<賢い人は遠回りをする>







 まただ。
 乱れた呼吸が整うまで、恍惚に浸りながら時に身を任せる。おれの上に覆い被さっていた不動は体を起こして座り、ベッドの横へ足をおろした。
 もう一度キスをしたい。もう少し抱き合っていたい。そういうのが気色悪いと言われてしまえばそれまでだが、そういうわけでもなさそうだから分からない。

「風呂、先入れよ」
「ああ……」

 いつものように、不動はキッチンへ水を飲みに向かう。おれはパジャマと下着を持って風呂へ向かう。
ベッドに熱と余韻を残しつつ、望みがなかなか叶わぬことにため息をつきながら。




 初体験は高校1年生、相手は豪炎寺だった。失恋した同士の慰め合いは、意外と気持ちがよかったが、お互い友情を壊せなくて、甘酸っぱい愚かな過ちということにした。
 おれは渡欧し、亡き師に恩を返すかのようにイタリアで司令塔としてのトップに立った。
 イタリアでは皆に可愛がられた。もちろん、色々な意味で。だが誰一人として長く付き合いたいと思う相手は現れなかった。おれは、男同士とはこういうものなのだと納得しようとしてさえいた。
 日本へ戻って、代表に選ばれ、懐かしい面々が揃った。不動に再会して、練習で顔を合わせるうちによく話すようになり、そのうち戦略や義務的な内容の他に他愛ない会話が増え、ある時ふと唇を許した。おれは十年前に種を蒔いていたと悟った。




 二十五歳になり、不動がおれの家に入り浸るようになって半年が経った。おれが誰かと長く付き合う、それもこんなに心をゆるしているのは、始めてだ。それに気付いた時、随分とのめり込んでいることを知った。
 はっきりと口にしたことはないが、何かそれらしい理由をつけて恋人面をしているのだから、向こうもそれなりに気があるのだと思っていたが、どうも不動は無表情だったり、やけに淡白だと感じる時がある。それも、そうあって欲しくない時に限ってだ。
 これは自分が悪いのか?と考えてみると、思い当たる節が多すぎて結局わからないまま。
 ベッドヘッドに背を預けてそんなことを考えていると、不動がシャワーから戻ってきた。ボクサーパンツとTシャツという姿で、ベッドに寝転がる。薄いブランケットを脇腹まで掛けると、携帯電話を操作し始めた。
 こいつは違うのだろうか。おれと同じ気持ちではないのだろうか。そう考えるたびに、それならなぜ一緒に居るんだと疑問が浮かぶ。知り合いだから、仲間だから、似た部分が多いから過ごしやすいというだけではないはずだ。

「……なあ」

 静かに声を掛けると不動は「あ?」と言ってから「何」とこちらを見る。おれの微妙にシリアスな空気を感じ取ったのだろう、しかしおれは言いたいことをまとめたはずなのに、何から言えばいいか分からなくなってしまった。

「どうかした?」

 不動は携帯電話を置き、電気を消しながら言う。おれの方を向き、枕に頭を沈めて待つ。おれは目を合わせられなかった。もしも、今から話すことで全てが終わってしまったらと考えたら、急に不安になったからだ。

「いや……」

 何でもないと言いたいのに詰まる喉を何とかしようとしながら、体をずらして同じように枕に沈む。不動はまだおれを見ていた。

「なんだよ、気になるじゃん」

 話しやすいように、軽い調子で言う。暗闇が少し和らいだ気がした。

「ちょっと気になっただけなんだが――」

 そんな前置きをするのは、効果の薄い保険にすぎない。

「――お前は気安く話しかけて来て、激しいくせに、終わると淡白なんだな。ああ……念のため言うが、非難しているわけじゃないぞ」

 うまく伝わったかどうか、おれは何とかフォローしつつ口を閉じた。やはり言うべきじゃなかったのだ。頼むから何か言ってくれ。でなければ、もう寝ていてくれ。そんなおれの心の声を包むように、小さく吐息が聴こえた。

「悪かったな……長年の片想いが叶ったことにまだ慣れてねェんだよ……」

 不動は「分かったら寝ろよ、オヤスミ」と続け、背を向けてしまった。ちょっと待て。おれは言葉の意味を理解したが、予想外だったために反応が遅れた。

「あ……、その、長年ということは……」
「うるせーな、寝ろっつってんだろ」

 いつにも増して投げやりな口調が胸をくすぐる。

「不動、こっちを向け」

 渋々といったていで、不動は寝返りを打つ。引き結んだ口の横を撫でて、おれは堪らずに微笑んだ。

「おれは別に、ベタベタするのは好きじゃない」

 不動は返事の代わりに、鼻から息を吐く。

「だが、こんなふうに……半年以上も、誰かと一緒に過ごすのは初めてだ」
「……え?」

 今度はおれが背を向けた。

「何それ、どういう意味」
「いい加減、慣れろという意味だ。分かったら寝ろ」

 不動が暗闇の中でふっと笑うのが分かった。

「……こっち向けよ」

 おれはわざとらしく盛大にため息を吐いて、仰向けになった。不動がさっきより近くに感じる。おれも少しだけ体を寄せた。
 顔だけ向けると、鼻が触れ合った。おれは触れることについて心の準備が間に合わず僅かに動揺したが、顔を戻す前に不動が唇を寄せてきた。
 一瞬だけの軽いキスに、ふわりと何かが溶けていく。それがさっきまでくすぶっていた違和感だと知る頃には、微睡み始めていた。





end


2014/07

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