<鬼百合は散る>





帝国学園の花、鬼道有奈。
誰も触れることはできない――と言うより、しないと言った方が正しい――高貴と純潔の象徴、《帝国の鬼百合》とも喩えられたその彼女に、洗ってもいない手で触ろうとするとんでもない輩がいた。
不動明王である。
初夏に現れたこの転校生は、規律正しい帝国の生徒に似つかわしくない言動と振る舞いで多くの者を敵に回したが、成績だけは首席の有奈と並んだため――つまり男子では首席ということである――彼を『退屈な日常の破壊者』と称して崇め出す者も出てきた。
それ程の頭脳とカリスマを持ち合わせておきながら、なぜ破滅的な日々を送るのか、鬼道には理解できない。
酒、煙草、暴力、薬、性行為。この学園に相応しくない問題が持ち上がると必ず彼の名前が聞こえた。
何を考えているのか皆目分からない、そんな不動が彼女を呼び出したのは、夏休みの近づいたある日の放課後だった。
授業が終わり、不動は立ち上がる直前に目の前の席に座る鬼道に囁くように言った。

「話がある。第四音楽室へ一人で来い。誰にも言うな」

それは一瞬の早口で終えられ、理由や詳細を訊き返そうと振り向いても不動は既に混みあう教室を横切り始めていた。この様子では、恐らく誰も二人の会話に気付いていないだろう。少々の不安はあったが、一対一でなら相手の弱点や秘密を握る良い機会かもしれないと考え、弓道部部室へ向かう親友の佐久間に「図書室へ行く」と言い残して、音楽室へ向かった。
突然呼び出すなど、何かの悩み相談でもあるのだろうか。そして、なぜ音楽室なのだろうか。
帝国学園は理系と武術、法律と政治、そして運動、特にサッカーは全国一位を争う程のレベルだが、芸術の方面は特筆するほどでもない。実は不動がピアニスト志望で、ここで音楽を専攻することによって一種の革命を起こそうとしているのでは……などとひとり勝手な思考に笑いながら、そんな理由で普段ほとんど使われていない第四音楽室の扉を開ける。
ここまで来るのに誰ともすれ違わなかった事からも、音楽室が四つもあるよりは何か他の用途を考えるべきなのではと感じる。

「よお、鬼道チャン」

ピアノの椅子に前後逆に座り、背もたれの上に両肘と顎を乗せて、不動は出迎えた。不敵な笑みに警戒心が蘇る。

「不動、わざわざこんなところで……話とは何だ?」
「まー、そう身構えんなよ。ラクにしてよ、ラクに。座れば?」

不動の正面、つまりはピアノの真後ろにパイプイスがひとつ開いて置いてあり、鬼道はそこへ腰を下ろした。

「ちゃんと、ナイショで来たよな?」
「ああ。わざわざ言う必要もないしな。何か、秘密の話なんだろう?」

不動は立ち上がり、扉を一旦開けて廊下の様子を見る。誰もいない上に足音さえ聞こえないのを確認すると、扉を閉めた。やけに慎重な様子に、よっぽど秘密の話なのかと思った瞬間、不動の声がした。

「鬼道チャンはさぁ、その……好きな奴とか、いんの?」
「へ?」

まさかの展開に、思わず気の抜けた声が出てしまった。年頃には珍しく恋愛には疎い鬼道は、やや赤面しつつ答える。不動は振り返りこちらを窺っている。

「わ、私は、特にいないが……」

これはもしや、と予測を立てながら、それならどうすると考え、改めて相手を観察する。なるほど不動は口と態度こそ最低だが、顔も頭も悪くない。髪を伸ばしてモヒカンをやめることは可能だし、口と態度はある程度直すことができるはずだ。中身が良ければ、外面はいくらか修正もできるということだ。……と、そこまで考えて、何をやっているんだと頭を左右に、自分らしくない空想を振り落とした。
佐久間が聞いたら何と言うだろう。蝶よ花よと育てられ、箱どころか防弾ガラスのケースに入れられて育った鬼道、しかし彼女も十四歳。年頃の娘ではある。色恋沙汰に縁が無かったのは父親が過保護だったせいもあるが、大部分は人形のように飾られ続けてきた彼女の心を動かすような魅力的な男子がおらず、また、そんな彼女の横に並ぼうとするほど肝の据わった男子がいなかったからだ。

「ふうーん。そうなんだ」

意図的に「そうなんだ」を一音ずつ区切って言う。射るように見つめる深い緑の目を直視できず、ピアノへ目線を移す。と、鍵のかかる音がした。

「初めて会った時からさぁ……」

不信に思い問いただそうとした時、不動がこちらへ歩いてきた。

「アンタを滅茶苦茶に泣かせてやりたい、って思ってたんだよねェ。彼氏がいないのは残念だなァ、もっと楽しくなったのに」
「……ッ?」

驚愕が先行して、言葉を見失う。それよりも理解が追いつかない。

「ヘッ、見たまんまか。随分とおキレイなままの箱入りなんだなぁ? ピカピカの桐箱か? アンタを狙ってる野郎は全校男子、校外にもわんさかいるぜ」
「何、言って……」
「オレはアンタを支配する」

理解が追いつかない中でも、明らかな身の危険を感じているのに、足が動かない。
両の手首を掴んで立たされ、壁に手を縫いつけられる。

「お相手は選び放題、それなのに随分おカタいイメージで通ってんだなァ、頑張っちゃって。学級委員に生徒会役員、ご多忙なこった」
「なっ……貴様、何のつもりだ。ふざけているのなら、やめろ」

やっと思考回路がまとまり、冷静な判断力を取り戻した。……おそらく、取り戻せたはずだ。

「オレの下で泣くのが楽しみですね、優等生ちゃん」

首筋に吐息がかかり、ゾクリと鳥肌が立った。まだ、余裕はある。どうやってこの場を切り抜けるか、思考する。

「無駄だぜ」

だが、その思考までも読んでいるかのように不動が下半身を密着させ、股間をこれ見よがしに押し付けてきた。

「……ッ!? い、いやあっ」
「うっわ~、あの鬼道チャンが『いやあっ』だって。これは燃えてきたぜ」

身体を引こうにも、壁と足の間にはイスが当たっていて、身動きが取れない。手首を押さえる力は強く、痛い程だ。

「やめろ!」

擦り合わせるようにして押し付けてくる不動の股間が、スカートの上からでも感じるほど存在を主張していくのが分かる。
熱までも伝わってきて、顔が真っ赤になるのを自覚した。
自分に、欲情しているのを、自覚させられる。知りたくもない破廉恥な現実を、押さえつけた上から熱い息と共に無理やり塗りたくられるかのようだ。必死でもがいて手首を逃がそうとしたが、抵抗は無駄だと言わんばかりにより強い力で抑えられた。

「やめらんないね。クセになっちまいそう」

引きつった笑い声をあげ、鬼道を床にうつ伏せに押さえつけた不動は自分の、辛うじて首からぶら下がっていたしわくちゃのネクタイで、鬼道の手首を後ろ手に縛った。

「こんなこと……許されると思っているのか」

抵抗も虚しく後ろを振り向いて睨みつけるが、不動はうすら笑いを浮かべたまま平然としている。ジャケットを開き、ブラウスのボタンを手早く外す、慣れた手際の良さに焦りを感じた。

「何をする!」
「ジャケット脱がしてから、縛れば良かったなァ」

まったくそう思っていないような声で呟きながら、スカートを下ろした。あっという間に下着姿にされて、思わずギュッと目を瞑る。

「あれっ、さっきまで威勢が良かったのに。現実逃避か? ムダだって言ってんだろォ」

目を開けたのは、唇を大胆に奪われたからだった。不動の眼が文字通り目の前にあって、慌てて目を閉じる。硬く閉じた唇を貪るように食(は)まれ、舐められて、全身の肌が粟立った。
知らぬうちに息を止めてしまっていたらしい、苦しくなって口を開けると、待ってましたとばかりに酸素と共に舌を捩じ込まれた。未知の出来事に舌を噛むなどという選択肢を選ぶ余裕もなく、不動の舌を避けようとして首を振るが後頭部を押さえられ、息ができなくなってうめき声を上げるまで口内を蹂躙される。

「息使いくれぇなんとかしろよ」

鬼道が呼吸を整える間、不動は味を確かめるように舌なめずりし、たった今気付いたかのように目を丸くする。

「あれェ、もしかして、こんなことすら初めて?」

動揺するまいと奥歯に力を入れていたが、早くもこの男の精神操作に屈しそうになり、改めて眼光鋭く睨みつけた。
折れまいとする花は何よりも魅力的だ。それが折られる瞬間は、もっと美しい。

「どんだけ箱入りなんだよ。ま、今からオレが懇切丁寧に全部教えてやるよ。あ、もしかしてこれってメッチャ美味しいシチュじゃね?」

ブラジャーのホックを外され、鬼道は青ざめた。

「やめろ! こんなことをして何になる!? 私が先生や警察へ届ければお前は終わりだ!」

不動は答えず、ほぼ平らと言っていい胸に飾られた二つの桃色の粒をつまみあげる。

「ひゃあっ!?」
「なんだ、カワイイ声も出せるじゃん」
「んあっ! や、いやッ」

自分が無意識に出した声はまるで自分ではないようで、どこから出ているのかも分からなくて、それよりも胸に感じる初めての快感が鬼道を崩壊させていく。
不動はまるで小学生の頃から成長が止まってしまったかのようなわずかな膨らみを両手に収め、強く揉みしだく。

「鬼道チャンって、おっぱいちゃんとあんのか気になってたんだ。意外と悪くねェな」
「……っ、ふ……!」

唇を噛み、鬼道は辱めに耐える。しかし、不動は軽く笑いながらグミのように膨らんだ突起を口に含んだ。

「はひゃ……! や、あ! あっ!」

舌で転がし、突つき、吸い上げられて、意識が一瞬白くなるのを感じた。目眩から立ち直ろうと躍起になっていると、不動が夏用の薄いタイツごと下着を足首までずり下ろす。反射的に足を閉じるが、遅かった。白い肉が適度についた柔らかい太ももに、不動の片手が挟まれている。

「さあ、注目。これでビチョビチョだったら、オレの勝ちだな」

鬼道はいまいち理解が追いついていないが――彼女にとってはこの事も大変なプレッシャーだ――、これで負けたら何か大切なものを失うのだろうということだけは分かっていた。

「ムダなあがきはよせって言ってんだろ、鬼道チャン」
「私を誰だと思っているんだ」

きつく締めたはずの不動の手が、じりじりと奥へ移動する。異物感が気持ち悪い。

「……鬼道有奈、鬼道財閥の一人娘にして帝国学園のトップ。欲しい物は何でも手に入るし、アンタが何か言えば周りは何でも言う通りにしてくれる」
「分かっているならやめた方が賢明――」
「違うね。ただの淫乱女。そうだろ?」
「なっ……!?」
「そんな生活、もう飽き飽きだろ。退屈で何の面白味もない。なァ鬼道チャン、さっき鍵かけた時さァ……期待しただろ?」
「!」

動悸が、病気かと心配するほど激しくなり、ひどい目眩が続く。
芽を出したばかりの若草の丘を滑り降りた指が、とうとう入り口をひと撫でして、血の気が引いた鬼道は身を守ろうともがいた。

「素直になっちまえば。ラクだぜぇ? ま、抵抗してくれればくれるだけオレは楽しいけど」

不動はやっと手を引いたが、その中指は濡れて光っている。匂いを嗅ぎ、時間をかけてしゃぶって見せ、舌なめずりさえして不動は口角を上げた。

「オレの勝ちだ」

否定ができない。身体中が火照っていた。分析能力に長けた帝国が誇る自慢の頭脳にノイズが入る。
これ以上好きにさせてたまるかと身構えたが、再び乳首を吸われて力が抜けてしまった。

「やっ……やめ、」

意識が曖昧な隙を狙って、秘部に手が届く。足を閉じる前に、不動は指を挿し入れた。異物感に全身が粟立ち、脳が警告を発する。快感どころではない。

「いやあ……ッ!」

助けて。と本能が叫び、唐突に音楽室の意味を悟った。この秘境と言ってもいい場所に加えて防音の壁では、助けなど呼べもしない。せめて腕が自由になればジャケットのポケットに入っている携帯電話に手が届くのだがそれも叶わず、唯一抵抗できる手段は足技のみだ。
だが思うように力が入らず、容易に片足を押さえられ、中を掻き回す指一本に次第にコントロールされていくのを感じる。まるで粗相をしてしまったかのように肌が濡れているのが分かった。先ほどまでとは違う感覚がじわじわと広がり、鬼道は歯を食いしばり目を閉じて俯く。

「ったく、やってらんねーな。いくらオレでも、もう我慢できねえ」

不動が指を引き抜いたため疑問に思った鬼道は目を開けて様子を伺ったのだが、その目の前に初めて見る男性器が映り、慌てて目を閉じた。いつか目にした幼児のそれとは、比べ物にならない生々しい雄。わずかにすがっていた残りの理性を、あまりの動揺に全て取り落としてしまった。やはりまだ先があるのだ。

「ひ……!」

知らない事ばかりの中で、不動に自尊心を弄ばれている。

「力抜いた方がいいぜ? ……ま、できるのなら苦労しねぇか」

突き倒され、肩で受け身を取る。冷たい床に頬を付けたその背中から覆い被さるようにして、同情など欠片もない声音を耳元に落とし、不動は笑う。抵抗する間もなく、何も知らない膣にむき出しの男性器があてがわれ、鬼道はさらに青ざめる。熱く脈打つそれは、明らかに危険だと全身が叫んでいる。が、果たしてそうだろうか?この感覚は身の危機を叫んでいるのだろうか?

「……や、やめ……」
「鬼道チャンさあ、影山先生のこと好きなんだろ?」

予想外の言葉に、全思考が停止した。すぐに復活した脳は、目まぐるしく動きだす。混乱と困惑が恐怖に絡み合い、真っ黒になっていく。

「センセーはオレとこんな事してるなんて知ったら、何て言うだろうなァ?」
「そんっ」

そんな馬鹿な事はあり得ない、と言いたかった。目の前にいる男の全てを否定したかった。

「うああああっ!」

不動は強引に、鬼百合の花びらを引きちぎるようにして散らした。その痛みの衝撃に、自然と目が潤む。

「うっへぇ、やっぱキッツイねぇ。たまんねぇな」
「ひっ……痛っ……い、嫌ぁ……」

こんな状況で弱々しく泣きたくなどないのにボロボロと涙がこぼれるのを止められず、抵抗する気力を失ったことに気付く。取り落とした理性を拾おうとしても、手が届くことすら叶わない。翻弄されるしか道はないこの状況で、自我を保つことさえ困難だ。

「っ……うぐ……う、ふ……ッ」
「いいねえ。どこまでもつか、見ものだぜ」

不動は腰を休ませつつ体勢を変え、正常位にて再び挿入する。
真紅の瞳は涙でぐちゃぐちゃになっていたが、歪んでも造形は美しいままで、どこまでも気高い百合は折られてもなお悲愴に身を委ねず、凛としていた。
だがその高貴な身体も次第に快楽に支配され始め、これは気持ち悪い事だ、これは異常な状況だ、と思う意識が尽く叩き潰されていく。

「やあっ……んアァッ」

まるでこの状況を欲しているかのような声に、慌てて唇を噛む。

「キモチよくなってきた? そんなに悦んでもらっちゃ、レイプじゃなくなっちゃうじゃん」
「……ッ……!」

残ったなけなしの気力で睨みつけるも、唐突に胸をいじられてそれも折られる。

「っあ、これ、で満……足か。不動……ッ」
「満足ゥ? ハッ」

腰を揺らしながら胸の頂を舐め上げた不動が、顔を上げる。

「あのね、鬼道チャン。これで終わりじゃねーんだよ」

不動が皮肉っぽい笑みと共に強く打ち付けた時ある一点を突かれ、悲鳴のような声が出た。

「ここかァ」

探し物をやっと見つけた、とでも言うように不動が呟く。
脳の芯が痺れ、痛みを感じないことに気付いた。最奥の壁を叩き殴るような不動の激しい律動に、痛みすぎて麻痺してしまったのだろうか。

「ぅあんッ、やっ、やめ……はァ……ッ!」
「イイだろ。オレもサイッコーにキモチイイぜぇ! あの鬼道チャンのこんな姿が見れてさ、もう、イキそう」

快楽に溺れかけていたなけなしの意識が、その言葉に本当の危機を感じて反応した。

「や、やめろ、やめろっ! 抜いてくれ! ああっ!」
「ヒャッハー! 何締め付けちゃってんの! マジサイコーだぜ、鬼道チャン!」
「やだやだやだやめろぉぉ……ッ!」

未知の恐怖に襲われ、パニックに陥り半ばヒステリーになってもがくが、自分が無意識に締め付けたことによって倍増した快感は今や蒼白な鬼道の全てを支配していて、それによって不動の律動も激しくなり、絶望しか見えない。真っ黒になった瞬間、それはあらぬ方向へ覆された。
不動は絶頂に達する直前で、腰を引いたのだ。取り残された膣が口を開けたままヒクヒクと寂しさを訴える。

「中出ししてもイイんだけどさぁ。面倒くせぇの分かってるし。そこまで馬鹿じゃねぇよ」

そのまま不動は鬼道の腹を跨ぎ、驚いたままの顔に得意げな肉棒を擦り付けてしごいた。独特の臭いに鼻孔までも犯され、背けた顔に精液が飛び散った。満足気に長い溜息を吐いて、不動は自分の身なりを整える。隅々まで穢された事に未だ呆然とする鬼道の手首を自由にしてやり、茫然自失のその姿を一瞥して笑った。

「全校生徒に見せてやりたいよ、そのカッコ。せいぜい廊下のトイレまで見つからないよーに気をつけな」

扉の閉まる音を聞いて、やっと意識が戻ったかのようだった。のろのろと起き上がり、目蓋の汚れを指で拭って、それが精液だと思いだし吐きそうになる。やっとのことで立ち上がろうとすれば、腰に力が入らずに床へ崩れた。

「ふ、どお……ッ」

体も心もひどく傷んだが、それよりも中途半端に放置された体の熱が冷めない事が苦痛だった。疼く体が腹ただしい。手を伸ばして、はたと気がついた。ここでさえ屈したら、完全に絶対的な敗北が訪れると分かっている。精液にまみれ、床に転がっているなど、あり得ない事だ。

「……ん……はぁッ」

触れただけで全身が震え、歓喜した。不動の動きを思い出して、無意識に指を使う。決して屈しない。敗北などあり得ない。こんなことでしか自分を陥れられない、愚かで哀れな男、そんな奴のお遊戯に付き合っている暇はないのだ。

「んッ、あ、あァ、」

精液に触れた手は危険を孕んでいて、あり得ないと知りつつも《もしかしたら》というほんのわずかに残った脅威の可能性に、度を超えた恐怖が快感を倍増させる。
ほどなくして、達成感は得られた。既に万全の状態にさせられていた肉壁はたどたどしい刺激にも敏感に反応し、脳天まで電撃のようなものが走りぬけ痙攣を起こす。強張っていた体から一気に力が抜け、ぐったりと床に横たわったまま鬼道は天井を見つめた。
怠惰、疲労、虚無、そして悲愴と嫌悪。それらが折り重なって溶け合い、色が分からなくなるほど混ざった上に、鬼道は声もなく横たわっていた。





つづく   2話

2012/10
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©2011 Koibiya/Kasui Hiduki