<より深く>






 不動という恋人と寝食を共にするようになってから、約半年が経った。
 おれとしては特に不自由は感じていない。それどころか、むしろ快適すぎるほどだ。何しろ不動明王という男は大の世話焼きで、何かにつけては色々とやってくれるため、二足のわらじで忙しいおれにとっては大変に助かっている。
 別に食事くらいは、袴田に頼めばいい話であるし、掃除も係を雇えばいいだけの話なのだが、そういった細々とした毎日の仕事を、何の苦もなく引き受けてくれる。本人に聞くと、一人分も二人分も大して変わらない、自分一人で住んでいたころも小奇麗にしていたし、家を常に良い状態に保っておくことは精神にとって大切なのだ、それにトレーニング以外の時間はヒマで仕方がない、しまいには好きな奴のためなら喜んで働けるとまで言われて、おれは頬を染めつつ渋々引き下がるしかなかった。
 それはいい。問題は夜のことだ。
 近頃は二ヶ月ほど、ご無沙汰になってしまっているのだが、それは一体どういうことなのか、流石の天才的頭脳もこうしたことには疎く、理由が分からないでいる。気付いた時には、風呂に入ってから穏やかにベッドへ入り、静かな眠りにつく日々になってしまっていて、今更聞き出すのもどうかという状況である。
 おれは特別、気持ちが強いというわけではないと思うが、理由が分からないままのことを放置してはおけない。ここぞとばかりに文明の利器を使ってみたところで、出てくるのは隠れた不満やら倦怠期やら、見たくない単語ばかり。
 不動のことだ、もし不満があるなら直接的でなくても口や態度に出してくるはず。だがそれもない。
 おれは途方に暮れていた。果たして、このままでいいのだろうか。

「不動。話がある」
「な、なに、改まって。こえーよ」
「こわい話ではない」

 夕食を済ませあとは風呂に入って寝るだけというとき、食器を洗い終えたおれは、不動の手を引いて寝室へ向かった。整えられたダブルベッドに腰を下ろし、静かに深呼吸をする。

「率直に聞くので、率直に答えてほしい」
「うん……?」

 自分が今、俗に言うテンパっている状態であるのは自覚している。
 不動が面食らっているのが分かるが、これ以外の良い方法が思いつかなかった。何度も脳内でシュミレーションし、構築していった中で、一番良いと思ったのは、簡潔でかつ明瞭であること。

「しばらくヤッていないが、何か理由でもあるのか?」

 少し早口になってしまったかもしれない。ちゃんとした単語を使わなかったので、何のことかよく伝わらなかったかもしれない。と思ったが、不動が盛大に吹き出したので、その心配は払拭された。

「いや、わり。オレ、そんな風に悩ませるつもりなかったんだわ」
「な、悩んでいたわけでは……」

 あるのだろうか。二ヶ月近くも、こんなことで?
 おれは自分がひどく淫乱な人間のような気がして、恥ずかしくなってきた。やはりやめればよかったのだ、こんな質問をした時点で、下半身で考えていると思われてしまう。でも実際問題、いつ自慰をすればいいのかタイミングが分からなくて困っているのだ。不動はどうしているのだろう。不明な点が多すぎる。
 しかし不動は、珍しく優しい微笑を見せた。

「なんか最近さ、こうしてるだけで十分だなって思えちゃってな」

 それは予想外の言葉で、おれの中に浸透するまで少し時間がかかった。
 けれど、染み込んでいく間、心の底から上のほうまでじんわりと、温かいものが広がっていくのを感じた。自慰のタイミングなんてどうでもいい。なんて馬鹿なことで悩んでいたのだろう。

「不動……」

 おれは不動の肩に額を乗せる。不動が上を向かせ、口付けてきた。
 髪を撫でてくるその手。弧を描く薄い唇。鋭く優しい青緑の目。何もかも、おれの大切なもので満たされている。

「でも話題に出たら、俄然したくなってきた」

 突然押し倒され、おれは慌てて、思わず抵抗した。まだ風呂に入っていないし、準備もしていないし。

「なっ……そんな理由でいいのか?!」
「そんなもんだろ」

 羞恥心を隠そうとしたが、見破られている気がする。こうなることを予測しておくべきだったのだろうか。
 強引にされた口付けが何とも心地よくて、おれの体の芯に二ヶ月眠っていた熱を一気に呼び覚ましたのは確かだ。おれは肩の力を抜き、大人しくベッドに沈んだように見せかけ、追いかけてきた不動を横へ転がした。上から口付け返すと、上機嫌な不動の顔がよく見える。
 そうだ、お前の言う通り。今までは会う度に、会えない間の寂しさを行為で埋めようとして必死だったけれど。今は、そうじゃない。

「こ、この、自由人が。大体おまえのせいなんだぞ、今まで顔を合わせるたびしていたくせに、二ヶ月も音沙汰なしなんて、病気にでもなったかと思うじゃないか」
「そうか? オレとしては雰囲気で伝わってると思ってたわ。ちょっとショック」
「なっ……、っ……」

 絶句。というのは、こういう状態なのだろう。おれは口をぱくぱくさせ、次々にショートしていく思考回路に慌てながら、久しぶりにやり込められて震えていた。雰囲気によってある程度伝わっていたから、そこまで心配はしていなかったのだが、薄々気付いてもいたのだが、人間なのだから確かめたくなるじゃないか。
 ブランクがあると、刺激が強くなることを知った。これはまずい。このままもっと進んでいったら、とんでもない状態になりそうな予感がする。不動は意図的にこうなるようワナを仕組んだわけではなさそうだが、これは良いチャンスとばかりに舌なめずりしているようだ。

「一人であと何調べたの。聞かせろよ」
「いやだっ……」

 いじわるな手がおれを翻弄する。もがいて抵抗して、バカバカしくなってきて、同時に吹き出した。
 いつの間に形を変えていたのか。少しずつ少しずつ、互いに触っているのだから、形が変わっていくのは当然だ。そしてこんなふうに、ある日すっぽりと心地よい形に収まって、落ち着くのだろう。






end








2018/11


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