<only one>






※未完
※捏造・超次元設定色々大丈夫な人向け

 西暦21××年、人類は絶滅の危機に瀕していた。世界を掌握する鬼道財閥の圧倒的な支配によって秩序は保たれ、百年もの間平和な生活を送ることができている。しかし精子数の減少と共に致死性の伝染病が流行し、誕生率は激減した。残った免疫のある女性の中でも、健康で妊娠できる年齢の者はさらに限られてしまう。
 鬼道財閥当主は独自の研究グループを立ち上げ、妊娠完全調整管理システム――PPCSを開発させた。これは母体となる女性の健康管理はもちろん、精子提供者の健康管理、遺伝子の相性診断、月経や排卵期のデータに基づいた性交のタイミング調整など、より強い人類を非人工的に産み出すためのサポートを全面的に行う機関である。
 鬼道家には長女が一人だけいた。十四歳の鬼道有奈である。彼女は免疫を持ち、申し分のない健康体で、今しがた初潮を迎えたばかりだった。

「……とうとう、来たか」

 目眩がする。耳鳴りも気のせいではあるまい。真っ白なシーツにできた赤いシミは、彼女の責任感を百倍に押し上げた。父から聞かされテキストやビデオで学んだ、恐ろしい日々が幕を開けたのだ。




***



 さっそく研究チームのデータに基づき、十人の男が招集された。鬼道有奈の遺伝子と相性が良く、新型ウイルスに免疫があり、身体・精神ともに健康な男性たちである。年齢は様々で、精通を経験した十四歳から三十六歳の男が並んでいるのを、鬼道はマジックミラー越しに見ていた。
 ケージの中の実験動物よろしく思い思いに立ったり座ったり本を読んだり腕立て伏せを見せびらかす男たち。この中の誰か、または全員と性交し、健康な子供を妊娠、出産しなければならない。

「これは?」

 白衣を着た無口な女性アドバイザーが片付けようとした資料の中に、目についた顔写真があり、鬼道は手を止めさせた。アドバイザーは希望に応え、しまったデータを元のようにタッチスクリーンいっぱいに表示した。

「免疫・疾患なし、健康体ですが、精神に若干問題があるため、第二候補としています」
「だが……同年齢だな」
「気になりますか?」
「どう思う?」

 アドバイザーが思案している間、鬼道はなぜこの少年が目に留まったかについて考えた。だが、可能性を列挙しただけで、答えに辿り着く前に思考は中断されてしまった。

「一度、外から様子をご覧になってはいかがでしょうか?」

 冷涼なアドバイザーの声に同意し、鬼道は別室へ呼ぶよう指示した。




***



 不動明王、十四歳。ステイルームと呼ばれる狭い無機質な部屋の硬いベンチに腰掛け、床を眺めていた。
光が当たる角度によって色を変えるビー玉のような青緑の目は、何にも興味が無いように見えてマグマのような強い情熱を秘めている。
 目だけでなく、白いメッシュの入った焦げ茶のくせ毛をモヒカンにした格好からも、彼の精神が電流を帯びた金属のように絶えず震えていることを表している。それは飾り気のない抗菌作業服を着ていても、隠しきれていない。

「大人しいじゃないか」
「第二級犯罪の疑いがあります」
「第二級……詐欺・窃盗か」

 アドバイザーは少し躊躇したのち、控えめな声で独り言のように言った。

「義務労働はそつなくこなしているようですが、彼の周囲には問題が絶えないとか……第一候補者の十人よりも、身体能力や頭脳は高いんですがね」
「なぜ第一候補から外されたんだ?」
「一番最初に選ぶ相手ではない、と」

 父である鬼道提督の命は絶対だが、本人の意思ということで覆せなくもない。

「私としてはおやめになったほうがよろしいかと、一応お伝えしておきます」

 普段無口なアドバイザーの目は、口にした言葉と逆のことを言っていた。

「少し考えさせてくれ」

 口を滑らせたことに後悔するアドバイザーを残し、鬼道はチェックルームを後にした。




***



 より強くより賢い子孫を残すために。全てはそのために行われ、培われてきた。
 不動明王は赤外線スキャナーによる身体検査を受けてから、開いたドアから中へ入った。その部屋には窓とカメラが無く、清潔で簡素なクイーンベッドがあり、その端に鬼道がちょこんと座っていた。
 来たか、と言うような視線を受けて、不動は背後で自動ドアが閉まったことを知り、密かに唾を呑み込んだ。本当は来ないつもりだった。迎えが来る前に逃げ出して帝国を出れば、あるいは。しかし、自分の子供がどうなるのか興味があった。育てる資格が無いと逃げるのも、いい加減終わりにしたい。






 鬼道はベッドを降りて脇に立ち、一歩ずつ近付く不動を待ち構えた。

「初めまして、だな。私は――」
「鬼道有奈、だろ?」

 その声は普通に喋れば爽やかだろうに意図的に低くしてトーンを落とし、嘲るようなニュアンスを含んでいた。

「アンタにとっちゃ、オレは被験体第二号ってとこか」

 最初から壁を作って来たのは不愉快だったが、助かった。鬼道は彼にどう接していいか分からなかったからだ。傷つかないようにと配慮したのか、元々無遠慮なのか、不動は義務以上のものが発生する前に壁を作った。

「――早く、済ませろ」

 やれやれといった様子で不動は近付いてくる。初めてのキスは何の感慨ももたらさなかった。

「ん……っあ、」

 声を抑え、不動のシャツの肩口を握りしめて、痛みに耐える。ずっと目を閉じたままだった。
 射精まで、随分と長い時間がかかったように感じた。不動がぶるっと体を震わせ、覆い被さっていた体勢からゆっくりと身を起こす。

 「アンタ……、」

 点々と白いシーツを染めた赤色を見つけて不動が呟いたが、それ以上言葉は出て来なかった。忠告されたほど悪い奴ではないじゃないか、それが彼に持った印象だった。戸惑いながら必死に、覚束ない手つきに虚栄となけなしの自信を持たせて、彼は達成した。
 礼でもない、労いでもなく、鬼道は何か伝えたいと思ったが、不動も何も言わず、結局お互い黙ったまま時間が過ぎて行った。




***



 博士に呼ばれ、鬼道は結果を聞きに調査室へ向かった。あれから三週間、ずっと不動のことが頭から離れない。彼の声、息づかい、肌の温度や指先の感触が、絡み付いたままだ。初めての相手だから感慨深かったために、強く印象が残ってしまったのだと鬼道は思っていた。次の相手と終えれば、また何かが変わるだろう。
 無機質な廊下を進んで扉の前に立つと、センサーが鬼道の顔と眼球を瞬時に読み取る。認識が完了すると電子音が鳴り、静かに扉が開いた。
 久遠博士は白衣を着た無表情な男だったが、今日はいつもと気分が違うらしかった。それに、部屋にはもう一人いた。

「ああ、どうぞ」

 中へ入ると座るように示され、その手に従って椅子へ腰を下ろす。久遠博士は眉一つ動かさないまま、コンピューターを操作して、画面にグラフや鬼道のデータを呼び出した。タッチパネルになっている画面を五本の指で素早く操作し、必要な情報を示す。

「結果から言いましょう。受精はしていません」

 完璧だと思っていた自分の欠点を突かれたようで、鬼道は動揺しまいと拳を握りしめた。

「しかし、可能性が無くなったわけではない。あなたは健康だし、卵巣・子宮のどこにも問題はない」

 黙って聞いていると、博士は別のデータを呼び出した。

「次の相手を選びましょう」

 画面に現れたのは、例のリストに載っている他の九人の男たち。鬼道はなにか、心のどこかでショックを受けていたが、それは受精が成功しなかったことについてだけだと思っていた。




***



 候補者全員とベッドに入ったが、誰とも受精は成功しなかった。緊張しすぎて勃起しなかった時は後日もう一度試してみたが、それでも緊張が解けず、最後までできなかった者が二名ほどいた。
 他は「優しくするよ、いい?」と逐一話しかけてくる者もいれば、始終無言の男、果ては「こんなきれいな子とできるなんて生きてて良かったでヤンスーっ」とか何とか言って泣き出す輩もいた。
 しかし何度調査室へ行っても、久遠博士は笑わなかった。
 時間が経てば経つほど、鬼道の心は激しく疼きだす。行為以外での候補者である男女の接触は禁じられている。病で性器を切除してしまった者たちは、良き仲間、よき友達として、いつでも鬼道を受け入れてくれた。

「次こそうまくいくよ」

 佐久間がそう言う度に、鬼道は微笑んで頷いた。しかし心のどこかで、逆のことを願っていることもまた気付いていた。
 あいつじゃなければ、きっとうまくいかない。なぜかそう確信していた。




***



 静かな電子音がして、扉が開く。ガードマンが一歩下がると、待ち焦がれた相手が立っていた。

「2908番、入れ」

 約一年ぶりに顔を合わせる不動は、ゆっくりと部屋に入って来る。音もなく扉が閉まり、静寂が二人を包んだ。鬼道はベッドに座ったまま、彼を見た。

「不動明王……」
「また会うなんて思ってもみなかったぜ」

 そう言った不動は、また会えた喜びと運命の残酷さで複雑な色の笑みを浮かべていた。駆け寄って抱き締めたい衝動に駆られ、鬼道は困惑する。それを無視して、本題を口にした。

「試してみたいことがある。協力してみないか」

 彼は面白そうだと言うように口角を上げ、鬼道の座る反対側からベッドの上に乗って、あぐらを組んだ。

「オレを呼んだってことは、候補者が何人いたか知らねえけど全員カスカスだったってことだろ? そいつらよりオレの方がマシだったってことか?」
「……そうだ。データ上ではな」

 認めるのは少し抵抗があったが、鬼道はなんとか声を絞り出した。

「若くて、体力もある」

 成る程ねと言いたげに、不動は目を細める。

「で、何すんの?」

 鬼道は気付かれないよう静かに深呼吸してから言った。

「久遠博士によれば、エクスタシーによって受精率が高まるらしい。だから、……」
「エクスタシーって何」
「快感のことだ」
「ふーん。つまり、気持ちよくすりゃいいってことか」

 肯定する代わりに、黙ったまま動かずにいる。不動は首を傾げた。

「でもよぉ、アンタを悦ばせるったって、どこがイイんだよ?」
「た、たぶん、その……」

 聞かれるとは思っていなかった鬼道は、口ごもった。俯いて少し考える。

「分からない……」
「はァ?」

 素直につぶやくと、不動が気の抜けた声を出した。

「んなん、どうしろってンだよ……」

 鼻の頭までかかるくせ毛のモヒカンをかきあげ、不動は渋い顔をする。その彼に少し体を寄せて、小さな声で言った。

「いま、こうしているだけで、すごく……心臓が爆発しそうだ。何もされていないのに、変な感じだ」

 黙っているので顔を見ると、何か考えているような様子を見ているような表情を浮かべている。いたたまれなくなって視線を逸らすと、不動の手が伸びてきて太ももを撫でた。

「こうしたらどうなる?」
「あ……ど、どうって……なんだか……」
「ふゥん……? ここは?」

 不動の手が上がって、胸を軽く掴む。

「ひゃっ……何をする!」

 何か、微量な電流が走ったような、奇妙な感覚が起こった。

「何って……決まってンだろ」
「っあ」

 ぐっと指先が動き、下着ごと乳房を揉みあげた。

「ゃ……ッ、ぁ……!」
「へぇ、前と別人みたいだぜ。なんかあった? そうか、色んな男にマワされて慣れるとこうなんの?」
「ちが、ぁあっ……!」

 にやりと口角を上げる不動に抵抗したいが、体は指先の動きひとつでビクンとはね、力が入らない。

「ほ……他の男など……、こんな……っ」

 不動がワンピースのジッパーを開き、何かの薬を使ったのかと自分でも疑ってしまうほど呼吸が荒くなってきて、鬼道は焦った。

「何?」
「こんなのは、初めてだ……!」

 そう言ったのと不動が彼女の素肌に触れたのとが同時だったが、不動は手を止めて少し戸惑っているようだった。さすがにやや赤面して、彼はごまかし笑いのようなものを漏らす。

「よく……わかんねーけど」
「……ふ、ああ……っ!」

 太ももの隙間から入ってきた手が、熱く濡れた秘部を布越しに撫でる。不動の服にしがみついて、自然と両足が開いた。

「きもちイイならいいんじゃねぇの……」

 不動はそう言って、キスをした。自分でも戸惑いながら彼の唇に応える鬼道は、体の奥で起こり始めている現象に理性が平伏すのを見ていた。

「もう十分だろ、挿れんぞ……っ!」

 下着を脱がせた不動が、自身もズボンと下着を脱ぎ捨てて、下半身を密着させてきた。まるでそうあるべきであったかのように、自然なことのように、性器は性器へと挿入される。

「ァ――!!」

 声にならない叫びが喉の奥へ吸収されていく。しばらく息が詰まり、不動が動き出して吐くことができた。

「あ、ァア……! やっ、んぁあぁッ」
「ハッ……すげぇな……! イきそッ……」

 律動に合わせて、勝手に腰が動く。不動は速度を上げ、卑猥な水音が増した。

「出すぜ! 全部受け取れよォ……ッ!!」

 その肩に指先を食い込ませて、より奥まで届くよう、足を開き腰を揺らす。生理的な涙が頬を伝い、喜びに流すものと似ていると、ぼんやり思った。

「出せ……ッおまえの、せーし……いっぱ……いぃっ!」

 絶頂まで昂ぶった快感が、融け合ってひとつに結合し、爆発的に振動する。不動がひときわ強く突いて、射精されたと同時に達した。

「ンァァァアア――ッッッ!!!」
「っぐぅぅ……!!」

 何度か経験した感覚が、腹の内側で起こる。脈動と共に吐き出される精液を受け止め、子宮は歓喜にうち震えた。

「っは、っはぁ……」
「あ……ひっ……ひ、ァ……」

 これが、セックスなのだ。何がどうと細かいことは分析もできないが、今まで経験したことのない、神聖で究極的で未知なる現象が二人に起こっていることは分かった。つながったままで、不動は惰性ではなく名残惜しむように腰を揺らす。

「オレ、あと何回イけっかわかんねえ……いくらでもできそーな気ィする……」

 再び硬さを取り戻してきた不動は、徐々に突き上げる強さを増していく。

「いいぞ……おまえの、すべて……しぼりとってやるッ……」

 肉棒に貫かれ、たおやかな肢体は優雅に仰け反って、開いたままの口からは吐息と媚声だけがこぼれた。

「っぁあ! あ、アアぁッ……!」

 たっぷりと精液が注がれるのを感じ、意識が戻ってくる。呼吸が収まってから、不動はハッと小さく笑った。

「ガキができるまで付き合うぜェ?」

 できるまでと言っても、今すぐには分からない。ということはつまり、何度でもと言う皮肉めいた冗談に聴こえる。かろうじて、まだ笑い返すことはできた。

「ふん、おまえの子供など、高が知れているな」

 その後すぐにキスで唇は塞がれ、何かを考える余裕もなくなって、足腰が完全に疲弊して息も絶え絶えになるまで、体を重ねた。結果がどうなろうと、この先の未来がどうなろうと、今は関係なかった。




***



 不動明王は徴兵されていった。隔週で発表されるリストに名前が載っていたのを見つけて、鬼道は自分の中で開きかけていたものが再び固く閉ざされるのを感じた。こんな世界だからこそ、あんな出会い方で良かったのだ。あれ以上に何か感慨のようなものが起こったとしたら、ただでさえ過酷な戦場へ向かわせるというのに、居た堪れないどころではない。
 兵士は制服を着け、管理された規則の下にフィールドに立たされ、命懸けでボールと言う名の点数を奪い合う。敗けた者には、労働と罰則が課せられ、一定期間以上成果を上げられない者は、兵士から外されて最下級の仕事を与えられることになっている。代わりに、勝ち続ける強い者は褒め称えられ、トレーニングと自己管理以外の責任を負わなくていいように取り図られていた。
 だが一番の問題は、"勇者"を作らぬように敵の優秀な兵士を叩きのめそうとする風習である。種を持つ男子は徴兵されない決まりがあり、兵士とはつまりもう父親になれない男たちが寿命までの時間と体力を競う職業なのだ。
 鬼道は今まで特にこの仕組みに疑問を感じたことはなかったが、いま初めて、彼を惜しいと思った。子供ができてもできなくても、もう一度会いたいと思う相手というのは、そうはいない。徴兵される日と検査結果の発表は、あと十日後だ。鬼道は心から期待を一粒残らず捨て去り、以前よりも部屋にこもって本を読んだ。何もかも虚しいのは、最初から分かっていた。




***



 久遠博士のラボに入る前から、既に数人の話し声が廊下へ漏れていて、何かいつもとは違う雰囲気になっていた。鬼道が現れると、データにかじりつき論議を交わす研究員たちを押しのけて、久遠博士がやって来た。

「やりましたよ。ついに成功です」

 その顔は普段とほとんど変わらないように見えたが、死んだ魚のようだった目は生き生きと輝いていて、鬼道は感嘆をおぼえた。呆然としているように受け取ったのか、博士は続けて言う。

「受精ですよ。あなたの中に新しい生命が宿ったんです、二十年ぶりにね」




***



 準備の整ったスタジアムの扉が開き、高らかに声が響いた。

「待て! 試合を中止しろ!!」

 集まった視線の先には、一人の少女――鬼道財閥長女である有奈の姿。彼女は自分に注目が集まったことを知ると、速足でグラウンドへやって来た。

「不動明王は兵役を免除される。他の者も、希望者は休暇を取ってよいこととする」

 スタジアム中にどよめきが起こる。何事かとこちらへ歩いて来ていた監督にどういうことなのかと尋ねられる前に、鬼道は再び口を開いた。

「私は新たな生命を身ごもった……このクズの子だ!」

 あちこちで感嘆の声が上がった。周囲で次々に沸き起こる歓喜に包まれながら、鬼道は不動の顔を盗み見た。彼は喜ぶというより、驚愕しているようだった。

「軍事活動は一旦停止とする。これより先の計画については、また後日発表する。皆、十分に休暇を取ってくれ」

 手を差し伸ばすと、不動は居心地が悪そうにしながら仕方なくといった様子でついてきた。二人並んで、歓声の起こるスタジアムを後にする。

「なぁ、おい……ホントにオレの子なのか」
「ふん……お前のような奴のために、私がわざわざウソをつくと思うか?」

 小声でぼそぼそと交わすやり取りは、やわらかくもないが棘もない。鬼道はまだ護衛も報道陣もいない静かな通路に立ち止まり、自分の腹部に手を当てた。

「この子には……よりよい世界を見せてあげたい」

 不動は隣で、黙っている。その目の奥にゆらめく、強い意志を汲み取る。

「頼んだぞ」

 やっと、彼は笑った。分かりきったことを口にしたからか、純粋に喜んだのかは、定かではない。

「ああ。」

 だが、その微笑は優しく、誠意あるものだった。失われゆく世界で、ずっと曇ったままだった未来に、やっと晴れ間ができた。小さくともそれは、確かな光。





end


2014/11

戻る
©2011 Koibiya/Kasui Hiduki