<最中に電話をとってしまった件につきまして>






 ただ小さな液晶画面を睨み続けていても、何も起こらない。悩み抜いた末に骨張った指が画面を一度タッチして、短いメッセージを送り合うことができるアプリケーションを開く。最後の逢瀬から一週間が経とうとしている。おれはどうしようもなく疼く己の身体に苦笑しながら、世界一愛しい声を聴きたくて堪らなかった。
 明日は何もかも休みだ。不動によほどの予定がなければ、最短であと二時間後には会えるはず。あわよくば、自分のために予定を空けていてくれないだろうかなどと、あらぬ期待を抱く。いやいや、期待などするものではない。
 テキストエリアに"明日は暇か?"とだけ打ち込み、送信ボタンを押した。ため息を一つ、スマホをスラックスのポケットに戻しながら立ち上がる。バイブレーションが着信を知らせるまで、夜食でも作ろうかとキッチンへ向かった、直後、玄関の扉が開く音がした。慌てて廊下に出ると、不動が微笑を浮かべて靴を脱いでいるところだった。

「ウケるよな。ちょうどインターホン押すとこだった」
「不動……!」

 これほど嬉しい瞬間は稀にしかないだろう。大股で近づいていくと不動は、抱きつく衝撃に構えて待っていてくれた。彼のポケットでたった今入れた合鍵が音をたてる。つくづく渡して良かったと思いながら、鼻を擦り寄せて手を握った。

「明日休みだって、佐久間に聞いてさ」
「そうか。以心伝心とは、このことだな」

 もう、待てない。最初はそっと、おそるおそる触れた唇が、一気に燃え上がった欲望に濡れる。舌を絡ませ、髪をまさぐって、体を擦り寄せた。抑えていた疼きが身体中に広がり、相手へ移る。
 ジャージを脱ぐ不動を手伝い、一旦離れて寝室のドアを開けると、ふっと鼻で微笑うのが聞こえた。

「ふどう……っ」
「はっ、まてよッ……」

 笑いながら言う、その太腿に、股間を押し付けて微笑む。

「いいや……、待てないな……」

 今のおれは無防備だ。不動が与えるものすべてを受け止め、自分のものにしたいと思っているから。そんなおれを抱き留める、不動もまた無防備なのだろう。いつも以上に嬉しそうな顔を見せる。

「オレも……」

 シャツはボタンをいくつか外しただけで、ズボンと下着は膝までおろしただけで。呼吸の音だけを聴きながら、不動がローションを穴に塗り込める。珍しくいつもよりぞんざいな手つきだ。だが今はそれでいい。途中でやめさせ、おれはベッドに手をつき、尻を突き出す。不動のペニスが入り口に当てられ、ぞくぞくと全身が期待した。

「あ……ああ……ッ」
「くぁ……きどう……ッ」

 この質量、この刺激、この感覚。堪らない。このままでは掛け布団のカバーが汚れてしまうなと頭の隅で考えながら、そんなの大したことじゃない、むしろ思いきり汚してやれと別のおれが叫ぶ。

「ああっ、あっ、ィや、ぅあっ」
「ハッ、あーっ、きどうっ……くぁ、んぁぁ……っ」

 圧迫感が激しい。胸の奥を鷲掴みにされ、全身を一本のペニスで揺さぶられている。迫り来るものを避けられず、避けようともせず、アナルに挿入され何回か突かれただけで達してしまった。

「ぅぁぁあっ……!!!」

 歓喜の声をあげて、おれは涙を流す。ペニスからは白濁が吹き出し、掛け布団に飛び散って流れた。

「ちょっ……んな、シメたら、出る……ッ!! はぁ、は、く、ぁ――っ……」

 体内でペニスが震え、温かい精液が放たれたのを感じた。刺激にビクンビクンと痙攣しながら、余韻に浸る。

「……へぇ、なに、オレのこと……待ってたって?」

 まだ荒い呼吸を挟みながら、不動がおれの背中に言葉を落とす。不動のペニスはまだおれの中で、再び膨らみ始め、達したばかりの敏感な内壁に密着して、脈打っている。ちょっと動くだけで全身に電流が走るかのようだ。まだシャツも脱いでいないのに。

「ひっ……ぁ、ああ……。おまえを、待ってた……」

 呼吸を制御すればできないことはないが、きちんと喋るのも億劫でやや舌足らずになりながら、そんなことよりも得られる快感を100%感じようと、貪欲に腰を揺らす。

「ふどう、」

 振り向くと不動は合図を受け取ってにやりと笑い、一旦結合を解く。すかさず仰向けに寝転んだおれに覆い被さると、先端が睾丸をそっと押す。その不動の首に両腕を掛け、長いキスをした。舌を絡めている間に、足を上げて催促するまでもなく、しわくちゃになっていたスラックスと下着を足から抜いて、不動が挿入し直してきた。
 再び、さっきまでよりもさらに高まった快感に身を委ね、呼吸のたびに唇を重ねる。
 このまま、さらなる絶頂へ共に――と、理性を手放しかけたとき、スマホがささやかな電子音で電話着信を知らせた。普段は消音にしているのだが、さっき不動からの連絡を待っていたため、マナーモードを解除してしまったのだ。

「ひ、秘書だ……」

 そして、会社から電話が来るのを待っていたところだったのを思い出す。

「だが、あと一時間は、来ないと思っていた……。急いでくれたこいつのためにも、こちらも急いで、出なければならない……」

 荒い呼吸混じりにそう言うと、不動が照れ隠しの時の笑いかたで声をあげた。

「ハハ。マぁジかよ?」
「すまない……一旦、抜いてくれ」
「いやっ、抜こうにも……」

 引き抜かれていく刺激がたまらず、無意識に穴を窄めてしまう。体じゅうが離れたくないと叫んでいる。

「んぁぁっ……やめ、やめてくれ……っ!」
「ホラ、締め付けられちゃって、痛ぇぐれえだぜ?」
「くっ……」

 何か無理をして救急車でも呼ぶ羽目になれば、最悪もいいところだ。強い快感で滲んだ涙を指で拭い、おれは必死に考える。
 そうこうするうちに留守番電話に切り替わってしまいそうで、恥を忍んで不動に頼んだ。

「け、携帯を取ってくれ……ズボンのポケットだ」
「一回こういうのやってみたかったんだ~……とか言ったら怒られそ」

 怒るに怒れない上に、実際いま自分もこの状況を受け入れているという、とんでもない話だ。
 不動がスラックスを探るため、まずはベッドの上を数センチ移動する。床に落としたスラックスを持ち上げるために不動が腕を伸ばした時は、下腹部が少し捩れかけて、新たな刺激を生んだ。

「くぅッ……」
「可愛い声出すんじゃねーよ、全然抜けねーじゃねーか」
「抜かなくていい! いいから、頼むから、ジッとしてろ」

 息が切れているので深呼吸しながら、不動が寄越したスマホを受け取り、急いで通話ボタンを押す。

「すまない!」

 慌てて出たので呼吸が乱れているのは誤魔化せるはずだ。普段から温厚な秘書の上條は柔らかい物腰で、応答してもらえて良かった旨を伝えてきた。
 大体予想通りの報告を聞いて、一瞬自分の状況を忘れかける。

「分かった。それなら、こちらは――」

 その時、不動がグッと腰を動かした。

「ッ――!!!」

 慌てて口を押さえてスマホをベッドに押し付け、声をこらえることができた。危なかった。秘書が不安げに、通信状態に問題はないかどうか訊ねる。

「あ――ああ。……聞こえている」

 その後、何とか指示を出して電話を終わらせた。すかさず電源を切って、床に山を作っている服の上へ放る。
 不動が顔を近付けてきた。

「鬼道シャチョーのポーカーフェイス、すげーな」
「ふざけるな! ……っあ……」

 つい両足を上げてしまったせいで、未だ体内に突き挿さったままの不動に刺激を受けた。
 この刺激があまりにも愛しいために、自分だってすっかり夢中になってしまっていた。不動にからかわれても仕方ない。

「フン……お前もよく耐えたな」

 愛情を自覚すればするほど、そのために天秤からふるい落としていくものが増えていく。そんな自分の変化が怖い。
 況してや行為中に仕事の対応をするなど、本来ならば言語道断、あり得ない。だが今まさに、やむを得ずやってしまって、おれは青ざめ慄いていた。しかもその異常な状況が、さらに興奮を高めたのだ。むしろ不動と繋がっていない状態の方が異常なのではと錯覚するほど、自然で、悦楽に満ちていた。

「ご褒美はたんまりもらわねェと……納得できねーなァ」
「ヒぁッ……!」

 両足をさらに持ち上げられて結合が深まり、待たされて蕩けた内壁がもっと強い刺激を求めてうごめく。無意識に締め付けたために、不動が顔を歪めて目を閉じた。

「もういい、はやく……ッ」
「オレも、も……ムリ……!」

 頭が真っ白になって震えて、そこから先はぼんやりとしか記憶がない。
 何度もキスをして、神経感覚が麻痺してお互いに触れることが勿体無いと思うようになるまで、腰を揺らし、射精した。
 電話がかかってきた時は、こんなこと二度とやめようと反省したはずなのに、いつの間に快楽が狂わせたのか、またやってもいいかもしれないなどと思う自分がいて、おれは密かな自嘲に少し唇をゆがめた。









2016/10


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