<鬼百合は彩られる>
父に怒られまたひどく心配され、窘められた二日後、鬼道は学業に戻った。本人はすぐにと言ったのだが、周りが口を揃えて休めと言うので仕方なくと本人から聞いた。
教室は規律の厳しい学園には珍しく大騒ぎで、先生たちまでもが鬼道を囲む生徒たちに混じっているのを見て、不動は秘かにせせら笑った。
唯一源田が不動を褒め、「俺も頑張るぞ! ボディガードを目指しているんだ」と要らない情報を教えてくれた。
佐久間に至っては鬼道にべったりで、鬼道がトイレに行く時も離れようとしない。
しかしそんな彼女も、下校するに当たって「不動と用があるんだ」と本人の恥じらいを含んだ口から言われれば、退かざるを得なかったようだ。去り際にガンをつけられて、無視を決め込む。
やっと二人きりになれたと思った時、進行方向を見据えたまま鬼道が言った。
「欲しいものを言ってみろ。常識の範囲内なら、叶えてやってもいい」
オレに用って、こういうことか。
顔は見せないが、要求を聞いてくるなんて初めてのことで、不動は驚きを脱ぎ捨て喜びの海へダイブする。
「じゃあ、コスプレしてよ」
「は?」
「コスプレ。コスチュームプレイ」
怪しい単語にてっきり一刀両断と思っていたが、意外に鬼道は思案する素振りを見せ、更には随分と譲歩していただいた。
「……モノによる」
「いいんだ? やっり~ィ」
「も、モノによっては、よくないという意味だぞ」
「鬼道チャン実はこういうのやってみたかったんだろ? オレ用意しとくから、明日の夜ウチに来いよ」
からかうと睨まれた。しかしこれは一生に一度あるかないかの大チャンスである。不動は意気揚々と、ギリギリ「よくなくはない」ラインを考えながら激安の殿堂へ向かった。
風呂の脱衣所から出てきた鬼道が、呆れ顔で不動を呼んだ。
「これでいいのか?」
黒いミニスカートのワンピースに純白のフリル付きエプロン、カチューシャにはフリルと黒いリボンがあしらわれ、ふんわり広がったミニスカートには勿論ニーハイソックスとガーターベルトというこだわりようだ。
「うーん、似合う似合う」
思わず顔がゆるむ。谷間を期待していないので胸元が開いてないタイプを選んだが、その閉鎖的で抑制された雰囲気がまた彼女の優等生キャラにピッタリとハマっている。
「やっぱコレ着てくれたら、メイドさんごっこだよなァ?」
「なんだ、それは……男はくだらない遊びが好きだな」
「ご主人様が喜びそうなことをやってくれればいーんだよ」
俊巡した後、鬼道は覚悟を決めたかのように不動を見た。
「いいか、ごっこだからな。今日だけだぞ」
「よっしゃ」
大きな溜め息を吐かれたが、満更でもない様子にほくそ笑む。
「お前は何をすれば喜ぶんだ?」
「なーんだよ、全然変わってねぇじゃん。ご主人様って呼んでくンなきゃ」
手招きして、近付いてきた鬼道を隣に座らせるが、抱き寄せようと思っていたのにそっぽを向かれてしまった。
「誰がお前なんかに仕えるか」
「あのな、鬼道チャン? ごっこだかンな? 遊びだよ、遊び。たまにはいいだろ?」
「よくない。訳の分からないことばかり言うならやめるぞ」
「分かった分かった。高飛車ツンデレ設定のままでいいから」
後ろから耳を甘噛みすると、鬼道の肩がビクッと震えた。
「誰が、高飛車ツンデレ……っ」
「いつもと立場が逆ってことだよ。たまにはいいだろォ? 今日だけなんだからさ」
胸を掴んで軽く揉む。鬼道が漏らす吐息は甘く、下半身をくすぐる。
「それに……」
「これ着たら、完璧なメイドじゃなきゃな」と言われたらプライドが一気に持ち上がってしまったのだが、結局不動はいやらしく撫で回したり舐めたりしているだけで、これといって特別なことは何もない。
「やってることはいつもと変わらないじゃないか……ごっこに何の意味があるんだ」
首筋を食みながら嬉しそうに柔らかいスカートを弄んで太股を撫でる不動の腕を見ながら、鬼道は呟く。そんなにメイド姿が好きだったのか。
「オマケだよ、オマケ。いつものラーチャンセットに、杏仁豆腐が付いてくるよーなもん」
「ラーチャン? ……っ」
「ラーメンとチャーハンのセット」
「お前が欲張りだということは、よく分かっ……ぁあっ」
「楽しいだろォ」
下着の上から一番敏感な突起を探って撫でられ、楽しくなんかないというお決まりの台詞は喉の奥で嬌声に変わる。
「あ、でもただの杏仁豆腐じゃないぜ。一口で虜になる超高級なヤツな。マンゴーも缶詰じゃなくて」
湿った布越しにグイグイと押されて、もどかしさが募る。何を言われても、理解が追いつかなくなっていく。
「いや、ぁ……やめっ」
「嫌じゃないだろ? メイド鬼道ちゃん。今はいつもと違うんだ。ご主人様には、忠実じゃなきゃなァ」
ぱっと手を離し、不動は顔を覗き込む。薄っぺらいスカートを握り締め、鬼道は身悶えした。
「は……っ、はぁ……」
「挿れてくださいって、言ってみ?」
鬼道は顔がさらに真っ赤になるのを自覚して、できるだけ動揺しないように踏ん張った。まだそのくらいの理性はあった。
「誰が……」
不動はニヤリと笑う。何かを企んでいる時、思い通りに事が運んでいる笑みだと、見分けがつくようになってきた。
「ははぁ、強情だな。お仕置きだぜ」
「何……?」
「ご主人様には、ご奉仕してもらわねェとなァ」
鬼道の顔の前に現れた人差し指を下へ曲げてくいくいと示す先は、膝でもへそでもない。
羞恥が鬼道を更に全身まで赤く染めたが、逆らえばもっとくだらないやり取りが長引くのだ。まずは不動の座るベッドに手を置き、床に膝を落とした。
「こんな柄の悪い御曹司なんかいないぞ」
睨みつけて、一気にベルトのバックルを外し、ジッパーに手をかけ、恥ずかしさで震える腕を叱咤しながらゆっくりと下ろす。
「最高の眺めだね」
皮肉を無視して屈み込むと、不動の下着をずり下ろした。現れた逸物は生々しく脈打ち、グロテスクにそそり立っている。見た途端、下腹部がざわめくのを感じた。前回の怒りに我を忘れフッ切れた自分に戻りたかったが、どうも今回は素面で挑まねばならないようだ。
「おいおい、初めてじゃないだろ?」
だが見慣れてはいない。鬼道が舌を伸ばすと、荒い息づかいしか聞こえなくなった。頭を撫でられ、半ば陶酔しているうちにその指先に力がこもるのを感じる。
「鬼道チャン、出す……うッ……! く……」
口腔に吐き出された熱液の量に辟易しながら思いきって飲み込んだが、粘ついて苦い不快感に顔をしかめる。
手の甲で口を拭い、離れようとしたところを捕らえられ、不動が囁く。
「勃たせろよ」
「……注文の多いご主人様だな」
皮肉を返して、再び屈み込む。しかしそんな必要もなく硬さは戻り、再び屹立したそれを撫でて身を起こした鬼道は、彼の強がりに気付き密かに微笑む。
「はい、ご褒美」
頬にキスをして、不動は鬼道の腿の間に指を二本挿し入れ、浅く秘部へ挿し入れると素早く動かしてぬるい絶頂へ導いた。
「やっ……待っ、ぁ、アッ……ンぁあーっ!」
見抜かれていたのか、ビクビクと震える鬼道を見て不動は笑う。
「はっや」
力の抜けた鬼道をベッドに倒し、都合の良い体勢を作る。
「休んでンじゃねーぞ」
達したばかりの内壁を勢いよく突き上げられ、目の中に星が散った。
「ひあっ! あ、やあ……ッうァ、はァア……!」
ガクガクと震えながら、体は不動を求めて縮まっていく。手を伸ばせば、不動は体を倒し、鬼道を抱き締めるようにして体を動かす。
その肩に両腕をかけ、朦朧とした意識の中で鬼道は彼の眼を見た。切羽詰まったような表情に心臓を掴まれ、何も考えられなくなっていく。
せめて最中は脱ぎたかったが、従属的な衣装のせいかいつもより積極的になっても本心には影響しない気がしていた。
「はっ……うる、せぇな、隣に聞こえンぞ」
「だっ、て、んぁ、アぁッ! ふ――!」
隣は留守だと知っている不動は、一瞬小さく笑って唇を重ねた。
達した時の快感が続いているような感覚に、この状態で絶頂を迎えたら自分はどうなってしまうのだろうという不安を覚えつつ、不動の全てを受け止めたいという一心で、彼に合わせて腰を動かした。耳元で、不動の激しい息遣いが聞こえていた。
気がつくと、ぐちゃぐちゃになったメイド服を着たまま、ベッドに横たわっていた。
慌てて起きると、不動も隣に寝ていた。時計を見るが、状態から見ても気を失ってすぐ目が覚めたという感じだ。体の中がまだ痺れている。
「っう……!?」
ともかくシャワーを借りて着替えるために立ち上がろうとしたのだが、腰が抜けてベッドに崩れてしまった。
「……何やってんの」
ドサッという衝撃で目が覚めたらしい不動に後ろから抱き込まれ、抜け出そうともがく。
「うるさいっ。お前が悪いんだっ」
手をはたき、また伸びてまたはたき、を数回繰り返しているうちに疲れ、やめた途端再び抱き締められる。
「……バイトじゃないのか」
「まだ平気だろ」
不動はゆっくりと深く息を吐いて、眠る態勢に入る。離す気が無いかどうかの確認をした鬼道は、その呼吸を聴きながら先程の言葉を思い返していた。
もし逆の立場か、少なくとも同じ立場だったとしたら。父は何と言うだろうか。
このままずっとと願うのは、先程のふざけたコスチュームと遊びのせいだけではない。
行為自体があの時感じた不安を思い出すことはあっても、今感じるのは想いが繋がる感覚だけで、その他のものは快感に塗り潰されていった。
意識しているのかどうか、離そうとしないまま寝息をたて始めた偽装彼氏に、今日だけだからと抱きついて目を閉じた。
一旦終わり
2013/07
©2011 Koibiya/Kasui Hiduki