校庭はすっかり緑に包まれた。暖かくなって、新しく高等部の制服になり、些か浮かれすぎている自覚はある。
「きどークン」
自分なりに甘えた声を耳元で囁けば、一気に顔が朱に染まるのが見えた。
「よ……よせ。学校だ」
「誰もいねェじゃん」
動揺するのが見たくて、わざと毎度違うやり方でちょっかいをかけるのが楽しい。
最近、隣のクラスになったこともあり、隙を見計らっては二人きりの時間を作るようにしている。この甲斐甲斐しい努力に相手がどの程度気付いているかは分からないが、今はそんなことよりも目の前の状況が大事だ。今日は教室の片隅で、夕日も沈み、薄闇が二人を覆い隠していた。
振り向いた顔に近付いて、唇を重ねる。それだけで至福のひとときが訪れるのだから、何をもってしても優先したいと思うのは当然だ。舌を絡ませ、息づかいを聴きながら、シャツ越しに体温を撫でる。こぼれた吐息を聞くだけで、もう歯止めが効かなくなっていく。
「おいっ……最近、頻度が過ぎるぞ……」
鬼道が、強くはない力で手を掴む。熱いため息と共に睨まれても、尚更に欲を煽るだけだ。一定の条件を満たさない否定は、拒絶にならない。
「ああ、ウン……発情期ってヤツ?」
納得すればそこに都合の良い理由を見出してしまう。鬼道は眉間にしわを作りながら、横目で壁の時計を見た。予定された集合時間まではあと十五分。ここからロッカールームまでは、多く見積もって五分。つまり、あと十分間の自由がある。
鬼道が唇を重ねてきたら、承諾の合図。薄いシャツの布地ごと突起を摘まむと、待ち望んでいたかのようにすぐに硬くなった。
「……やるならさっさとしろ」
そう言いながら捲りやすいようシャツをズボンから出して、前戯を催促する。
「なんだよ、色気がねェなー」
笑いを堪えて、腰を密着させた。鬼道に胸の辺りを掴まれ、布越しに伝わる熱が理性を溶かしていく。なめらかな腰を撫でて、下着の中へ手を滑らせようとした時、階段から話し声が聞こえてきた。大きく響き渡るのは源田の笑い声だ。
一瞬顔を見合わせ、慌てて離れた。溶けかけていた脳みそがフル回転するが、良い案は浮かばない。
結局、後ろの掃除用具入れに隠れた鬼道を止めるわけにもいかず、落ち着いてもうまとめ終わっている荷物を整理しているかのように見せかけた。
「おーい、不動! 行かねーのー?」
咲山が戸口から呼ぶ。先に立ち上がって近付いていけば、掃除用具入れの前までは入って来ないだろう。
「あー行く行く。けど便所寄るし、先行ってろよ」
知らずに通り過ぎようとしている。このまま行ってくれと願いながら、表情がいつもと同じになるように気を付けた。
「なんだよ、せっかく迎えに来てやったのにー」
「オメーの迎えなんか要らねーよ」
去り際に佐久間が振り返る。
「鬼道は? 見なかったか?」
聞かれると思っていたがドキリとした。
「ああ? 知らね」
「そうか、じゃあ先に行ってるぞ」
源田が微笑む。
「バーカ」
「クーズ」
佐久間の戯れに付き合い、仲睦まじい笑い声を上げながら一年生4人組が去っていくのを見送って、ほっと胸を撫で下ろす。
廊下の向こうに消えたのを確認してから、急いで戻った。掃除用具入れを開けると、出てきた鬼道が大きく息を吐く。目を合わせられなくて下を向いたが、これも失敗だった。
「あっぶね……」
はだけたシャツをそのままに腕組みする鬼道は、いつもより殊の外、色香に満ちていた。先ほどまでの行為が及ぼした影響の濃さに思わず赤面する。
「不動……っ、だからやめろと……」
「オレだけのせいかよ?」
唇を撫でようと伸ばした手を叩かれた。
「お前のせいに決まってるだろうっ!! 大体、盛りすぎなんだ。犬じゃあるまいし、こんなところでまで……いい加減にしろっ!」
早口で、しかし廊下までは聞こえないような抑えた声で言う鬼道は、震えるほど怒っているが、羞恥にも赤く染まっていた。
「そんなに言うなら、許すなよ」
しれっと言うと、身だしなみを整い終えた鬼道がギッと睨み付けてきた。しかしどうも迫力に欠けるのは、耳まで真っ赤だからだろうか。
「お前だけ、いつものメニューにプラス校庭十周だ!」
「はあ?」
肩をいからせて大股で廊下へ向かう、その背を追いかける。
「……その後なら許す」
ゴーグルをかけ直した横顔が、まだ赤い。さっさと歩き出した鬼道に置いていかれながら、不動は頬が火照るのを感じて顔を撫でた。
「くっっそ……」
校庭十周なんて余裕でクリアしそうなほど高揚した体を宥め、鬼道を追いかける。
まだこれから、さらに暑くなるというのに今からこんなことでは、身も心も鍛えておかねばと思いながら。