<サボテン>
韓国との試合が終わり、予選を通過したことでチームも少しは纏まって来たかと思われたが、鬼道にとってはより悪くなったようにしか思えなかった。
孤高の問題児、不動明王である。偶然生まれた必殺技"キラーフィールズ"によって掴んだ勝利のおかげで、鬼道は彼に対する誤解を一切解いたつもりだったのだが、当の本人がそれをまた塗り直してきたのだから仕方ない。
移動中も食事中も完全に無視している、むしろ不動は馴れ合いを嫌い常に隅や後ろの方で静かにしているのだが、それは逆に常に観察されているようで居心地が悪い。その証拠に今日も、練習中の休憩でドリンクを取りに行くと、ベンチに大の字になっていた不動から得意気なアドバイスを頂いた。
「さっきのカットは随分カゲキだったねェ」
挑発的な声を無視しながら、ドリンクを喉へ流し込む。言われるまでもなく分かりきっていることをトゲ付きで突き出されるので、余計に頭に来る。
「あんなの繰り返してたらまたベンチに下げられちまうぜ? ま、その方がオレ様の出番が増えるけどな」
馬鹿馬鹿しいのでボトルを置き、ギロリと睨みつけてからピッチへ戻った。能力も頭も悪くないくせに、態度があれでは宝の持ち腐れだ。全く以て馬鹿馬鹿しい。
一日中イラつかされてさすがに疲れ、とっとと寝ようと思っていたのについ窓の外を見たら砂浜に人影があり、それが他の誰かなら然程気にしなかったかもしれないが、あろうことか明らかにモヒカンのシルエットだったので、一気に眉間にしわが戻った。一人、月光から隠れるようにしてボールを操っている。
これは良い機会とばかりに復讐心に燃え、誰にも見つからないように外へ出ると、真っ直ぐに不動と対峙しに行った。
「珍しいねェ、こんな時間に何の用?」
「お前こそ一人でコソコソと、こんな時間に練習か? 精が出るな」
「鬼道クンがここで練習するなら、どーぞ、オレはもう寝るからさ。でも天才には努力は要らねえよなァ?」
「負け惜しみなら世界一になれそうだな。せいぜい頑張れよ」
やっと不動の余裕ぶった笑みが消え、鬼道は自分に主導権が移ったことが分かり、憤怒が軽侮へ変化していくのを感じた。
「ハッ、オレと遊びに来たってか?」
「フン、遊んで欲しいのは貴様だろう。少しはチームに馴染んだのかと思っていたが、おれの思い過ごしだったな。何一つ進歩していない、おれに付きまとってちょっと頭が良いふりをしているだけだ。負け犬め」
刺々しい態度に、胸を張って立ちはだかる。どうだ、掴んだこの手から逃れてみろ。指を刺しても構わない、むしろ傷を作って見せろとまで思っていた。
ところが不動は何も言わない。やっと彼にもダメージを与えられることができたと思い、鬼道は笑う。
「お前にはベンチがお似合いだ」
捨て台詞を残して、彼の思考が追い付く前に立ち去った。ところが、階段の下まで来て気がついた。
不動はいつも自分を気遣っていただけじゃないか。彼の性格ならば、ストレートに労いの言葉をかけたりするより、少し違う方向から違う角度で伝えようとするだろう。
「おれこそ底辺の馬鹿じゃないか……」
井戸の底に突き落とされたような感覚に、思わず立ち止まる。韓国戦で頭を下げていた虎丸の姿を、それを見た自分の感情を思い出す。
このまま寝てしまおうかとも思ったがやはり正義感が許さず踵を返して戻ると、不動はボールを抱えたまま砂浜へ続く階段に座っていた。その丸まった寂しそうな背中がさらに感情を煽る。
「なっ……いい加減にしろよ」
不動は鬼道に気付くと、立ち上がって部屋へ戻ろうとする。珍しく動揺しているらしい、やはり流石にキツかったのだろうか。だが怒っているにしてはその口調は弱いし、悲しんでいるようにも見えない。
「待て」
相手に威圧感を与えるゴーグルを外し誠実性を表して、鬼道はしっかりと不動の目を見つめた。
「さっきは、言い過ぎた。謝る」
海に反射する月光を仄かに宿した、鋭い青緑の目が見開かれる。
「は?」
「勘違いするな、おれは自分の人格のために謝りに来ただけだ。この後どうするかは不動の勝手だ。うだうだ悩んでいる暇があるなら明日に備えて寝てしまえ」
言い放って、何か文句があれば聞いてやろうと腕組みしたまま立っていた。だが不動の反応は想定範囲外だった。
「ハッ、鬼道クンのそーゆーとこが好きだぜ」
そう言ってにやりと笑い、至近距離で目を覗き込んできた。その言葉はこれといって深い意味が込められているわけでもなく、誰でも日常的に使う――例えば食べ物やペットや趣味に対して――と同じニュアンスであっただろうが例えどんな意味合いであったにせよ、不動明王の口から鬼道有人に対して伝えられたことが問題である。
「オヤスミ」
そして平然と横を通りすぎて行く。
本心なのかまたしても遊ばれているのか、全ての感情を通り越してただ呆然とする鬼道の頭に浮かんだのは、サボテンの花は美しいということだった。
おまけ
早足で部屋へ戻り、扉を閉めてやっと息を吐く。まだ心臓が早鐘を打っている。
(なんだアイツ、いきなり素顔さらしてくんじゃねーよ……くそビビったじゃねェか……)
女子にさえ感じたことのなかった感情が胸に渦巻いて、竜巻を起こす。不動は頭を抱えた。
そしてデュアルタイフーンへ・・・
2013/08