<largo>



ゆるやかに・ゆっくりと・悠然と







 鍵がシリンダーに差し込まれ、ドアが開く音を聞くと、その音を待ち構えて耳を澄ましていた自分に気付く。
 同棲を始めて三ヶ月、やっと荷物の整理が落ち着いた頃。小鳥が木の上で巣を完成させ、やっと落ち着いた頃に似ている。

「おかえり」
「ああ。……ただいま」

 ソファに凭れたまま顔だけ廊下に向けて声を掛けると、鬼道は少し微笑んだ。休日と引っ越し後のバタバタした数日を抜いて約六十回ほど繰り返し、徐々に定着してきたこの状況に、彼もやっと慣れてきたのだろう。
 テレビをつけず静かなリビングで、赴任したばかりの帝国学園サッカー部について把握するため、選手たちの細かいデータを眺めて分析していた不動は、資料をテーブルに置いて伸びをした。時計は二十二時十五分。
 立ち上がって廊下へ行くと、寝室でジャケットを脱ぐ鬼道の姿が、開け放したドアの向こうに見える。ネクタイを緩め、鬼道は溜息を吐く。疲れているのだろう。
 不動は気付かれないうちに、リビングへ戻った。
 一緒に住んだほうが効率が良いだろうという考えを伝えたら、鬼道もそれに賛同してくれた。だから新しくマンションを借りて、合鍵を作った。
 仕事で疲れているのはよく分かる。だが、鬼道は何でも一人でこなしてしまうし、調子が悪くても顔に出さない。一緒に住んでいるからといって、一体自分に何ができるというのだろう。




 風呂から出てきた鬼道の行動をさり気なく見守る。最終的には、電気を消してベッドに横になるのだが、明日は休みということもあってか、サイドテーブルのランプをつけたままスマホを見ていて、すぐに寝なかった。
 不動は、リビングの電気を消し、ゆっくりと寝室へ入っていく。鬼道はまだベッドの縁に座ったままで、スマホを見ている。忙しくて見ていなかった間に更新された経済の情報やニュースを眺めているのだろう。
 反対側へ回ってベッドの上に乗ると、予想通りスマホを置いた鬼道が振り向いて、一気に距離が縮まった。柄にもなく高鳴る鼓動がうるさい。
 期待に応えて唇を押し付けると、鬼道は唇を唇で食み、応え返してきた。舌を絡ませれば、一気に淫らさが増す。ずくんっとスイッチが入った下半身をなだめながら、上がっていく呼吸をコントロールして……パジャマの下に手を入れたのは、もはや無意識のうちだった。

「っん……ふ、ふど……ン……」

 ささやくように呟きながら、鬼道は自ら、着ているものを脱いでいく。それに合わせて、不動も裸になった。
 肌を重ねれば思いが伝わるだなんて、誰が言い出したのだろう。脳が繋がるわけでもないのに、あり得ないことだ。

「やっ、……よせ……」

 しっかりと厚みのある胸板を撫でてやわらかい突起を見つけ、指先でぐりぐりと弱い圧力を与えると、すぐに突起は硬くなった。鬼道はくすぐったい時と恥ずかしい時は「よせ」と言う。

「感じるだろ」
「んん……」

 気分がノッている時に刺激するということを繰り返していたら、少しずつ感度が上がってきた気がするのだが、鬼道は認めようとしない。だが強情な理性に反して、体は正直だ。

「ふンッ……」
「なんだよ、すげぇ元気じゃん?」

 からかい半分に股間を撫でると、既に半勃ち以上になっていた。

「ンッ……ん、は……」

 感度は良いが、口数は少ないところを見ると、やはり一週間の疲れが溜まっているのだろう。鬼道が寝落ちしたところは見たことがないが、無理はさせたくないので、ペニスを手で直に愛撫する。少し刺激を強くすれば、溜まっているモノを出して熟睡できるだろう。

「んっ……不動……、」

 名前を呼んで擦り寄って来たら、愛撫はやめて挿入してほしいというサインだ。しかし不動は迷う。

「オレ……別に、今日は最後までしなくていいぜ? もう十二時だし」

 目覚し時計の夜光の針を見ながらそう言うと、鬼道はやめるなとでも言うように背中に両腕を回してきた。

「おれも別に、そのつもりではなかったのだが……その……」
「なに?」

 歯切れの悪い鬼道と一気に体が密着して、ペニス同士も擦れ合う。今までガチガチにヤル気なのを隠していたくて押し付けていなかったのだが、鬼道の方から腰を揺らして擦り付けてきた。

「お前が、ゆっくりするから……最後までしないと、おさまらなくなってしまった」

 こういう新鮮な驚きが得られるから、やっぱり脳なんて繋がらなくていい。照れ臭そうな鬼道はしかし、どこか得意げにも見える。
 不動はコメントのしようがなく、代わりにありったけの気持ちを込めてキスをした。

「今日は……」
「うん」

 鬼道が押し付けるように差し出したコンドームを受け取って装着する。もうすぐ挿入される……と身構える心理が無意識にそうさせるのか、コンドームをつける手元を何となく見ながら、鬼道も脚を広げる体勢になりかけていることに、不動は最近気付いた。何度も繰り返して、ある程度やり方やサインや順番が定着してきても、新たな驚きが常にある。
 不動は既にのぼせたような、くらくらとした目眩を覚えながら、ジェルを潤滑剤に、ゆっくりと腰を押し進めた。

「ひ、んんッ、……んぁ、ア……ッ!」
「うぁ……イイぜ、……っふ……」

 目元を隠そうと腕を乗せ、すぐに脇へ落ちて、不動の頭を抱きかかえようとし、それも中途半端に、腕は宙をさまよった。

「はッ、ん……っ、あぁ、鬼道……」

 早く終わらせてやろうと思って、鬼道の敏感なポイントを抉るように突き上げる。

「っあ、や、いやだ、ふどう……まだっ……」
「ん……あ?」

 いつもの、気持ち良すぎる快感に対していやだと言っているのではなさそうだと気付いた不動は、律動を止めて目を合わせた。
 刺激が少なくなったことでひとまず安心したのか、鬼道は荒い呼吸を繰り返しながら、言葉を選んでいる。

「どっか痛かった?」

 加減は把握して調整しているはずだけどな、などと思いながら、応答を待つ。全く動かないのも難しいので、ゆっくり、歩くより遅いテンポで、わずかに腰を揺らす。

「痛くはない……。ん……はっ……、まだ、イきたくないだけだ……」

 不動は予想外の答えに戸惑い、熱が高まるのを感じた。

「そう言われても……、はぁ、動く度に、すっげ締まるし……」
「だ、だから……っ、できるだけでいい……」

 体の反応は、不可抗力なのだ。股間をじっくり撫でたら勃起してしまうのと同じように。
 不動は言われた通り、ゆっくりした動きを続けた。鬼道の両足を折り曲げて、密着した腰をゆらゆらと揺らす。ゆっくりした動きだと刺激が少ないので、没頭しすぎず、待ちくたびれて逆に萎えてしまうのではと、今までは思っていた。中折れなんてカッコ悪すぎる。
 だが今、鬼道の顔を眺めながら、同時にこの状況、体勢、行為に集中せざるを得ない状態で、顔に熱が集まるのを感じた。卑猥な水音すら、いつもと違ってよく聴こえる。

「ふっ……ふっ……はっ……」

 一旦控えめになっていた鬼道の吐息が、徐々に強くなっていく。不動は自分のペニスが大きくなり、質量が増したのを自覚した。

「んっ……ふっ……たまには、ゆっくりも……悪くないだろう……っ」

 鬼道にしっかりと抱き寄せられ、思わずラストスパートをかけて思い切り射精したくなるのを、ぐっとこらえ、徐々に速度を上げていく。

「あぁ……ん、ふぅッ……」
「はぁッ、もう、イクぜ、……はァッ、」
「ああ……っ。ア、ふ、ふゥ……ッ」

 抱き寄せた両手の指に、すがりつくように力がこもるのを感じて、不動は顔を歪めた。
 めいっぱい甘やかして、労ってやろうと思っていたのに、実際、鬼道はそれほどヤワじゃない。今日も魅せられて、夢中になっている。
 むしろ、生気を搾り取って回復するのなら、努力して日々鍛える意義があるというものだ。

「あ、はア、ッくぅぁ――――――ッ……!」

 鬼道の絞り出すような嬌声が途切れたのを耳元で聴きながら、その肩に顔を埋めて、不動も達した。コンドームは破れていないが、いつもより長い射精だった気がする。一瞬意識が飛んだのかもしれない。
 止まりかけた呼吸が何とか正常の範囲に戻ってきたら、不動がコンドームを捨てて手を洗いに行く間に、鬼道は自分の腹を拭いてパジャマを着る。
 戻って下着とTシャツとスウェットを身に着け、隣に潜り込んだ。布団をかけると、鬼道が呟いた。

「ちょっと後悔した……」
「ぁあ? なんだよ」

 やっぱり疲れたのかと思い、労る気持ちで向き合う。鬼道は布団の中で腕組みしながら、うとうとしている。

「最初から、ちゃんと準備して、ちゃんとすればよかった……」
「は……?」

 主語がぼかされているので理解するのに数秒かかったし、理解したと思ってもそれは一%ほど不確実だが、今までの経験と鬼道の思考回路、好みの分析結果からして、九十九%は確実だ。今呟いた鬼道の後悔とは、コンドームを使わずに最初から最後までやるつもりで、もっと余裕を持ってゆっくり行為に及べば良かった、ということだ。

「……今度また、思いっきりゆっくりヤろうぜ」

 照れくさくて寝たふりをしているような気もするが、まだぼんやりと意識があるらしい、鬼道は喉の奥で小さく唸って返事をした。

「オヤスミ」

 腕組みごと体に腕を掛け、抱き寄せて、目を閉じる。やや反対側に逸れていた鬼道の頭が、少し戻って、不動の頭に寄り添った。








2016/12/22


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