<二十七歳の童貞卒業式>




※リバーシブルです※








 夏の暑さで頭がやられたのか、嫁が突然おかしな事を言い出した。

「お前と付き合って十二年になるが……おれはまだ童貞なんだろうか?」

 少なくともキッチンで言う台詞じゃない。飲みかけの500mlペットボトルを掴んで口を半開きにしたまま、オレは一瞬固まった。

「あー……なんで?」

 とりあえず、質問を質問で返す。まず、なぜその疑問が沸いたのかが問題だ。毎晩思いっきり満足させてやっている自信があったのだが、まさか現状に不満でも抱いているのだろうか。卒業させてくれと言われれば同じ男として叶えてやりたいとは思うが、では一体どうやって? そんなオレの混迷を窮める脳内などつゆ知らず、鬼道は先を続ける。

「性交渉を経験していても、後ろ側だけで前が未使用ということだと、童貞と言うそうだ」
「ああ……まあ、そうだな」

 どうせまたインターネットで見かけた情報なのだろうが、正しい理論には同意するしかない。ことに鬼道に対しては、妙な屁理屈をこねたりでもしたらとんでもないことになると十二年前に学んでいる。

「だから、おれは童貞じゃないかと」

 意見を述べろと云わんばかりに、赤い目が真っ直ぐに見つめて来て逃れられない。オレは逸らしそうになる視線をぐっと固定して、気付かれないよう静かに長い溜め息を吐いた。

「だと思うよ? なんでそんなこと聞く訳。卒業したいの?」
「それは……おれも、男だからな……」

 まじかよ。前が未使用というのは当然ながら、改めて確認できてちょっと浮かれかけたが、浮気公認なんて頼まれたくない。

「なに、じゃあオンナノコと?」

 苦い薄ら笑いを浮かべると、鬼道は顔をしかめた。

「それで困っている」

 生理的に、女性の肉体に魅力を感じることができないんだと、以前情けない顔で教えてくれたことを覚えている。面白がって、持っていた雑誌を見せてみたが、確かに呆れるほど無反応だった。改めて安心しつつ、オレは困惑する。
 じゃあどうするんだよと見た鬼道の顔も、困ったような懇願するような表情で。

「第一、それでは浮気になってしまうしな……」

 やめろよ。だから、そんな目で見るな。

「おれの相手は一人しかいないだろう」

 照れたように顔を逸らした後、熱っぽい視線を向けられて、オレはすっかり懐柔されたのを感じた。お手上げだ。

「……わぁったよ」

 表情がわずかに変わった。何も言わないでいてくれて助かるが、視線だけで謝られても困る。







 はっきり言って、おれの頭は沸騰していた。一人ずつ浴びたシャワーの後、寝室に入ってTシャツを脱いだ不動は、「あ、そうだ」と思い出したように言ってベッドに腰かける。

「どうせなら、最初からやってみれば? オレ、大人しくしてるからさ」

 鬼道は彼の余裕そうな態度と気遣いに、やかんから熱湯が吹きこぼれる思いだったが、何とか取り繕って「ああ」と発音しつつ、いつものようにシャツを脱ぐことができた。
 大人しくしているだなどと、よく言えたものだ。これからいつもしていることを、自分がされるというのに。
 そこまで考えて、ふと気付いた。不動も不動なりに、沸騰しているのだ。
 おれは、いつも不動にされていることに慣れる前の自分を思い出した。容易ではない。肉体的苦痛だけでなく、精神的苦痛を味わうことになる。
 だがそんなことは些末事であると思わせる何かが突き動かす。胸がいっぱいになって、おれは手を伸ばした。

「不動……」

 キスはそこそこ慣れている。こいつがいつもしてくるような動きも、覚えているから真似してやった。呼吸が乱れだして、よそよそしかった空気が融け合う。
 不動を自然とベッドに押し倒しながら唇を重ねて、思った。これでこそ、二十七歳の大人の男というものだ。

「んんっ……はぁ……」

 疼く体が次は胸を愛撫してほしいと思い、今は自分が逆の立場だと思い出す。いつもされているようにしてやればほぼ間違いはないとばかりに、小さな突起を指の腹で撫でた。
 面白そうに見ている不動の目の前で、小さな粒を親指の腹で押し、円を描き、舌でなぞって口に含む。

「はは……くすぐってえ」

 あまり効かないらしい。少し恨めしげに睨んで手を下へ、体に沿って滑らせる。不動は口をつぐんだが、笑いそうなのを我慢しているのが分かった。
 これから開発してやればいい話だ。

「……っ」

 それならここはどうだと言わんばかりに、下着の上から股間を包み込む。吐息が漏れて、顔を見ればにやりと笑っている。余裕を崩してやりたくて指を揉むように動かすと、不動の手も伸びてきた。

「しっかり勃ってンじゃん」
「大人しくしているんじゃなかったのか」

 確認など頼んだ覚えはない。不動はふっと笑って、手を動かす。硬く熱を持つと同時に、いつも蹂躙されている蕾が刺激を求めて卑しくひくつき始める。おれは不動の肩を掴み、ベッドに押し付けた。

「おれの番だ」

 キスをしながらは、余計なことを言わないように。恥ずかしかったなんて理由は認めたくない。不動は自身を愛撫されながら、そんなおれを見て面白がっている。

「次は?」

 瓶を開けて濡らした指を、尻の割れ目の奥へ持っていく。恥ずかしくてキスで誤魔化したくなるが、何とか堪えた。ローションを塗ったその指にわずかに力を加え、ぐっと曲げていく。

「……っ」
「大丈夫か……?」

 さすがの不動も苦しそうに口を歪め、前髪をかきあげて、歯を食い縛っていた。しかしそれは感情的な問題の方が強いらしく、指はローションのおかげですんなりと受け入れられる。

「もういいんじゃねぇの?」
「ああ……」

 早く済ませたいのだろう、不動はわざと面白そうに言う。だが空気には緊張が生まれる。鍛え上げられた太腿を掴むと、それはさらに強くなった。

「待って待って、」

 そう言って不動は、うつ伏せになる。挿入しやすいようにという配慮なのだろうが、表情を見られたくないのだろう。それを少し寂しく思いながら、一度深呼吸をする。
 サインを送るかのように顔だけで振り向いたが、やはりひどく照れ臭そうに、それを分からないように苦しげな顔をしていた。
 おれは自身を宛がい、慎重に押し進める。なかなかすんなりとは行かず遠慮もあって少し時間がかかったが、無事に根元まで埋めることができた。

「は、ぁ――ッ」

 お互いに喘いで、熱い息を吐く。始めて繋がった時、不動が「あったけえ」と囁いて潤んだのを思い出す。

「はぁ……っ」

 粘膜に包まれた自身が、全身へしびれるような快感を送る。不動は顔を歪め、大きく息を吐いた。その肩を撫で、キスを落とす。

「ほら、動けよ……まだ、終わりじゃねェからな……っ」

 不動が腰をうねらせる。

「お前が、ナカでイかなきゃ……意味ねーだろ?」

 促されるように、ゆっくりと円を描くように腰を揺らす。ポイントがどこにあるか、自分の体を反映させれば分かる。
 いつもは行為の最中、宙で震えているだけの自分のペニスが、あたたかい肉壁に包まれて新しい歓喜を感じた。

「不動……っ」
「な、コッチも……」

 不動の手が鬼道の腕を掴んで、出番が無いまま震えている不動自身へ誘う。初めての後ろであまり気持ち良くならないのはよく知っている。そっと握ってさすってやると、彼の全身が強く反応した。

「くぅ……ッ」

 同時に、後孔の収縮も強くなる。

「あ……っう、ふどう……ッ」

 感情に煽られた本能が下半身へ信号を送る。腰は夢中で快感を得ようと律動し、不動の体もそれに合わせて揺れた。苦しげな息遣いが聞こえる。圧迫されて突き上げられた時に感じる負荷はよく知っている。それを受け入れ、恥を忍んで、不動は鬼道の頼みを引き受けたのだ。

「く、ぅ……ぅぅうっ……!!」

 どちらかと言えば胸がいっぱいになって達した絶頂で、不動は落ち着くまでじっと待ってくれていた。

「卒業、オメデトさん」

 繋がったままで重なり、不動の肩に唇をつける。愛しくて愛しくてずっとこのままでいたいと思ったが、不動は望んでいない気がしてゆっくりと腰を引いた。並んで横になったおれ達は、整ってきた呼吸を絡めて長いキスをする。

「んじゃ、仕切り直しな」

 もう一度最初から、今度は不動が上になる。だが、今までとは少し違う。お互いの立場を経験したことで、おれは少し積極的に絡むようになり、不動は無理矢理な行為が無くなり、よりピンポイントに攻め合うことができるようになった。







 自分がされた時より何倍もすんなりと受け入れる鬼道の体を抱え直しながら、これが今までの経験の蓄積によるものかと思う。

「ああ……ふどっ……!」
「やっぱ……こうじゃなきゃな……!」

 まとわりついて締め付け、絡まる内壁に、途中で放置されていた自身はすっかり機嫌を取り戻し、溜め込んでいた白濁を吐き出す。
 キスをする間も惜しみつつ再び正常位で繋げると、鬼道は腕を伸ばしてオレの背に抱きついた。より体が密着して、深く挿入る。鬼道が達し、腹に白い液体が溢れた。

「あぅ……ふどっ……ふどう……ッ」

 後頭部を引き寄せてキスを求め、オレの律動に合わせて腰を揺らす鬼道は、生理的か感情的か赤い瞳から雫をこぼしながら喘ぐ。

「待て、よ……ッ、そんなに……ハッ……」

 思わずニヤついた隙を突かれ、鬼道はオレを横へ押し倒して、つながったまま馬乗りになった。文句を言おうものなら、唇は塞がれる。
 しばらく好きにさせ、次はいつ押し倒してやろうかと思いながら、二度目の絶頂が近付いているのを感じた。
 今度また、鬼道に挿入してもらうのも悪くないと思い始める。
 ベッドが溜息を吐き、夜が更けていく。






end



2014/08

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