<鬼百合は震える>
修学旅行が終われば体育祭と文化祭。例によって副会長は休む暇もなく企画準備に追われ、家に帰ってからも頭は出し物や演出のことでいっぱいだった。
日本経済を牛耳る大財閥・鬼道家の娘として教え込まれるのは、人を自在に操り適材適所へ配置する能力である。約一年半を同じ学校内で過ごしてきた仲間たちのことは、大抵把握している。滅多に会話をしない生徒でも、どういう家に育ちどういう能力に長けているのかぐらいは知っておかなければならない。
そう言うと、さもとんでもないことのように聞こえるが、幼い頃から経験を積んできた彼女にとっては今や自然なことになってしまっているのだった。
そうは言ってもコンピューターではないので、一日に使う脳の許容力には限度がある。文化祭を一週間後に控えた午後、授業や部活が無い代わりに全校生徒で準備している最中、ひとり生徒会室で予算調整に悪戦苦闘している時だった。
「どうぞ」
ノックの音に半ば無意識に応え、数字を睨みながら電卓を叩く。昨日まで出入りが多かった生徒会室である、肩に馴れ馴れしく凭れかかられるまで、入って来たのが誰だか気にもしなかった。
「ちょーっと休憩しようぜ、副会長サン」
「……!?」
不動は耳元で囁き、鬼道の上着のフックを外す。
「なにをすっ……!」
「一週間待ってやったんだぜ。この忠実っぷり、褒めてもらいたいね」
慌ててペンを手放し止めようとするが、あと一歩のところでフックは全て外され、上着を開かれてしまった。
「貴様は、また、いきなり……っ!」
立ち上がって距離を取ろうとすれば、強い力で抱き締められる。その腕の体温に、己の中で嫌な予感がした。
「お前がワケのわかんねェ条件出すからだろーが。そのツケは全部自分に降りかかってくるって、分かってて言ったんだろォ? 淫乱。ちゃんと責任取れよ」
「だからって今……今は忙しいんだっ」
下着ごと胸を掴む手は卑猥で下劣なのに、本当に酷いことはしないと信じている自分の体が恨めしい。恐ろしいほど、彼に慣れ始めている。
「鬼道チャンもオレに会えなくて寂しかっただろォ?」
「誰が寂しいか!」
「相変わらずツンツンしてンなァ。体はデレデレのくせによ」
「待て、まだ……っ、パネルが足りないって、佐久間に……」
苦し紛れに言い訳を用意したが、無意味だと分かっていて、最後まで言う前に吐息に消えた。唇を重ねれば、扉は開いてしまう。どうにもできない体を抱きすくめられて、鬼道は戦慄いた。
立ったままで、不動はスカートを捲り尻をさわる。タイツごと下着と肌の隙間に指を入れて、曲線を描いて撫で上げた。
「おカタい副会長サンも、だいぶ慣れてきたよなァ。慣れると余計敏感になるとこがあるんだぜ、どこだか知ってるか?」
怪訝な顔で真面目にどこだか考えようとして、すぐにからかわれているだけだと思い至るが、抵抗する前に不動は先手を打った。
「ココの奥だよ」
「ひゃん……っ」
タイツと下着の上からちょっと撫でられただけで、体が跳ねてしまった。
「指じゃ届かねェなァ」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、不動は鬼道を机の上にうつ伏せにさせる。さっきまで睨んでいた書類が頬の下敷きになった。
「勝手にやってろ……ッ」
つき出させられた尻を剥かれ、羞恥に赤く染まる顔を腕に隠して、鬼道は音量を抑え強い声を出す。それが更に不動の欲を煽るとまでは、まだ気付けていなかった。
「んじゃ、遠慮なく」
「ふぅっ……! うぁ、んぅう……!」
熱く疼いている中心部に待ち望んでいた圧迫感を与えられ、鬼道は震えた。しかし薄いゴム一枚分の邪魔があるし、いやそれは問題にしてはいけないが、それにしても不動は今まで散々してきた激しい律動や抉るような挿入を、いつまで経っても始めようとしない。
「はぁ、私は、忙しいと言っただろう……っ。とっとと済ませろ」
後ろから楽しげな声が聞こえ、鬼道は苛立った。
「久しぶりだから、つらいかと思ってさァ」
どうしてこの男は、心に微塵も思っていないことを平気で言えるのだろうか。頭に来て、それならこっちだってやり返してやるという気になった。
「ふ、不動……っ」
身を捩って顔を向ける。少しガードをゆるめ、縋るような目線を作ってみた。策が功を奏したのか、不動は一旦自身を抜き、キスをしながら机の上の鬼道を仰向けにさせた。
「オレが欲しいんだろ?」
「あ……はぁ……っ、く……」
細い指がぬるい快感を与えてくる。もどかしくて腰を揺らすと、不動は自身を宛がった。しかし挿入はしない。
快感を知り始めたばかりの若い秘部は、記憶にある中で一番強い刺激を求めて悶える。
「ほんと、イジワルだな……っ」
鬼道は自分からキスをして、不動の元々皺の寄った上着を握り締めた。
「んぁぁ……!」
突き立てられた肉棒に自ら進んで腰を差し出す。動きを合わせればより深く挿さり、最奥を抉って崩壊を導く。
「や、らッ……だめ、……ア、あ、ッひ――!」
ガクガクと震え、鬼道は体を支える優しい腕の中で意識を手離した。
***
彼女を机にそっと寝かせ、荒い呼吸を整えながらつい今しがたの記憶が抜けていることに愕然とする。
ハメた相手にはめられるとはなんたる不覚か、とりあえず策はうまく運んだものの釈然としない。
「ったく、重いんだよ、この……」
彼女の腿と背中を両腕に、横に抱きかかえて外に出ると、廊下でばったりと佐久間に出会った。声をかける前に、みるみるうちにその顔が歪んでいく。
「きっ――貴様ァア! 何をした!?」
「シーッ! 静かにしろよ。せっかく寝てンのに」
「許さない許さない許さない! 生まれ変わっても許さないぞ不動! 果たし状を受けて立て!」
「落ち着けよ。なんですぐオレが何かしたことになんの? 倒れたから保健室連れてくだけ。寝不足と貧血だろ」
歩きながら言うと、佐久間はぐっすり眠っている鬼道を見て、渋々納得したようだった。適当な理由が当てはまってしまうほど、普段から無理をしている様子が窺えたのだろう。
「依存も大概にしろよォ。お嬢サマ任せにしてりゃ完璧かもしれねェけど、こいつの代わりはいねーんだからよ」
色々な理由から言葉を失った佐久間を無視して保健室へ向かう。
ベッドに横たえた女神は穏やかな美しい顔で眠っていて、それを穢そうとした自分がひどく惨めに思えた。陥れようとしたのがいけなかったのか、逆に虜にさせられてしまっていることを認めないわけにはいかない。
「クソッ……」
前髪をかき乱し、苛立ちを抑えて静かに保健室を後にした。
***
帝国学園中等部文化祭当日。一日目の今日は生徒たちと教員だけの開催で、二日目には父兄や友人を呼ぶことができる。
パフォーマンスを盛り込んだ公開練習を終えて、サッカー部は趣向を凝らした各クラスの教室や、出店が並ぶ校庭に繰り出していった。
不動も例外ではない。彼にとっては帝国学園へ転入して初めての文化祭であるが、特に興味も沸かずブラブラと廊下を歩きながら、普段とは違って騒がしい各教室を覗いていた。
「不動」
やっと自由時間ができたらしい鬼道が向かって来るのが見え、一応、立ち止まって待つ。どこか嬉しそうな微笑は誰に向けたものか。
「佐久間と皆が頑張ってくれて、今年は過去最高の出来だ。入り口の飾りを見たか?」
「ああ、やりすぎのアレね」
「看板と入り口は集客を最も左右するポイントだぞ。コストをほとんど変えずに最初の状態からあそこまでやったんだ、流石だと思わないか」
「フーン、よかったな」
内心毒づきながら、階段を降りる。
「不動」
踊り場で立ち止まり、数段上にいる彼女を見上げた。何を言おうとしたのか、その表情からは読み取れない。
「――二階と三階を、まだ回っていないんだ。暇なんだろう。付き合え」
「ぁあ? 降りる前に言えよ」
にやける顔を何とか苦笑にとどめながら、不動は階段を登った。鬼道が並んで隣を歩く。
豪華で綿密に作りこまれたホラーハウスやプラネタリウム、ハイレベルな絵画展、ミニチュアサイズのデザインコンペティション、短編映画を見て回った。
普段関わらないので存在すら知らなかった占術研究会や漫画同好会の出展まで見たから、かなり隅々まで回ったのだろう。気がつけば日が暮れていて、皆は体育館でのパーティーへ移行していた。
鬼道はどう思ったか知らないが、一緒に過ごした数時間は、かけがえのない思い出となって不良少年の心に記憶された。
2013/10
©2011 Koibiya/Kasui Hiduki