<王様と狐 1>






 高校生になっても女性に興味が湧かない自分は、どこか生存本能に欠陥があるのだと思っていた。
 部室に誰かが持ち込んだ青年向け雑誌の表紙、水着のアイドルが胸の谷間と腰のくびれを強調して写っている。天使のようにやわらかい微笑みは媚びた顔にしか見えない。無反応どころか、そんなものを部室に持 ち込むなと冷徹な声で注意する俺の様子を見たチームメイトたちは、恐ろしい性欲の塊をゴーグルに隠しているのではと小声で訝ったが、その後たびたび同じような状況になったので、とうとう『鬼道有人には性欲が無いのだ』という結論に至った。

 成績はトップでスポーツ万能、金もあれば顔も良い、非の打ち所が無い帝王。女子生徒は毎日のように、押し合いへし合いして詰め掛けてくる。ありがたいことに彼女たちは、無頓着に応対している俺を紳士の中の紳士だと崇め、しかるべき時が来たら自分たちの中から花嫁が選ばれるのだから、その日まで己を磨きつつ、俺の好感度を高めることにいそしむべきだと思っていた。理由はどうあれ己を磨くことは良いことだと思うので、好きにさせておいた。
 俺のほうは、そういった女性からの好意がおぞましくすら感じた。彼女たちは、俺を愛しているのではない。ウェディングドレスを着た自分に憧れるのと同じように、俺という人間の特別な存在になるというステータスに憧れているだけなのだ。まったく、反吐が出る。
 だがいつまでも我儘な子供ではいられない。養父から毎日のように催促される前に、お見合いでも何でもして、鬼道財閥の花嫁を見つけなければいけないのだ。俺は色々な理由をつけてできるだけ行動を先に延ばしつつ、そろそろ何らかの結果に腹を括らねばならないとは思っていた。




 俺は二十歳の誕生日を迎えた。財閥関係の仕事も色々と任せられ忙しかったが、サッカー関係のことも積極的に関わるようにしていた。
 そんな折、スペインのホテルで催された祝賀パーティーで、俺は懐かしい顔に再会した。

「鬼道クン」
「不動じゃないか」
「よぉ……元気そーじゃん」

 いつからこの会場にいたのか、しなやかな黒い膝丈のノースリーブ・ワンピースを纏った若い女は記憶の同一人物とは違いすぎて、思わずよく似た顔の姉でもいたのかと疑いそうになってしまう。ソフトモヒカンだった髪が肩まで伸びているだけでもかなりの変化だが、たったの五年にしては別人のような変貌ぶりだ。

「よく来たな……」
「ウン、そう。こんなトコ初めて来た」

  歪んだ笑みを浮かべる不動は両腕を組んで、俺の前に立つ。以前は変わりなかった身長は、今では10cmほど差がついた。それでも、世の中の人間全てを挑発するかのような、斜に構えた立ち方は変わらない。しかも今は、その組んだ細い腕が胸の膨らみを押し付け、黒いワンピースの胸元から露出した谷間がやけに強調されている。俺は慌てて目を逸らしたが、サングラスで視線など見えないことを後から思い出した。

「どういう風の吹き回しだ」
「べっつにィ? そろそろ誰か、金持ちのイイ男と結婚して家庭でも持っとくかなーって思って、適当に物色しに来ただけだし」

 あからさまなその言葉に、不覚にもドキッとした。心臓に危機が迫っていることに気付いたような感覚だ。言葉、それも一つの単語。普段、自分が意識しているから過敏に反応してしまったのだと、この時は思っていた。
 女性には妊娠適齢期などというものもある、成人すればもう大人だ。考えて当然だろうとは思うが、まだ二十歳の同級生で、況してや不動の口からそんなセリフが出てくるのは意外だった。

「そうか……」
「サッカーやめたの?」

 唐突な質問に、俺は機嫌を悪くする。一番言われたくない言葉だ。

「お前には関係ないだろう」

 不動は興味がないかのように「ふぅん」と鼻の奥で言っただけだった。興味がないなら最初から聞かないでほしいと思ったが、きっとこれも、そう単純なやりとりではないのだ。

「hola、セニョリータ! カヴァのおかわりは?」

 そこへかつて一時期チームメイトだったスペイン代表のディフェンダーが現れ、あからさまに不動に向かって鼻の下を伸ばしながら近付いてきた。

「ノ、グラシアス」

 不動が返す微笑は引きつっている。代表入りを祝う場だ、鬼道はとっくに挨拶を済ませているが、不動も会うのは初めてではないのだろう。

「つれないな。焦らして煽る作戦なら、うまく行ってるよ?」

 つっけんどんな態度にもめげず、スペイン語を甘く囁く。「つまみを見に行こう」と腰に手を回し、さすがに不動が体を強張らせた。

「待ってくれ、まだ話が終わっていない。五年ぶりに会った同級生なんだ」

 丁寧に声をかけると、相手は肩をすくめて一人でつまみを見に行った。見届けもせず、不動は壁際へ歩いていく。

「あー、あんがと。助かったわ」
「むしろ、助かったのは向こうじゃないか? おまえ、今にも殴りかかりそうだったぞ」
「アハハ……そこまでしねェけど。……ほんと。やんなっちゃうよなァ」

 一瞬現れた少し寂しそうな表情を、俺は見てしまった。だが不動は、思考に気をとられた俺の隙をついて近付く。そしてささやいた。

「そおいえば。鬼道クンと結婚したら超玉の輿じゃん?」

 今まで考えないようにしてきた、二文字の熟語。その響きに、俺の中の全てが凍りつく。それを感じ取ったのか、最初から戯れだったのか、不動は背を向けてゆっくりと俺から離れた。

「冗談だって。……やーっぱこんなの、性に合わねえわ。オレ帰るね~」

 出口へ向かうその背を追いかけ、なんとか小声の届く距離を保つ。
 人気のない廊下に出てすぐ、不動は靴を脱いだ。やはり、ワンピースとヒールの高い靴なんて、普段はしない格好なのだろう。裸足で絨毯を踏んでいく彼女を見ていると、俺の知っている不動に戻った気がして、安堵を感じる。

「メアド変わった?」
「え? あ、ああ。いや、変わっていない」

 そんなことを考えていたので話し掛けられるとは思わず、少し驚いた。

「フーン。変更したらしたで、いちいち連絡すんの大変そうだもんな」

 交遊関係が多いのは確かだ。独り言のように呟き、不動はスタスタと行ってしまう。

「んじゃあまた~」
「……っお、おい」

 留まっていたのかすぐに戸を開いたエレベーターに乗ると、俺を見た不動がいたずらっぽく微笑んだ。

「またな。鬼道クン」

 静かに扉が閉まり、取り残される。
 偶然再会できたことにうっかり喜んでいる自分と、それすらも計算済みで翻弄されていることに気付き困惑する自分とが一緒になって、立ち尽くした。




 ×  ×  ×



 たった一通のメールを送るのに、かなりの労力を要した。分かっていたことだが、予想以上に大変だった。パーティーからの帰りの電車で打ったのを三十回ほど書き直して、三日寝かせて、短い文章をやっとの思いで送ったが、返事はいつ来るだろうか。
  男なんかろくでもない奴ばかり。でも女子とも馴染めない。まだ男友達とつるんでいるほうがまし。だからわざと男友達と付き合ってきた。しかしそれも、高校生になってからはかなり厳しくなってきた。胸があるというだけで、同じには見てくれない。本当にろくでもない。
 「可愛いね」と言う男たちの目線が気色悪い理由に気付いてからは、距離を置くようになった。だから「オレ」などと言葉遣いを荒くして、それなりの護身術も身に着けた。どういう幸運か危ない目に遇ったことはないが、生まれてこのかた、彼氏がいたこともない。別に構わなかった。

 ――アイツ以外は。

 携帯電話を開ける。明るい画面は、時間表示以外、五分前と全く変わらない。そりゃあ、そんなにすぐに返信は来ないだろう。夕食を作って食べたら、明日の用意をしてとっとと寝てしまおう。ぼんやりと、そんなことを考える。
 そこへ、画面が急に切り替わって、メールの着信を知らせた。心臓がふわっと飛び上がる。なんだこれ、映画とか小説とかでよく見るフツーの女子みてぇじゃん、と自嘲しながらも、その自嘲より強く喜んでいる自分がいる。
 短い文章の中に、鬼道は会うことに賛成している旨を簡潔に書き、日時と待ち合わせ場所の候補を二つのパターンで提示してきた。仕事の打ち合わせかよと思いながら、返信を打つ。絵文字どころか、記号すら使い慣れていないから、返事も簡潔で素っ気ない。

「……こんなメールじゃ色気もくそもねぇよっ」

 携帯電話を放り出し、仰向けに寝転がる。ビジネスライクな文面になってしまう彼の性格をよく知っているから、それに合わせた方が喜ぶことも分かっているし、そんな鬼道が可愛いと思ってしまうのだが。男女における一般的なメールのやりとりが、いや、正しいセックスアピールの仕方が分からなくて不安が拭えない。
 そもそもあの色気のいの字も理解できないような堅物の鬼道を、到底女性には見えないような自分が、落とせるのだろうか。四年も一緒にいたのに、女らしくない不動は例外としても、一ミリも異性に興味を示さなかった男だ、相当に手強いのは身に染みて分かっている。

「くっそ……」

 不動は小声で女子らしからぬ悪態をつき、フワフワした気持ちを振り払おうと起き上がって、夕食を作りにキッチンへ向かった。
 今日は思いきり米も肉も野菜も食べてやろうと思ったが、考え事をしながら食べていたら、一口ずつ時間をかけてよく噛んだためか、むしろいつもよりやや少ない量で満腹になってしまった。ちょっとしたメールごときでフワフワしっぱなしの自分を律するため、彼女はまた悪態をついた。




 ×  ×  ×



 約束した日は嫌味なほどの快晴だった。待ち合わせ場所は、S駅の前にあるバスターミナルの入り口。改札を出て主要道路を渡り、目印になりそうな時計の下に立つ。あと十五分ある。
 火曜日なので街は普段通りだ。そろそろ日が沈むが、この街に定時で退社できる人間は少ない。
 目の前の、三車線ある国道を、タクシーや外車やバスやトラックが次から次へ流れていく。高級車を見かけるたびに、期待で胸が高鳴る。まるで遠足へ行く小学生に戻ってしまったみたいだと不動はひとり苦笑した。

 軽く夕食でも、と言う鬼道に店選びを任せたので、「知ってる中で一番カジュアルなところ。居酒屋でもいいよ」とは伝えておいたが、どこへ連れて行かれるか全く分からない。楽しみでもあり、少し不安でもある。今日の服装は、とりあえずそこそこ良いレストランでもセーフなように、きれいめなコーディネートではあるのだが、お上品な店は行き慣れていない。
 その時、黒い新型メルセデスが交差点を曲がって徐々に速度を落としながら近付いてきた。まさかと思っていると、歩道に寄せて停車した。運転席を覗くと、ハーフアップのドレッドに緑のサングラス。
 慌てて駆け寄り、今週の週刊誌の顔がS駅の路上に降りてきて大騒ぎになるような事態を避ける。
 助手席のドアを開けると、鬼道の口元が微笑んだ。

「待たせたな」

 完璧な彼氏面に苦笑したまま、助手席から覗き込む。本人は自然にやっているのだろうが、金持ちスタイルのせいなのか、お上品で紳士な対応にはどうも慣れない。

「待ってねーよ……つか、アレだね。黒い車ってやっぱ、ヤバイね」
「そう思うなら早く乗れ」

 乗るのにちょっとだけ勇気が要った。幅広の滑らかな硬い化学繊維が張られたシートに座り、ドアを閉める。ドイツ車の造りはものすごくがっしりしていて、まるで真空状態の宇宙船みたいに隙間なく閉まった。
 幸い、通行人には気付かれずに済んだらしい。
 走り出した車の背後で、夕陽が高層ビルの隙間に沈んでいく。シートベルトを装着すると、少し落ち着いた。

「良い車乗ってんじゃん。自分の?」
「ああ、そうだ。やはり何かと、車のほうが便利でな……会社と実家と自宅、それから練習場と、全部これで移動している」

 早速、情報が増えた。実家暮らしはやめたらしい。

「単に派手な高級車……っていうのじゃないとこが、鬼道くんらしいね」
「そうか。……ハイブリッドになって燃費の悪さも改善されてきたしな、丈夫で気に入っているんだ」

 鼻の奥で相づちを打ちながら見た、エアコンとオーディオプレーヤーの上に納まっているカーナビは、目的地が設定されていない。
 川のような車の流れに従って、ゆるやかに夕暮れの都会を走っていく。ネオンが輝き始め、街は賑わいだしたところだ。だが、鬼道は駅周辺から少し離れて、都内で車を持っている人間しか行かないような区域へ向かう。地図は頭に入っていて、何度も行ったところがあるのだろう。

「オレも自由に動きたくて、向こうでは友達にフィアット借りてた」
「免許をとったのか?」
「ううん、国際免許」
「そうか。数年しかいないならそのほうがいいな」
「ホントだよ、イタリアでなんか手続きするっていったら、半年は見ないと」

 鬼道が同意も込めてクックッと笑う。
 そうこうするうち、目的地へ着いたらしい。車が細い道へ入り、駐車場に停められた。
 車を降りて、少し歩く。

「こっちだ」

 近くには大きな国立公園がある。鬼道についていくと、大通りに面したレストランが見えた。暗い照明に北欧風のインテリアとシンプルな外観は、モダンな大人の隠れ家といった印象だ。鬼道がこんな店を知っているとは思わなかった。
 店員が名前を確認して、奥の予約席へ案内してくれる。パーテーションで区切られ、半分個室のようになっている四人掛けのテーブルへ着いた。

「もっと良い服着てきたのに」

 席に落ち着いて、小声でからかうように言うと、鬼道は困った顔になった。

「すまん。これでもカジュアルな店を選んだんだが……」
「いいって、雰囲気は気に入ったし」

 皿の上で重なった三角に畳んで折ってあるナプキンを取り、膝に広げる。

「その服でも、全く問題ないと思うぞ。……きれいだ」

 鬼道の言う「きれいだ」は、昔から「(身嗜みが)整っている」という意味だ。だから素直に礼を言った。

「あんがと」

 給仕長がやってきて、グラスに水を注ぎ、これから運ばれてくるコース内容の丁寧な説明を受ける。色々とおすすめされたが、ワインは断った。

「飲まないのか?」
「一人で飲んでもつまんねぇからさ」

 そう言うと、鬼道はちょっとだけ残念そうな口元を見せた。
 給仕長が下がり、パーテーションの隙間から店内を見渡した。軽快なジャズが適度なボリュームで流れ、すぐそばのホールから他の客の話し声や笑い声が響いてくる。テーブルの上には小さなキャンドル。鬼道が選びそうにもない店だが、彼が女性と来るなら選ぶかもしれない。何度も来たような余裕っぷりに、疑惑の目を向けてしまいそうになるが、実際のところどうなのだろうか。

「そういえばさぁ、佐久間たちと駄菓子屋に行ったことあったよな」
「ああ……そんなこともあったな」

 高一の夏休み、不動とクラスメイト数人は鬼道の案内で、駄菓子屋に寄った。鬼道はいつも円堂と豪炎寺と一緒に来ていたからと言って、それぞれの駄菓子の特徴までよく知っているように見えたが、あるとき円堂に然り気無く聞いてみると、一緒に行ったのは二、三度で、そこまで詳しく説明した覚えはないという話だった。

「見栄っ張りっつうか、研究熱心っつうか……」
「誰かを案内するのに、自分が知っていなければ失礼じゃないか」

 少し照れ臭そうな、真面目くさった顔で言う鬼道を見て、思わず笑い出す。

「鬼道クン、律儀すぎ」

 駄菓子屋に行って鬼道にパインアイスを勧められた時より、もっと嬉しかった。




 思い出話を楽しみながらゆっくり食べていると、あっという間に3時間が過ぎた。なんと贅沢な時間の使い方だろう。これからどうしようかと考えて、とりあえず外へ出る。
 会計は、鬼道が全て支払った。その隙の無さに、差別的な行動に、不動は苛立ちを覚える。

「次はワリカンにしろよな」

 軽い調子に苛立ちを隠してそう言うと、困ったような顔をして何か言い返しかけたあと、静かに「分かった」と答えた。




 暗闇に包まれた駐車場の前に光る街灯を目指して、来た時よりもゆっくり歩いて行く。

「お前に……どうやって接すればいいのか、分からない」
「は? ……普通にしてりゃいいじゃん」
「だが……」
「まーたおべんきょしすぎて混乱しちゃってンじゃねェの? こうやってフツーにしてりゃいいんだよ、フツーに」

 今なら鬼道を思い通りにできるかもしれない。そんな考えが一瞬よぎる。

「そーだ。手始めに、おうちに招いてくれるってのはどお?」
「家? ……おれの、か」
「そ。普通は、ゴハンでも食べた後に家に行って、仲を深めンだよ」
「普通は……。ということは、今これからか?」

 鬼道がキーを押すと、ピコンと車が音とライトの点滅で解錠を知らせる。

「は? いや、今日はちょっと……」
「お前が言い出したんだぞ」
「えっと……次回ってことで」
「分かった」

 ドアを開けて、助手席と運転席にそれぞれ乗り込む。

「普通は、会ってすぐ家に招かねえよ」

 シートベルトを締めながらつぶやくと、鬼道は何か思い出すかのように動きを止めた。

「会ってすぐ、ではないと思うが……」

 何の意図も含まずに、純粋に呟かれた言葉だからこそ、計算尽くで落とされたものより何倍も威力がある。

「っ……とにかく、今度な。今日はもう遅いし」

 そう言って顔を前のフロントガラスへ向けると、鬼道もエンジンをかけた。

「ああ、そうだな。俺も人が来ると思っていなかったから、助かった」




 家に帰ってもまだ、夢心地が続いていた。抑えよう、抑えようとしても、胸の高鳴りは収まらない。
 バッグを置いて手と顔を洗い、ベッドに寝転がる。ふと気になって下着に手を入れ、秘部に触れてみると、予想以上に濡れていた。

「んッ……ぁ、マジ……?」

 確かめるために指を伸ばして、そのまま弄り続ける。体の奥で燻っていた熱が、憤りをあらわにしながら、瞬く間に全身へ拡がっていく。
 欲しいのは、もっと強く、太くて、激しいもの。

「っ……、っ……ぁ」

 指を二本に増やし、速度を上げる。
 自慰は小学校を卒業する前に覚えた。誰にも見つからないように慎重に繰り返し、乳房が膨らむと共に感じ方も変化してきた。今では、指よりも太いものが欲しい。
 その気になれば道具を買うこともできたが、何となく偽物を使う気にはなれなかった。男も同じ。
 高望みばかりして、理想ばかり追いかけ、実際は何も手に入れることができない孤独な女だと、嘲笑う自分の声がする。でもそんなこと、今はどうだっていい。

「あっ、ふ、んぁぁ……っ!」

 久しぶりにクリトリスに触れないで達した。ガクガク震える体と余韻に浸りながら、ぼんやりと想う。鬼道有人。あの完璧な造形美。逞しさとしなやかさを併せ持つ肉体と、現代日本をほぼその手に収める地位。彼に抱かれたらどんな心地がするだろう。
 浮いた噂は一切流れず、色恋沙汰には興味がないように見えたが、鬼道のような立場ではそろそろ我儘も言っていられないはずだ。
 相手に困らないことは明白。しかし焦りは禁物だ。
 勝算は五分五分。自分の体にはあまり自信が無いが、堅物らしい鬼道へのアプローチはなかなかうまく行っているという手応えがあった。五年前も恐らく、ただの女子ではない不動だからこそ、気軽に話せたし、サッカーの練習相手にもなれたのだ。
 起き上がり、廊下を歩きながら服を脱いで、バスルームへ向かう。まだ熱が収まらない。




 ×  ×  ×



 とある金曜の放課後、帝国サッカー部は今日も練習に励んでいた。選手ごとに、特徴や性格を考慮して、良い部分を伸ばし苦手な部分を克服するよう組まれた特別なメニューをこなし、切磋琢磨し合いながら絆も深めていく。
 そんな男子中学生十六人の前に、突然一人の女が現れた。

「おーし、てめえら! 今日は不動様の特別レッスンだぞー」

 小豆色のジャージとカーキのショートパンツ姿で乗り込んできた若い女は、ボールを片手に声を張り上げる。困惑するサッカー部の面々に、信頼できる声が聞こえた。

「おい、不動! 勝手に始めるな」

 なるほど鬼道さんの知り合いか、と中学生たちの警戒レベルが一気に下がる。

「突然すまないな。帝国学園卒業生の不動明王だ。今日は臨時コーチとして、一日だけお前たちを指導してもらう」
「ふどうって……あの不動明王ですか!?」

 中学生たちの間にどよめきが起こる。それもそのはず、在学時に男子の中に混じって引けをとらないプレーをしていたことは有名だ。
 青緑色の大きな瞳が自慢げに輝く。その奥にきらめくのは好奇心と野望。

「ふふーん、ここからはオレのやり方でやらせてもらうぜ。まずは、オレからボールを奪ってみな!」

 そう言って不動は、プロが使っているZIKEの限定モデルでボールを拾い、駆け出した。

「ホラホラどうした? 遠慮しないで全員かかってこい!」

 急な展開に困惑していた中学生たちは、鬼道が止めないでベンチに座るのを横目で確認しながら頭を切り替え、突然現れた女コーチの後を追って動き出した。ポジションをとり、連携しながら、技術を使って罠を仕掛ける。
 総動員するしかなくなってきた彼らの技を掻い潜り、ショートパンツから伸びた足が右へ左へとボールを操りながら軽やかに駆ける様子を、鬼道は眺めていた。




「「「ありがとうございました!!!」」」
「おー、がんばれよ」

 三時間後、いつものメニューをすっ飛ばして全く違う方面から刺激を受け、一人一人の長所と短所を不動の視点で聞かせてもらった帝国サッカー部員たちは、ヘトヘトになったが充実した気持ちでシャワー室へ向かった。

「お疲れ。生徒たちにも良い刺激になったようだ」

 そう言ってタオルを渡す鬼道に、不動は満足げな笑みを浮かべる。

「お安いご用だって。オレも、久しぶりに自由にサッカーできて、楽しかったし」
「新しい視点……というのは、大事なことだな」

 本当にそうだと言いたげに、不動は頷く。

「礼をしたいんだが、お前は物を貰っても嬉しくないだろう」

 話しながら、屋内グラウンドから出口へ向かう。

「礼なんていいよ、オレのスキルアップにもなってるし、もう充分」
「そうか?」
「そうだよ。……鬼道クンて、昔から律儀だよなぁ、そゆとこ」

 なぜかとても優しい声音に聞こえ、鬼道は思わずドキッとした。意外に思えたが、不動は本当は優しい純粋な心を持つ人間だと知っている。

「ひとに何かしてもらったら礼をするのが常識だろう」
「いや、それはいいんだけど。礼は充分だって言ってんだから、それはもういーの」
「ふむ……お前がそれでいいなら、構わないが」
「良いって言ってンじゃん」

 和やかに話している間にスパイクを履き替え、出口へ向かう。鬼道は携帯電話を開いて画面を見たあと、すぐにまたポケットへしまった。

「……どうかした?」
「! い、いや……」

 足を止め、微妙な空気が流れる。不動がくちびるに笑みを浮かべて鬼道の顔を覗き込んだ。

「帰ンの? 乗せてってよ。シャワー浴びたい」
「シャワーなら、――」

 言いかけて、デリカシーの無さに気付く。中学生男子の集団に混ざり込むのは論外だし、全員が帰ったあとまで待たせるのも、部員たちを一旦閉め出すのも、良策とは思えない。実のところそんなことは気にしないであろう不動は、何やら思惑があるように見える。

「礼がしたいんだろ?」
「……ああ。では、行こう」

 不動がぶらぶらとついてくるのを確かめながら、駐車場へ向かう。何か取り返しのつかないことが起こる予感がして、みぞおちが緊張し始めた。




 マンションに着き、玄関ドアを開けて不動を先に通す。電気をつけると、靴を脱ぎながら辺りを見渡して、不動は小さな感嘆詞をつぶやく。

「へぇ~、やっぱいいトコ住んでンな」
「そうか? ……確かに、一人暮らしにしては豪華だな」

 苦笑しながら廊下に並ぶドアのうち一つを開けて、そこも電気をつける。脱衣所だ。

「風呂場はここだ、あぁ……これでよし」

 バスルームの照明と換気扇のスイッチを入れ、鬼道は体を引っ込める。戸棚を開けて、使っていないバスタオルを取り出し、不動に渡す。

「タオルは、これを使ってくれ。石鹸は適当に使え」
「サンキュー」

 持っていたスポーツバッグを床に下ろし、不動は服を脱ぎ始める。慌てて目を逸らしたが、奥に鎮座する洗濯機が怪しいものを見る目で睨んでいるような気がしてきて、早々に脱衣所を出た。
 書類鞄を書斎に置き、上着を脱ぎながらキッチンへ行って、ペットボトルからコップに注いだ常温の水を飲む。
 思考が冷静でなくなってきているのが分かる。客観的に見たら、いまこの家に大人の男女が二人きりで、彼女はシャワーを浴びているという、とんでもない状況だ。鬼道はキッチンカウンターに両手をつき、深く息を吸ってゆっくり吐いてみたが、ちっとも心の平穏は訪れなかった。




 落ち着かないにも程があるのだが、テレビをつけてチャンネルを回していると、脱衣所の扉が開く音がした。少しして、不動の声が背に掛けられる。

「ボディソープちょっとだけもらったわ。あー、さっぱりしたァ」

 振り向くと思った通り、とんでもなさが増していた。不動は意図的にやっているとしか思えないが、ともかく、バスタオルで髪を拭く彼女は、Tシャツとトレーニング用のショートパンツを身につけている。無防備とはこういう姿を言うのだろう。Tシャツが輪郭を現す細い腰の下には、健康的な足がしっとりと、長く伸びている。

「それはよかった」

 さあもう帰れ、たったそれだけの日本語が口から出ない。
 不動が近づいてきて、テレビはつい消してしまった。青緑色の目が、言いたいことがありそうで。俺はその目に引き寄せられ、視線を定めて動かずにいると、どこか得意気な笑みが目の前に浮かぶ。

「どうかした?」

 俺は不動に再会してからずっと感じていた妙な気持ちを意識せずにはいられなくなった。みぞおちが緊張で固くなり、その奥が押し潰されそうになる。それなのに足が軽く、浮わついて、気分は大好きな食べ物を目の前にした時みたいに高揚している。
 そんな俺の状態を見抜いた不動は、俺が制止するより早くサングラスを奪った。

「返せ」

 不愉快だと伝えるために思いきりしかめ面をするが、効果はない気がする。

「未だに女のコが苦手なんだって? もしかして、まだ童貞とか?」
「だったらどうだというんだ」

 どこで聞いたのやら、溜め息と共に言い放つと、不動は笑った。

「アンタの童貞、もらってやろっか」

 気が付くと目の前に不動の顔があった。何が起こっているのか状況を整理する前に、唇が塞がれた。こんな形で簡単に奪われたことと、それが初めてだったことに怒りを感じたが、それよりも溢れだした別の感情が多く、困惑を呼ぶ。
 動揺した俺は、細い腕によって安易にソファへ押し倒される。

「ちょっ……と待て、おい」

 制止しようとした手がやわらかいものを掴んだので、驚いて固まったら、あろうことか不動はその手を掴み押さえつけた。引っ込められなくなって、やわやわと強制的に揉まされる。Tシャツだけを介して伝わる不思議な感触が、俺の精神を燃やすように蝕んでいく。

「どお? あんまでかくねぇけどさ……ちゃんとムネもあるぜ」

 魅惑的なやわらかさの肉塊からやっとの思いで手を引き、無理矢理体を起こすことで不動を押し退ける。もうこんな状況で中学生みたいに動揺するような精神ではないはず。だが本当に、慣れていない。

「こ、こういうことは、ちゃんと……!」
「なに」
「結婚、してもいい相手と、するものだ」

 不動の体から、俺は咄嗟に目を逸らす。いつもは失礼だからとしか思わないのだが、今は違う。

「オレは別に構わないけど? ゴムつけりゃ問題ないだろ。本番で恥かく前に、練習すりゃいいじゃん」
「そういう問題では……」

 気持ちとしては断固拒否したかったのだが、どうにもさっきのインパクトが忘れられない。男の体は厄介だと、今つくづく思い知った。
 これ以上事態が酷くなる前に逃げようと思ったが、不動が俺のネクタイに手を掛けた。ほどき方を知らないようだが器用な手にしゅるりと引き抜かれ、どこかへ放られる。

「オレが先に脱げばいいっしょ」

 そう言って容易くTシャツを頭から抜こうとして不動が両腕を上げると、柔らかそうな乳房が露わになって俺は慌てる。弾みでぷるんと揺れるそれを直視できず目を逸らしたが、不動に笑われてしまった。

「興奮してきちゃった? 触っていいよ」

 言い返せないでいるうちに、Yシャツのボタンが外されていく。止めなくてはいけないと分かっているのに、体が言う事を聞かない。上気した頬や、長い睫毛や、艶やかな薄い唇、透き通った肌。それらを前に、俺は体に流れる血が沸騰して、迸るのを感じた。

「んっ……ぁ、フフッ……」

 無意識に鷲掴みにした胸を揉むと、不動は楽しそうに笑った。すり寄ってその胸を押し付けられ、乳房のやわらかさと目のやりどころの無さに戸惑っているうちに、不動が屈み込んだのは俺の股間。

「経験ないくせに知識だけはあんだよね~」
「よせ……こんな、」
「大丈夫だって、別に痛くしねぇから」

 俺が焦っている間にチャックを下ろした不動は、さらにスラックスとトランクスをずり下げ、挙動不審のペニスをそっと取り出した。これ以上はと肩を掴んだところで、先端が濡れた感触によって強い刺激を受ける。不動が唇を付けたためだ。

「ッ!!」

 ビクッと震える俺に嬉しそうに笑い、淫行は続けられる。根元から何度か舐め上げ、先端を口に含むと、音を立てて軽く吸い込んだ。

「不動! よせ……、ふ、は……ッ」

 あまりの熱さに息を荒げるしかない俺は、引き離そうと不動の頭を掴んだが、その手には力が入らない。本気でやめさせる気がないのだ。
 猫のような細くて柔らかい髪質が、指に絡んでくる。動揺しきっていて、理性の端を手放さないようにするだけで精一杯だった。

「イきそう? いいぜ、出せよ」

 再びくわえられ、俺はあっけなく達した。事務的な自慰と生理的な夢精以外では、初めての射精。顔が熱い。

「く、ぅぅ……ッ!!」

 器用な手だ。竿を撫でながら、袋を揉む、その加減がちょうどいい。弱すぎるくらいかもしれないが、初めてだからこれでいい。いや、良くはないのだが。
 俺は半ば自暴自棄になって、全て不動のせいにしてやろうかと思いながら、そうできない自分の正義感に深くため息を吐いた。

「いくらお前でも、好きでもない男と、こんなことはしないと思っていた……」
「なんだよ、ゲンメツ? その割りにはノッてきてンじゃん」

 なおもペニスを撫でようと太股に置かれた手を掴み、いい加減にこの状況を打開しようとしたところで、不動は抵抗した。

「……待てよ、"好きでもない"?」

 色の混ざった珍しい鉱石のような目が、怒りに閃く。

「誰のせいでオレがまだバージンだと思ってンの?」

 いちいち意味を考えなければならないそのひねくれた答えに、俺は正直に返してやった。

「そっちこそ、この俺に理性を保つ我慢の限界が来ているのは、誰のせいだと思ってるんだ?」

 顔の熱は引かない。頬を撫でて誤魔化したが、もう誤魔化しは効かないと悟る。

「こんなこと、初めてだ……」
「え? なに……ガマンのゲンカイ?」

 驚いた不動がひきつったように小さく笑ったあと、やや低い声で続けた。

「我慢なんか、すんなよ。本能に従えよ。鬼道有人、ほんとうはどうしたい?」

 もう、取り繕う必要はない。ずっと知らないふりをしていた真実。――本当は五年前に見つけていたのに。
 俺はぐっと身を乗り出して、顔を近付けた。唇は濡れていて、俺の精液の味がうっすら残っていて、溶けそうなほどやわらかかった。不動の手が俺の胸に添えられ、きゅっとシャツの布地を掴む。そのしぐさが妙に気になり、ひとつの感情へ行き着いた。

「もっと広いところへ行こう」

 囁いて、不動の手をとって立ち上がる。キスをしながら歩いて、寝室に入り、ベッドに辿り着いた。肩にかかっていたYシャツを脱ぎ、支えていた手を離すとスラックスが床へ落ちた。ついでにトランクスも足から抜く。不動は青春の欲望と共に、ベッドへ腰を下ろした。
 それから俺は本能に従った。首筋を嗅いで発情する獣みたいに、不動を組み敷いて、愛撫する。何度もキスをしたのは、照れ隠しだ。
  華奢な、とは言ってもしっかりした腰を一周する某スポーツブランドのロゴ。不動に協力してもらいながらショートパンツと下着を脱がして足を広げると、ピンク色のひだが愛液に濡れて、てらてら光っていた。一瞬、準備が足りないのではと俺は止まる。心の底まで見透かしているような不動のつま先が、俺の膝をそっと撫でた。俺たちは今、何も身に付けず、何も装っていない。

「いいぜ……挿れろよ」

  目を合わせて、躊躇いが消えていく。俺の本能は、どうすればいいか知っていた。腰を合わせ、不動の脚を掴んで固定し、性器に性器を挿入する。穴は狭くて無理矢理圧し広げていると分かっていたが、一気にあたたかくてやわらかい濡れた感触に包まれ、無意識に目を閉じた。恐ろしいほどの快楽に支配されようとしているのが分かる。

「アいッ……ってぇ……」
「大丈夫か」

 俺の肩にしがみついて呻いた不動が心配になって、我に返ることができた。顔を見ると、不動は薄く微笑む。

「へーきへーき……すぐ、良くなる……」

 止まっていた俺の腰に押し付けるようにして、不動が腰を揺らす。内壁に擦られ、呼吸が激しくなっていく。目の奥がクラクラする。

「んっ……んっ、あ……っ」

 不動の声が少し高くなった。

「っく、ハ、はぁ……っ」

 頭のなかでスパークが起こる。

「あ、ア、ぅんっ、そう、これっ」

 楽しそうな、歓喜にこぼれる声は、記憶と同じもの。共にフィールドを駆けた時の高揚感を思い出す。

「ああっ、んあ、きもち、い……ッ」
「はっ、はぁっ……」

 スレンダーな肢体、柔らかい肌を撫で上げ、不動からも絡みついて、押し付けてくる。不動がくすぐったそうに笑う。舌を絡ませ、ブレーキが効かなくなっていく。押し倒され、腰の上で乱れる彼女を支えた。卑猥な音が響いている。

「ひ、あ、これっだ、きどぉ……っ、この、感じィ……!」
「は……っ、はぁッ、」
「あ、ア、ヤダ、イきそ……ッ」

 手が引っ張られ、形の良い乳房を掴まされる。

「ふど、う……ッ」
「ンン……っ、あ、はァ、」

 腰を浮かせて、不動の動きに合わせ、下からも突き上げるようにすると、膣がはげしく収縮した。テクニックなど知らないが、勝手に動く体を抑えられない。

「ア、んっぁ――っっ」

 胸板にしがみつこうとして不動の腕がさまよい、何とか俺の肩につかまったその全身が、ガクガクと震えていた。堪えられない。中がうごめき吸い取られるような感覚に、その体を強く抱き締めて、射精時の高まりに身を任せる。勢いよく精液を放ち、えもいわれぬ恍惚が降りた。

「ッ、ンゥウ……ッ」
「んふッ、熱…。ちゃんと、イけた…じゃん、」

 頬と頬が擦れ合い、不動の声が耳朶を撫でた、このとき、俺の中の何かが変化した。貪るようにキスをして、不動を押し倒し、体勢を入れ替える。

「うわっ……!?」

 抜けかけたペニスを再び挿入し、不動の負担を無視して腰を動かす。もう童貞の俺はいなかった。理性の声を無視して荒い呼吸を繰り返す、ただの人間の雄だった。

「んぁあっ……」
「すまな……ッ、ふどう……止められない」

 口で謝ればいいとは思っていないが、意識が朦朧としつつも律儀な俺を笑って、足が腰に絡みついた。

「あっは……いーよ、ぁ……好きなだけ、っ……」

 不動の手が俺の後頭部を優しく撫でて、抱き寄せた。くすんだ寒色の瞳に惑わされて、意識を失いそうになる。だが俺は久しぶりに、本物の、リアルな、生なましい感覚によって、深い喜びを得た。




 不動から先に、交代でシャワーを浴びることにした。「背中、流してあげよっか」と言うので丁重に断わったら、また笑われてしまった。どこまで本気なのか冗談なのか分からなくて困る。
 不動が汗を流している間、湿ったシーツを取り替えた。紅い染みが生々しく行為を象徴し、俺の記憶に刻まれていくのが分かった。
 次にシャワーを浴びてベッドへ戻ったら、不動が素肌をブランケットに包んで横になっていた。起こさないようにドアを閉め、まだ明るい午後の光がさすリビングへ移動する。焦りと不安と、それらを覆い隠すほどの面映さに困惑しながら、やっと五年前の答えが見つかりそうな気がした。








2016/07


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