<溶け始めたアイス>
いつものように。学生寮の自分の部屋へ、鬼道を招き入れる。
土曜日は部活を終えてから夕食までの間、一緒に勉強をすれば効率的だと提案してきたのは彼のほうだ。中間地点の鬼道の家まで行くと言ったら、断固として寮へ来ると譲らない。理由が分からなくてしつこく聞き出したら、使用人がいるからと、言いにくそうな唇が引き結ばれた。
勉強は口実。そう分かってから、少しずつ試していることがある。
暑くなってくると鬼道は、来る途中のコンビニで冷菓を買って差し入れてくる。大抵いつも某メーカーのカップアイスで、高級感とフレーバーの違いを楽しむのだが、今日は違った。
老舗のチョコバーは、パリパリの薄いチョコレートの中に、とろりとクリーミーなバニラアイスが入っている。不動は他にお気に入りのアイスがあったため、いつもチョコバーはスルーしてしまっていて、今回が初めてだった。
いつもの定位置、不動はベッドに腰掛け、鬼道は向かいのキャスター付きの椅子に腰掛けて、木の棒を持ちアイスにかぶりつく。
「うまいな、これ」
「よかった。父さんのお気に入りなんだ」
満足そうに微笑んで、鬼道が応える。
しばらく、近況報告を挟みながら、ひんやりした甘さを楽しんだ。
養父に教えてもらった美味を自分にも教えてくれる、その懐の深さに感激するべきなのか、どうせ円堂たちと一足先に食べているんだろうと勝手な憶測で嫉妬するべきなのか考えていると、先に食べ終えた鬼道がティッシュで手を拭いてから、机の上に置いていたスマホを取り上げた。
さっき練習を終えた時、インターネットで見つけたとある動画を後で見て欲しいと鬼道がメールしてきた。一緒にじっくり名場面を見て、考察を交わすのが非常に楽しいのだ。
「見せたかったのは、これだ」
鬼道は椅子のキャスターを転がして、向きを調整しながらベッドに少し寄せた。スマホの画面を見ようと、不動は身を乗り出す。
その時、ポタッと落ちたのが視界の隅に見えた。制服の白いシャツの腹部に、薄茶色の染み。それから、腕にも。
「あ、やべ」
「うん?」
「ちょっと待って」
鬼道は動画に集中していたためか、気付いていないらしい。不動はこれ以上被害を起こさないよう最後の残り一口分を舐め取ってから、咄嗟に屈み込んで、アイスが垂れたシャツを口に含んだ。
「な、なにをする……!」
うろたえる鬼道の腕に垂れたアイスも舐めて、綺麗にする。
「シミになっちまうじゃん。脂肪は取れにくいんだぜ」
「そうだが――!」
鬼道は綺麗になった腕を見て、うっすらと濡れたシャツを見て、困惑しているようだった。
「鬼道くん」
名前を呼ぶと、はっと顔を上げる。それを待ち構えて、そっとキスをした。
「ん……っ」
最初は驚いていても、一度唇だけ離して様子を見ると、期待しているのが分かる。
だから再び唇を重ね、今度は少し大胆に攻めた。乾き始めたアイスの棒は机に置いて、キスに集中する。舌で歯列をなぞるとゆっくり開き、鬼道の舌が現れた。どことなく甘い唾液を絡ませて、胸にそっと添えられた鬼道の手から体温を感じる。
息が苦しくなって離れると、鬼道が手を口元に添え、指の背を唇に押し当てた。照れ臭い時の癖だと、不動は知っている。
「も、もういいだろう。そろそろ帰る」
「まだ明るいぜ?」
敢えて、不動はベッドへ戻る。机へ向かって座ると、鬼道はドアへ向かって座っているので、横目で睨むように見られた。
「期待、してるんじゃねーの?」
「なにをだ……」
笑みを浮かべ、下品すぎて引かれないか心配もしながら、彼の膝に置かれた手を取る。触れた瞬間、ピクッと震えた気がした。
「もっと、だよ」
「……っ」
動揺を見て思わず、どうしたいか訊ねようとして、逡巡する。鬼道はきっと、訊いたら否定するだろう。
「同じ、だろ。お前も……」
だから否定も肯定も、返事をしなくて済むように伝えた。
微かな力加減で、椅子が勝手に回転し、じわじわとベッドの方へ向く。不動を見つめ続ける赤い目が少し、切なげに歪む。
「ふどう……」
腿の横に鬼道が片膝を乗せて、ベッドが軋む。遠慮がちに伸ばされた手が、不動の肩の辺りでシャツを掴んだ。そっと込められた力は、予想よりも強く。
堪らなくなって、横へ押し倒す。どさりと布団に広がったドレッドを撫でて、キスをしようとした。鬼道が迎えようと口を開いて、その唇にぶつかり、痛みは無いがやわらかな衝撃が走る。
少し笑って、今度はそっと、お互い確かめ合いながら唇を重ねた。
「ふ……っん、ぅ……っ」
「は……っ、鬼道くん……」
腰のあたりに手を添えて、徐々に下へ向かって撫でていく。尻を撫でて抵抗されなかったら、股間へ移る。ズボンの上からそっとなぞると、ビクッと腰が震えた。しかしすぐに、膝が不動の内腿を軽く撫でる。
「おれは……」
「わかってる。オレがしたいんだよ」
我慢なんてできない。一秒でも長くつながっていたいのに、一ミリでも多く自分のモノにしたいのに、大人しく待っていられるわけがない。
我慢なんてできないのに、どうしたらいいか分からなくて、もどかしい混乱の中を手探りでかき分けている。
鬼道がゆっくりと、ゴーグルを外した。
「おれも、したい……」
胸がギュッと詰まって、苦しい。
「鬼道……」
手探りでさまよっているのは、同じなんだ。漠然と、そう思った。
二人なら、混乱の中を出れるかもしれない。行きたいところへ、行けるかもしれない。
「ふ、ぁ……、ふどう……っ」
少しずつ手を使って、触れていく。
鬼道も遠慮がちに抱きついてきて、さらに胸が苦しくなった。
舌を絡ませると、まだバニラとチョコレートの甘さが残っている気がする。
この先の道で何が待ち受けているかなんて、誰にも分からない。だから、今のうちに。
ぜんぶ溶けて、混ざり合ってしまえばいいのに。
2017/06/23