<極>
ベッドの中と外では性格が違うなどと言うが、鬼道は少し特殊だ。特に最近になって顕著になった。オレの方に多少観察する余裕が出てきただけかもしれないが。
キスをして、着ているものを脱がせ、押し倒す。それから絶頂まで無防備に甘えてくるクセに、終わった途端何も無かったかのように、うっとりした表情は消え甘い声は静かになって、その妙な静けさは冷淡な訳ではなく、かといって普段接する状態とも異なる。恐らく照れ隠しなのだろうと推測のうちに過ごすことはや数年、三十路を前にいつか変化もあるかもしれないという小さな期待は甘かったらしい。
最中は愛しく求めてくる様がとにかく可愛いのだ。それをもう少し日常に溶かし込めば良いのにと思いつつ、あの鬼道有人がかつて蔑むべき敵であった男を同じベッドに受け入れ便宜上の理由からとは言え一緒に住むようになり移り気もなくかれこれ三年経ったという揺るぎない事実によって、オレは満足していた。
しかし。
「なぁ。今度オレに突っ込んでみねぇ?」
「は?」
髪を拭く鬼道の湿った背筋を眺めながらオレは呟いた。思わず動きを止めた鬼道が、必死にオレの意図を汲もうとしている間、親切に待ってやる。
「そのテの冗談はよせ」
「ウン、わりと本気」
困惑する紅玉が二つ、気分屋の恋人を凝視する。ゆっくりと息を吐き隣に横になった鬼道は、どこか緊張気味のうぶな少年に戻ったかのように見えた。
「どうしてもと言うなら構わないが……どういう風の吹き回しだ?」
そのままサイドテーブルの明かりを消す。その丸まった背の輪郭を暗闇の中でなぞり見ながら、オレはのっけから全否定されなかったことについてほくそ笑んだ。
「鬼道クンがネコ専なら無理しなくていーんだけど。前から興味があってさ」
「別に、好きで受けているわけじゃない」
眉間にシワができ、挑発に乗ってきたら、しめたものだ。オレの言葉が感情を逆撫でしていると自覚していても、我慢ならないらしい。
「おれだって上もできる」
不貞腐れた子供のように呟くのを聞いて、思わず笑ってしまった。
「期待してるぜェ」
鬼道とオレは共通点が多い。気付いた当初は頭にきたし、真似しているとか真似されているみたいで、嫌だった。性格もプレースタイルも好みも違うのだが、何か似ているというだけで目立つのだ。
同じ柄のタオルや同じ色のバッグに続き同じ柄の靴下を買った時にはさすがに嫌悪を通り越して脱力したが、一つずつ共通点を数えるうち、自分の心が満たされていくのを感じた。それは貯金箱が重くなるのと似ていて、連動率が高まり互換性が良くなるコンピューターのように、なにか特別な絆を思わせた。
規則正しい寝息を聴きながら目を閉じて、隣の体温に意識を向ける。出会ってから十年、最近は一緒にいるのが当たり前になりつつある。出来る限りのことを共有したいと思うようになった。
*
次の日、風呂を出て寝室に戻ると、バスローブ姿の鬼道はベッドの上であぐらをかいて腕組みしていた。下が雲なら仙人のポーズだ。
「なにしてんの」
「ん? うん……」
そんなに覚悟がいるならやめればいいのにと思いながら、オレは鬼道に近付いていつものように唇を重ねようとする。途中で胸を押さえ止められた。
「いつもと同じではダメだ。ちょっと待っていろ」
言うなり鬼道は毅然として部屋を出ていく。残されたオレはバスローブを着たままベッドの上に座り、小さく息を吐いた。自分で決めた事とは言え、さっきから挙動不審になりそうなのを必死で抑えていた。鬼道も初めての時は、こんな緊張をしたのだろうか。あれは高校生になる前だった。
物思いに耽りかけ、ずいぶん間があったように感じたドアがやっと開いて、鬼道が入ってきた。引き結んだ口と、冷たく光る赤い瞳は、高貴な大きい獣を思わせる。しなやかな足で忍び寄る豹のような。何か話しかける前に、押し付けられた唇は熱い。堪えていたが堪えきれなくなった時のようにゆっくりと押し倒され、オレは鬼道の好きなようにキスをさせた。
「は――っ」
胸から腰を撫でられ、肌がゾクゾクした。昂っているうちにやってしまった方がいい。ローションを取って差し出し、渡したあと身を起こす。
「ぁ……のさぁ。後ろがいい?」
フンと鼻で笑った鬼道に、胸を突かれて元のように仰向けに倒される。オレはこの鬼道を知らない。相手の欲望を引き出して弄ぶほどの妖艶さ。
「くだらない気を回すな」
「んだよ」
蓋を開けながら言った鬼道を見ると不敵に笑んでいる。見惚れていると、ローションが肌に触れた。
「つめてェ……」
次いで指が入ってくる。開脚もいいところの自分の格好を思い出し、オレは少し恥ずかしくなって笑った。
「えっろいな」
「いつもやってるだろう」
なぜか、腹立たしげに指を増やされる。
「いつもやってンのは、オレが、だろ?」
されるのは初めてだという意を込めて溜まってきた吐息を抜く。鬼道は分かっていることを言葉にされた苛立ちと今までの恨み辛みを晴らすかのように、オレの後孔を蹂躙した。
「もうイイんじゃねーの?」
「だが……痛くて泣いても知らないぞ」
「まだ根に持ってンの? 悪かったよ……若気の至りってやつだろ」
いい加減許してと苦笑しながら起き上がり、バスローブを放って、押し倒した鬼道に馬乗りになる。
「おいっ、お前が上じゃ意味がな――」
「意味はあるよ」
ぐぐ……っとしっかり硬くなっている鬼道の分身を持って自分の尻に押し当てるのは、何とも妙な気分だ。息を吐きながら、ゆっくりと腰を落とす。
「ん……はっ、よく、こんなの耐えてんな、お前……」
素直に述べると鬼道は目を細めて薄く笑った。
「やめるか?」
「平気。もうちょい、このままでいようぜ」
鬼道の胸を撫でる。だが体勢を入れ替えられ、どうしてもオレを下に敷きたいらしかった。胸も唇も好きにさせて、次第に異物感しかしなかった場所に変化が生まれてきたことを知る。少しずつだが、先端が抉る場所が体の芯を突き動かしていく。鬼道の手が二人の腹の間で暴れださんばかりに張り詰めていたオレの分身を掴んだ。
「ぅあッ……それ、反則……」
わざとらしく情けない声を出したが、実はあまりわざとでもなく、緩慢な動きで扱きながら腰を揺らされて結構な快楽を得た。オレが一回目で鬼道にイかされるなんてあり得ないと思っていたが、そうでもないかもしれないと思い始めた。
何せ、十年以上前にと思い、以来、心と体すべてを使って繋がろうとした相手だ。くだらないプライドのおかげで遠回りを何度もして無駄に時間がかかったが、今それが最終段階にさしかかっているのだった。
そうやって自分の感情に浸っていたオレは、肩に水滴が落ちた感覚があって我に返った。
「鬼道? どうした?」
「ん……いや、」
汗かと思ったが、ぴたりと肌を寄せて抱き締められ、益々違和感に戸惑う。だがゆっくりと、体は揺れている。
「おい、鬼道……無理すんな――」
「――飽きたのかと、思ったんだ」
「は?」
「急にとんでもないことを言い出すから、日常に飽きたのかと。だがやってみて、お前の意図がわかった……」
鬼道は愛しい者によくそうするように、整って細いが骨ばった手で、オレの前髪をそっと撫で上げる。
「おれはいつも、お前といるだけでいっぱいいっぱいで……こんな、今は、」
思考がぼやけているのだろう、言葉を探すあいだ見つめあって、オレはドレッドを撫でた。もう説明はいらなかった。さっきまでオレが感じていたことを、こいつも感じていたのだ。
「もういい……いつもより……めちゃくちゃにしてくれ」
鬼道は一旦離れてから、オレの顎を掴んで囁く。オレは少し笑って、ほてった頬をすり寄せた。
「なに、どうしたの」
「物足りない……」
今度は恨みがましい目線ではなく、口を利く理性すら手放さんとしている間際の、欲情し興奮した誘惑の瞳だった。
「んと、可愛いなお前」
見事に扇情されたオレはなんとか笑って、確かにこちらも我慢の限界だった自身を鬼道の入り口へ押し当てた。
「なっ……かわ、っふぁ」
ぶるるっと身震いした鬼道の入り口を押し広げて腰を進めるが、既に向こうから迎えに来ていた。
「ッ――!」
先走りとローションが流れて濡れた秘部が、すんなりとオレを受け入れる。さっきまで自分が味わった苦痛を考慮したわけじゃないが、なかなか動かないでキスばかりしていたら、熱っぽく囁かれた。
「もっと激しくて構わない……ッ」
「あ……久しぶりに聞いた、それ……」
郷愁が混じった愛しさが募り、徐々に動きを強くしていくつもりがつい、一気にやってしまった。
「んぁぁあっ!」
こいつが可愛すぎていけない。そして、さっきまで逆だった体勢が、オレたちの意識に今までと違う作用を働かせていた。
「ふど、はげ、し……ッくぅ!」
「あ……? 知るかよ……ッ」
「ッぁ、ア……ふど――ッ!」
放出に強く収縮した後、ゆっくりと弛緩していく。数キロ走った時のような呼吸を絡めながら、唇を貪り合う。
鬼道の両足はまだ熱のこもるオレの腰を離さなかった。
「オレがお前に突っ込んだまま、お前もオレに突っ込めたらいいのにな」
思ったことをそのまま口にしたら、鬼道は吹き出した。
「あ、ほら、ケツ向け合って横になれば、できなくないぜ……」
「バカか」
くすくす笑うのが収まってから、鬼道は探るようにオレを見た。
「また突っ込まれたいのか?」
聞かれると思っていたオレは、わざと一瞬の間を置いてからいたずらっ子のように微笑する。
「どーしてもっていうならヤらせてやってもいいけど。もうじゅうぶん分かっただろ?」
体を起こして、鬼道をうつ伏せにさせる。話に気を取られていた奴は、改めて後ろから貫かれやや慌てた。
「っぁあ……な、何が……」
「鬼道クンがドMでバリネコだってこと」
「そんなこと……っは……!」
そんなことのために上下を入れ替えたわけじゃないのは知っていたが、オレもそろそろ二回目の限界が来ていたので、もう何も話せなかった。話したくなかった。これはただの行為ではなく、快楽を得る手段でもなく、愛情を捧ぐ相手と心を通わせる唯一崇高な儀式なのだ。
こんなことを、このオレが言うなんてな……。
end
2014/04