<El tango!!>




 拍手で迎えられ、スポットライトの下で二人は対峙する。トレードマークだと豪語していた緑のサングラスを外し、そっとピアノの上、譜面立ての横に置く。周囲がどよめいたが、円を描くようにゆっくりと歩く鬼道は打ち合わせ通り、気になっても反応しないようにしているようだ。

 楽屋で「派手すぎるかもしれん」と珍しく不安げだった赤いサテンのシャツも、ステージの上ではちょうどよく映える。それを引き立たせるように不動は黒いサテンのシャツを選んでいた。
 そんな鬼道が、今は堂々と胸を張って立っている。本番に強いのは分かっていた事だが、つられて自分の中にも安定感と自信が生まれるのが分かった。

 ピアノが独特のリズムを刻み、ヴァイオリンがすっかり耳に馴染んだ旋律を奏で始め、踏みしめるような音と共にステップを踏んでいく。激しさの増すピアノと同じように徐々に勢いをつけ、得意のフットワークで絡み合う4本の黒い足に、観客の目は釘付けになる。だが正直、観客のことなど気にもしていなかった。釘付けになっているのは自分のほうだ。
 離れても回っても目線を合わせることに羞恥と不安から疑問を感じ始めた時、ちょうど鬼道も思っていたのだろう、「仕方ないさ」とでも言いたげな微笑が見えた。
 手を取りしっかりと握って、1ヶ月練習し続けたステップを踏みながら羞恥と不安を投げ捨てる。

 ここがどこだか忘れて、情熱的なピアノの音が流れる二人だけの世界にいるようだった。フィールドでは他の選手にも気を配っていて常に全体を見るようにしているので、こんな感覚は味わえない。そう、まるでベッドの上で感じる宇宙のように、シンプルで大きな、激しさと温もりの混ざり合った不思議な感覚だ。
 不動が鬼道の腰を支えて半円を描くようにリフトした後、今度は鬼道を支えに不動が回転する。

 激しいステップのフィニッシュはコンビネーションの光る決めポーズで、拍手喝采を浴びながらゆっくりと体勢を立て直すと、息切れしながら笑顔でお辞儀した。
 近くの酒場で開かれるダンスイベントに出たいなどと言い出して、最初はどうなることかと思ったが、たまにはこんな夜も悪くないと思った。





参考動画



2013/07

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