<おモチを食べよう>
鬼道をこの狭い部屋へ呼んだ。
べつに初めてじゃないし珍しいことでもない。夏のFFIですっかり打ち解けてからは、口では罵りあいながら息の合ったプレーを重ね、罵りあうこともお互いに本意じゃないと分かっているからこそできることだと気が付いた。それからは顔にこそ出さないようにしているものの、目にハートマークが浮かんでいないか周囲に悟られていないかハラハラする毎日である。初めてだから当たり前だが、恋がこんなに恐ろしいものだとはついぞ知らなかった。
冬休み真っ只中で実家へ帰るのも年内早々に切り上げ寮へ戻ってきたのだが、元旦、さすがに商店街は休み、デパートとモールは福袋合戦で、神社は縁日状態。どこへ行っても人混みで疲れるだけなら、三日くらい家で引きこもっていたほうがマシだ。もっとも、こんな雪が降りそうな日でもサッカーやってる奴もいるんだろうが。
ところで鬼道を呼び出すのは、意外に難しくない。「ウチ来れば?」とメールすると「何の用だ」と返ってくるので、「コタツとみかんあるけど」と返せば「行ってやらんこともない」となる。
向こうも暇だったのか、数十分後に車の音がした。手すりから身を乗り出すと、去っていくピカピカの黒い車が見えた。どうせベンツかBMWだろう。
エレベーターではなく階段を、ゆっくりとした足取りで上りオレのいる二階の廊下へ現れた鬼道は、ベージュのウールのズボンに黒いダッフルコートを着込み、青チェックのマフラーといつものゴーグルを着けていた。
「ご送迎付きかよ?」
「17時ごろ、また迎えが来る」
嫌味は無視された。
帝国学園の寮は、一人につき一部屋が割り当てられる。廊下の突き当たりにあるドアを開け、鬼道を先に中へ入れた。
「何の用だ」
「別にィ? つまんねぇんだもんさ」
正直、本当のことだ。鬼道は廊下を行く途中で振り返り、無言で呆れたと示した。
「まったく……」
小さく呟くのが聞こえたが、それ以上何も言わないのはきっと、自分がその程度の誘いでのこのこやって来たからだろう。コートを脱いで椅子にかけ、鬼道は部屋を横切る。
よし、早いとこ決行してしまおう。さっそくコタツに入ってゴーグルの下で顔が和んでいるだろう鬼道の後ろから近付き、その肩を叩く。
「ん?」
振り返った鬼道の唇に――いや、ふっくらとした大福もちのような頬に、口付けた。
「う……!」
案の定、携帯電話を落とすくらい動揺したようだ。しかし本来の目的は果たしていない。
「何をするんだ!」
驚いてるわりには逃げないのを確認してほくそ笑みながら、不完全燃焼に心の中で舌打ちをする。
「餅食いてえ」
「おれは餅じゃない」
「うまそうだったからさぁ」
「だからって食うな」
然り気無く離れつつ体勢を整える。鬼道は思ったより平然としているように見えた。どういうことだ。
「なんでちゃんと振り返んないん……あ」
こいつ、わざとだ。今ごろ気付くなんて、オレも相当甘くなっている。
「ふん、お前の思い通りになんかさせるものか」
鬼道は得意の腕組みポーズで、口元を歪める。だがコタツに入ったままだと威力半減だ。
しかしまさか、鬼道に魂胆を見抜かれていたとは。悔しいが、これを表に出してはいけない。
「言ったなァ? そっちこそ、後悔させてやんぜ」
「元旦から物騒な奴だな」
そう言って微笑した鬼道の口元に見惚れ、オレはやっと気付いた。作戦を見抜くには、同じ思考回路を持ち似たような計画を企てていなければ難しい。爆発しそうな心臓を抱え、二回戦めの幕が上がる。また新たな作戦を企て、どっちが先にオトすか、昂りに強い手応えを感じながら、オレは獲物を狙う獣のように心の中で舌舐めずりした。
今年もヨロシク、鬼道クン。
うちュさんの素敵なイラストからイメージしました♪
2014/01