<鍋焼きうどん>
いつもの長袖Tシャツとジャージでは、いささか肌寒いと感じるようになってきた。早く帰って、熱い風呂に入りたい。
帝国学園からの帰り、買い物を済ませて帰宅すると、出かける前に消したはずの部屋の電気が点いている。見れば、玄関にはよく知った靴。
「あっ、なんだよ!!」
叫んで、靴を脱ぎ散らかし、食材が詰まったスーパーの袋を握り締め大股でリビングへ向かう。
「来るなら来るって言えよ、ちゃんとメシとか用意したのに、風呂だって沸かしといたのにさぁ」
慌てて暖房をつけると、ソファに座っている不法侵入者……ではなく恋人が、申し訳なさそうにスマホから顔を上げた。
「うむ……すまない。今夜から出張の予定が、急にキャンセルになってな。月曜の夜まで暇になった」
食材は一旦テーブルに置いて、 鬼道の隣に収まる。
「じゃあ、三泊する?」
「......いいのか?」
「そのつもりで来たんじゃないのかよ」
冗談半分に言うと、 鬼道は嬉しそうに微笑んだ。
「ああ。ゆっくりお前と過ごしたいと思ってな」
返事代わりに、 挨拶のような浅いキスを一度。
「……めんどくせぇな」
「な……何がだ?」
不安げな声に、 不動は肩に腕を回し、鬼道の耳元で静かに伝えた。
「もうここ住んだら?」
反応が恐くて今まで言えなかった台詞。茶化すわけにはいかない。今なら大丈夫かもしれないと思ったが、やはり緊張する。
「......ふっ、 そうだな」
鬼道が笑みを見せてくれて、不安はきれいさっぱり消えてしまった。
つられて微笑み、 額を付ける。
「いいのか? 狭くなるぞ」
「んじゃ、広いトコに引っ越すか」
くすぐったそうに笑って、そっと長いキスをした。深く深く、止められなくなっていく。
「……腹ごしらえが先だ」
照れ隠しだと思う。 ソファにほとんど押し倒されかけていた鬼道が、強い力で起き上がり、押しのけられた不動は思わず笑った。
「はいはい。鍋焼きうどんとかどお?」
「美味そうだな」
鬼道がジャケットを脱ぎ、腕まくりを始める。
他愛もない話を始めながら、キッチンへ向かった。頭の隅では、限られた七十二時間をどう過ごそうか、めまぐるしいスピードで思考が回っている。
サプライズが嬉しくて、五~六年前ならソファで思いの丈をぶつけていただろう。だが今は、ギリギリ満タンにならないよう抑え、あと一歩で欲しいものを得られるというもどかしさを楽しむ余裕すらある。
いつの間にか、芯まで温まっていた。
2017/11