<確認と反省、時空を超えた場合の処理について>







 ジャージの上着を脱いで、ベンチの背もたれにばさりと掛け、腰を下ろす。やっと一人になれたと思ったとき、こちらへ向かってくる姿が目に入った。見慣れた姿ではあるが、今にしてみれば懐かしい。
 ドレッドはまだ解いておらず高い位置で括り、ゴーグルで凛々しいつり目を隠すのはいただけないが、彼がどれだけお気に入りなのか知っている今は青いマントも可愛く見える。ただでさえちんまりと背が低く、十年分の想いが詰まっているというのに、再び目の前で会えるというのは妙な感覚だが、その喜びといったらない。まさに、目に入れても痛くない、というやつだ。
 若き天才ゲームメーカーは颯爽と通り過ぎようとしていたが、やはり途中でぐっとコースを変え、大きく弧を描いて不動の前へやってきた。

「どうかした? 鬼道クン」

 何か言いたそうに、この頃から変わらない芸術的な眉はやや不安げだ。じっくり、言葉が見つかるまで待ってやる。大人の余裕というやつだ。

「その、本当に……不動なのか?」

 なんだ、そんなことか。と不動は苦笑する。

「そ。驚いた?」
「驚いたも何も……髪を伸ばしているし――別人だな」
「だろうねェ。昔の自分がどんなだったかはよく覚えてるよ」

 片手をひらひらと苦笑したまま空を仰ぎ、視線を戻すと、鬼道はなにかもじもじと、言いづらそうにしていた。

「あ、あの……」
「うん? もーっと楽にしろよ、いつもみたいにさァ」

 ぽんぽんと、やや丸まった肩を軽く叩く。

「そう言われても……困ります」
「ぶはっ! 何だよ、その言葉遣い」
「す、すまない……つい、目上の人には敬語になってしまうんだ」

 よそよそしいのが、可愛くもあり寂しくもある。

「とりあえず、座って、それ外せば?」
「そうだな……」

 ゴーグルを外し、鬼道はベンチに腰を下ろし、ふうと息を吐いた。二人の間には拳三個分くらいのスペースが空いている。

「そ、その……不動? ひとつ、聞きたいことがあるんだが……」
「なーに?」
「成長したおれ、と言うか……未来でもまだ、一緒にいるのか?」
「付き合ってるかってこと?」

 困惑気味の質問をストレートに言い直すと、鬼道はやや頬を染めてこくりと頷いた。不動はその不安げな眉を見て、優しく微笑む。

「オレが別人みたいだって言ったよな。それ、鬼道クンのおかげだぜ」

 俯いていた赤い目が不動を見た。

「鬼道クンのことずっと見てきて、いろいろあったけど、一緒にいて本当に良かったって思う」

 目の前できらきらと揺れる赤が瞬き、ちょっと撫でるつもりで手を伸ばすと、鬼道の方から控えめにだが抱きついてきた。ぎゅ、と一段と華奢に見える手が、不動の胸のあたりのシャツを掴む。

「こっち向けよ……」

 ほそい顎を捕らえて見つめると、慌てて目を閉じる。ちゅっと音をたてて、軽いキスを頬に落とす。

「かーいいなぁ」

 つい口に出してしまった。鬼道は頬を撫でられて、恐らくだらしない顔の不動を困り顔で見上げる。

「不動とは思えないんだが……ちょっとさわってみてもらえないか」
「え?」

 思わず聞き返してしまった。

「その……手を貸してくれ」

 言われるまま差し出した両手を、鬼道は撫でてからきゅっと握った。

「……どお?」
「ふむ……」

 鬼道は真っ赤になった顔で俯く。考えているふりをして、本当は気恥ずかしくて、不動らしさを感じるどころではないのだろう。不動はフフンと笑って、そっと抜いた片手ですべすべしたやわらかい頬を撫でた。大人になった今でも滑らかで張りのある肌をしているが、この子供特有のやわらかさが残っているのはせいぜい高校生くらいまでだ。

「この方が早くね?」

 そのまま顎を捕らえて、唇にちゅっと音をたてて口付ける。離れた直後、鬼道は乱雑に手を離して慌てた。

「なっなにをする!」
「なにって……分からねえ?」

 鬼道は少し考えたのち、落ち着くと共にふうと息を吐いた。それは肯定の返事にも聞こえる。

「う……浮気になる……」

 小さな声でそう言うが、さりげなく腕組みしたことによって抑え隠されている胸の奥は、今しがたのキスが本物であることを証明している。それを何となく読み取って、不動は笑った。

「大丈夫だって。オレ、本人だもん」
「そういう問題じゃ……」

 恥ずかしそうに寄せられる眉の下が、すがるように不動を見た。再び抱き寄せると、抵抗は起こらない。

「十四の時ってオレ、ばりばり見栄張っててさ。鬼道くんのこと好きすぎて、逆効果なことばっかやってたのに。よく十年もってるよなァ」
「そ、そうなのか……?」
「そーだよォ。鬼道クンのことを意識しない方が大変だったんだぜ。だからこうして十年前の鬼道クンがデレてる時に会えるとか、貴重すぎ」
「デレてなどいないが……」

 小さな肩に腕を回し、ドレッドに頬をすり寄せる。鬼道は面食らっているようだったが、さっきより慣れたのか、離れることを諦め、そして諦めたことによって甘え心が顔を出し、無意識に不動の胸元にすっかり身体を預けていた。顎を上向かせ、頬に口付ける。

「な。チューくらいイイだろ?」
「な……イイとかワルいとかじゃ……」
「かーいいんだもん」
「か、可愛いなどと……」

 動揺しつつ、鬼道は赤い顔を背けようとするが、迷いが見られる。

「じゃあココ以外なら問題ないだろ?」

 唇に指でそっと触れながら、頬にキスをする。鬼道はやはり別人かと不思議に思っただろうが、可愛くて愛おしくて堪らない。

「やめ……不動っ、」

 制止の声が切実に聞こえ、見ると鬼道は体を縮めて俯いていた。

「どうかした?」

 答えない鬼道から理由を聞き出すために、不動はいくつか質問を重ねる。

「お腹痛い?」

 首を振る。

「気持ち悪い?」

 首を振る。

「じゃ、気持ち良い?」

 わずかに反応があった。しかし鬼道は首を振る。面白くなってきて先を続けようとした時、やっと口を開いた。

「いま耳に触った……」

 そう言えば、耳に近い頬に口を付けたかもしれない。許容範囲だと思っていたが、耳は鬼道の数少ない弱点の一つだから、近くでも感じるのかもしれない。

「感じちゃった?」

 首を振る前に真っ赤になった。くすくす笑われるのが気に入らないらしく、鬼道はしかめ面になってしまう。その表情を変えたくて、不動は口の端を歪めた。

「抜いとけよ。手伝ってやるから」
「なっ……必要ない!」

 むきになった度合いで、どのくらい切羽詰まっているかが判断できる。ポーカーフェイスが完璧になった今はできない事だ。

「まあまあ、そう言わずにさ。自分でするよりキモチイイぜ?」
「そこまで切羽詰まってないっ」
「じゃあどこまで?」

 わざとらしく囁くと、ビクッと肩が震えた。大人になってプライドがさらに高くなり、色々なことに慣れてしまった今は、こんな初々しい反応は見せてくれない。
 鬼道の腰を抱えて、背徳感にぞくりとした。

「なんたって、鬼道クンのイイところは全部教えてもらったからなァ」

 しがみつく鬼道の首筋から、布越しに胸を撫でる。体が強張るのが分かった。

「こことか、」
「んっ……!」

 そのまま、探り当てた突起をそっと摘まむ。

「こことか……」
「ひぅっ……!」

 今さら器用さをひけらかすつもりは無いが、胸を撫でながら囁いたその耳を舌の先でちろっと舐めると、しがみつく鬼道の手に力がこもった。

「かっわいいなあ。ホラ、こうするともっとイイだろ?」
「うわっ……」

 腰を抱いていた手を下へ、ユニフォームの中に滑り込ませる。頬っぺたと同じくらいやわらかい尻たぶを撫でてから掴む。

「もうオレとはヤっただろ? 初めては島から帰ってすぐ……」
「い、言うな」

 慌てた鬼道に手で口を塞がれた。

「本当に本物なんだな……」

 吐息混じりに見つめられて、ぎりぎり余裕の笑みを返す。

「だァから言ってンじゃん。オレはオレだって」

 鬼道の、まだ発育途中にある屹立を見ようと下着を膝まで脱がすと、まだ若い性器は頭をもたげ始めていた。「やめろ」と言いたげな視線を受け流して、手を伸ばす。片手で包み込むとすっぽり収まってしまうが、その熱さは一人前に扇情的だった。触っただけで硬さが増していき、みるみるうちに勃ち上がる。

「あ……はぁ……っ」

 不動の肩にしがみつく鬼道の自身を優しくこすり、頬や額、見える部分にキスを落とす。

「うぁあ……! ふど……っ!」

 間もなくしてビクンと鬼道の体が震え、乳白色の液体が不動の手に零れた。

「あ……」

 一瞬ぐったりと力が抜けた体を支えながら、濡れた手を後ろに持っていく。精液を潤滑油代わりに、指を一本だけゆっくりと挿し入れた。

「ひ……っ」
「まだキツいなぁ」

 懐かしげに呟く。指を動かすと、ちゅくちゅくと音をたてる。

「は……ひゃ……っ」
「後ろだけでイッたことあるか?」

 鬼道の好きなポイントを探ると、たどたどしいが自然に腰が揺れた。

「あう……なん、か……ぅっ、ヘンだっ……!」
「そうそう、その感覚に身を委ねてみ?」
「や、ひぁ、ンンッ……!」

 八の字に眉を寄せ、うっとりと耽美な表情でしがみついて揺れる鬼道を眺めながら、いつの間にか自分の股間もすっかり熱を持っていることに気がついた。

「んぁあ……ッ!」

 びくんびくんっと痙攣を起こして、鬼道は二度目の、射精の無い絶頂を味わう。ぽーっと蕩けた顔で、鬼道はすっかり上がってしまった呼吸を整えようとしていた。何とか覚束ない手で身なりを整えるのを、手伝ってやる。

「やべ……勃っちまった」

 呟くと、鬼道は不動の股間に視線を向けた。わずかな膨らみから目を逸らせず、鬼道はちらりと目を合わせて様子を窺う。

「見たい?」
「お、お返しをせねば、と……」

 吹き出しそうになったが、何とか堪えた。「可愛いなぁ」も、恐らく機嫌を損ねるため脳内のみに留めておく。

「願ってもないお言葉」

 茶化して下着を脱ぐと、現れた大人の逸物に鬼道は少なからず驚いたようだったが、そろそろと手を伸ばした。

「デカイな……」
「そお? 今、鬼道クンに興奮してるからさ」

 華奢な手が輪郭をなぞり、硬さを増した肉棒は早く使ってくれと耳打ちする。

「今こんなの挿れたら、裂けちまいそう」

 ifの話を冗談で呟いたはずが、つい頭の片隅で妄想してしまい、慌ててよこしまなイメージを振り払う。

「ンッ……んう……っ」

 幸い鬼道は小さな口で慣れない大きさのものを頬張ろうとして躍起になっている最中で、不動の呟きはあまり聞いていないようだった。それよりもそのビジュアルが体の芯を刺激する。何度も口を開いて包み込もうとするが、先端を包むのがやっとだ。

「は、はぁ……っ」
「ムリすんなよ」
「し、しかし……」

 すっかり羞恥心よりも愛情で動くようになっている、鬼道の頭を撫でる。

「ぺろぺろしてくれるだけでもサイコーだからさ」

 頬を染めて、鬼道は渋々納得したのか、再び屈み込む。チロチロとピンク色の舌が見え隠れして、余計に煽った。

「ハ……はぁ、鬼道クン……出るから離せッ……」

 思ったより堪え性が無い自分に呆れながら、残りは自ら手でしごいて白濁を絞り出した。鬼道は立ち上がって隣に座り直す。

「本当に不動なんだな……」
「な、これなら浮気にならねぇだろ?」

 ふぅと満足そうな吐息をひとつ、身なりを整えて細い肩を抱くと、胸元で鬼道が呟いた。

「いつもこうならいいのに……」

 思い当たるところが多すぎて冷や汗が流れる。

「悪ィな……もうちっと我慢してくれ、な? オレも頑張ってるからさ」

 お詫びの気持ちを込めて額にキスをすると、諦めたように長い息を吐いて寄りかかってきた。想いだけは時を超えても通じ合う、今は特別な時間。そして良い反省にもなった。





end



2014/08

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