。
「だいたい、お前が悪いんだっ」
「はあ? この件に関して、オレのどこが悪いか言ってみろっ!」
逃げる鬼道のしっぽを何とか掴んでやろうと、不動は必死に追いかける。
こうしてまたひと悶着起こるのだが、それはまた別のお話。
お酒は自己管理しましょう。
end
2014/08