<鬼道有人の発情>





 おかしい。自分のどこがおかしいのかは分かるが、その原因が分からない。
 昨日なんて、一番風呂を逃してしまったのだ。鬼道は宿福へ帰る途中、道端に落ちていた空き缶を思いきり蹴り飛ばした。つま先に火花が散ったが、生憎それを見た者はいない。
 数日前の対韓国戦は意外な展開で乗り切った。まさかあんな奴と連携するとは思わなかったが、その効果は絶大だった。しかも、ささやかでない手応えを感じた。
 奴は、どれだけ痛めつけても這い上がってくる円堂とは、少し違う。痛めつければつけるほど、やり返してくる。這い上がって来られると、ある程度その心意気を尊重してやりたくなるものだが、やり返してくるというのはいただけない。敵意があり、こちらの思い通りにさせないという反抗心があるからだ。その反抗心に、何かが引っ掛かったまま、分からないでいる。理解できないまま放置されている状態というのは、非常に不愉快だ。とにかくヤツと会って違和感の正体を突き止めねばと思っていた。

「……クズが」

 さっき蹴り飛ばした空き缶に追いついた。当然、着地点は計算済みだ。空き缶を見た時から考えていた通り、捨てるためにひしゃげたそれを拾い、鬼道は肩をいからせて歩き続ける。不愉快だし、腹が減っている。さらに最悪なことに、一メートル三十センチも宿福の門を通り過ぎてしまい、鬼道は勢いよく踵を返して空き缶を握り潰した。



  ★



 風呂上がり、不動が部屋へ戻ると先客がいた。今にも触手のように動き出しそうなドレッドと、夜でも室内でもゴーグルを外さないその姿は相変わらず、目が合った者を石へ変えてしまう魔物のようだ。鬼道は腕組みをしたまま、ジャージにマント姿で飛鷹のベッドのふちに腰かけていた。風呂から戻った不動が部屋に入ってくると、彼が顔を向けたためにギラリとゴーグルが照明の光を反射した。

「……」

 しかし客人は何も言わない。用があってここにいるはずだが、不動がドアを閉めて向かいのベッドに座っても、目で追っているだけで、鬼道は何も言わなかった。

「何、ヒトの寝床に座ってんだ」

 不動は興味が無さそうに言いながら、企業の名前がプリントされた手拭いタオルで髪を拭く。 がしがしと手で掻いて、 水気が無くなった髪はいつもの無造作なモヒカンに戻った。湿ったタオルを洗面所のタオル掛けに干し、戻ってもまだマントがぴくりともしないのでいい加減にしろと口を開きかけた時、何を考えていたのかやっと鬼道は言葉を発した。

「キサマに確かめたいことがあって、来た」

 はっきりとした声でそう言って、すっくと立ち上がる。その様子は今にも殴りかからんばかり、ツカツカと不動の目の前まで進み、睨み付けたまま対峙する。
 ふと鬼道が動いた。距離を詰め、顔を近付ける。何をするのかと思う間もなく、ゴーグルが眉の下、眼孔を囲む骨にぶつかった。

「ッてェ! ――っにすンだよ」

 思わず胸ぐらに掴みかかると、即座に同じくらいの強さで振りほどかれた。見れば鬼道は怒りに両手の拳を握り、わなわなと震えている。しかし答えがある前に、彼はゆっくりと、24時間365日その眼を覆っていたゴーグルを、外した。

「こんなことのためだけに、ここまでしなければならんとはな……」

 凶器のようなその眼を、素のまま見たのは初めてだ。常に跳ね橋のように逆八の字になっている筆で描いたような眉の下に、ギラギラと鋭く光る赤い眼は、まるで獲物を求めて藪の中をさまよう獰猛な豹のようだ。
 先程から体の周りを漂っていた不思議な感覚が、一つに集まって心臓を貫き、迸って全身の血を奮わす。

「ッ――」

 押し付けた唇は柔らかく、ほんのわずかにしっとり濡れていて、無味無臭だった。鬼道からも押し付けてきて、必要以上に唇に力が入る。訳が分からず、一旦離れた。鬼道も『解せぬ』といった様子で、眉間にシワを寄せている。

「キサマ……動かずにそのまま、そこに立っていろ。目を閉じろ」
「はァ?」

 抗議したかったが、一気に沸き上がった好奇心が勝った。警戒しつつも言われた通りにすると、もう一度、鬼道が唇を押し付けてきた。今度は力を少し抜く。先程より不思議な感覚が大きくなった。自分の意志よりも強い何かに支配され、惹き付けられている。それは最初、鬼道の強すぎる自我かと思ったが、どうやら彼自身も何だか分からないものに支配され、また、それに屈しまいともがいているようだった。
 ともかく、人生初めてのキスは必要以上に強さがあり、何の味もせず、ムードのかけらもなかった。何か言ってやりたいが、訳が分からないまま応えてしまった自分を除いてヤツだけをこき下ろす言葉が見つからない。そもそもどういうつもりかも分からず、不動は冷や汗を感じる。

「なんだよ、ヤりてぇのか」
「勘違いするな、クズ」

 からかうと鬼道の表情が一段と険しくなった。図星だったのかもしれない。

「もしかして童貞? だよなァ」
「フン。しかるべき相手と喪失するまでの童貞というのは貴重で尊いものだ。オレはそれに誇りを持っている。クズにどう言われようが構わん」

 あまりにも自信満々に言うので、強がりではなく心の底から本気でそう思っているようだ。

「じゃあそのしかるべき相手に、下手やって屈辱を味わうのはどうなんだよ。監督も言ってたよなァ……"経験がものを言う"ってさ」

 鬼道は嘲るように鼻を鳴らした。

「キサマの戯れ言には付き合えん。それ以上くだらない話を続けるとその鼻をへし折るぞ」

 横を通り抜けて、ドアを開けようとする背に追い討ちをかける。

「おい。確かめたいこととか何とか、言ってたけど。分かったのかよ」

 不機嫌な眼がギラリと振り向いて、不動を見た。不動としても、このまま何が何だか分からないうちに終わってしまうのでは収まらない。せめて、この部屋にいた理由だけでも聞き出したいものだ。色々と策を練っていると、鬼道はゴーグルを着け、ドアの前から動かず、振り向かずに言った。

「……明日の夜、適当な理由を付けて外泊許可を取っておけ」

 やはりまだ、確かめたいこととやらは解決していないらしい。

「暇だったらな」
「いいから言われた通りにしろ、クズが。オレはこういう、原因の分からない中途半端な状態が大ッ嫌いなんだ」
「フーン……付き合ってやらねェこともないけど」

 ゴーグル越しに睨みつけ、鬼道は背を向けた。自分も胸の霧が晴れなくてむしゃくしゃしていることは隠しておき、あくまでも鬼道の無理強いに付き合ってやるというスタンスで構えることにする。もう出て行くだろうと思っていたら、ドアを開けたところで鬼道は再び振り向いた。

「キサマ……いまオレを嫌悪しているか?」

 不動は質問の意図を掴みきれないまま、正直に答える。

「……いや、別に何とも」
「チッ……」

 舌打ちを残して、ドアが閉まった。不動は追いかけて殴りたい衝動に駆られ、すんでのところで何とか抑える。もしかしたら、あの鬼道の弱点を知ることができるかもしれないと思うと、多少のことは我慢してやろうという気になっていた。



  ★



 夕闇に紛れて、やって来たのはアルゼンチン街。立地と見た目が悪いために空き部屋ばかりの小さなホテルに入り、フロントでひと芝居打った。具合の悪い不動を介抱しに来たという設定で、「休んだら良くなる」「こいつはいつもこうだから、心配は要らない。ともかく数時間静かに寝かせてやってくれ」などと適当に濁した。ゴーグルはもはや島中の老若男女が着けていたし、モヒカンはパーカーのフードで隠していたので、特に妙な視線は受けずに済んだ。軋む階段を上がり、狭い部屋の鍵を開ける。

「こんなことのために、こんなに苦労しなければならないとは!」

 部屋に入るなり苛立ちのままに叫ぶと、マントを掴んで批難するかのようにぐいと引っ張られた。

「脱げよ」
「貴様、正気か? このオレに指図するなど」
「うるせェな、ヤるのかヤらねえのかどっちなんだよ」

 そう言いながら、不動は二歩詰め寄った。一瞬退きかけたが、腕組みをして踏み留まる。動揺しているのは自分だけではあるまいと、鬼道はゴーグル越しに相手の隙を狙う。

「オレの貴重な童貞をキサマのようなクズにやるんだ、少しは恭しくしたらどうだ」
「まさかてめェ、オレに突っ込む気か」

 不動が今更気が付いたと言わんばかりに、短い眉を吊り上げた。鬼道はなぜ抵抗するんだと言わんばかりに怪訝な顔をする。

「当然だ。クズが下に決まっているだろう」
「ハッ、ぜってーありえねえ」

 交渉など、そもそもするつもりはないが、これでは一向に先へ進まない。かといって妥協案は論外だ。
 高速で様々な打開策を練っていると、不動がため息と共に言った。

「じゃあ、コレで決めようぜ。そんなら文句ねェだろ」

 ポケットから取り出したのは百円玉。成る程、自分達でいがみ合っていても埒が明かないから第三者に委ねようという魂胆か。ちょうど打開策の一つに考えていた鬼道は、表情を変えずに賛成する。

「フン、いいだろう」
「アンタが表でイイぜェ?」

 そう言って百円玉を親指にセットする不動の手を咄嗟に掴む。

「貸せ、キサマに投げさせられるか」
「ンだと、ふざけてんのか」

 そのまま、しばしの沈黙。

「じゃあ今度はコレだ」

 すっと、鬼道は不動の手を掴んだまま、もう片方の手で握った拳を胸の前へ差し出す。どっちが百円を投げるか、公平に決める手っ取り早い方法だ。ジャンケンなんて何年ぶりだろうか、後は運に任せるしかない。

「よし、いいぜ」
「いくぞ。じゃんけん……Fight!!」
「……何ソレ、ふつー『ぽん』じゃねェの?」

 呆れたようにツッコミながら、不動も同時に手を出している。パーとグー。鬼道の勝ちだ。不動は手の内を明かさないし、ピースサインも慣れていないので、握ったままグーで来ると読んだ、軽率な予想が当たって良かった。向こうは予測しすぎて、逆に外れてしまったらしい。

「ククク……運が向いてきたようだ」
「フン……重要なのはこっからだぜ」

 百円玉を受け取り、鬼道はすうっと肺を膨らませ、ゆっくりと吐いた。

「表が出たらお前の敗けだ」

 ピンッと親指で弾き、宙をくるくると美しく完璧な角度で回転した銀色を手の甲で受け止める。重ねた手を退ける前に、不動の緊張した顔をちらりと見やった。ふっと一気に退けた手の下にあったのは、クッキリと彫られた"100"。

「……裏だ」

 不動が呟いた。思わず呆然としていると、「ハッ」と勝ち誇った嘲笑が聞こえる。

「向いてきた運とやらは、どこへ行っちまったンだろうなァ」

 敗けたはずなのに、何故か先ほどよりも興奮してきた自分がいて、鬼道は肩を震わせた。

「フッ……フフフッ……クハハハハッ!!!」

 これを逆手に取って、こいつを下僕にしてしまう絶好の機会だ。良い気になっている相手は操りやすい。

「面白い。お手並み拝見といこうか」

 ゴーグルとマントを外して、ソファへ放りながら不動の襟首を掴み、引き寄せてキスをする。どうせやるなら、完璧にやる。歯を砕いて舌を噛みちぎってやりたい衝動を、全て欲望へ変えていく。

「は……っ、はぁっ……」

 探りながら舌を挿し込み、不動が絡ませてくる強さと激しさを倍返しにするつもりでやり返す。奪い合うようなキスを重ねながら、二人は質素なシングルベッドにもつれ込んだ。硬いベッドだが、清潔にされている。

「っ……ふ、ンッ……」

 骨抜きにしてやるつもりでキスを続けながら目を開けると、ちょうど不動も目を開けたところだったらしい。かち合った視線は、お互いに心の余裕を表そうとしていて、それを壊すように思いきり鋭い眼で睨み付けてやる。

「ッハァ……」

 不動が脇腹を撫でてシャツを捲りながら、股間を押し付けてきた。発情した野良犬のように、腰を揺らして擦り付ける。

「はぁ……っ、おい、キサマ。このまま突っ込む気じゃないだろうな……」

 歪んだ笑みと共に言うと、不動は鼻で笑い飛ばした。

「はン、なんだ、怖じ気づいたか」

 握った拳で横から殴り飛ばそうとして、避けられる。

「どんなことにも下準備があるんだ、クズ。まずほぐす、それからでなければ入らん」

 不動が面白そうなものを見つけた時の顔で笑う。

「へぇ、事前調査ってヤツか。やっぱり、最初から自分が下だと思ってたんだろ」
「ふざけるな。キサマに情けをかけてやったというのに、」
「ぁあ? お情けなんか要らねえよ」

 調子に乗っているこの男を、突き飛ばして滅茶苦茶に踏みつけたあと帰ろうかと思ったが、既に体の芯は疼き始めていて、期待が高まっている。お手並み拝見、とりあえず好きにさせて様子を見ることにした。

「フーン……」

 不動はジーンズのジッパーを下ろし、手を滑りこませて下着越しに鬼道の性器を確かめた。

「ビンビンじゃん」

 勝ち誇ったように笑って、温かくやわらかいそれを取り出す。そのまま期待通り、少し冷たさの残る手に包まれて、やっと待ち望んだ快感を得る。一人では得られない、強烈な快感だ。

「ンッ……、は……」

 不動は裏筋を根元から先端へ向かって指の腹で撫で上げ、付け根をそっと押し、先端を軽く揉んだ。決して従順ではないその頭を掴み、奴隷を押さえつけるように抱き寄せる。

「イイぞ……っ、ん、ふぅッ……はぁ……ッ!」

 断りなく、射精した。不動は何も言わず、受け止めた精液で濡らした指を、鬼道の尻へ付け、徐々に埋めていく。最初からこれが目的だったのだろう。秘部が冷たいもので濡れる感覚に体が震え、期待に加えて珍しい感情が沸き起こる。これは、恐らく"羞恥"だ。

「ッひ……」

 指が一本挿入っただけでも強烈な異物感が、痺れるように背筋を這い上がる。

「ハハッ、おもしれぇ」

 精液を塗りたくって、不動は指を二本に増やす。無理矢理入り口を圧し拡げられ、引き裂くような痛みが増していって、さすがの鬼道も唇を噛んだ。

「キサマ……ッ」

 睨みつけたが、内壁をぐりぐりと押されて力が入らない。

「ァ……、ぅ……ッ」
「どうだ? 気持ちよくなってきたか?」
「いいや、まだ、まだだ……」

 羞恥を堪え、鬼道は余裕の笑みを浮かべてみせる。実際、まだ快楽はそれほど感じない。きれいに短く切り揃えられた足の親指の先で、吐息と共にそっと不動の股間を撫でてやった。

「そっちこそ、もう限界じゃないのか?」

 不動はフッと鼻を鳴らし、一旦身を起こして立ち上がると、下着ごとズボンを脱ぎ捨てた。

「んじゃ、遠慮なく」

 舌なめずりをしながらのしかかってきた不動が、高潮した鋭い眼光を向ける。視線を逸らすのは癪なので、同じ強さで見つめ返す。火花が散ったか電流が流れたか、興奮が倍増したと思われた。これは何という感覚なのだろう、強烈な、勝利よりも酔いしれる、見たこともない輝きに満ちている。後孔にあてがわれた性器が、皮膚を押し拡げて侵入し、鬼道は我に返った。

「ぐうっ……ぐぁぁ……ッ!!」

 圧迫感と皮膚が突っ張る痛みに思わず、胸を仰け反らせてシーツを握り締める。見開いた目が微かに潤んだ。

「は、挿入ったぜ……」

 不動もまた、苦しいのだろう、荒い呼吸を繰り返している。

「きっッちィな……」
「あ、当たり前だ……! 慎重に……しろよッ……」

 命令口調が気に障ったのだろう、不動は歪んだ声を絞り出した。

「ハッ……あの鬼道が、男にケツの穴突かれてヨガッてるなんてなァ?」

 そう言って、不動は鬼道の左の太腿を掴んで膝を折り曲げさせる。ぐっと腰が密着し、結合が深くなった。脈動を全身に感じる。近くなった肩に腕を回し、わずかに腰を揺らしてやると、不動が強い吐息を漏らす。

「ヨガッてるだと? ふざけた事を……どこが悦いんだ」

 腰を浮かせると苦痛が少し軽減され、同時に、鈍い快感が下腹部から脳天を痺れさせた。繋がっているという異物感だけでも変になりそうなのに、不動に再び勃ち上がっていた性器を握られ、わずかに焦燥が襲う。

「フッ……! どうしたクズ、その程度か? もっとオレを、愉しませてみろ……ッ」

 苦しいことは耐え切ってこそ、気持ちいいことは全て貪り尽くしてこそ、真の男だ。口角を上げると、不動が唇を歪める。

「言うねえ……ッ」
「バカッ、腰を……引くなッ! こするなッ……」
「はァっ? ……っんなこと、言ったって……」

 胸にぶち当てた鬼道の膝を押し返して、不動は顔を歪める。痛みの向こうに快感が待っているのが分かっていた。

「どうすりゃ、いいってんだよ……ッ」

 鼓動よりやや遅い位のスピードで、不動は挿入したまま、円を描くようにわずかに腰を動かす。

「こぉか?」
「ッぐゥ……!!」

 どうやら入り口を少し行った前側のところに、危険地帯があるらしい。そこを抉るようにして突き上げられると、目の中に星が散った。

「っい、はァ……!!」
「オイ、いてぇのか?」

 さすがに心配になって顔を覗き込もうとする不動の頭を掴み、精一杯低い声を絞り出す。

「クズ!! もっと……強く、しろ……ッ!」
「ハッ……これか……!? ココが、イイのかよッ!」

 抑制しなくていいと知った不動が口の端を上げて、腰を押す。まだ正確ではないが、三回に一回は的中する。

「っく……! ァァ……ッ!」
「おらッ、イっちまえよ……!」

 手で性器をなだらかに擦られ、煽られて、意識が白くなっていく。

「ぐああッ……、くゥ……ッ! ――ッッッ!!」
「んぉぉ……ッ!!」

 背筋を走る奇妙な感覚と、性器へ与えられる快感に、鬼道は歯を食い縛り、声もなく絶頂へ達した。震えながら収縮する体が刺激を与えたのか、不動が呻いて、体内に放出される感覚があった。コンドームは着けなくて良かったのだろうかと考えたとき、自分の脳がぼんやりとして、いつもの明晰な頭脳がどうしたことか、焼かれたチーズのように溶けかけていることを自覚した。
 ぜぃはぁと喘ぎながら不動が隣に倒れ込む。確かに、グラウンドを十周した時以上の疲労と倦怠感がある。寝転がったままで、青緑の目が鬼道を見た。

「へッ、悪くねェな……またヤろうぜ」
「フン……次はキサマの番だ、クズ」
「へぇ? そお。次はツイてるといいな」

 通わせた視線、見つめた互いの目の奥で燃える炎に、胸が焼けそうだ。
 決して引き下がることはない。やればやるほどやり返してくる、いつまでも続くイタチごっこ。

「クッ……」

 ちょうど良い玩具が手に入ったと言わんばかりに、鬼道は口元を歪めた。不動もまた、口角を上げてニヤリと笑う。対決のような遊戯のような探り合いはまだ始まったばかりだが、これが恋だとは、お互いに微塵の欠片も思っていなかった。




つづく




2014/09
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