<やがて堕ちゆく崖の花・2>


 昨夜は何とか帰って来たが、シャワーを浴びて着替えてもとても不動の隣に寝れるような精神状態ではなかったので、ソファで眠った。朝日が眩しすぎると感じたのは己がまだ夜を引き摺っているからだろうか。
 不動はいつもと変わらないように見えたが、彼が気付いている上でわざとそうしてくれていて、さらにそのことを彼は何とも思っていないという風に見せかけていると分かった。
 常に本心が見えにくい男だが、今回は理解できる。もし自分が同じことをされても、同じように接するだろう。
 それでも、「おはよ」と言っていつものようにコーヒーを淹れてくれる不動に、確かめずにはいられなかった。

「怒らないのか?」

 不動は心底うんざりした溜め息を吐き出した。どこかで、何も無いと言って欲しかったと、願っていたようだった。

「んなん、怒ってるよ。でも、しょうがねぇだろ。もう起こっちまったもんはさァ」
「だが……お前は」
「男同士なんて、みんなとっかえひっかえヤってんだろ。貞操守ってる方がおかしいんじゃね」
「それだけの問題では……」

 ただの浮気ではない。だがそこまでを口にする気力が今は足りなかった。
 いつも鬼道が使うマグカップに注がれたコーヒーが目の前のキッチンカウンターに置いてあるが、口を付けないまま刻一刻と冷めていく。

「おれはお前が――」
「ああ、オレだってテメェに操なんざ立てちゃいねぇぜ。イイ女がいたら抱くし、それが男だろ」

 本音なのだろうが、鬼道より好ましい相手には到底会えるはずがないと彼が思っていることを、鬼道は知っていた。自惚れではなくそれは事実であり、しかし今はそこへ意識を向けさせないようにしたいらしい。
 鬼道に固執しすぎたくないと思いつつ、本能的な理由で惹かれていて、それに抗えないことすらも楽しんでいるように見受けられた。今となっては、それも台無しにしてしまった。

「不動……」
「うるせえな、さっきから何だよ?」

 振り向いた不動と目が合って、自分がどんな表情をしているか意識しそびれた。不動は目を細めて口角を上げ、掴みかかってくる。

「そんなにお遊びが好きなら望み通りにしてやるよ」

 押し付けられた唇に驚いている間に、壁に縫い付けられる。抵抗を試みようとしたが困惑の中で迷っているうちに意識は奪われ、絡み付く舌に力が抜けた。

「ふっ……んん……っ」

 昨夜の疲労と、それから来る甘えと、彼に依存したくないという思考と、燦々と窓から入ってくる朝陽とが、精神を混沌へ落としていく。
 ソファに突き倒されたと思えば不動が覆い被さってきて、部屋着を剥ぎ取られ、秘部に冷たい指が当たる。

「やっ……やめろ、不動!」
「へぇ? あいつにもそうやって抵抗したの」

 指が侵入してきて、鬼道は思わず不動の服にしがみつく。

「こんな――カラダで、お前と……っ」
「鬼道クンがどう思おうが関係ねぇよ。オレはヤりたい時にヤる」
「あ――やめ、ッくぅ……!」

 半ば無理矢理にして挿入してきた不動をすんなりと受け容れた自分に驚く。昨夜の名残が色濃く残る体は、多少乱暴にされても柔軟で貪欲に応じた。

「ノリノリじゃねーか。誰でもいいんだろ?」
「ちが……いやっ……だ、ア、こんな――ふど……ッ」

 影山が蹂躙した、箇所も程度も全て露見してしまう。それが目的とも思えたが、不動は口元を歪めたまま乱暴に腰を揺らした。涙が目の横を伝ってソファに染み込んでいったが、生理的なものか精神的なものかは判断がつかない。

「んだよ……淫乱鬼道クン? そんなにオレとしたくねぇのか」
「ア……違うん……はァァッ」
「ごちゃごちゃ考えてんじゃねぇよ」

 苛立ちを律動に込めて、不動は雑に扱った。それでも対応する柔軟な体は、彼のためなのか慣れているからか。

「あ、んアッ……! ひぅ……ッ」
「っ、クソッ……!」

 突然、自分に苦痛を伴う快楽を与えていたものが引き抜かれ、鬼道は震えた。部屋着をまくり上げた腹部に白濁が吐き出される。不動が先に達してしまったことで、空気が崩れた。

「は……、明王……?」
「ちッ……」

 髪をかきあげて、不動は身を起こす。手を伸ばすと避けられ、再度試みると手を腕で押し退けられた。

「さわんなっ」

 不動自身も混乱のさなかにいるのだろう、隠しきれず歪んだ顔に現れた表情に胸が押し潰されそうになり、鬼道は腕を伸ばして抱き付いた。
 反応が起こる前に唇を重ね、息もできないほど気持ちを伝える。体を引きかけていた不動が途中から強く応えたことによって、想いは重なり繋がった。

「あき……ハ、あきお……っ」
「有人……ッ」

 向かい合って抱き締めたまま、再び挿入する。吐息が混ざり、舌が絡み合う。

「ぅあ……んんッ!」
「は……はァ……ッ」

 頭を抱き寄せて、撫でる手が安心感をもたらす。快感は倍増し、心が満たされていく。
 鬼道の頬にこぼれた温かい雫を舐め取って、そのしょっぱさに不動は少し笑った。

「や、や……、は、ア……ぅあ、一緒に……ッ」
「ハ……ッ、ああ……!」

 鬼道を押し倒し、さっきより優しく、さっきより強く突き上げる。

「ぅああッ……あきお、ア、ふぁ……あ!」

 鬼道の自身を握ってコントロールを試みる。二度目の射精はほぼ同時で、やっともたらされた解放感に意識を漂流させる。ガクガクと痙攣が収まり呼吸も落ち着いて、ゆっくりと長いキスをした。
 光があれば影もできる。影を完全に消すことはできない。だが不動は、いつの間にか隣に立ってくれていた。光を失った鬼道の中に、再び光が現れる。それは彼のために呼び覚まされ、深く強い想いでできていた。



2014/01


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