<我が王は我が儘>





 揃った足音と、馬の蹄が石畳を叩く音が、城下町を覆う。民たちが家々から飛び出し、歓喜の声をあげる。それに片手を挙げて応える若き王。
 オレは斜め後ろに馬をぴったりつけて進ませながら、勝利の誇りに満ちたその横顔を盗み見て、苦味を感じていた。

 今日の戦も圧倒的な勝利。帝国軍が負けることはない。挑んでくるような奴ほど頭が悪いことを知っているから、鬼道は問答無用で返り討ちにする。たった一振り、王のためだけに鍛えられた美しい銀の長剣で。三年前、十五歳の成人祝いに、今も健在の先王から贈呈された、名匠が鍛え上げた唯一の剣だ。
 だが王に近付く者を撥ね付け始末するのは、このオレ不動アキオの仕事。近づくことすらできないと知らしめるために、出来る限り遠ざけ、声も届かぬうちに対処することに全力を注いでいるつもりだ。
 それなのに我が王ときたら、オレの仕事をかっさらうかのように、わざわざ前線へ赴き、積極的に敵へ切り込んでいく。オレの目の前で。
 オレとしては当然、怠ける方が楽だから仕事が減るのは構わないが、挑発されるのは気に食わない。オレが居なくても問題ないほど我が王が強いのは知っているが、それをいちいち思い知らされるのは癪に障る。
 我が王、鬼道ユウト。あまりにも好戦的だ。だが不思議と心配にはならない。それだけの実力を持っていると知っているからだ。

 城下町の石畳が敷かれた緩やかな坂道を上がり、城門をくぐり、王から順に馬を下りる。豪奢なマントをなびかせて、鬼道は城へ入っていく。

「さあ、祝杯だ!」

 待ち構えていた使用人たちが、既に準備を終えているらしく、一軍の面々を出迎えて労っていた。
 天井が五階分吹き抜けになっている大広間には、大人が二十人くらい並んで寝れそうなほど大きいテーブルがあり、戦を終えると必ずここで宴が催される。部下たちは甲冑を脱いで酒を酌み交わし、うまい肉をたらふく食らう。鬼道も浴びるように飲み、腹を満たすが、部下たちのようには酔わない。オレはそこも気に食わないところだ。
 鬼道には弱点が無い。完全無欠で唯我独尊、何もかも全てを手に入れることができ、守られる必要は無い。それほど強いのは天性の素質と、性格と、そして絶え間ない努力の賜物だと分かっているが、それなら何故、オレみたいな奴をいつまでも脇に置いておくのか。

「おう、不動! お前も飲め!」
「今日も圧倒的で絶対的な勝利だったな!」

 もう顔が赤くなってきている辺見と成神に絡まれ、ちびちび飲んでいた酒をこぼさないように気を遣う。応えるのが面倒なので、どうしたものかと考えていると、踊り子たちが大広間に入ってきて、歓声が上がった。辺見と成神もそっちへ気を取られる。応えずに済んで助かった。

「オレは一足先に休むとしよう。貴様らの騒がしさには付き合いきれん」
「あ、王様〜行っちゃうんですか〜」
「もっと今日の武勇伝聞かせてくださいよ」
「フン、貴様らで存分に楽しむがいい」

 バサリとマントをひるがえし、鬼道は鞘に収められた愛用の剣を持って、大広間を出て行った。オレは残った酒を飲み干し、急いで後を追う。皆は踊り子に夢中だ。誰もオレのことなんて気にしていない。

 エントランスホールから階上へ続く大理石の緩やかな螺旋階段には、赤い絨毯が敷かれている。一段ずつ踏みしめていく鬼道から十段空けて、後を追う。
 鬼道はオレがついて来ていることを知っているが気にもせず、三階の廊下をスタスタと進んでいく。宴の食べ物や飲み物を追加するのに忙しく、使用人たちは大広間と厨房に集まっていて、階上にはほとんど誰もいない。
 王の部屋は大広間と同じくらいの面積だが、天井はそれほど高くない。奥の扉から、やや狭い寝室へ続いている。やや狭いといっても、大広間の三分の二程度だ。
 部屋を横切りながら、鬼道は肩の留金を外してマントをソファへ放った。重厚な音をたてて、分厚い豪奢な布が落ちる。なおも歩みを止めることなく、鎧を次々と外しては落としていく。オレはそれを拾うことなく、ドアが閉まる前に寝室へ滑り込んだ。
 鬼道はまさしくキングサイズのベッドの端に座り、オレに聞こえるほど大きく長い溜息を吐いた。装備を外しきって、黒いタイトなハイネックと足首までのタイツ姿、ブーツは今脱いでいるところだ。
 重みを感じるものが煩わしかったらしい、身軽になった鬼道はごろんとベッドへ仰向けに寝転がった。反対側のベッドの端へ、オレも装備を外して腰掛ける。盾を使ったから、左腕も相当疲れているはずだ。出て行けと言われないのをいいことに近付いていき、マッサージのつもりで腕をさする。
 拒まれないので、今夜はむしろ歓迎しているのだろう。仰向けに寝転がる鬼道に覆い被さり、ゆっくりとキスをした。戦場から帰った夜は特に、興奮が冷めにくい。いつまでも血湧き肉躍り、明け方まで起きていることもある。

 鬼道が閨に呼び寄せたとき、オレはその興奮を何とか処理したくて困っているのだと想像した。実際オレも困っていたからだ。有り余る熱を吐き出したくて堪らなかった。
 初めての夜のことはオレも鬼道も多少酔っていたし、ほとんど勢いであまり記憶に無いのだが、ベッドが赤く染まったのは覚えている。それなのに鬼道はオレの朝食を抜いただけで済ませた。
 それどころか、今もこうして、淫らなキスを受け入れている。

「熱い。どけ」

 両腕で押し退けられ、ベッドから落ちそうになった。文句を言おうとするが、鬼道が着ているものを脱ぎ始めたので、オレも脱ぎながら大人しく待つ。ゴーグルさえも外して、鬼道は鍛え上げられた優美な肉体を惜しげもなく晒した。オレは脱いだものを床へ放り、鬼道を見つめたまま近付こうとする。
 仏頂面だった鬼道がフッと口角を曲げ、嫌な予感がした。直後、ベッドの足元に立てかけてあった剣を鞘から引き抜き、オレの鼻先を掠める。

「ちょっ」

 間一髪で飛び退いたから助かったものの、ぼーっと見惚れていたら今頃首が飛んでいそうだ。オレが何をしたのだろうか?
 全裸で剣を振るう鬼道の切っ先を交わし、何とか避け切る。一瞬遅かったら白いシーツが赤に染まっただろう。どこか怠惰で重い振り方なので、ある程度余裕で避けられるのだが、これほど強く振り下ろされたりしているというのに、ベッドにはかすりもしない。コントロールが効いているのだろう。

「あっぶね! ぁにすンだよッ」

 クックックッと楽しそうに笑いながら、鬼道は鞘を取って剣を収める。床に転がっているオレの方へ数歩近付いてきた。

「貴様の口でいい」

 目の前に迫る鬼道の艶めかしい股間。髪を掴まれ、顔を上向きにさせられる。
 仕方なく、といった表情でオレはベッド脇の床に座ったまま、芯を持ちつつある鬼道のペニスを口に含んだ。ちょっとでも歯を立てようものなら、首に冷たい刃が当てられるだろう。そんな危機感をうっすらと首筋に感じながら、唇を使って扱き上げる。
 鈴口を舌で撫でると、鬼道が呻いた。

「じれったいぞ」

 そう言われても、と肩を竦めてみせる。付け根を指先でそっと撫で、玉袋を優しくさすった。
 甘い響きを帯びた吐息が頭に降りかかる。
 
「ふっ……ふぅ……」

 このまま絶頂へ向かいそうだ。そう思った頃に、ふと口を離す。
 ムッと不機嫌になりかけたその体を押し倒し、愛剣はベッドの端へ押しやる。文句を言われないうちに、胸へ舌を這わせた。頭を掴まれるが、引き離そうとはしない。
 ツンと膨らんだ乳首を口に含み、舌で転がす。後頭部に当てられた五本の指先に力がこもったのを感じる。さらに、注意深く歯で挟み、そっと刺激すると、鬼道がくぐもった声を上げた。

「おい……っ、どういうつもりだ」

 オレは答えず、反対側の乳首を軽く吸いながら、空いている手で太腿を撫でる。今は口が忙しくて、言葉を紡ぐどころじゃない。
 だが我が王は我が儘だ。

「早くしろ、クズッ」
「ンだよ」

 されるがままに愛撫されるのは好きじゃない。鬼道がオレを押し倒そうと肩を押すのを、手首を掴んで阻止する。
 オレは力比べをしながら徐々に顔だけ近付けていき、口を開いた。だが唇までは届かない。舌を伸ばす。鬼道がやっと笑ってくれた。
 力比べをやめ、やはり鬼道のしたいようにさせてやる。だが、仰向けになったオレの股間でそそり勃つペニスを無視はできないはずだ。鬼道の尻たぶに当たって、喜んでいるそれを。
 鬼道は何か言いたげにオレを見たが、不機嫌そうに眉をひそめた。それから、オレのペニスを片手で掴み、自分のアナルへあてがった。待ちに待った強い快感が来る。

「んんっ……はっ……」

 粘液で馴染んだ肉壁に締め付けられ、オレは脳がクラクラと快感に酔いしれているのを感じた。見れば鬼道も、オレの腹の上に跨りあられもない格好で腰を上下させているが、目を閉じて荒い呼吸を繰り返している。
 この顔が好きだ。鬼道がオレだけを感じている時の、苦悶と恍惚が入り混じった淫らな表情。半開きのまま閉じられず絶え間なく熱い息を吐き出す口からは時々舌先が覗き、うっとりと細められた切れ長の赤い目はわずかに濡れている。赤みが差した頬に触れたいと思いながら、鬼道の動きに合わせて下から突き上げた。

「んぐぅ……ッ!! く、ぅぅッ……!!」
「どォだ? イイだろ」

 急に動くのをやめる。ドクンドクンとお互いの脈動を感じ、再び緩やかに動き出す。だがまだ、突いてはやらない。鬼道がギッと赤い目を光らせた。

「キサマ……ッァア!!」

 何か言いかけた、口が開いた時に、奥を叩く目的で思い切り突き上げた。素早いわけではなかったが、深く刺さって、良い所に当たっただろう。
 奥歯で声を圧し殺していたのを、やめさせたかったオレは、熱さに汗を流しながらほくそ笑む。

「はァッ、ぁア、くぁアっ、」

 開きっぱなしの口の端から唾液が伝って、顎を湿らせた。よく見れば、目尻にも涙が浮かんでいる。頭がぼんやりしてきたので、それが顔にも出ているのだろう、見惚れていると、鬼道が濡れて欲情に赤くなった顔でフッと、まるでだらしのない飼い猫を眺めるような、仕方のない奴だとでも言いたげな表情で微笑んだ。
 確かにオレは限界だった。

「ハッ、ハァッ、鬼道ォ……ッ!!」
「ぐぁッ……ッァァぁあ――!!」

 二人分の精液で腹が白く染まる。鬼道がシーツで自分の体を拭い、そのままオレの体へ投げて寄越した。鬼道が離れていき、名残惜しさが熱に変わっていく。
 再び硬くなってきたペニスを持て余して、オレは隣に寝転んだ鬼道に覆い被さった。

「おい……っ」
「収まんねえ」

 そう言って一方的なキスをすると、もう疲れたのか飽きたのか押しのけようとしていた鬼道だったが、すぐに肩を掴んでいた手の力が引く方へ変わった。
 絡みついて、引き寄せられ、離さない。指先から伝わるわずかな力が、体の芯を通って股間へ刺激を与える。
 オレは腰を揺らして、硬くなったペニスを鬼道の股間へ擦りつけた。棒と棒が触れ合い擦れ合って、再び熱が昂ぶっていく。
 何度もキスを繰り返し、淫らに舌を絡ませ合いながら、鬼道の胸を撫でる。鬼道もオレの体を撫でてきて、脳天がスパークした。

「いいぞ……」

 そっと囁かれたそれは許可に聞こえたが、ある種の挑発でもあった。一度では物足りないなどと言う傲慢で不躾なクズに向かって、やれるものならやってみろとおっしゃっているのだ。

「おッ……やべえ、二回目きもちイ」

 オレは体が勝手に動くのを止める気が無いまま、鬼道の挑発に乗って滅茶苦茶になるのが楽しいと感じていることに気付いた。
 オレを使って遊ばれていると言えばその通りではある、しかし鬼道はオレと遊んでいるのだ。他でもない、このオレと。そこはかとない独占欲が満たされるのを感じて、優越感に浸る。そんなのもお見通しなんだろう、鬼道は挿入されたオレのペニスをギュウギュウ締め付けながら、甘い苦悶の声をあげた。

「くっ……不動ッ……」

 もうだめだ。名前なんて呼ばれたら。
 オレは意識が飛びかけながら、夢中で腰を打ち付けた。二度目で粘膜は少し刺激に慣れてしまっているが、グッと抉るとさっきの倍以上の快楽がピンポイントで襲いかかるらしく、締付けが強く小刻みになった。

「きどっ……も、やべェッ……!!」
「ぐっ、ぅ……ぅぁアッ! ひ、はぁッ、ハぁぁ――――ッッッ!!!」

 ほとんど声にならない叫び声をあげて、鬼道は達した。オレはその一瞬前に、さっき出した欲望の残りを鬼道の中に吐き出していたが、オレの下腹部に当たる鬼道のペニスは少し震えただけだった。
 出し切ったからではないと思うが、よく分からない。鬼道の反応がいつもと少し違うから、イレギュラーだと判断しただけだ。しかし鬼道は苦しんでいるわけではなく、むしろその逆のようだった。
 戦場から帰って二発、さすがのオレも疲弊しきってベッドに倒れ込む。仰向けに寝たままの鬼道を見ると、恍惚に濡れた目がオレのほうを向いて、けれど焦点は合っていなくて、ぼんやりとしていた。

「鬼道……?」
「ん……」

 呼吸が落ち着いたこともあって、心配になって声を掛けると、赤い目だけが動いて一瞬だけ返事代わりにオレを見、またもとの一番楽な位置へ戻った。
 怒ってはいないらしいので、安心する。鬼道を抱き締めても、突き放されることはなかった。汚れたシーツを床へ放り出して、毛布を引き上げる。
 抱き締め直して寝る態勢に入ろうとすると、そこは突き放され、逆に鬼道の方へ抱き寄せられた。
 文句を言おうとしても、我が王は既に目を閉じている。今だけはいつも険しく不遜に刻まれている眉間のシワが減って、穏やかな表情だ。愛剣の出番は無い。
 その顔をいつまでも眺めていたいと思いながら、オレはいつの間にか眠りに落ちた。








2017/07


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©2011 Koibiya/Kasui Hiduki