外に出ると、真っ白だった。明け方から降り続いた雪はようやく止んで、今はただ世界を静寂が包んでいる。時間的にはもうすぐ日没だ。
ふわふわした砂糖菓子のような地面を踏んで、ゆっくりと歩く。足音はするが、やわらかい。
マンションの裏へ回る。子供と母親が雪かきをしながら遊んでいた。スマホを眺めながら首を縮めて怠そうに歩く女子高生と、遠めにすれ違う。車の来ない、整備された歩道の交差点で、足を止めた。
分厚い雲が空を覆い、うっすらと降ってくる光が白い地面に反射している。淡い灰色の世界に、じっと佇んだ。冷気はそれほどでもなく、何の音もしない。
電話をしようと、思いついた。
コートのポケットから小さな平べったい機械を取り出して、手袋を外して操作する。電話帳を開いた時、探していた名前が自動的に画面に表示されて驚いた。機械が心を読んだのではない。思わず、顔がゆるんでしまった。
「どうした」
『……なに笑ってんの?』
「ん?」
早々に怪訝な声を聞く。
「何でもないさ」
『変な奴』
「お前こそ急に何だ?」
『あ?』
「用があって、掛けて来たんだろう」
こういうやりとりが煩わしいと感じるだろうことは知っている。
『用があるんじゃないかと思って掛けたんだけど。無ぇならいいや』
どうしたらもっと、話を続けられるだろうかと考える。目の前にいれば何かしら話題は出るが、電話越しは慣れていない。
「……」
『……』
呆れたような溜息がひとつ。
『んだよ。切るぜ』
「あ、」
口を挟む間もなく切られてしまった。即座にかけ直す。ワンコールで出たということは、電話を手放していなかったのだろう。
『んだよ、しつけーな』
もしかしたら、掛かってくると踏んでいたのかもしれない。
「何だ、その言い方は。話はまだ終わってないと思わないのか、お前は」
『だったら早く用件を言えってのー』
うんざりした様子で、衣擦れの音がした。今どこでどんな格好をしているのか、想像が掻き立てられる。
「次の対戦相手はもう調べたか? 強敵らしいな」
何とか一番適当なところで話を振ることができた。それにしたって、雑談でしかない。不動は察しているのかいないのか、いつもの調子で喋り始めた。
そろそろ屋内へ入らないと体を壊すのだろうかと思いつつ、寒さは感じない。すぐそばで、雪が解け始めた。
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(なあ、知っているか? いま、お前の声だけが聞こえる世界にいるんだ。この時間、この場所で、ちょうど良く電話が掛かって来るなんて、奇跡に近いと思わないか?)