<強行突破作戦>
なぜここへ来たのかと問われると返答に困るが、鬼道は不動の部屋の玄関でさっきまで共に酒を飲んでいた相手と濃厚な口づけを交わしていた。
「んっ……」
駅から歩いた八分はぽつぽつと他愛のない話をしていたが、家に着いた途端靴も脱がずにこれである。何分経ったのか鬼道には測れなかったが、やっと離れたと感じた直後、忘れていた羞恥心が頬を真っ赤に染めた。
黙ったままの不動を押し退けて靴を脱ぎ、平然と廊下を進む。追い付いた不動に捕まったのは寝室のドアの前だ。
「はなせ」
「やだ」
逃げようとしてリビングへ向かうが、うまい具合に体重をかけられてバランスを崩す。咄嗟に壁に掴まったが足を掬われて、床に崩れてしまった。
「がっつくな!」
思わず叫んだが、これではもっとしろと言っているようなものだ。耳の後ろに聞こえる笑い声がネクタイを解きYシャツのボタンを外し始め、阻止しようと掴んだが力を入れなければ意味がない。
「なんだよ、そのつもりで来たんだろ」
不動は、首筋にかかる髪を避けて肌に口づけた。そんな甘い仕草をいつからするようになったのか、お互いに片想いだった十年間が感覚を麻痺させている。
「上着くらい脱がさせろ」
「ヤダね」
耳のそばを舐められぞくりと微かな電流が走った先で、建前と知っているその手はベルトを外しにかかっている。
「おい……っ」
体を起こすと簡単に抜け出すことができたが、一瞬でも手と膝をついて四つん這いになったのが敗因か、立ち上がる前に覆い被さってきた不動が囁く。
「上着がなんだよ」
「まだベッドにも着いていないじゃ……っ」
そのままスラックス越しに股間を掴まれ、思わず息が止まった。
「女子じゃねーんだからさァ」
「あ、よせ……っ」
加熱し始めていたそこは触れられて一気に反応を示す。
「ほらみろ、もうこんなんなってるぜ?」
「ほらみろじゃ、ない……っ!」
床に着いた腕に額をつけ、スラックスの中に入ってきた手に腰を揺らしてしまいそうになるのを必死に堪える。しかし不動は激しく扱きあげ、一気に絶頂へ追い立てた。
「ま、待て……やめろ! あっ……、んん――ッ!」
最初から素直にしていればこんなところで下着の中を濡らさなくて済んだはずだが、どうだろうか、不動はニヤリと笑って震える鬼道を眺めながら手を舐めた。
「早いねェ」
上気した顔で睨まれても全く怖くないどころか、むしろ扇情的ですらある。
「何? エロい顔して」
黙ったまま、振り返った鬼道は軽く突き飛ばして床に倒れた不動のチャックを開け、熱源を取り出して先端を舐めた。
「ハッ、天才ゲームメーカー様が……」
下劣な言葉の続きは笑い声に溶かし、鬼道の頭が揺れるのを眺める。視界がブレて、不動は思わず目を閉じた。荒い息を長めに吐き出す。
「なかなか上手いじゃん」
「ふん、初めてだがな」
初めてなのに上手いんだ、どうだと言わんばかりに薄く笑む顔は、裏で企みがうまく行くために超高速で自慢の脳を使っている。初めてと言われた時点で、城は完全に陥落しているのだが。
「ちゃんと咥えろよ」
「おれに命令するな。咬み切るぞ」
「この状態で言われても怖くねェなー。使えなくなったら困るのはそっちだろ?」
また睨まれたが、仕返しは暴力や言葉ではなく快楽によって行われた。ちゅぱっと音をたてて吸ったあと、玉を撫でられて背筋が粟立つ。これだから器用な優等生は困る。
「オレのしゃぶりながら自分でも感じちゃってるクセに……、よく言うぜ」
顎を掴んで見つめると鬼道は目を逸らした。強引な手に従わされてぐるりと後ろ向きになるとソファがあり、ほぼ自然に膝を折ってソファに手をつくと、不動が背中に密着してくる。それだけで、これから何が始まるかが伝わった。
「待て、まだ……ッ」
スラックスが独りでに膝まで落ちた。下着も膝まで下ろされる。先端から湧き出ていた愛液を掬い取って塗りつけ、指で適当に解しただけですぐに熱く震える不動自身が宛がわれ、先端から少しずつ挿入ってくる。拡張の痛みにも大分慣れたが、普段出す所へ入ってくる質量に圧倒される状態はまだ混乱を招く。
「ぐっ……ふ、ん……っん……」
ソファの座面にすがりつくようにして、額を着け、鬼道は喘ぐ。本当はベッドで向かい合ってしたかったのだが、手遅れだ。この数日、仕事で忙しいと逢瀬を断り続けたツケを、根元まで受け入れる。
「ンッ……ふど、うぁ……ッ!」
何もかもすっ飛んでしまうような強い快感が内側を叩き、その度に理性がぽーんと弾ける。
きっとフローリングが汚れるだろうが、自分の家ではないし責任を取らせればいいだけの話だ。再び前立腺を突かれそんなことを考えるのも強がるのも忘れかけて背を仰け反らせると、不動が強い吐息をはいた。
「おい、ちょっと締めすぎ……っ」
「そん、ハッ……事、言っても、……イキそ……ぅう……! ――ッ!」
声にならない悲鳴をあげてガクガクと二度目の射精感に悶えると内にも熱が放たれ、不動がゆっくりと覆い被さってきた。
何も言えなくなって、呼吸が整うまで待つ。
「お前は……いつまで経っても我慢ということを覚えないのか」
「鬼道クンが我慢できないかと思って」
返答にこれ見よがしな溜め息を聞かせながら、情けない姿のまま床に寝転がった。
「こういう、後始末を考えないのは好きじゃない」
「はい、ダウト。どーせ、オレにやらせりゃイイとか思ってんだろ」
無視したかったのにキスの応え方でバレてしまう。侵入してきた舌に絡み返し、歯列をなぞってやると、不動は少し笑った。緊張と羞恥の混じった笑みには、恍惚も入っていたのだろう。
「ん……ッ、ふぁ……」
脱力していた筈なのに、体の熱は収まらない。まだ服は体に絡みついているし、固い床に寝転がっているせいで背中が痛いのだが、そんなことよりも今は絡みあう舌に集中したい。
不動の手が背中を撫で、鬼道の手は彼の頭をまさぐる。
「お前の家だ……好きにしろ」
吐き捨てるように呟いて睨んだが、その言葉の持つ意味に、不動は堪えきれず笑みをこぼした。
これでは、いつまで経ってもベッドへ行けない。ここは一旦相手の好きにさせておいて、次回それを盾に形勢を逆転させてやるか。
わずかに微笑んだ鬼道の思考を読んだのか読んでいないのか、不動はまた、やや乱暴に組み敷いて口付ける。延長戦が始まろうという二人のせめぎ合いに、フローリングが何度目かの溜息をついた。
2013/09