<溜めるのはよくないです。>





K

 クリスマスも終わって冬休みに入り、鬼道は少しずつ体が重くなっていることに気付いた。疲れもあるが、寝て起きてもどこかスッキリしないのだ。
 午前七時から午後三時まで練習し、家へ帰って父の作業を手伝う。お歳暮を受け取ったリストを作成したり、年賀状の用意はクリスマス前に終えていたが、年始の挨拶やニューイヤーパーティーの準備などもあり、師走は何かと忙しい。
 そんなわけで学校の勉強は一時的にほとんどしなくなるが、冬休み明けの小テストは新年になってから復習しておけば十分な範囲だと分かっている。それよりも今は、鬼道グループ内での帳簿や取引先各社の決算内容がどのようになっているのかを知り、学ぶ必要があるのだ。

 やっと風呂に入り、自室のベッドへ寝転がって、さすがに少し慣れない働きをさせ続けていた脳と体を、ゆったりとくつろがせる。
 独りになると、ふと思い出す。
 練習で毎日のように顔を合わせてはいるが、全くと言っていいほど触れ合う機会が減ってしまった奴のことを。
 この関係は恋人と言うべきだろうが、鬼道はまだ、そう定義することに抵抗感があった。
 奴のことを思い出すと、体の芯が疼く。こんな条件反射は要らないというのに。
 己の体の浅ましさに苛々しながら、鬼道は熱を持ち始めた股間へ手を伸ばした。下着からペニスを取り出し、自分が気持ちいいと感じる刺激を与えていく。

「は……っ、はぁ……っ」

 擦っていると、快感が奥へつながり、そこに当てて欲しいと体が叫び始める。
 無視して、ひたすらペニスを扱いた。

「っくぁ……!」

 数枚重ねたティッシュで先端を覆い、思い切り吐き出す。一瞬の恍惚に目を閉じれば、唇が物足りなさを訴えてくる。
 やっと吐き出しても、スッキリした感じはあまりない。むしろ、かえって奥からの欲情を煽ってしまったようだ。

「……チッ、クズ……」

 小さな舌打ちをひとつ、鬼道は横になって目を閉じた。
 会えないのとは訳がちがう。毎日顔を合わせているのに、触れていない。それがこんなに見に堪えるほど、変化が起きていたとは。

F  昼間は太陽の光が暑いくらいなのに、暗くなると、急激に気温が下がってくる。さすがにこの寒さでは、パーカーにジーンズでいつまでも外にいたら風邪をひく。
 不動は渋々、足で弾き上げたボールを手で受け止めて抱え、公園を後にした。
 寒空に想うのは、恋人のぬくもり。冷たい手で触ると怒ったような声で制止するくせに、不動のことは拒まない。

「はー……」

 思わず、ため息がこぼれた。
 かれこれ二週間は、おあずけを食らっている。そろそろ我慢の限界が来て、明日にでも部室で襲い掛かりそうだ。だが生憎、明日の練習は休み。大晦日だからだ。
 元旦は午後からサッカー部全員で必勝祈願に稲妻大社へ行くことが決まっていて、終わったら誰かの家でゲームでもするかもしれないが、鬼道と二人きりで抜けられるかどうかは分からない。
 不動は苛立ちと不安を抱えていた。
 毎晩吐き出してもすぐに溜まるのは、生理現象だけじゃない。伝えられない想いが鬱積して、出番を待ちながら、少しずつ腐っていく。美味しくなくなったところを削って整えながら、渡せる日を待ち続けるのだが、もしかしたら鬼道は、もう二人きりで会いたくないのかもしれない……。

「あぁ……クソッ」

 校門の壁にボールを思い切り投げつけ、跳ね返ってきたのを捕まえ損ねて、少し焦った。通行人がいなくて良かったが、判断力が鈍っているのか。
 太陽が沈んだ途端、気分まで沈むのは、長いこと欲望を満たせていないからだ。たった二週間とはいえ、顔を合わせているのに触れられないジレンマをボールで解消するのも限界に近付いている。
 やれやれと、自暴自棄になってきつつある己の精神をなだめながら寮の階段を登ると、廊下の奥に鬼道がいた。

「あ……え?」
「遅い」

 我に返り、鍵を取り出しながら走り寄って、ドアを開ける。壁にもたれていた鬼道が体を起こし、不動より先に中へ入ろうとしたところを、一気に押して同時に入った。

「鬼道ッ」
「おい……」

 押した腕が痛んだのか、抗議しかけた鬼道の体を抱きしめる。これで抵抗されたら、少なくとも不動とは、もう関わりたくないということだろう。

「……冷えているな」

 だが、鬼道は不動の手の甲を指先で撫でるように触れただけで、何もしなかった。
 一気に血流が動いて、興奮が最大値に達する。止めようとする手を押し返して、早急な手付きでジーンズをずり下げ、下着ごと引っ張って脱がした。まだ部屋の暖房も入れていないが、室内はそれほど冷えてはいないから怒られるまで放っておく。それよりも肌に触れたかった。
 生え始めた薄い茂みにふち取られて、鬼道の欲情度合いが視覚的に判断できる。冷え切った手をさすったりして何とか温めながら、鬼道のペニスを舐めた。すぐに反応を示し完全に反り返るさまを見て、己の中に爆発的に欲求が生まれる。

「は、……ぁ、きどぉ……ッ」
「フッ、情けない声を出すな」

 ワンルームの狭い部屋だ、少し歩いただけで寝床へ着く。鬼道をベッドへ押し倒し、足がもつれそうになりながら、ズボンと下着をまとめて脱いだ。
 鬼道は訝しげな顔で不動を見ている。だが、今は股間に全ての意識が集中していて、鬼道の尻を探すだけで精一杯だった。

「おいっ……」

 咎める声も聞かず、うつ伏せにさせた鬼道の太腿に触れたペニスが歓喜に震える。そのま早くアナルへ入れたいと思いながら、尻たぶに擦りつけて、気がついたら思い切り射精していた。

「キサマ……」
「はぁ、は……あ……やべ」

 まずい、と不動は思った。まだ着たままの黒いニットまでハネて汚したからすぐ帰るということにはならなそうだが、いずれにしても怒らせてしまったら全て台無しだ。
 しかし次に聞こえてきたのは大きな溜息で、鬼道は枕元にあったティッシュを取って、自分で精液を拭いた。

「何をやっている」

 鬼道は上半身を起こし、まだパーカーを着たままの不動の胸ぐらを掴んで一旦引き寄せ、そして思い切り突き飛ばした。

「クズ」

 見下ろすその顔には、嘆息と侮蔑が見てとれるが、それは表面的に扇情を意図して見せているだけで、その裏ではこの状況を楽しむ感情が隠れていると分かる。恐らく、愉悦も多分に含んで。

「溜まってたからさ。これからじっくり愉しませてやるよ」

 バネのように起き上がって、そのまま再び押し倒した鬼道にのしかかる。そうだ、愉悦だ。自分に会った途端に射精したほど不動を虜にしていることと、これからじっくり快楽に浸れることに愉悦を感じている。それが目を細めて浮かべた笑みに現れていて、腰の辺りがゾクゾクした。

「ほう? 二週間分というわけか」

 お互いにどこかで、分かっていたはずだ。だから、会えない状況を利用して、相手を焦らそうとした部分はあった。不動もそれは自覚していたが、いつも耐え症の無い自分の方がダメージを受けているような気がする。
 鬼道は全く動じないと思っていた。

「ン……ふ……っ」
「ハ……ッ」

 キスをして、それは少し被害妄想に近いと分かった。鬼道だって、この二週間耐えてきたのだ。態度に出さない余裕は持っているが、はち切れんばかりの欲望を抱えて悶えているのが手に取るように分かるキスだった。
 腰を押し付け、下からこすりあげるように揺らしながら、舌を絡ませる。鬼道は切なげな吐息を漏らし、両腕を不動の肩へ回した。寄り添ったペニスがドクドクと脈打って、擦れ合うたび期待に膨らんでいくのが分かる。

「はぁっ……、前は、もういい」

 聴き逃してしまいそうな、小さな呟き。不動は利き手を下へ滑らせていった。太腿を撫でて、冷たい指に肌が驚くのを感じる。

「さみぃよな? 暖房つける」

 鬼道に覆い被さったまま、今尻を撫でたばかりの手を伸ばして、エアコンのリモコンを取った。ボタンを一つ押して、手を離す。リモコンはベッドの脇の勉強机の上に戻される。鬼道はもぞもぞと身じろぎして、不満げに待っていた。

「早くしろ」

 そうだ、それが聴きたかった。不動は喉の奥で返事をし、唇を重ねる。
 鬼道への愛撫は、一つずつ時間をかける。首から、胸へ、そして腹を通り、前には触れず後ろへ。
 割れ目へ指を這わせていくと、鬼道が身を捩った。

「待て……っ、一度、イッてからだ……」

 先に前をいじってから、じっくり後ろを責めて欲しいと。不動はニヤリと口の端を上げて、体勢を変えながら耳元で囁く。

「オレがイかせてやるよ」

 鬼道の股間へ屈み込み、脈打つペニスへ舌を伸ばして、口に含んだ。ビクッと太腿が跳ね、感じているのが伝わる。裏筋を舌で擦り上げ、根元をくすぐると、程なくしてペニスが震え、ドロっとした精液が口の中に放たれた。
 肩で息をする鬼道が、くせ毛のモヒカン頭を掴んだ。不動は指先の感触にジリジリと熱さが増すのを感じながら、屈んでいた体を起こす。口の中が粘ついてやや苦いが、あまり気にしない。
 ローションをたっぷり使い、大きく息を吐いた鬼道のアナルを撫で、そっと指を挿し入れていく。射精後くたっとしていた鬼道が、少しずつ意識を戻してきた。
 キスをしたり、胸や首筋を愛撫したりしながら、アナルをほぐしていく。二週間おあずけだったのだから、その分入念にほぐすべきだろうかと思っていたのだが、抜き挿ししているとすぐにやわらかくなってきた。

「よし……いいぞ、来い」

 互いに体勢を調整し、鬼道が言った。
 やっと許可が下りて、不動は歓喜に飛びつく。

「行くぜっ、」

 既に、鬼道の反応などで再び勃起していたペニスを掴み、ローションで濡れたアナルに挿入していく。
 最初はゆっくりと、穴に慣れさせる。前も同時にこすると、すぐに硬くなった。刺激を与えるたびに、アナルがキュンキュン締め付けてくる。

「あぁ……っ、鬼道ッ……!」

 ついストロークが大きくなって、勢いをつけ強く奥まで挿入した。

「不動……ッ」

 なかなかに気持ち良いらしく、枕にしがみついて名前を呼ぶほど悶えている。
 ゆるやかに数回、強く奥までを一回、繰り返すうちにどんどんエスカレートしていった。
 開いたままの口からピンクの舌先が覗いたので、不動も舌を伸ばして先端だけ舐めた。舌を吸い取るように引き寄せられ、付いていくと、ねっとりとキスをされる。

「ンッ、あ、くッ、ぅうッ」

 鬼道の片足を持ち上げ、内壁を抉るように腰を使う。
 さっき出したばかりなのに、また射精感が襲ってきた。もう少し持ち堪えたいと思いながら、体は言うことをきかない。

「っぁ、ぁ……!!」
「ぅッ……ハァアッ……!!」

 ほとんど同時に達した。ガクガクと震える体が重なり、一つになったかのように感じる。

「はぁ、はぁっ」
「くぁ、ぁあ……」

 しばらく呼吸は落ち着かない。強く抱き合い、意識を手放す。
 そうしてやっと暖房が行き渡ってきた狭い部屋のベッドの上で、互いの体温を感じながら、静かに並んで横たわっていた。

「忙しくて二週間おあずけにするのと……何が何でもヤりたい時にヤるのと……どっちがいいんだろうな?」

 不動が天井を眺めながら言うと、鬼道がフッと笑った。

「答えがあると思うか?」

 その問いには、笑みで返す。

「どっちもだろ」

 この胸に溢れる熱は、そうそう出し切れそうにない。何年もかけて、さまざまなパターンで伝え続ける。
 新しい年も、その先もずっと。
 でもきっと、鬼道はそんな事すら、とっくに知っているのだろう。








2017/12


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©2011 Koibiya/Kasui Hiduki