<怪我した鬼道さんがスパダリ不動におねだりしてくる話>
ふとタブレットから顔を上げると、赤いマントがゆらりとはためくのが見えた。まるで炎が風に吹かれて消えるように。
「鬼道!」
「タイム!」
「大丈夫か?」
帝国学園高校サッカー部の一軍メンバーは全員動きを止め、数人がうずくまる鬼道の元へ集まった。腰を浮かしかけて、拳を握り耐える。なんとか背を向け、近くに用意してあった救急キットの箱を開けた。
ただ足がもつれただけではない、と不動には見えていた。ベンチからでも、全員の動きは分かる。ただちょっと一瞬タブレットのデータを見ていただけ。
だから、どうして後ろにいたであろうディフェンダーとぶつかったのか、全く理解ができない。新人だからチームの動きを把握していないということは考慮しても、あまりに酷すぎる。
「ありがとう、もう大丈夫だ」
鬼道の声が近くで聞こえ、振り向くとベンチへ腰掛けるところだった。
何が大丈夫なのか、明らかに足首をやられており、片足を引きずっている。今日はもう走れない。不動は用意していたアイスバッグを、ベンチに座った鬼道の足首に当てる。
「鬼道さん……」
「すまない。だがさっきの作戦はみんなもう理解しただろう。おれはここから客観的に見ている、続けてくれ」
「だが鬼道」
「ちょっとぶつけただけだ、問題ない」
「そうか……分かった」
眉間にシワを寄せつつ、佐久間たちはフィールドへ戻っていった。
「不動、おまえが入ってくれ」
「いやだね」
言われるだろうセリフが始まり、最後まで言い終える前に即答で断った。
「なに? なぜだ……」
理由が分からず困惑する鬼道の前に膝をついて、彼の傷めた左足を掴んだ。シューズを脱がし、軽く揺らしたり、かかとを支えて足首を色んな方向へ優しくねじったりして、鬼道の反応を確かめる。
ゴーグル越しだと分かりづらいが、怪我についてはあまり嘘をつかない男だ、軽傷だと言うのは本当らしい。
「……捻挫じゃねぇな?」
「ああ、それに関節じゃない」
ソックスを脱がせると、確かにくるぶしより10センチほど上のすねの外側に、大きな紫色の内出血が起きていた。
不動は舌打ちを一つ、アイスバッグを当て直す。
「いいから早く横になれよ」
促して鬼道をベンチに寝かせ、タオルの山にふくらはぎを乗せて、左足の位置を高く保つ。
「不動、手当なら自分でできる」
「あいつらにはしばらく反省期間が要るんだよ」
「大したことじゃない」
「そうかぁ?」
あの謝りもしない新人を責めないのはどうかしていると言いかけて、何とかため息に変えた。まだ判断は早い。
「でもこれは蹴られたんだろ」
「おれのミスだ、後ろを確認せず急に方向転換した」
「はぁ? そんなことオマエするかぁ?」
「時々やってしまうんだ、気を付けているんだが」
鬼道は軽傷だから大したことはないと考えているようだが、不動の考えは違う。
小さなキズを放置すれば、積み重なって致命傷になりうる。あの新人も恐らく、鬼道有人の足を傷付けたという事実に震え上がり、頭が真っ白になっているのだ。
そういう新人にさらに圧をかける必要はないという鬼道の考えは理解できなくもない。だが納得はできなかった。
「おまえのせいじゃねぇだろ」
ベンチの横にしゃがんで、彼の膝に手を当てる。
鬼道がなにか言いかけたが聞きたくなくて、その膝に唇を付けた。
「な、何をする」
「ンー、早く治るおまじない的な?」
「そうなのか……?」
怪訝に思いながらも信じそうになっている鬼道が愛おしくて、もっといたずらをしようと思った、その時。
「不動! 早く入れ!」
キレ気味の佐久間の声に、やれやれと立ち上がる。
「んじゃ、これ」
タブレットを渡し、ジャージを脱ぐと、不動はピッチへ走る。振り返らずとも、鬼道が顔を真赤にしてわなわなと動揺しているのが分かっていた。
今日の夜は不動の寮の部屋で会う予定になっていたが、予定はキャンセルだろう。代わりに、怪我を口実に鬼道の家へ行けるかもしれない。大きなベッドで寝そべる怪我人を労りながら、ついでにちょっとしたイタズラを楽しめるなら、この怒りも少しは収まるだろう。
その前に、例の新人にどうやってささやかな報復をするか考えなければ。不動の頭脳はすさまじいスピードで回転し始めた。
夕日が差し込む鬼道の部屋では、ベッドが暖かい黄金に染まる。そこへ横になった鬼道のジャージズボンの裾をまくり上げ、現れた足を撫でた。湿布薬の臭いが漂う場所は避けて、できるだけ刺激を与えないように動かす。
「……っ」
ぴく、と鬼道の足が全体的に、微かにはねたのを見逃さない。
「あ、痛かった?」
「いや、大丈夫だ」
そう言われても、不動にはどこがどうなっているのか分からないし、鬼道の言う"大丈夫"の基準も分からない。ただでさえ、すぐに強がる男だ。
不動は小さくため息をつくと、彼のゴーグルを外して、唇を重ねた。いつもよりは深入りしないように気を付けて、浅く軽く、火を点けないようにキスをする。
「ん……はぁ……」
世界一いとおしい吐息が漏れるのを聞きながら、太腿ならそっと撫でてもいいよなと手を滑らせる。
「おまじない……もう一度やってくれないか」
鬼道がはにかんだ表情でねだってくる時は、絶対に拒否なんかできない。
「いいぜ」
なんとかニヤケ面を格好良い微笑に誤魔化せただろうか。
不動は膝に屈み込むと、太い骨を包む筋肉に唇を押し付けた。ついでに、べろりと舌を這わせる。
「うわっ!」
鬼道が驚いて足をばたつかせると分かっていたので、ちゃんと甲と腿を押さえておいた。
「何をする!」
「おまじない、だけど?」
「さっきと違うじゃないか!?」
「デラックスバージョンだよ」
「なんだそれは」
呆れて逆ハの字になった眉も愛おしい。
ケラケラ笑っていると、鬼道もつられているようだった。
見つめ合えば顔が近付く。顔が近付けば唇が合わさる。今度は小さな火が点いていたので、それを煽らないように気を付けた。
でも、もうこれ以上は難しい。
鬼道の手が、背中にしがみつく。「もっと」というサインだ。こういう時は一番嫌いな食べ物を思い浮かべて、感覚を遮断する。足りなければ円周率を数えだす。
何とか唇を離した不動は、肩、指先、と少しずつ距離を置いた。
「オレ……そろそろ帰るわ」
「え……」
そう言うと、聞こえてくるのはいつも以上に甘えた声。怪我のせいだろうか。
「もう行ってしまうのか?」
鬼道から見えない角度で唇を思い切り噛み締める。顔を上げていつものすかしたニヤケ顔を見せるが、いつも通りだっただろうか。
「なんだよ。サッカーできなくてヒマだからって」
「そ、そうじゃない。その、おまえが……」
寝転んで、素顔を晒し、いつになく無防備な鬼道は、自分の態度を誤解されまいと必死らしい。
「おまじないの、デラックスバージョンなんかするから」
寝転がったままでも、少しあごを引くと、上目遣いになる。不動は火が燃え盛るのを抑えようと必死になっていたが、じゅうぶんに油が撒かれていたと気付いた。
「へぇ〜? そうなんだ?」
これは帰るわけにはいかない。
鬼道は羞恥に頬を染めながらも、絶対に不動を許さないと言わんばかりに腕組みをし、睨みつけている。
「しょうがねぇな、淫乱な鬼道くんのお願いじゃ」
「べつに淫乱じゃないッ!」
「そうかぁ?」
もう一度、こんどは思うままにキスをする。さっきまで我慢していたぶん、攻め込んでやろうと舌を伸ばしたら、鬼道の舌にぶつかった。舌が絡み合ううちに、身体はすっかり熱くなっている。
手でするならそんなに体勢も変えないし気を遣わないで済むだろうと考え、不動は衣服を脱がさず隙間に手を差し入れた。
「だとしても……おまえにだけだ……」
鬼道の下着の中へ手を入れると、彼も同じように不動の下着の中へ手を入れてくる。本当は全部脱いで密着した状態で擦りつけ合う方がいいのだが、今日は足を絡ませないようにしたい。
「あんまカワイイこと言うと、我慢できなくなるからやめろよ……」
「我慢など……しなくていいんだぞ?」
互いに息が荒くなってきて、時折キスを交えながら、手を動かす。
「てめぇ、わざとやってるだろ」
「そんなつもりはないぞ。言っただろう、軽い打撲だって……ンうッ」
「そういうとこが……心配なんだっつの……」
空いてる方の手を背中から回して、なんとか乳首を撫でてやった。
「怪我に一番効くのは……リラックスすること、なんだぞ……」
「屁理屈に聞こえるけど……鬼道くんが言うなら、本当なんだろうな」
「ああ……っ」
鬼道が空いてる方の手でジャージの胸の辺りを掴んできた。そろそろ迫ってきたようだ。不動もピリピリした快感に酔いしれながら、鬼道の指先の感触を味わう。
「ンッ……ふ、はぁ……ッ」
「あ、ンぅ……ふ、ふどう……っ」
「鬼道……ッ」
ティッシュを数枚ずつ取って押さえると同時に、ふたりで声もなく絶頂に達した。
鬼道がほとんど体を、特に下半身を動かさずに済んだことに安堵しながら、ゆっくりと長い長いキスをする。
身だしなみを整えティッシュを捨ててやると、まるで何事も無かったかのように、横たわる鬼道がそこにいた。
「今のうちにゆっくり休めよ」
「不動……ありがとう」
だがうっとりと細められた赤い目は濡れて、上気した頬がそれを引き立てている。
物足りなさに少し眉が下がっているが、それも含めて、いつになくリラックスして見えた。
足が治ったら思う存分激しくしてやろうと思いながら、不動は鬼道邸をあとにした。
2023/04