<ささやかな隠し味>





 毎年色々な日に、色々な人から色々な物をもらう。
 こちらも物を贈る。社交辞令に慣れ、バレンタインもお返しを誰にどのくらいしたらいいかということを真っ先に考えるようになった。
 そんな中で不可解な出来事があった。高一の冬、窓から降り積もる雪を横目に帰り支度をしている時だった。隣のクラスの女子が紙袋を持ってやってきた。

 これ、私のささやかな気持ちです。いつも応援してます。

 そう言って差し出されたのは、ややカジュアルなラッピングの小さな箱。おそらく本命ではない。

 ありがとう。

 微笑むと彼女は嬉しそうにはにかみ、手にもっていた紙袋を差し出した。

 あとこれ、今朝私の机にあったんです。誰からだか見当もつかないものなんですけど、一応……。

 紙袋の中身は、おかずを入れるようなどこにでもあるタッパーが一つと、一枚の紙切れ。特徴のないきれいな字で、「鬼道有人に渡してください」と書いてある。気味が悪いと思ったが、タッパーの中身が気になった。毒入りで明日の練習試合に出れないとか、そんな心配も今はする必要がない時期だ。家へ帰って、とりあえず蓋を開けてみた。美しいココアパウダーに魅せられつい一口すくった。例え下剤が入っていようと、それならそれで良い経験になるだろうと、この時はこのミステリアスな人物の遊戯に付き合ってやろうという気分だったのだ。
 それは完璧な出来映えのティラミスだった。優しくて奥ゆかしい誰かが、好きな人のことを一途に想いながら完成させた恋の味がした。ティラミスをこよなく愛するおれのことをよく知っている。
 ミステリアスな人物に心からのお礼がしたいと思ったが、どんなに調べても名前さえ分からなかった。もしかしたらおれの妻になったかもしれないのに、幸運なのか不運なのか、二度と何のサインも送って寄越さず、誰に聞いても謎のままだった。夏になって忙しくなりおれは捜索を諦め、探さないで欲しいのだと気付いた。それ以来美しい青春の思い出として、心の中に飾っている。

 それから八年経ち、おれは二十四になった。

「風呂空いたぜ」
「ああ」

 不動と友達以上恋人未満のようなあやふやな関係になったのは、ごく最近の話だ。FFIの頃は粗暴で皮肉屋のモヒカンなんて見向きもしなかったのだが、髪を伸ばしたらおれの好みにすっぽりハマってしまい、髪型など関係なく以前から彼に惚れていたのだと気付かされた。欧州リーグで顔を合わせるうち、成り行き任せの生活を送っている。
 ゆっくり風呂へ浸かって、バスローブを引っかけキッチンへ水を飲みに向かう。ソファでワールドニュースを見ている不動を横目に、冷蔵庫を開けた。おれはそこに、やや大きめのタッパーがあるのを見つけた。ハムやチーズや漬物瓶に埋もれているそれを取り出すと、ふたを開ける。スプーンを引き出しから取った金属音で不動が反応した。振り向いて制止に声をあげるが、おれはやめない。

「あ……!」

 それは完璧な出来映えのティラミス。忘れるはずのない美しい味。おれはそのまま不動を見た。冷蔵庫が扉を閉めてくれと言っているが、そんなことは今かまっていられない。

「――お前だったのか」

 不動は何でもない風を装って元の体勢に戻ったが、数拍置いて立ち上がり、こちらへやって来た。

「不動」

 答えてくれ。彼は何も言わず、強くキスをした。ゆっくりと崩れるおれの背で冷蔵庫が閉まる。タッパーのふたを手探りで何とか閉め、床に置く間も、不動は唇をむさぼった。

「……何か言え」

 彼の肩に腕をかけて、睨み付ける。不動は大げさな溜め息を吐いた。

「甘ったるいモンは嫌いなんだよ」

 蹴り飛ばしたくなった。味見もせずに作れるわけがない。しかしおれは面白そうに目を細めただけで、呟いた。

「よく言うな」

 もう他のことはどうでもいい。不動が腕の中で焦って慌てていたが、彼のそんな面を見れるのも嬉しくてたまらない。
 まだ甘い後味が残る唇で、押し倒さんばかりに思いきりキスをしてやった。





ハッピーバレンタイン♪


2014/02

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