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全てを脱いで眠るようになったのは、いつからだろう。その頃は既に住まいが日本ではなかったことと、まだ寒くなる前の秋だったことは覚えている。
同居人が引っ越して来て数ヶ月経った頃。彼が「どうせ脱ぐんだから着てる必要なくね?」と言ったことが始まりだった気がする。最初はもちろん「そういう問題じゃないだろう」と取り合わなかったのだが、沸いた好奇心は残り、ある晩一人の時に思いきって脱いでみた。
素肌を毛布が包む感覚が心地よく、すっかりクセになってしまったおれは、翌日の晩も、翌々日の晩も脱いで寝た。当然、布団をめくって素肌に当たれば、驚いた顔をされる。不動は大げさに驚いておどけて見せ、笑いをこらえているような顔をした。
「なに、ヤりてぇの?」
「いや……そういうわけじゃないんだが」
ストレートに聞いたのは、ひと目でそういうわけじゃないと分かったからだろう。不動は面白そうに口角を曲げて数回ちいさく頷き、おれと同じように着ているものを全て脱いでからベッドに入り直した。
「へー……これ、けっこうイイかも」
伸ばした手がゆっくりと鎖骨を撫でていく。背を向けたおれに寄り添うようにして不動が身動ぎし、ベッドが少し揺れた。
「あのさぁ。あれ。無人島かどっかで遭難したとき、こう……暖を取るのに、全裸で抱き合うのが一番良いって。ホントなんだな」
耳の後ろから聴こえる彼の、やけに真面目な声に(わざとだ)、思わず吹き出す。すぐに布団の中は汗ばむ程に暖まり、寄り添うのはやめて、並んで眠った。
それからずっと、おれたちは裸で寝ている。
***
元々、試合以外で名前を呼び合うなんてことは少なかった。だから誰も、二人の関係に気付かなかったのだろう。そもそも欧州人に比べて日本人は童顔で、彼らから見れば何を考えているのかさっぱり分からないと思う。
「有人」
怒っているわけではないのだが、帰ってからずっと口を利いていないおれを追いかけながら、不動はため息を吐く。発端はチームメイトだ。三ヶ月前に移籍してきたばかりのキーパーは明るく元気よくやる気のある男で、少し天然が入っていた。そして、よくおれになついていた。
今日の練習を終えたロッカールームで、帰り支度をしていた時。唐突にドアが開き、若き情報屋が飛び込んできた。
――ユートとアッキーはプライベートでもパートナーなんだな!?
そもそも父に認めてもらってからは特に隠したりはせず、大っぴらにもしていなかったが、何か証拠になるようなものを見たのか、それとも誰かに聞いたのか、分からないがとにかく彼は、入手したばかりで熱々の情報にかなり興奮していた。肯定的で何よりだが、何がそんなに嬉しいのか、あまり大声で叫ばれると妙な気分になる。
何と返せばいいか迷っている不動を、彼は肘で小突く。
――隠すなよ。ユートはアッキーにぞっこんなんだろ!
――誰がだ!
思わず叫んだおれの様子を見て、既に知っていてこの騒動を見守っていた者達の中で爆笑が起きた。おれは咄嗟に動揺してしまったことと、それが裏目に出たことで二重に恥をかき、盛り上がるロッカールームから平然とした様子で黙って出てくるのがやっとだった。
いい歳をして未だに慣れない。負い目や背徳感などはとうの昔に忘れたが、どうにも性格が内向的なのだろう。追いかけてきた不動が助手席へ座るなり、「何も言うな」と釘を刺して30分。家に着いて気まずい車を降り、現在に至る。
「有人、待てって」
ドアが閉められる前に捕まえようとして、壁に押し付けるような格好になってしまい、不動は手を離した。だがおれは観念して向き合った。
「話すことは何もない。お前は問題ないんだ、おれが――」
俯くおれを遮ったのは、予想外の言葉。
「相手にぞっこんなのは、おまえだけじゃないから」
やけに真摯な目が見つめていて、思わず顔を背けて吹き出す。
「はっ……ははは! おまえっ……」
「なんだよ、笑うなよ」
おれはてっきり、不動の方が怒っているか、気まずい思いをしているのだとばかり思っていたが、どうやら逆だったらしい。それよりも恥を共有しようとする不動に、優しい笑いが漏れた。十五年以上の付き合いだ、彼が変わったのならおれも変わらなければ。
「すまんな……」
歳を重ねると、説明が面倒くさくなる時が増える。まさに今がそれだ。「何でもない」と言う代わりに、唇を重ねたおれを、抱き寄せる腕はもうためらいもなく。
「なんなんだよ」
「おれが否定したから、責められるかと」
額をつけて相手の後頭部を押さえる。不動はやっと謎が解けて、答えの微弱さに少し肩を揺らした。
「……で? どうしたいの」
顎から、頬の下と上に、そして目元、口の横と、唇が転々と移動してくる。唇が唇に辿り着き、合図するように口付けたあと、次はこちらから捕まえに行く。しばらく離れなかった。
パーカーを脱ぎ、下着代わりのTシャツを捲って頭と腕を抜く。ジーンズを落とし、靴下を脱いだところで、不動に捕まった。先に脱ぎ終わったらしい、素肌の腕と手が触れてきて、自然と鼓動が高鳴る。ベッドに腰を下ろすと、不動は隣に乗り上げた。
微かな吐息が一定の間隔で耳をくすぐる。不動の手がごそごそと動き、腰から腹を下方へ滑っていく。熱を自覚していたおれは先に口を開いた。未だにプライドが高く強情なのは変わらない。
「お前のせいで……」
不動はちいさく笑った。
「んじゃ、こっちも」
引っ込んだ手の代わりに、もう一つの熱源が押し付けられ、体の芯がじわりと濡れた。胸を撫でる不動に鼻を擦り寄せ、キスをねだる。胸の突起をつまみながら、すぐに応える唇はいたずらに啄んだあとしっかりと重ねて、滑り込んだ舌が絡ませた唾液を甘くしていく。
「んん……」
吐息と共に呻くやや掠れた中低音が、耳の奥を優しく痺れさせる。おれは膝で不動の腰を撫で、肩に両腕を掛けた。冷たい手が下着を撫で、捲って、中へ滑り込む。待ち望んだ感覚に、ふわりと体の中心が開くような気がした。
「は……っ」
「誰がぞっこんだって?」
恍惚に浸りかけていたおれに、意地悪な声がささやく。腹が立って、体勢を入れ替えてやった。
「おい……」
ひっくり返されて、笑いながら咎めるように言う不動の腹の上に寄り添い、残りの邪魔物を脱ぐ。不動の両手がおれの尻を撫で、腰を支える。狙いを定めてゆっくり落としていくと、もともとそれがあるべき姿であるかのように、二つの体が繋がった。
「ああ……!」
「はぁ……ッ」
受け入れる場所は、形も大きさもぴったり合うように挿入されるものの質量を記憶している。だからすぐに、腰を少し揺らすだけで最も強く感じる一点を突かれ、悲鳴をあげそうになった。
「ふんんっ……あ、く……ぅ」
まるでお互いがお互いのために生まれてきたのではないかと錯覚をおぼえる。いつからこんなにロマンチストになったのだろう。
「すげ……イイ……」
「ああ……。っ……」
不動が上体を起こし、おれの背を抱いて支える。そんなことよりキスがしたくて、唇をさがして、捕まえると舌が迎えた。
「はっ……ぁ、明王……ッ」
股間でふるえていた自身を掴まれ、ぞくりと射精感がこみ上げた。懇願するように呼ぶが、楽しげな吐息が腰を揺らす。与え合い、知り尽くした筈なのに、まだ足りない気がする。どこまでも求める己の欲の強さに自嘲しながら、熱の迸る腕で掻きいだいた。
最近は疲れていなくてもお互い何もせず、静かに眠ることが多かった。それについて特に不満に思うこともなく、むしろ日常が満たされているように感じるので、歳を重ねるとはこういうことなのかと勝手に解釈していたのだが、いまやっと落ち着いてきた脈と呼吸に、自分の解釈は少し間違っていたと知る。
若い頃と違うのは、少ない触れ合いで満足できるようになったことだ。自分を刻みつけなければ奪われてしまうという不安が薄れていくにつれ、くだらないことで気を引こうとしたり、わざと名前を呼んだりすることは無くなった。行為から焦燥による激しさが抜け、快楽を快楽として愉しむようになっていった。
だが、そうして普段は消極的に生活しているぶん、たまに本気を出すということがどういうことなのか、文字通り身に沁みて分かる。気を失いそうになって、涙を流して、おれは何度も小刻みに震えた。
何もかもさらけ出して、生まれたときの姿のまま、触れ合って至高の時を過ごす。悪夢を見ていたことすらいつか忘却の彼方に押し流され、あるのはただ静かな息遣いと穏やかな二つの鼓動。
おれはゆっくりと、瞼を閉じた。
end
2014/11