<なにもいらない>






 愛さえあればセックスなんて――そんな風に考えているウブな童貞の頃もあった。
 不動と体を繋げるようになって、逆に男同士ならば感情は要らないと考えるようになった。
 だが、どちらも間違いだと今は思う。

「鬼道クンって淡白そーに見えるけど、すげぇエロいよな」

 男だけの新年会でさんざん旧友たちの下ネタトークを聞いて帰った夜、連休だからと不動の家に泊まった。順番に風呂で温まって、いつものようにベッドへ入ってきた不動の体に、控えめに身を寄せると、腰に手を回しながらそう囁かれた。
 こうして会う度に、快楽を求めている。不動は断らない。溜まるものは溜まるが、自慰で出すよりも、セックスで出したほうが百倍かそれ以上気持ちいいと知ってしまってからは、不動さえ良ければと体を開いた。

「確かに、おれは淡白なほうだと思うが……」
「そお? ああ……まあ確かに、オモチャとか使わねーしな。いいんだぜ? たまにはセクシーな下着とか着てくれても」

 バカと言う代わりに肘で上腕の外側を思い切り押す。不動が避けようとしながら受けて、痛いと言って笑った。
 こいつへの恋愛感情を自覚したくないから、感情は要らないなどと馬鹿げたことを考えるようになったのだと、今は分かる。

「特に何かしようという発想が出ないんだ。いつも……気持ちいいからな……」

 だんだん声が小さくなったつぶやきを、不動は一語一句聞き漏らさなかったようで、切れ上がった両目が見開かれるのを横目で見た。

「なんだよ……それ」

 あ、まずい、何かのスイッチを押した気がする――そう思った直後、不動に抱き締められて身動きが取れなくなる。

「ふどう……」
「……」

 密着した太腿へ、数枚の布越しに、硬い熱源が存在を主張している。

「……当たってるぞ……」
「おまえのせいだろ」

 もう何も言うなとばかりにむさぼるようなキスをされて、息ができなくなりそうになるまで口内を舌で掻き回された。仕返しに熱が上がった体を押し付けてやると、不動がおれの外泊中の寝間着であるスウェットパンツを下着ごとずり下ろす。脱がされたくないような、早くしてほしいような、妙な気持ちに動揺したが、すぐに手を伸ばして不動のスウェットパンツと下着も引っ張り下ろしてやった。
 まだキスをして着ているものを脱いだだけなのに、二人して夢中になって暴れたので、布団と毛布が呆れたようにばさばさと床へ落ちた。指先はもちろん、腕や脛が触れるたびに、心臓の鼓動が速まる。事務的な自慰でも鼓動は速まるし、他人に恥部を晒すのは誰だって恥ずかしい。――だが。

「もっと気持ちよくしてやるよ」

 得意げな笑みに照れ隠しが混ざって、だがそれを隠そうとせず、不動は青緑の目で見つめていた。その歪んだ唇を親指で撫でて、おれはわずかに腰を揺らす。

「ああ……楽しみだ」

 親指の先が唇を割って、不動の歯列に当たった。見つめ合うと、青緑の奥に吸い込まれそうになる。なぜか、胸の奥が溶けたチョコレートみたいにとろけて、緊張しているはずなのにゆるんでいく。
 再び、キスをした。
 いつでも、終わりが見えない。不動を相手にしていると特にそう感じる。こいつはおれを理解しようとした上で、裏をかこうと画策し、やり方を変えて驚かせ、防ぎにくくしたり、頼んでもないのに工夫を凝らす。飽きないどころか、適度にくすぐってくるのでやり返したくなる。
 やり返せば、それ以上のものを得られると、おれも心のどこかで期待しているのだろう。そして不動は、期待に応える男だった。
 こんな風にセックスするようになって、おれは中学生みたいな性への恥じらいと、淫らな欲望についての侮蔑とを捨てた。妙な、センチメンタルな固定観念も捨てた。
 おまえとの行為は、例えば規則正しく良い食事をするのと似ていて、日々の中で当たり前の必要不可欠なことなのだから。








2017/01


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