<Prince of Sea ~After~>
月明かりが差し込む部屋のベッドに、ユウトはごろんと横になっていた。エンドーの寝具はとても居心地がよく、シーツからはあたたかい陽光と野原の香りがする。
ドアを閉めに行ったらしいアキオが戻ってきて、ベッドの端に腰掛け、しかしそのまま黙っているので、ユウトは不思議に思った。上体を起こして顔を見ようとすると、アキオは明後日の方を向いてしまう。
王としての自覚はまだ未熟だが、ユウトはすっかり、アキオを特別な存在だと認めていた。しかしそれはまだ、本人にきちんと伝わっていないのではないかと思い至る。人間は声でしか伝えない生き物だから、もしかしてこの胸の内はアキオに全て伝わっていないかもしれない、そう考えると、急にアキオの態度が、不機嫌だったりするのではなく、何となく恥じらいを感じていたり、不安だったりするときの様子なのだと腑に落ちた。
「アキオ」
まず名前を呼んで、確かめる。振り向いた深い青緑を捉え、逸らす前に手を重ねる。アキオが座り直して、ふたりは向かい合った。手からアキオの鼓動を感じて、抑えても抑えても期待が高まっていく。
今は同じ人間なのだから、この胸の鼓動は、自分が感じているように伝わっているはずだ。この手の熱も、瞳の奥に揺らぐ炎も。
羞恥を抑えるためにも、ひとつ大きく息を吐いて、ユウトは俯いた。
「…興味があるんだが」
「なんでしょう? 陛下」
わざと恭しく応える、その声が少し笑っている。恥ずかしい時ほど、茶化そうとする照れ笑い。
「人間は、その…こういうとき、どうするんだ?」
期待されているのかいないのか、どちらかずっと決めかねていたがやっぱりか、と言いたげなアキオがその質問の意図を考え、何とか口を開くまで、少し時間がかかった。俯いたり、首を掻いたりして、ようやく声を絞り出す。
「オレに聞かれても困るな…」
「なぜだ?」
「なぜ、って…知らねえからだよ…」
「…ああ、女の方が都合がいいか?」
「いやいやいや、そりゃもっとヤベエよ」
アキオの即答具合が激しかったので、ユウトは、女の姿になっても解決するどころか、もっとヤベエ事になるという警告を素直に受け取った。
「ふむ…そういうことは、種族として知っているものじゃないのか?」
疑問を口に出しつつ、ユウトは少しアキオに身を寄せる。
「……だが本当に知らないなら、試してみれば分かることだ」
「…マジメに言ってンの?」
「何か変なことを言ったか? 未開の地は、手探りで進むまでだろう」
「進むのは決定なんだな…」
アキオが頬から額にかけてをごしごし擦った。
「そっちの世界では、どうなんだよ…」
「…海のなかでは、つがいは螺旋を描いて踊り、島を回って競争し、抱き合ったまま一晩じゅう潮に流されて、共に朝陽を浴びる」
「…そんだけ? 子供はどっから?」
「そ、それだけしか聞いていない…」
アキオがうなだれてため息を吐いた。
「どうすんだよ……」
彼の悩みは何となく分かる。自分も同じ悩みを抱えている気がするからだ。
「試しに、お前がしたいことを、すればいいんじゃないか…?」
思考を口に出してみると、アキオが思ったより強い反応を示した。
「はあ? 真面目に言ってンの?」
「当たり前だ」
声のトーンや表情から見ると、気持ちは伝わったらしい。
「どうなっても知らないぜ…?」
顔を背けてしまったので、一瞬照れて慌てているように見えたアキオの表情が陰に隠され、深刻さを増す。
「そんなことは分かっている。…アキオだから、言っているんだ…」
「…わかった」
急にアキオが動いた。まるで人が変わったみたいに、強く。
唇が重なっても今は、魔法が解けるわけではない。むしろ別の魔法にかかったかのようで、胸の奥がふつふつと泡立ち、その泡のひとつひとつが光を包んできらめきながら、遥か上の水面へ昇っていくようだった。
「んっ……は、っ……」
促されるままに舌を絡め返すが、息継ぎに慣れない。意図せずチュッと音をたてて顔を離すと、アキオは勢いに任せてユウトを押し倒した。
「オレが、分かってることを…言っとく」
真っ直ぐに見つめている、青緑の視線から目を逸らせない。
「男が女に、挿して、…結婚する」
「それだけか?」
「……たぶん。男と女だと子供が出来っけど、男同士じゃ出来ないと思う」
「成る程。…何をどこへ挿すんだ?」
やっぱりその質問がきたか…とアキオは頭を抱えたくなる。ごそごそとユウトの服の中へ手を入れ、下着の上からそっと撫でた。
「お前にも付いてる……これ」
「ッあ!?」
ビクンッと体が跳ねたユウトを見て、嗜虐心がくすぐられる。
「大丈夫だよ、痛かねェから…」
脱がそうとすると、ユウトは協力的で、自ら全てを脱ぎ捨てた。元々、着ていない姿のほうが慣れている。
お前も同じ状態になれと目が言っている気がして、アキオも着ているものを全て脱ぐ。動作が慎重でゆっくりして見えたのは、恥じらいによるものだと、アキオは自分の感情を通して知った。
一糸纏わぬ姿になって、あらためて触れ合う。まるで指先から思いが溢れているかのようで、さらに息を吐くたびに感度が上がっていく。戸惑いながら、少しずつ手を伸ばした。こうして確かめるだけで、いつまでも触れ合っていられそうだ。
「っ……」
腰から下へ、尻の方へと撫でた時、ユウトの腿がピクッと動いた。
「気持ち悪いとか、嫌な感じしたら、言えよ?」
「ぁ……いや、その……」
真っ赤になった顔で睨まれても、威力は半減。
「恥ずかしい、だけだ……」
「は……なに言ってんだよ。いつも裸じゃねぇか? オレの方が恥ずかしーんだけどっ」
「そ、そうだがっ……下は、いつも隠している……」
二人で首を曲げ、股間を覗き込む。頬骨が当たった。お互いに性器が首をもたげているのを見て、奇妙な気持ちに、ムズムズした変な感覚が増すのが分かった。明らかにいつもと違う状態であると自覚している。
「オレ……」
自覚がさらに羞恥を煽り、情熱が燃え上がる。
アキオは、深く考えるのをやめた。欲望に従い、ユウトの白い肌を舐め、芯を持った性器をやさしく握る。
「ふ、ぁ、アキオ……っ」
熱された動物的な本能が、理性を溶かしていく。ちょっとしたしぐさや、触れて伝わる体温が、相手の熱を煽り、導き、その先にある快感を引き出す。
「ユウト……っ」
耳を愛撫した苦しげなささやきに、まるで胸の奥を掴まれるかのようだ。切なさに震え、快感を知る。少しずつ紐解かれていく己を見つめながら、相手を抱き寄せる。
「同じに見えるけど……感じかたが、まるで違うな」
剥き出しの性器を擦り付けあい、手で触れて、恐る恐る、次第に手に込める力を強くしていく。腰が揺れるたびに体温が上がっていくような気さえする。
そう、揺らしているのではない、揺れてしまうのだ。
「あ、っ……アキオ……ッ」
たどたどしさを残しながら貪るように唇を吸って、舌を絡めた。ユウトはアキオの首へ、アキオはユウトの腰へ、それぞれ両腕を回してしっかりと抱き合うと、合わさった体はぴたりと密着し、まるで一つの個体で生まれてきたかのようだ。
「もっと、つながりたい……」
「あぁ……オレも」
鼓動がシンクロしているような感覚。二人のはずなのにひとつになれる、もう少しで融合する……どうしようもなく期待が高まっていく。
「どうすればいい…?」
「あ、ああ。確か…」
排泄のための穴に触れられ、ユウトは思わず息を呑む。
「ひ…」
「嫌だったら言えよ」
「いや、平気だ……」
ふちを撫でて、そっと中指の先を埋め込む。ユウトの全身がビクンと揺れるのを感じながら、指を侵入させていく。内部はぬるぬるした体液が溢れていて、思った以上に濡れていた。
「ぁ、は…ふぅ…ッ」
「すげえ。こんな…濡れてる」
疑問に思って自分の同じ場所を確かめてみたが、唾液ほどにも濡れていない。これほど愛液が溢れてくるのは、人魚の性質なのだろうか。指に絡み付く粘膜が、今にも呑み込もうと誘っているようだ。
「いいか…?」
「ああ、いいぞ……」
呼吸がひとつになり、すべてが交わる。あてがった性器があまりにも熱く感じて、身震いした。
「ヘーキ……?」
ユウトが頷いたのを見て、腰を押し進める。
「は、ぁ……ぁぁあっ……」
温かい肉壁に包まれ、夢のような、強い快感が一気に襲う。押し拡げているのが分かるほど狭い穴だが、ぬるりとした愛液のおかげで滑らかに動くことができるようだ。眉を寄せて喘ぐ苦しそうなユウトを見て、熱がさらに上がる。
「オレ、むり……やめるなら、殴ってでも、やめさせて……っ」
熱に浮かされたような声で、律動の合間に呟く。呼吸のしかたが間違っている気がする、やけに苦しい。
「やめ――やめるな、ああ……っ、やらない方が、おかしくなりそうだ…!」
「は、はぁ、オレも…っ」
ジュプッ、グチュッ、と卑猥な水音が聞こえる。ユウトが腕をしっかりとアキオの首に巻き付け、髪を掴んで、喘ぐのを、全身で知り、感じた。
「ああっ、んぁっ……はぁ、」
突き上げられるたびに、ユウトは全身がビリビリと電撃が走ったかのように痺れ、がらがらと壊れていくような気がして、必死にしがみついた。
「ぁ、っは、くぁ……ッ!!」
アキオが両腕に力を込め、ガクガクと震える。体内に温かい液体が放たれた感覚があった。
「ハァ、は……ユウト、出してねぇじゃん……」
「ぁ…? ッひ…ぁ…!! ぁ、ああっ……」
アキオが、張り詰めたままの性器を片手でそっと擦り、ユウトも射精することができた。温かい液体を自分で放出してみて、その快感が分かる。アキオもこれほど、意識が飛びそうなほどの刺激を感じたのだろうか。
射精したあとは、激しい熱も少し落ち着いて、両腕でしっかりと抱き合って、長い長いキスをした。
「あつい……」
「……どこらへんが?」
尋ねながらアキオが腰を撫でるので、ユウトはくすくす笑ってその手を掴んだ。ぐいと引いて横に倒し、体勢を入れ替える。今度は王様が上。
空気と重力の影響を楽しむ。まるで、海の中にいるかのようだ。言葉を交わさなくても伝わっている。何故だか、そう確信できた。
Ψ
数日後。静かな夜に、二人は並んで泳いでいた。月は少し欠けているが、煌々と闇に輝いている。濃い赤と青緑の二色の鱗が、水を刺す月光にきらめいていた。
「なァ、オレ試してみたいことがあンだけど」
水面に顔を出したとき、アキオが近付いてきて囁いた。その手が、わざとらしく腰を撫でて、ユウトは額から肩まで赤くなる。
「おまっ……どこで誰が聴いているか分からないんだぞ…!」
「だから。ここならセーフじゃねェ?」
近くの岩に上がり腰かけると、月明かりから程よく陰になって、両側の岩が囲うようになっており、こじんまりとした隠れ場所ができていた。
「…なるほど」
「こっち来いよ」
腕の力を使って岩の上にあがったユウトに、アキオは手を伸ばす。
「アキオが来い」
ユウトは腰を落ち着けると、アキオへ手を伸ばした。やれやれと笑って、アキオは移動する。隣に腰を下ろした、その勢いで流れるように、まるで最初からそこへ填まるものであったかのように、ごく自然に唇を重ねた。
「んん……ふ……っ」
ユウトはアキオの首へ両腕を絡ませ、後頭部を掻き撫でる。背骨をなぞられて、ゾクゾクした。
「なあ、人魚の交尾ってどうすんの?」
「は、はあ?」
唐突な質問に当惑しながら、質問の意図を考えてみて、カッと熱が上がった。
「知るわけないだろう…!」
「ええ? てっきり、帝王学とやらでお勉強するもんかと」
「するかっ」
抱き寄せられて、寄り添う肌の熱さを改めて感じる。
「でもさ、オレ……今、すげえムズムズしてんだよ」
「それは……おれも、だが……」
腰に回されていた手が、少しずつ下がっていく。一つ一つが夜空の星の光を映してきらめくブルーグリーンの鱗を撫でて、尻から前へと移動していった。
「この辺じゃねーの?」
「や、やめろっ…くすぐったい」
「くすぐったい、ってことは…」
アキオが何かを探しながら、中心をやや強めに押すように撫でてきた。ある一点を押され、ビクンと体が跳ねる。
「ッ……!」
「ほら、出てきたぜ」
「ぁ、ふ、ぅぅ……っ」
ムクムクと姿を主張し始める性器は、珊瑚のようなピンク色をしており、粘液に保護されている。
「隠してたんだな」
意図的ではない、そういう体質だと言いたいが、わかりきったことを敢えてからかう、そんなアキオの楽しげな声さえも、熱の一部になっていく。
「オレのも……」
「んんッ……こっち、向け」
顔を上げたアキオの唇を捕らえ、ユウトは深く長いキスをした。舌を絡ませながら、手を動かす。突き出てきたアキオの性器を愛撫しながら、ユウトは腰を揺らした。まるで口内に入れたかのように、溢れ続ける粘液で手がぬめる。
「あぁ、は、アキ…オ……」
「んッ……ユウト……ッ」
吐息の熱さに眩暈を感じながら、ふたりは同時に強く振動した。
「――ッッ!!」
相手の精液が絡まった指を舐め、口を合わせる。お互いの味が唾液と混ざって舌にとろりとまとわりつき、淫らに溢れるのを感じて、それを受け入れている自分に戸惑いながらも、静かにゆっくりと滲みていく安堵を確かめた。
「離れろって命令があるまで、オレは傍を離れない」
ささやいた言葉が、夜を撫でる風に溶けていく。
「お前が望むだけ、傍にいろ。……それが命令だ」
目を閉じて、アキオの頬に鼻をすり寄せる。海はどこまでも静かで、月と共に、寄り添う二人を見守っていた。
Ψ END Ψ
2016/06
©2011 Koibiya/Kasui Hiduki