<線香花火>





 真夏の日本へ帰国して、懐かしい蒸し暑さに辟易しながら、有人の実家へ挨拶に行き、墓参りをした。
 養父は仕事の予定を空けていてくれたらしい。何気に孫の顔を見るのが楽しみなのだろう。

「今回はいつまでいるんだ?」

 蝉の声をBGMに、パタパタと扇子で首元に風を送りながら、有人の父は言う。最高設備の冷房を効かせなくとも、この洋館は風通しが良い。

「金曜日までです」
「なんだ、随分短いな。花火大会に行ったらいいと思ったんだがね」
「花火大会があるの!?」

 ソーがさっそく食い付いた。行けない場合のガッカリ度を減らすために、先にマイナス要因を言っておく。

「人混みがすげぇじゃん」
「特等席を持っているんだ。うちが行かない時は、ひとに譲っている」

 作戦失敗。

「ナニソレ、聞いたことねーぞ」
「おまえが花火に興味があると思わなくてな……」
「ねー行こうよー!」

 ジト目で旦那を見るが、サングラスを外して涼む有人はもう、息子の願いをどうやって叶えるか思案する父親の顔で宙を見ていた。

「でも、もう航空券買っちまってるだろ?」
「……フライトを変更するか」
「ぃやっったぁ!」

 最初から防衛策は必要なかったらしい。そりゃそうだよなと思いつつ、ひっそりと羨ましさが顔を出す。
 どんなところか、どうやって行くのか、浴衣を着るのか、などとはしゃぐソーに相槌を打ちながら、明王は自分の中に煙のように渦巻くモヤモヤした感情の正体を考えた。





 川沿いの高台に建つ、小さな家。普段は展望を活かして和風のカフェとして運営されているが、スポンサーから要望があれば一年に一度だけ貸し切りになる。

「こんなイイとこなら、もっと早く来るんだったな」
「すまないな……お前も忙しいと思っていたから」

 テラスの欄干に腕を乗せてくつろぐ明王は、隣で眉尻を下げる有人の肩を抱き寄せた。

「ん〜? デートならいつでも来たのに」
「高校生二人で、こんなところにか……?」

 有人は微笑みを浮かべ、体をさらに近付ける。宗一朗は一段下のデッキで、川の中を熱心に眺めていた。魚でも泳いでいるのだろう。

「呼べよ。貸し切りなんだからいーじゃん」
「できなかったんだ。男二人で、花火など見て、何が楽しいのかと」
「あー、なるほど。花火見るより、ヤりたかったのか」
「みっ、身も蓋もない言い方するな!」
「図星ちゃんかよ」
「とにかく。今こうして、やっと願いが叶ったんだ。ロマンチストでなくとも、少しくらい静かにしていろ」

 願い。それは、宗一朗だけでなく、有人と明王のものも含む。




 花火が始まり、夜空を色とりどりに染め上げた。
 すっかり闇に包まれた世界で、そっと有人は明王に寄り添う。

「……暑くねぇの?」
「暑い」

 触れるだけのキスをして、ふっと笑う。
 上がっては弾けて、消えていく……まるで生命のようだ。

「お前はあのバナナだな」
「なんでだよ? 鬼道くんは三尺玉か」
「おれは……」

 線香花火。子供の頃の思い出が、おぼろげな輪郭で脳裏に蘇る。両親に花火セットを買ってもらい、春奈と二人ではしゃいだ夜のことを。






 帰り道、喉が渇いたというソーのために、ドラッグストアに寄った。

「花火は大きくて綺麗だったけど、やっぱつまんないや」
「なんだよ! ひとがせっかく……」

 鬼道の苦労も考えろと説教しかけた不動より先に、屈んで尋ねる。

「なら、どういう花火がいいんだ?」
「あ! これ買って!」

 指さした先には、手持ち花火のセット。

「また花火かよ?」

 どういうことだか分からなくて呆れたように笑う不動に、宗一朗は満面の笑みを向ける。




 駐車場にバケツとライター。
 色とりどりの手持ち花火をさんざん満喫した後、宗一朗は線香花火を始めた。明王と有人も近くに呼んで、三人で輪になってしゃがむ。

「風流だな」
「オレ二十年ぶりくらいにこれやったわ。いつも誰かにやるか捨てるかだった」
「え〜もったいない! これが一番楽しいんじゃん!」
「ソーは好きなもん最後にとっとくタイプなんだな」

 他愛ない会話を交わしながら、チリチリ、パチパチと燃える小さな玉を、よじった紙のひも一本で支える。いくつか良いところで風が吹いたりして落ち、六本目と七本目でやっと安定した。宗一朗はまだ次の花火に火をつけていないで、明王と有人の花火を見ている。
 最初は牡丹、はじけるような松葉から、しっとりと柳――。

「ねえねえあれやって!」
「うわ、動かすなよ!」

 腕を押されたことで近付き、そのまま明王は抵抗しなかったので、明王の持っていた線香花火が有人の線香花火に移った。二つの玉はすぐに溶け合い、膨らんで大きくなる。

「ほらアルティメットせんこう花火!」
「なんだそれ、必殺技かよ。デカくしたら重くなって落ちるじゃねーか」
「ほう、なんとか保っているぞ」

 そのまま、鬼道の持っている線香花火は最後のスパークに入る。消えそうになって、宗一朗が叫ぶ。

「お願い事して!」
「ん? そうだな、ソーが真面目で立派な男に育ちますように」
「もっとちゃんとしたお願い事してよ!」
「すごくちゃんとしたお願い事だぞ」
「真面目は余計じゃねェか?」

 線香花火は真っ黒な塊になって消えた。

「もう一回!」
「お前が願い事しろよ」

 明王が助け舟を出す。
 しかし残りはどれもあと一歩のところで玉が落ちてしまい、合体もできなかった。それでも宗一朗は始終笑っていて、楽しそうだった。

 すっかり故郷の夏を満喫して、イタリアへ帰ってきた三人。荷物を解き、夕食を食べ、宗一朗を寝かせてからシャワーを浴びる。
 寝室へ行くと、既にシャワーを浴び終えてくつろいでいた明王が、ベッドに寝転がっていた。

「あー、ちくしょー。やっぱ浴衣姿襲っとくんだった」
「お前な……蹴り飛ばすぞ」

 隣へ横になり、毛布を引っ張る。これまでただ眠り休むだけだった隣の腕が、今夜は当然のように絡みついてきた。有人もその中へ当然のように収まる。口では何だかんだと言いながら、当たり前に許しているし、求めている。明王の腕の中に収まり小さくため息を吐いた一瞬、何とも言えない充足感に包まれた。

「だってレアじゃね?」
「そういう問題なのか?」

 日本に滞在中は、首筋に口付けてきた明王を、実家でするわけないだろうと突っぱねてそれきりだった。冗談半分と分かっていても、有人も我慢していたのだ。今は突っぱねずに、されるがままにしている。

「オレは浴衣着てるお前と思う存分ヤりたかったの、でも風呂上がりのお前も好き。共通点はうなじ」
「み、耳元で騒ぐな……うぁ!?」

 耳の下をべろりと舐められて、快感にゾワッと鳥肌が立つ。

「お前だって、使用人が来るかもしれないから嫌だとか言っていたじゃないか」
「だぁから今、その欲求不満を解消しようとしてンだよ」

 やっと唇へ、触れるだけのキス。最初は無反応でいるが、少し待って渋々といった様子で応えてやる。軽く舌を絡ませると、明王もアプローチを変える必要があると考えたらしい、そこで一旦おしまいになった。

「夏って、無防備だよな」

 掛けたはずの毛布をはがして、隠す前に股間をまさぐられ、撫でるようにしてそっと掴まれる。バスローブをはだけられたら、下着しか身に着けていない。期待に硬さを増したことがはっきりと伝わってしまっただろう。

「暑いんだから仕方ないだろう、そんなこと言ってる場合か」
「冬に着込んでるお前を脱がすのも燃えるけどな」
「お前はいつだってヤりたいんだろう?」

 うんざりして仰向けに寝転ぶ有人を追いかけ、明王は覆い被さるようにして見つめた。

「それしかオレの心を伝える術を知らねえんだよ。悪ィか?」

 やや不機嫌に見えるが、それは見せかけだと分かっている。有人は困ったように微笑み、明王の首に両腕を掛けた。

「悪くはないが……今はもう少し、学んだこともあるんじゃないか?」

 見つめた深い青緑は、何とか視線を逸らしたい衝動に耐えていた。

「……んなにホイホイ言うわけないだろ」
「何の話だ」

 しらばっくれて、すました微笑を返す。別に何かが欲しいわけではない。ぎこちない言葉も、記念日も、互いに覚えていれば十分だ。ロマンチストではない、けれど、確認はしていたい。

「明王……」

 キスを交わして、次第に深くなる。明王の股間を撫でると、すぐに吐息が荒くなった。

「うぁ、ちょ……」

 隠していたのだろう昂ぶりを下着越しにさすると、一気に張りが出てきた。弾力があり、ドクンドクンと脈打つ熱い肉棒。

「あつい……」

 呟いて、開いた脚の間に明王の腰を挟む。ペニス同士が触れ合い、早くも頭がクラクラした。

「何回ヤッても何言っても、全然足りねえよ」

 仕返しのように、明王が胸を撫でながら言う。

「おれは、おまえから……受け取るだけで、精一杯なのだが……」 「なに、言ってンだよ。こっちのセリフだろ……」

 苦笑して、明王は有人の乳首へ吸い付いた。

「んぁッ……」

 何度も何度も、不動を相手に経験してきたはずなのに、その度に違う快感を得る。心は慣れるほど開いていくが、体は少しずつ過敏になっていく気がしていた。

「もう……早く、来い……」
「はは……言うねえ」

 開いた心の奥深くに突き挿さるようにして、明王のペニスが入ってくる。質量の与える刺激を受け止め、大きく呼吸を繰り返す。

「っは、ッんん……!」 「ハッ、有人……っ」

 指の一本一本の先端まで熱が満ち、全身の毛穴が震えて、意識は溶かされていく。

「あ、ぅぁ、あき、お、ふっ……くぅ……っ」
「はぁっ、はぁっ、く、はッ……静かに、しねえと……聴こえる、ぜっ?」
「う、うるさい、のは、お前の……ほうだっ……」

 粘膜に行き渡る刺激が体中へ電流を走らせ、甘い痺れに酔う。根拠はないが取り返しのつかない所へ落ちてしまいそうで、どこを掴めば安堵できるのか分からず、さ迷う両腕を絡ませながら、少しでも一つになって溶けるように、お互いを抱き寄せあった。

「あ……やべ、も……イキそ……ッ」
「あっ、ふ……く、おれ、も、イク、!」

 ラストスパートをかけて、明王は腰を小刻みに震わせた。

「ンンンンッ……!!!」

 体内に熱い飛沫を感じ、一気に熱が上がった。無意識に全身で抱き締めるとき、存在が重なり合ったような錯覚を起こす。おまえはおれで、おれはおまえ。

「は、は……、あ、――ッッッ!!!」

 呼吸すら、忘れて。濡れた腹部をまさぐり、抱き寄せる。

「ふゥンンっ……」

 射精してもなお硬いままの明王のペニスが抜けそうになるのを、足で抱き寄せて止めた。達したばかりで敏感な奥の内壁に再び刺激が与えられ、思考が溶けていく。

「く……ぁ……、ひさし、ぶり……だからか……すごいな……」
「ン……? ウン……」
「明王……」

 触れていなかった間、ただ時間が経っただけではない。線香花火が小さく弾けるように、微かな火花が散るたび、心も体も相手を待ち望む。強く求め合ってから触れた時の喜びは、計り知れない。  何度もキスをしたが、どこがどちらの唇なのか、もう分からなくなっていた。

「ひぁ……はぁ……」

 ぬ、ぬち、ぬっ、と奥に届かない程度に根元まで埋め込んだまま、ゆるゆる静かに腰を揺らす。何とも言えないもどかしさが続き、じわじわと与えられるぬるい刺激が脳を溶かしていくかのようだ。

「オレ、さぁ……ずっと、このままでいたいわ……」
「あ……なん……?」

 はぁはぁと荒い呼吸を挟みながら呟く明王の声を聞き漏らすまいとして拾う。

「これ、いま……してるの、このまま……ずっと、してたい……」

 有人の秘孔は明王に吸い付いて、引き込むようにうごめいているのが分かる。それが恥ずかしくて、早く終わって欲しいという思いと、もっとしていたいという思いとが戦っていたが、確かに今は、後者が優勢なようだ。  しかしそう言われてみて、認めざるを得ないが、なぜか感情は逆に恥じらいが戻る。

「ぅあっ、あっ……」

 恥ずかしさが増すと同時に、感度も上がってしまったようだ。それともただ、じわじわとせり上がってきた快感が防波堤を突破しただけなのか。

「ひっ、う(ぅうっ……!)」

 有人は咄嗟に、自分の口を片手で覆った。明王がクスッと笑い、その手に口を付ける。いかにもキザでわざとらしいその仕草に、ツッコミを入れてやりたかったが、それどころではなくなってしまった。

「たし、かに、これ……ハッ、やべ、えなッ……!」
「ふん──ッ(んぅぅううっ)」

 さっきまで穏やかだった律動の効果は、激しくなった時にその威力を発揮するらしい。溜めていたものが噴射するかのような勢いで、昂ぶり、上り詰めていく。

「(ああっぁぁあああ……)!!!」
「くぉぉ……ッ!!!」

 この身から噴き出す愛を全て注ぎ合って、満たされ合う。
 真っ暗に溶け合った意識の空で、ぱちぱちと花火が爆ぜる。二つの玉は一つに融合し、やがて明々と燃えていた玉は黒く塊になり、ぬるい夏の夜に沈んだ。









2019/08/31

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©2011 Koibiya/Kasui Hiduki