<ハロウィンが苦手な鬼道くんの強がり>
十月三十一日は苦手だ。エイプリルフールも苦手だが、おれはどうもこういった、お気楽なイベント事は好きになれない。お菓子を交換して、持っていなかったらイタズラ。何が楽しいのか、全く理解できないのだ。クリスマスやバレンタインは、親しい人に贈り物をするという意義があるからまだ分かる。だがイベントは年に何度も必要だろうか?
いずれにしても企業側の人間には、イベントとなると書き入れ時だと思ってしまう傾向があるため、消費者と同じ気持ちになれないのは仕方ないのだが……。
ただ、今年の夏から恋人ができて、おれの価値観が変化した。
恋に浮かされた脳みそというのは、呆れるようなバカなことを平気で考える。
そんな自分を客観的に観察しながら、おれはやっと消費者としてイベントを楽しむ者たちの気持ちが少し分かったように思った。
水曜日の放課後。今日の帝国学園は朝練だけで、午後の練習は無いことを、おれは知っている。
円堂たちに軽く付き合い、ベンチで水分補給していると、携帯電話がバイブでメール着信を知らせた。時間的にも送信者が予測できて、おれはすぐにメールを見る。
“十五分後におまえんち行っていい?”
今日は平日だが、友人を家へ招くのに何かと理由は付けられるだろう。
円堂たちに挨拶をし、一人で帰路へついた。歩きながら、分かったとだけ簡単に返事を送っておく。
顔がニヤけそうになって、奥歯を噛み締めた。
十五分後、部屋に入ると同時に、使用人から来客を知らされた。
部屋に通すように言うと、二分ほどで、先程メールを送ってきた主が現れる。
「よぉ、鬼道クン」
懐かしい帝国学園の制服。だが、彼に会うのは十日ぶりだ。
「不動……何の用だ」
「トリック・オア・トリート。って言ったら、どうする?」
不動はおれの耳元で囁く。さっき呼びかけた時より低いその声は、おれの耳から背筋を通って、肌をざわつかせる。
「どうにもできない。おれは今、何も持っていないからな」
ゴーグル越しに見据えた先で、不動がニヤリと笑った。
「それじゃー……どういうことか、分かってるんだな?」
一歩距離を詰められると、不動の息遣いが聞こえるようになった。
「……武士に二言はない……」
「いつの時代だよ……」
クスクス笑いながら、そうやって笑って照れくささを誤魔化しながら、不動が顔を近付けてくる。
いや待て。おれは慌てて不動の胸をぐいーっと押し返した。これではいつもと同じだ。
別にいいじゃねえかと言いたげな不動が口を開きかけたところ、その胸ぐらを掴んで、おれは言った。
「お前は、お菓子を持ってるのか……?」
予想外だったのだろう、不動は一瞬片眉を上げてから、思わずといった様子で右ポケットをぽんぽんと叩く。
「えっと……いや、持ってねーや」
「そうか……ならお前は、トリック・オア・トリートと言われたら、イタズラを断れないわけだな」
「え?」
淡々としたおれの声が、さらに不安感を煽ったはず。自分の置かれた状況をやっと理解して、不動は引きつった顔で冷や汗をかいていた。
焦った様子を見るのは珍しいので、じっくり観察して記憶に残す。後で良いネタになることだろう。
それからその顔を両手で挟み、思い切ってむちゅうっと唇を押し付けた。
「ホラ、イタズラしてやったぞ」
何が起きたのか、不動は驚きすぎて、現実を理解するのに時間がかかっているようだ。
これ以上は自分の負担が増えそうだと思い、ポカンと呆けた顔で突っ立っている不動を残して、おれは逃げるようにその場を去った。
「えっ、あっ、おい! 待てよ!!」
不動の声が追いかけてくるが、練習の成果を発揮して全速力で走る。
恥ずかしくてたまらない。これだからイベント事は苦手だ。
その後数分で追いつかれ、三倍返しされたり、結局互いの気持ちを確かめあっただけであるということに気付いたりするのは、また別の話。
Happy Halloween♡
2020/10