<白い蜜>





 校門までの道で彼氏に追い付かれ、朝の挨拶をするまで、今日が何の日か忘れていた。

「おはよ、鬼道ちゃん。なんかして欲しいコトある?」
「おはよう。何だ? 唐突に……」
「何だって、分かってるクセによォ」

 分からないから聞いているというのに、彼氏つまり不動明王はニヤニヤしているだけだ。今回はイラッとする前に、自分で思い出した。

「ああ……今日はホワイトデーか」
「そ。別に何かあるわけじゃねぇけどさ、もらったモンは返しとかないと後味悪いんでね」
「どういう意味だ」

 可愛くない台詞に無視してやろうかとも思ったが、二人が付き合いだしてから初めての春を迎えようとしていて、至って順調に進んでいる高校生活を自らぶち壊すこともあるまい。

「なんかオレにして欲しいこと考えとけよ」
「して欲しいこと?」
「ひどく理不尽じゃなきゃ、大概何でもやってやるよ。一個だけな」

 並んで校庭を横切る。

「んじゃ、いつもんトコな」
「ああ」

 履き替えたローファーをシューズロッカーへしまい、不動は意気揚々と廊下を進んでいく。バレンタインにチョコレートをもらえたのがよっぽど嬉しかったのだろう。

 体育の授業後、女子更衣室。やけに騒がしい連中と壁を隔てて、お喋り好きな女子たちは絶えず何か喋り続けている。
 性格の違いと、立場の歴然とした差があるために、鬼道に話しかけるのは必要のある時だけだったが、彼女がいてもいなくてもそこら中でお喋りは続く。小鳥のたくさん入った籠のような更衣室で、いつものように着替えていた鬼道は聞き流していた会話のなかに気になる話題を拾った。

「あれほんとスゴいの」
「私はダメだったよ、面倒くさがられるし」
「えー? 可愛くお願いしてもダメなの?」
「うーん、機嫌が良ければしてくれるかも……」
「最初の頃に言っとかなきゃダメよ」

 どうやらいつもつるんでいる女子数名が盛り上がっているようだ。聞く気はなかったし向こうも鬼道が聞いているとは思っていないようだが、なんとなく耳を傾けていた。何の話か分かるまで、気になってしまう。

「だって汚くない?」
「洗ってから?」
「カレに、洗わない方がイイって言われた……」
「本当? 何で?」
「なんかね……興奮するんだって」

 えーっ!と声があがる。何をそんなに盛り上がっているのか、余計に気になってきた鬼道は、体操着から制服に着替え終わっても荷物を整理するふりをしてロッカーの前から動かずにいた。

「やだ! 匂いで興奮するの?」
「うそーっ」

 経験した成功者と、経験した失敗者が、未経験の二人の前で論議している。題が謎だった。

「うん、なんかね……レイコの匂いがするとか言って」

 またもや甲高い声があがるのを聞いて、話の内容がやっと理解できた。分かった途端に、一気に顔が火照るのを感じる。気付かれないように、素早く更衣室を出た。

 その後の授業もほとんど例のことが頭から離れなかった鬼道は、帰り道も没頭していた。

「なんか考えた?」
「えっ」

 不動が顔を覗き込んできて、我に返った。

「まあ、別に何もねえならそれでもいいけどさァ」

 鬼道は躊躇い、数歩分考えて小さな声で言った。

「……ここじゃ、ちょっと」
「へえ?」
「お前の部屋へ行っていいか」
「積極的じゃん」

 やはりこうなると思った。まるで、いかがわしいことしか考えていないような、その辺の女子とは一緒にしないで欲しいのだが、不動の反応はいかにもそのようだった。倒れそうになりながら、鬼道は上機嫌の不動と足を進めた。

 帝国学園学生寮。ソファの無い不動の部屋では、いつもベッドに腰かける。本棚も机もすぐ側にあり椅子は一つしかない狭い部屋なのだからごく普通のことだが、ベッドに座ることが深い意味に捉えられないかどうか、今日は考えてしまった。

「で? オレにして欲しいことって?」

 引き続き不動は上機嫌だ。

「本当に……何でもするのか?」
「理不尽なこと以外な」
「――やっぱり、いい。なんでもない」
「はあ? なんだよ。笑わねえから言ってみろ」
「して欲しいと言うか……ちょっと気になっただけで、お前はどう思うのか率直に言って欲しいんだが……」

 迷いながら話すため歯切れが悪くなってしまう。不動は目の前に立っている。

「して欲しいんじゃなくて、意見が聞きたいの?」
「そうだ」
「ふうん? 早く言えよ」

 ここまで来ると、ただきっかけが欲しいだけに過ぎないのではと思えてくる。素直になれない自分が情けないと少し思ったが、おくびにも出さず、腕と足を組みやや顎を上げて冷静に尋ねた。

「お前は、女性器を舐めたいと思うのか?」
「は?」

 出会った頃はモヒカンだった頭だが、この男は馬鹿ではない。唐突な言葉の意味を理解した途端ぶわっと音がしそうなほど不動は取り乱し、鬼道の横の布団に突っ伏した。何と声をかければいいのか、手をさ迷わせながら考えているうちに起き上がり、真面目な顔で鬼道を見た。

「率直に言えって言われたからソッチョクに答えるけど。めちゃくちゃ舐めたい。……なんで?」

 安堵の混じった奇妙な心境に浸りつつ答え方を考えていると、不動は膝を立てて身を乗り出してきた。

「舐めて欲しいの?」
「いや……わたしのことではなく……」

 思わずスカートを押さえる。目線を逸らしたが、不動はさらに顔を近付けた。

「言えよ」

 囁く声に、体が微量の電流が走ったかのように震える。ごくりと生唾を飲み込んで、鬼道は言った。

「お前はしたいんだろう」
「そーゆーことにしといてもいいぜ?」
「ふん、憎たらしい奴……いいだろう、やってみろ」

 自分から下着を脱いだはいいものの、足を開く気にはなれない。不動はにやりと笑って、唇を重ねた。
 舌を絡めながらスカートを捲りゆっくりと太股を外側から撫でられて、強ばった足の力が抜けていく。気がゆるんだところで、不動が屈み込む。

「やっ……」

 足を閉じようとした時には既に、膝の間に不動の頭があった。自分から仕掛けておいて、見ないでとも言えず、鬼道は身動ぎした。

「すげ……」

 嬉しそうに笑って、不動は恭しく顔を近付ける。

「……っ」

 尻の肉を掴まれ、熱が近付いてくるのを感じた。言い様のない高揚感と好奇心に昂り、鬼道はスカートを握りしめる。

「きたない、し……へんなにおいが、するだろう。いつでも、やめて……いいんだぞ……っ」
「ん」

 不動が鼻から息を吸い込む音が聞こえた。

「やべえ」

 呟いたそれは、何がどう、どのくらい「やべえ」なのか、不安になった鬼道が身を起こして口を開きかけたとき、不動は舌を伸ばした。

「ひゃぁ……っ!」

 火の付いたところに風を起こし、一気に燃え上がったかのようだ。忘れかけていた羞恥心が慌てて戻ってくるが、それよりも快感が身体の隅々まで支配してしまう。

「やあっ、んっふ……ふど……っ!」

 小さな突起をやわらかい舌が強く撫で、一気に膨らんだ。

「んぁあっ」

 溢れた愛液が肌を伝わるのが分かり、早くも鬼道は後悔した。舌がひだをなぞり、小さな突起を唇が捕らえる。

「ひゃぁぁあん……っ!」

 優しく吸いつかれ一瞬、頭が真っ白になった。

「んァ……あッ、ふどぉ……!」

 このままでは不動に優位に立たれてしまうと思いながらも、秘部にしゃぶりつく彼の頭を掻き抱いてしまい、襲い来る快感に抗えない。

「ああッ、あッ……! ふあ! んぁ、ぁあ――ッ!」

 ビクンビクンと体が勝手に揺れる。一気に力が抜け、不動が身を起こしたのを感じたが、なかなか顔を向けることができない。気絶していないか状態を確かめるために顔を覗き込んだ不動は、目を合わせると笑って体勢を直した。

「確かにやばいわ、これは……」
「ぁ――?」

 朦朧としていた耳に、コンドームの包装を破る音が聞こえる。

「めちゃめちゃ興奮する」

 腰を抱え直され、別の、もっと強い刺激が挿入ってきた。

「んああッ!」

 一気に差し込まれた肉棒は、始めから律動の途中だったかのように荒々しく攻め立てる。

「ハッ……濡れすぎ」

 かと思えば、急に腰を休ませる。はだけたシャツの隙間から入ってきた手にブラジャーを外されて、乳房を愛撫される。不動は腰を揺らしながら、両手で発育途上の柔らかい胸を優しく揉みしだいた。

「悪くねぇなァ、こういうのも……」
「んぁ……っ、は……」

 ゆっくり掻き回すかのように挿入を繰り返す不動自身は、そのリズムとはかけ離れた熱をたぎらせ、今にも爆発しそうに猛々しくみなぎっている。

「不動……っ」
「ッ……!」

 こちらはやや余裕がある。肩にすがりついて密着した腰の奥に意識を集め、すこし力を入れてみると、不動は吐息を漏らして強い刺激を堪えようとした。
 そんなにつらいなら、同じように一度達してしまえばいい。鬼道は反応を見ながら、不動を締め付け追い込む。

「ふ、は……ッ、くそ……ッ!」

 小刻みに腰を打ち付け、不動は達した。脈打つ熱と放流を直に感じて、鬼道は胸の奥が鳴いたような気がした。長めに強い息を数回吐いて、自身を引き抜く。コンドームを付け替える間、鬼道は加速する熱を己の体内に感じ、それを恥じた。
 秘部に再び宛がうとき、触れた指を眺めて不動は笑う。

「鬼道ちゃんのぬるぬるも白っぽいんだな。セーエキみてぇ」

 その指を目の前で見せつけるように舐められ、思わず顔を横へ向けた。

「お前は淫猥なことしか考えていないのか? 最低だな……」
「自分から舐めてくれなんて言う女に言われたかないね」
「な、舐めてくれなんて、私は言ってな――」

 再び挿入されて、会話は中断になる。

「いひゃぁっ、あアっ……!」

 待ち焦がれていた強い快感に、体じゅうが歓喜にわななく。もっと強く欲し、意識を無視して腰が揺れる。

「やっ……あん、んふぁあ……ッ!」
「もうイッちまったの? は……っ、んじゃ、ゆっくり楽しもうぜェ……!」

 しがみついて震える鬼道を容赦なく突き上げ、耳元で囁く不動は荒い息を混じえながら笑う。

「き……さま……っあ、アんん……ッ!」
「ふっ……はぁ……。ハッ、どっちがインワイなんだか……ッ!」

 感じるものすべてが快楽だけになっていくのを感じながら、鬼道は違和感に動揺していた。口では相変わらず意地悪なことを言いながら、いつもより優しいのは気のせいではない。
 そこまでチョコレートが嬉しかったのか、ささやかな弱味を握らせてやったからか、不動の手や唇や声にはいつもより妙に情が表に出ている。

「いっ、ア、いやぁ……ッ」
「イク? は……ッ、オレも……!」

 ブレる視界の中で不動の苦しげな表情を垣間見て、鬼道は昂りを感じその背にしがみついた。体は彼のすべてを受け止める準備を完了させる。

「あ、や、はァァ――――ッッ!!!」

 ガクガクと震えて至高の感覚を求め、声が消える。腰を支える手がいてもたってもいられないといった風に肌を撫で、少しくすぐったく感じたが遠い。
 呼吸が落ち着いてくると共に意識も冷静になり、不動にしがみついていた手を離して絡ませていた足を解く。そそくさと身を起こす鬼道に顔を寄せて、不動は囁いた。

「またやろうぜ?」
「なっ……」

 嫌だと即答しかけた時、先程まで感じていた舌の感触がよみがえる。何も言えず下着を身に着けると、ソファに座り直した。

「お前がしたいなら……」
「ハイハイ。素直じゃねーのな」
「うるさいっ」

 両手で押さえ、突き放そうとしたがめげずに不動は迫ってくる。やがて諦めた腕が肩に回され、渋々重ねる唇を受け入れてくれると知っているからだ。





ハッピーホワイトデー♪


2014/03

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