<本音と建前>
酒を飲んでも、普段とあまり変わらない奴だと思っていた。いつも他の奴らが、酔ったら手のつけられなくなるような危険人物ばかりだったり、極端に酒が弱かったりと、強烈なメンバーで飲んでいたから、それに比べて変わらないように感じただけで、確かに酔いやすいわけではないが、しかし実際は変化があったのだ。
鬼道はソファに押し倒され、その変化を目の当たりにしていた。
「きどう……くん。きどう」
「な、なんだ……?」
上機嫌で、不動は一つずつ鬼道のシャツのボタンを外していく。歌を口ずさむように名前を呼んでも、特に話があるわけではないようだ。
鬼道はあまり酒が好きではないこともあって、ほとんど酔わない。少し飲みすぎても、軽い目眩が起きる程度で、感情にもあまり乱れは出ない。
不動もそうだと思っていたが、どうやら違ったようだ。――いや、今日だけおかしいのかもしれないが。
「へへ……なあ、好きだぜ、鬼道」
「なっ……」
普段あまり言わないセリフを、上気した嬉しそうな顔で言われ、鬼道は一気に顔が赤く染まった。不動の顔は妙に整っていて、大体誰が見てもいわゆるイケメンの部類に見られると思うのだが、それを差し置いても、中学生の頃から想いを寄せていた相手に熱っぽく見つめられながら好きだなんて言われたら、酔っていると知っていても高揚してしまうものだ。
「好き。……大好き」
だが、どうにも、慣れない。同一人物ではない気さえしてきてしまう。そうだ、酔っているのだ。同一人物とは言えない。しかしそんな風に否定するのは、好意を持たれていることも否定することになってしまわないだろうか。
「そんなこと、言われてもな……」
「なぁんだよ。好きなものに好きって言っちゃわりィか?」
「いや……わ、悪くはないが……」
知っていることではある。恋人として接し、キスをする時点で、そういう気持ちが無ければできない。男同士なら遊びの延長でとも思ったが、高校を卒業する前だったか、海外へ行く前に気持ちを整理するため話し合いをしたとき、不動がいかに真剣に自分のことを想い続けてきてくれていたかを思い知ることになった。だからこんな風に、ちょっと酔っただけで心の奥にしまっていた言葉がありのまま出てくることは、ある意味では当然だ。ごく自然なことだ。だがしかし。
「なんだよ。それならいいじゃん……」
真っ直ぐに見つめる深い青緑に、射抜かれたかのように目を逸らせなくなる。
「鬼道、愛してる……」
顔だけでなく全身が熱くなって、いま自分がどうしなければならないか、何を言えばいいのか分からなくなり、鬼道は混乱した。
そんな様子が殊更に愛しく映ったのだろう、不動はふっと微笑んで顔を近付ける。こんな状態でキスなんかしたら自分はどうなってしまうのだろう?――鬼道の混乱はピークに達した。
「よ、よせっ……!」
胸の脇で拳骨を握り締め、思い切り突き上げた。アッパーカットをまともに食らい、のけぞったあと、不動は意識を失って倒れた。のしかかってくる頭と体を横へ転がって避け、床に膝を下ろす。同時に、不動がソファから落ちないよう押さえた。
「あぁぁ……すまんっ……」
呼吸を確認し、フゥと安堵の息を吐く。そんなに強く殴ったつもりもないし、手応えとしては顎の骨にヒビが入るほどではなさそうだ。イケメンの顔も歪んでいないはずだし、アザもそれほど残らないだろう。
ストレートな想いを受け止めきれていない動揺と、自分も慣れないことをしてしまった動揺が、まだ胸の奥を激しく揺さぶっている。
「悪く思うなよ……」
毛布を掛けてやり、起こさないよう早々に離れる。
そもそも、おかしなことを言い出したのは不動だ。事情を説明して、きちんと謝れば許してくれるだろう。
自分も早く寝ることが先決だと思い、鬼道はそそくさと寝室へ向かった。
今日のことは胸の奥にしまっておこう。今度から飲ませ過ぎないように気をつけよう。そう固く決意しながら。
――しかし彼はまだ気付いていなかった、不動が起きた時に真っ先に謝ったために、すっかり記憶が飛んだ不動にイチから説明するなどという余計なイベントが発生したおかげで、せっかくの休日を半分ベッドの上で過ごす羽目になることには。
2017/01