その日は朝からイヤな予感がした。
 胸の奥がざわつくような感じで、座ってじっとしていられないほど、落ち着かず、明王はうろうろと部屋を歩き回った。
 弟はいつものようにユウを抱いてソファにのさばっている。貧乏ゆすりをしつつ、静寂に耐えていた。
 有奈はなかなか下りて来なかった。



***



 台所で、ユウが炒め物を作っている。冷蔵庫に残っていた食材を適当に切って、混ぜているだけだが、食欲をそそる匂いが漂っていた。
「こうしてると、奥さんみてェ」
「よせっ……あぶない……」
 フライパンの中の具材を、先が焦げて黒くなった木べらで混ぜるユウ。その体を、アキは後ろから抱きしめる。エプロンもなく無防備な胸を薄いブラウス越しに下着ごと掴んで、やわやわと揉むと、木べらが宙でぐらぐらと揺れた。
「んぁ、ひゃ……っや、やめろ……焦げる……」
「そーだなァ。オレも腹減ったし。あとで続き、しようぜ」
 頬に口付けを落とし、アキはちょっかいをやめて戸棚から皿を出す。
 ユウはふぅ…っと溜息をついて、しけた片栗粉をスプーンでままごと道具のようなプラスチックボウルに出し、水と醤油を目分量で加えた。



***



 半開きのままだったドアを開けて、ユウが入ってきた。
「姉さん……食べて」
 ベッドから起き上がって見ると、温かい白飯に五目炒め、具のない味噌汁、卵焼きといった昼食を載せた盆を持って、無表情の妹が立っている。
「……ああ」
 しっくり来る言葉が思い当たらず、有奈は盆を膝の上へ受け取って、少し口元に笑みを乗せた。
「考え事をしていた」
 そう言ったらユウはどう応えるだろうか。そう思ったが、予想通り。
「……そうか。私は大丈夫だから、姉さんはこれを食べて、ゆっくりしててくれ」
 何を、どんなことを、考えていたのかとは、訊かれない。聞く気も無いかのようだった。



***



 いつの間にか、太陽が傾いてきていた。
 いつものように、ぼうっとソファに座って、宙を眺めている。奥でテレビがゲーム画面を映しているが、ユウにとっては意味を持たない。
 時々、アキが抱き寄せてきたり、唇を押し付けてきたりするが、ユウはされるがままに、応えることも避けることもせず、人形のようにゆらりゆらりと流されていた。
 トイレから戻って、待っていたアキが抱き寄せてきた時、ふと、どうしていつも自分はアキの隣に座るのだろうという疑問が浮かんだ。しかし、すぐに泡のごとく消えてしまった。
 アキと向かい合って彼の膝へ座る。背をまさぐり、ブラジャーのホックを外されながら、ゆっくりと絡み合うキスをした。
 テレビ画面は消してある。さっきまでうまく敵をなぎ倒していたのに、ライフがゼロになってしまったのか。それとも、もう飽きてしまったのだろうか。
「ん〜……ユウ……」
 喉の奥で呻くように呼ぶアキは、薄い笑みを浮かべてユウのブラウスをめくった。
「ぁ……んっ……」
 自動的に吐息がこぼれ、鼓動がとくんとくんと速くなる。
 ピザの空き箱やコーラの空き缶を片付け、今はゲーム機のコントローラー以外何も置いていないローテーブルにユウを押し倒し、邪魔なコントローラーはソファへ放り投げられた。
「ふぁ……っ」
 首筋を吸われ、ビクッと体が揺れてしまう。
 ゴソゴソと下着を引っ張られたかと思うと、すぐにアキのペニスが挿入ってきた。
「ひあぁ……っんぁ、やあ……っ」
 少し入口がひきつれて痛みを感じた後、慌てたように愛液が増える。
 乱れた衣服は腕や太ももに中途半端に引っ掛かったまま、胸を愛撫されながら激しいピストンで突かれた。
 アキはいつものように喋らなかった。強烈な快感に圧倒されながら、ユウは不安に思う。
「ぃひゃぁぁあんっ」
 内壁の奥に叩きつけるような律動を繰り返しながら、ぷるんっぷるんっと揺れる小ぶりな乳房の突起をこねくり回され、意識が飛びそうになる。
 アキはユウの体に覆い被さり、根元までペニスを埋め込んで、短く速く突き動かした。
「やっ、あっ、おくぅっ……ぁ、ぁ、も、だめぇっ」
 奥の壁を何度も叩かれ、その度にきゅんきゅん締め付けるのが良いのだろうか。耳の側でアキが、荒い呼吸を繰り返している。
「はぁ、は、オレ、も、イク……ッ」
「ひぁあァァ――ッッ!!!」
 回数を重ねるごとに、感じ方が変化しているようだ。目まぐるしく体が変わっていく。
 最上の絶頂に達して、ユウの腰は勝手に、アキが注ぐ精液を一滴残らず奥へ流し送り込むようにぐいぐいと動いた。
 震えが収まり、アキが長いキスをする。達したばかりのペニスはまだ挿さったままで、舌を絡め合ううちに再び硬くなってきた。
「んっ……ぁ、んぁあ……っ」
 また、奥まで突かれる。アキは少し、焦っているようにも見えた。
 だから両腕で抱きしめた。どうしてかは分からないが、そうしたかったからだ。
「はぁ、んぁぁ、アキ、アキぃっ……」
 ささやくように呼んだのを聞いて、アキは何度も何度も強くキスをした。
「ユウッ……」
 アキが舌を吸っている間、動きを止めていても、ユウの中はさらなる刺激を求めてヒクヒクとけいれんしている。
 その敏感な内壁をこれでもかと擦り、えぐって、収縮させ、ユウが絶頂へ達した直後、アキも再び射精した。



***



 夢を見ていた。
 さんさんと緑の若葉の隙間から木漏れ日が差し込むような、ある晴れた日の午後、いつも通っている大学で、机に忘れたノートを男が拾い、渡しに来てくれるのだ。
 男は不動明王、二年生。古着を取り入れたストリート系の、こだわりのある服を着こなして、片耳のピアスと無造作なセミロングも似合っている。有奈とは違う専攻だが、学部は同じ棟だと分かり、少し嬉しくなった。
 昼休みや帰り道で顔を合わせるうち、不思議と話が弾み、楽しい時間が過ぎていく。いつしか二人は大学の外でも会うようになり、食事をして、他愛のない会話を重ね、照れくさそうな明王の部屋でそっとキスをする。
 押し倒されながら、有奈は心の中で(これは夢だ)と思っていた。顔のない王子様に襲われたような気分で。
 ドアが開き、明王が入ってきた。
「なんだ、起きてんじゃねーか」
 床に置いた盆と、空の食器をちらと見やり、明王はドアを閉めた。
 近付いてくるのを待って、反射的に目を閉じる。そこへ明王はのしかかってきた。
 胸を揉まれれば、体はすぐに開いていく。ぐずぐずに溶けたチョコレートみたいに、下品に腰を揺らして。
「ぁっ……んっ……」
 コリコリと胸の突起をいじられ、熱い吐息がこぼれた。
 足を広げさせて、有奈のナカに明王が断りもなく挿入ってくる。
「んぁあ……っ」
 これを許すのは、言葉にできない何かを感じるからだ。その正体を知りたくて、探ろうとしているが、よく分からない。回を増すごとに強くなっていくのだけは分かる。
「んぁっ、あ、はぁ、あんっ……!」
 明王はあまり喋らなくなり、有奈の首や胸や唇に、時には耳や頬にキスをし、舐めながら、ひたすら腰を動かしている。
 ラストスパートをかけ、明王は珍しく有奈より先に達した。精液が吐き出される感覚を受け止めながら、有奈はあと少しで爆発しそうだったフラストレーションを抱えながら腰を揺らす。すぐに、明王自身は再び硬くなった。
 だが、一度吐き出して落ち着いた余裕が、速度を緩やかにさせる。
「あ、あんっ、や、ひぃ……っ、んッ……あ、」
 もはや、いつから絶頂なのかも分からなくなって。有奈は明王にしがみつき、貪欲に性に溺れた。



***



 これから、金を掴みに行く。大したことじゃない。いつも通りにやればいいだけだ。
 俺たちが家の外へ出て少し歩くと、突然周囲が明るくなった。
「警察だ! 手を頭の上へ!」
 アキがチラと俺を見る。俺はゆっくりと両手を上げ、戸惑いながらアキも倣った。
 一瞬の出来事だった。武装した警察官たちが俺とアキを囲み、俺たちは勢いよく地面にうつ伏せに倒され、後ろ手に手錠をかけられる。
 車に積んでる武器を取り出して、ありったけの力で抵抗してもよかったはずだが、何でか俺は、ここで抵抗してしまったらもう二度と有奈に会えないんじゃないかという気がしていた。

 パトカーへ粗雑に押し込まれ、俺は姉妹がどうなるのか考えていた。
 走り出した警察車両たちは、列をなして都会へ向かう。テレビドラマとかで見たことがあるが、これからきっと取調室に連れて行かれ、車に積んでいた武器や家のこと、姉妹のことについて、根掘り葉掘り聞かれるのだろう。彼女たちも同じだ。何と答えるのか、気にならないと言えば嘘になる。


 突然、パトカーが停止した。顔を上げて窓の外を見るが、真っ暗な山間の道路だ。周囲には鬱蒼と生い茂る木立が道の両側を囲んでいるだけで、街灯すら立っていない。
 何か問題でも発生したのか、それともまさかここで殺されるのかと考えながら待っていると、ドアが開いて外へ連れ出された。手錠をかけられたままの俺たちは、背中を突き飛ばすように押されて、黒いワゴン車の後部座席へ押し込まれる。
 どうも様子がおかしいと思っていたが、財閥の娘二人を誘拐軟禁したのだから特殊な懲罰が与えられるのかもしれないと身構え、目を閉じていた。アキもずっと黙っていた。
 ところが次に車が停止したのは、豪邸の庭を横切った先の、大きなガレージだった。
 まさかと思い待っていると、エンジンが切られてドアが開く。降ろされた俺たちの手錠は呆気なく外され、黒いスーツにグラサンの男たちが俺たちを囲むようにして、階段を延々と下りていき、地下室へ案内された。
 こんな夜中に、わざわざガレージ内で車から降ろすなんて、念入りに人の目を避けているとしか思えない。
 俺たちがドアの中に入ると、男たちは帰っていく。後ろで重々しくドアが閉まる音がした。
 階段を下りた先は、4メートルほどある高い天井の、高級マンションの広い一戸分くらいありそうな部屋で、適度に空調が効いて、しっかりしてそうなシンプルなタンスやソファ、テーブル類が置かれていた。
 壁際にはクイーンベッドが二つ、濃い桃色と薄い桃色のベッドリネンで整えられている。その上に、それぞれ有奈とユウが、光沢のある黒くて薄いガウンを羽織って、寝転んでいた。今、物音を聞きつけてそれぞれ起き上がった二人の女は、俺とアキを見つめて微笑を浮かべる。
「ユウッ」
 俺たちはゆっくりと近付いていき、ベッドの脇に立つ。アキは俺より少し早く、ユウに飛びついた。
 首を傾げるように斜めに見上げ、それから真っ直ぐに、優美なくちびるが弧を描くのを、俺は見ている。
「もう、ずっと一緒だ……」
 有奈の伸ばした手が俺の胸から肩へ滑り、絡みついた。
 遠くでユウとアキが、幸せそうに何かつぶやき合い、クスクス笑う声が聞こえている。
 俺は有奈の唇に吸い寄せられ、夢中でしゃぶりついた。


 地下室の鍵は開いている。だが、俺たちはそこから出ることはなかった。








おわり






2016/05


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