<会話の多い夜>


 都内でも雪が残っている頃、炬燵に縮こまって最新のサッカー雑誌を読んでいた鬼道は、ぶるっと身震いをして現実へ戻った。

「寒いな」

 反対側に寝転がっている不動が、テレビの画面から目線を動かさずに言った。

「カラダ動かしゃいいじゃん」

 スポーツ選手なのに、すっかりその考えは抜けていた。鬼道は自嘲気味に笑う。

「そうだな、それは良い考えだ」
「マジで? 何すんの?」
「走り込みだが? お前も来るか?」

 見ていないテレビを見て興味の無いふりをしながら尋ねる不動に、鬼道は表情を変えずに答えた。彼のそんな態度にももう慣れている。

「そっちか」
「何だと思ったんだ」
「別に」

 少し沈黙が訪れた。見えない鎖で炬燵に繋がれているかのように動けないでいると、不動が寝転んだまま鬼道を見る。

「行かねぇの?」

 黙っていると、起き上がって、二人は小さな炬燵の上で向き合った。
 どちらからともなくキスをしたのは、最初からお互いに外なんて行く気が無かったから。走り込みなんて早朝だけで十分だ。過度なトレーニングも筋肉を傷めるし、何でもやればいいというものでもない。
 体が熱ってしまえば、炬燵の呪縛から抜け出ることも容易い。むしろ、体を密着させるのに邪魔なものは全て要らないとさえ思う。
 もどかしい体を畳に横たえ、磁石のように近づいてきた不動を捕まえて、足を絡めた。

「下でイイんだ?」
「なぜ聞くんだ?」
「や、てっきりこないだみたいに俺が上だとか言い出すのかと」

 不動の濡れて温かい舌が、首筋を這う。べろりと舐められる感覚に最初は驚いたが、何度も抗議するうち快感であることに気付いた。

「下でも勝つことはできる」

 毅然とした目で射抜いてやる。不動は楽しそうに口角を上げた。

「言ったな? ぜってぇオレより先にイかしてやる」
「やってみろ」

 呆れたように天井を仰ぎ深く息を吸い込むと、さっきまでとは人が違ったような口付けが降りてきた。優しく甘い中には盛んに燃え上がる情熱が迸り、鬼道を内側から溶かしてゆく。
 無意識のうちに彼の背に腕を回し引き寄せて、溶かされたもので包み込むような口付けを返す。返せば返すほど不動の手は鬼道を求め、鬼道はそれに応えた。
 硬くなった股間が擦れ合い、意思に反して勝手に腰が揺れる。

「っは、……っ」
「我慢するなよ。思いっきり出した方が楽になるぜぇ」

 手が塞がっているために舌で唇をなぞられ、否定に顔をそらして逃げた。

「我慢などしていない。啼かせたいならお前が努力すべきだ……せいぜい頑張るんだな」

 さらけ出された胸の飾りを摘ままれて、ビクンと背中が反りかえる。唇に手の甲を当て、目を閉じて快感から一歩引く。

「身体は正直って言うけど本当だよなぁ、反応よすぎじゃね?」

 不動は突起を口に含み、吸い上げる。生憎、鬼道の性感帯はどこも敏感だが、乳首が一番ではない。それでもこれしきの愛撫で熱い息を荒げて身体が震えてしまうのだから、相当に敏感な体質なのだろう。以前、くすぐられてもいないのにくすぐる真似だけで笑っていたこともある。脇腹はもちろん足の裏、弱いところを上げたらキリがない。
 不動の股間に手を伸ばすと、下着の中は炬燵のように熱くなっていて、硬くなった自身を撫でれば、頭上に吐息がこぼれた。

「我慢と言うならお前の方が心配だぞ、さっきから既に大分辛いんじゃないのか?」
「鬼道ちゃんが敗けを認めてくれなくてつらい」
「バカを言え」
「どこがぁ? こんなになってるくせに」

 鬼道のズボンの中に手を滑り込ませ、柔らかく握る。既に硬くなっていた股間を泡を掴むように揉みながら、不動はわざとらしく耳元で吐息を漏らす。熱い息がくすぐったい。

「お前もだろう? いい加減強がりは通用しないぞ」

 クスクス笑う不動を突き放して、ベッドルームへ向かい、ズボンを脱いで、ナイトテーブルの引き出しからローションの瓶を取り出すと、冷たい空気に粟立った下着一枚の体を後ろから抱き締められた。

「オレがやる」
「断る」
「遠慮すんなよ」

 冷えたベッドにうつ伏せに突き飛ばされ、抗議する間もなく覆い被さってくる熱い体に、全身が疼く。内側から悶え苦しむ叫び声がする。
 いつの間にか下着も剥ぎ取られ、秘部にとろりとした液体が触れて我に返った。

「冷たい」
「当たりめーだろ」
「んっ……」

 不動の指がローションを馴染ませ、浅い挿入を繰り返す。物足りなさに悶えているとすぐに、指よりも太く熱いものが宛がわれた。尻を突き出してやると、ゆっくりと根元まで埋め込まれた。

「ハッ……、とうとう耐えきれなくなったか」
「欲しそうな顔してたから入れてやったの。寛大だろぉ、オレ様は」

 鬼道の腰を掴んで、不動は内部を抉るように律動する。

「そんな顔、してない」
「してたね。ほれみろ、ギュウギュウ締め付けてきやがる」

 不動の荒い息が肩にかかり、火傷したみたいに火照った。卑猥な水音や肌が打ち付け合う音に扇情させられ、狂いそうになっていく。

「わざとに決まってるだろう? 全て計画通りだ」
「ああ?冗談じゃないね。この程度で、オレは、」

 呼吸が苦しくなって、行為は激しく加速する。ただの意地の張り合いでしかない支離滅裂な会話も、途切れがちになっていく。

「おいおい、大丈夫、か……っそろそろ、あ、たまが、……」
「そりゃ、こっちの台詞……っ」
「ふど、……は、……」

 シーツを握りしめ、背後から貫かれる喜びに身を委ねた。

「んッ……、ふゥ……!」

 不動の左手が腰を支え、右手は胸に宛てられ、背に唇を押しあてられながら、巧みな腰使いで抉るように突き上げてくる。特に好きな動きや場所を知り尽くしているお互いの肉体は、黙っていてもくっついて乱れながら絡み合う。

「あ……う……ッ!」
「くっ……!」

 くだらない意地の張り合いのおかげでどことなく抑制されていたからか、同時に達したことに驚きつつ、鬼道はゆっくりと全身の力を抜く。

「ハァッ、ハァ、ハ……、」

 不動も隣に倒れるようにして寝転がり、大きく息を吐いた。

「……結局、鬼道ちゃんが先だもんなぁ」

 得意気に熱い手で肩を撫でられ、鬼道は顔をしかめる。

「お前が先だった」
「へぇ? そゆこと言うんだ?」

 不動の深緑が目の前で不敵に光る。

「もう一度、敗けを確かめてみるか?」
「受けて立つぜ。敗けを確かめるのはそっちだけどな」
「いい加減、黙れ。モヒカン」
「えー……まだ言うの、それ」

 本当に黙って欲しいのと、愛着を持っているからこその台詞だという証明をするため、それを分かってはいるがやはり不服そうな不動に、最初のと負けないくらい甘美なキスをしてやった。ナントカは風邪をひかないと言うが、この分では風邪も呆れて去ってしまうだろう。




おわり

2013/04


戻る
©2011 Koibiya/Kasui Hiduki