side:T
ドアを開けると、相棒が立っていた。
「どうしたん !こんな時間に?なんか、あったのか?」
「……おじさん…」
「ええと、とりあえず入れよ、な?」
バーナビーは難しい顔をして立ち尽くしている。
まるで、なぜ自分がここに来たのかさえわからない、というような表情で見つめられ、虎徹は途方に暮れた。
「参ったな……」
緊急事態ではなさそうなので、立ち話もなんだからとバーナビーを半ば強引にドアの内側へ入れる。
23時にインターホンが鳴った時点で何か尋常ではない予感がしたが、まさか眉間にシワを寄せたまま喋らない兎が来るとは思わなかった。
何か飲み物を出すべきところ が、こういうときに酒はどうなの ろうかと考える。
酔われても困るが、酔いたい気分 ったらどうだろう。
甘い物が好きならコーラがあった気がするが、甘い物が好きかどうかは不明 。
虎徹が悩んでいると、バーナビーが口を開いた。
「……傷の具合は、どうですか?」
やけに慎重な声で、尋ねてくる。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
「ああ、大分よくなった。トレーニングしても気にならないぜ。心配してくれてんのか、嬉しいねえ」
「……僕の責任ですから」
場を和ませようとおちゃらけてみるが、あくまでも冷静に切り返され、あげようとしていたテンションを突き落とされてしまう。
と、飲み物について、良い方法を思いついた。
「お、そうだバニー、なんか飲むか?」
わからなければ聞けばいいの 、と意気揚々として伺うが、バーナビーは微動だにしない。
「いえ……大丈夫です。お気遣いどうも」
全く何をしに来たのかわからない。
「そ、そうか……じゃあ、まあ、座んな」
虎徹はバーナビーを椅子に導き、自分は向かいに腰を下ろした。
兎が大人しく座るのを見て、まず一息。
「で……バニーちゃんは、何か悩んでるんじゃないのかな?おじさんに話してごらん?」
シリアスにならないように、話しやすい雰囲気をと思いわざと子供扱いするがごとく言ってみたが、相手は相変わらず何を思っているのかわからない表情のままである。
黙ったままなのを見て、今度はため息をついた。
「ま、言いたくないんならいいん けどよ。もう遅いし、こんな狭いトコで良かったら泊まってけ」
諦め半分に言うと、バーナビーが突如として顔を上げた。
「なんで、」
虎徹の言葉にかぶせるように現れた台詞が、狭い部屋に響いた。
「なんで僕はここへ来たのか、わからないんです」
訴えるかのように、バーナビーの淡い緑色が見つめてくる。
虎徹は頭をかいて、目を逸らした。
「そう言われてもな……」
読心術の能力でもあれば別 が、若者の複雑な心境におじさんはついていけない。
「……でも、なんか理由があって、来たん ろ?そんで、それを知りたいん ろ?じゃなきゃ……いつものお前なら、とっくに帰ってるよな」
俯いていたバーナビーが再びはっと顔を上げた。
常に相手にしてこなかった男の部屋へ、用もなしにいきなり現れるようなタイプの人間ではない。
何か、変化を恐れているような、そんな表情を浮かべていて、虎徹はじっと見つめた。
トパーズの瞳を見つめているうちに、何が彼を苦しめているのか、わかったような気がした。
バーナビーの態度が妙だと思い始めたのは、ここ最近のこと 。
始めは飲みに誘っても相手にもせず話もろくにしようとしなかった彼が、少しずつ会話らしきものを返してくれるようになった。
認めはじめている、虎徹の存在が、少しずつ意味を変えてきた。
確信はないが、このままにもしておけない。
バーナビーにとっても良くない。
「……バニー、」
思いつめた顔で考えこむバーナビーの前に立って、虎徹は真っ直ぐに目を見つめた。
「俺はお前のこと、相棒以上に思ってる。お前はどうだ?」
メガネの奥で、緑色の目が見開かれた。
side:B
どこをどうやって歩いてきたのか、覚えていない。
家を出て電車に乗り、気がつけばこの部屋の前に立っていた。
バーナビーは自分でも理解できない己の行動に頭を抱え込み、ため息をついた。
なぜよりによってこの部屋なんだ。
しかし自分は戻ってはいけないと、心のどこかが叫んでいて、虎徹に用があって来たのは間違いない。
彼に会えば、この不可解な行動の理由がわかると思った。
インターホンを押すと、しばらくしてドアが開いて、驚いた顔の虎徹が現れ、奇妙に緊張していた心が安 するのを感じた。
「どうしたん !こんな時間に?なんか、あったのか?」
「……おじさん…」
「ええと、とりあえず入れよ、な?」
不審がる虎徹の反応に無理はないと思いながらも、どう説明していいのかわからない。
自分でもま 、理解していないの 。
「参ったな……」
虎徹の心配そうな表情を見て、そんなに大したことではないのに、と申し訳なくなってくる。
人命がかかってるとか、事件にまつわる何かを見つけたとか、そういったことではなくて、完全に個人的な事なの 。
人命にも事件にもかかわらない。
やはり帰ったほうがいいと思い始めたところで、口を開きかけたバーナビーは何かを言う前に、虎徹に連れられて部屋の中へ入れられた。
虎徹の優しさを感じて、胸が苦しくなる。
よくわからない新たな反応を自分の内に見つけ、バーナビーは僅かに動揺した。
これがどういうことなのか、理解しないと、ここにいる理由が判明しない。
その前に何か言って気まずい沈黙を破らなければ、とバーナビーは焦った。
「その……傷の具合は、どうですか?」
言ったあとでもっとマシな台詞はなかったのかと後悔したが、虎徹は笑って肩を動かしてみせた。
「ああ、大分よくなった。トレーニングしても気にならないぜ。心配してくれてんのか、嬉しいねえ」
ドクン、と心臓が跳ねる。
「……僕の責任ですから」
なんとか動揺を隠すことはできたと思うが、突然訪れた心の変化は消えない。
この感じはなんだろう。
息苦しくて、テンションも呼吸も上がっていく。
「お、そうだバニー、なんか飲むか?」
「いえ……大丈夫です。お気遣いどうも」
今は飲み物どころではない、と咄嗟に断ってしまったが、何か飲んだほうが落ち着けたかもしれない、とあとから考えた。
「そ、そうか……じゃあ、まあ、座んな」
あまり深く考えず、言われたままに椅子に腰を下ろした。
虎徹が困り果てているのが手に取るようにわかるが、自分も困り果てている。
何か言わなければ。
自分は何をしに、ここへ来たの ろう。
「で……バニーちゃんは、何か悩んでるんじゃないのかな?おじさんに話してごらん?」
言い当てられて、更に困惑するバーナビーはちらりと虎徹を見る。
見られた方は気づかずに、息を吐いた。
ため息 ろうか。
明らかに困らせている。
「ま、言いたくないんならいいん けどよ。もう遅いし、こんな狭いトコで良かったら泊まってけ」
「なんで、」
遮るように口を開いた。
“Why”その後に続く言葉を探す。
「なんで僕はここへ来たのか、わからないんです」
本当は違った。
何を言おうとしたのかわからないまま、虎徹の反応を見る。
目をそらされてしまった。
「……でも、なんか理由があって、来たん ろ?そんで、それを知りたいん ろ?じゃなきゃ……いつものお前なら、とっくに帰ってるよな」
平常の自分の態度を暗に指摘され、はっとする。
らしくない。
確かにそう 。
自分勝手と取られても、文句は言えない。
必死に言葉を探す。
「……バニー、」
気づくと虎徹が目の前に立っていて、 の上から低く心地よい声が降ってきた。
「俺はお前のこと、相棒以上に思ってる。お前はどうだ?」
心臓がさっきよりもやかましくなった。
何故 か、未 にわからない。
そもそも答えがあるのかも、不明である。
急に、虎徹の目を見つめるために顔を上げるのが、怖くなった。
side:ALL
バーナビーは息苦しい胸を押さえ、ジャケットのジッパーを開けた。
黙り込んだ虎徹が、床に膝をついてバーナビーの顔を覗き込む。
目を合わせないようにしなければと身構えたが、遅く、虎徹の虎らしさなどない優しい目が真っ直ぐに見つめた。
「お前さ、」
自信たっぷりに言ってから、口を閉じて考えこむ。
「……いいや。おじさんには、フクザツな言葉なんか、わかんねえ」
情けなく笑って、顔が近づく。
何をするのか一瞬で判断できたが、彼を止めようとは思わなかった。
重なった唇から伝わる体温を感じて、もしかしたら自分は待っていたのかもしれない、と思った。
「逃げないん な」
未 わからないまま、バーナビーは困惑していたが、さっきよりは落ち着いていた。
しかし体は相変わらず、騒がしく脈打っている。
「僕は……」
言いたい言葉がうまく組み合わせられずに閉じてしまった唇へ再び、包み込むようにキスを落とす。
虎徹が男の体にこういった意味を持って触れるのは初めて 。
成り行きと思いつきで妙なシチュエーションになってしまったがとりあえず、女性にするのと同じように、首筋にキスを落とした。
「は、虎徹さん……」
切なげな声が耳元に囁き、息をあらげるバーナビーの腕が、無意識に虎徹の肩に触れた。
バーナビーは困惑しているが、拒絶反応はいまのところ見られない。
虎徹はジャケットとシャツを脱がせて、剥き出しになった胸板を撫でた。
「っ……あ、の、虎徹さん」
「なっ、なんだ?」
名前で呼ばれたのは先程が初めて 。
悪いことをしている気がして、虎徹は緊張していた。
バーナビーに拒絶されるかと思った。
「その……ベッドへ」
そうではないと知って、胸を撫でおろす。
「あ、ああ!そうだよな!ここじゃその……あれ よな」
立ち上がったバーナビーを連れてロフトにある狭いベッドへ向かった。
「こっち 」
先に立って歩き出した虎徹の背に、バーナビーが寄り添う。
驚いて立ち止まったのは言うまでもない。
「ば……バニー?」
「僕 って子供じゃないんですから、わかります」
台詞に気を取られていると、虎徹のシャツもまくりあげて脱がされた。
振り返ると緑色の目が視線を合わせてくるが、少しの恐怖がま 浮かんでいた。
「でもま わからないから……テストしてください」
挑戦とも言える。
「テストって……」
何か言いたげな虎徹は、思い詰めたようなバーナビーを見て口を閉じた。
黙ってベッドへ向かい、腰をおろす。
バーナビーが正面から近付いてくるのが見える。
「だって、そのつもりなんでしょう。僕がここに来た理由を探る手段としては、些か問題がありますけど。……付き合いますよ」
ベルトが音を立てて床に落ちる。
外したメガネをサイドテーブルに置いたとき、虎徹はバーナビーの腕をつかみ、引いてベッドへ押し倒した。
淡い緑色がじかに見えて、普段より何倍も見とれた。
「そう思ってていい。でも俺はテストなんかじゃないぜ」
何かがバーナビーの心を揺り動かした。
虎徹に口付けをされたまま、ぼんやり考える。
中年期を控えたこの男は、一体なにを考えているんだろう?
からかっているの ろうか?
しかし鋭い虎の目が、これは本気だと伝えていた。
本気だとは、どういうこと ろう。
テストでないとしたら、なんだ?
しかし思考は激しい快感によって中断された。
虎徹の舌と指がバーナビーのいつの間にか脱がされて剥き出しになった股間にまとわりついている。
「ッや、やめてくださ……ッハ、何やって……ッ」
「あんまり遊んだりしてないん な。おじさん心配になっちまうよ」
なんのことか苦笑されたが、初めて体験する快感に思考力を持っていかれ、バーナビーはただ荒い呼吸を繰り返した。
「ハッ……ア、――ッ!」
吐き出した精液を蜜壺に塗りつけて、小さな穴をゆっくりほぐしていく。
初めて触れられた場所に驚きはしたが、バーナビーは何も言わず虎徹のされるがままにしていた。
「ンッ……ふ、ァ……」
固さを取り戻したバーナビー自身をひと撫でして、虎徹は自分もすべてを脱ぎ捨てた。
緊張とわずかな恐怖は、薄れるどころか、深淵に突き落とされるかというほど濃くなっていく。
友恵が亡くなってからは女性を買ったこともあった虎徹 が、虚しくなってすぐに止めてしまった。
それ以来の夜の相手が目の前の相棒で、しかも男である。
ひとつのため息で吐き出し、なにも考えないことに決めた。
「バニー、入れるぞ」
ゆっくり宛がった自身は、前述の様々な理由のせいか、かつてないほど熱くいきりたっている。
バーナビーは困惑したまま恐怖の色を浮かべていたが、それは行為に対してではなかった。
何かが変わった。
「どうだ……っ、嫌なら嫌って言っていいんだ、ぞ……」
全身を震えが走る。
虎徹にしがみついて、痛みに耐えるバーナビーは、耳元の台詞を聞いて疑問に思った。
嫌だという感情は、どういうもの っただろうか?
なぜ、普通ならあり得ない、下手したら強姦まがいのこの状況で、嫌悪感を忘れていたことについて考えなくてはならない?
「っ嫌じゃ……ありません」
虎徹が見つめる緑色は、つい先程までと違って柔らかく輝いていた。
「それって……」
「わかりませんけど……、気持ち、いい……」
直にこぼすと、虎徹は満足げな笑顔を見せた。
「もっとよくしてやる」
楔が穿たれ、バーナビーの細い腰がしなった。
「アッ……――!」
身体じゅうをかけめぐる熱が、すべてをとかしてゆく。
それを知ってか知らずか虎徹はゆっくり が深く、奥の扉を優しく叩き続けた。
息を感じて見上げれば、ぼやけた目に茶とも金とも映るタイガーアイが細くきらめいて、瞼が熱くなった。
「お、おい……大丈夫か?」
「ちが……」
涙に自分でも驚いて、バーナビーは慌てて目元をぬぐう。
やっとわかった。
何から逃げようとしていたのか。
「僕も……相棒以上に想ってますよ」
得意気な微笑みはいつもと少し違い、優しい柔らかさが加わっていて、驚いた顔の虎徹もフッと笑ったあと、深く長くキスをした。
やっとわかった。
テストなんて言って、傷つかないようにしようとした けだ。
本当は、自分が最近困惑し続けていることに気付いてこの部屋へ焦って一生懸命走ってきた時に、わかっていた。
熱い肉棒が律動を始める。
「あ……ァ、……ッふ、ハッ……!」
しがみついて顔を歪ませるバーナビーを覗き込んで、虎徹は心配そうに口を開いたが、バーナビーはそれを目線で制した。
「もう……わかりましたから、ッ……僕を」
「バニー……とめろよ……っ!」
困ったようにささやいて、虎徹は猛り突き上げる。
バーナビーの背が反りあがり、彼は甘く啼いた。
「こ、てつさ……アッ……も、ハッ……!」
「っバニー、」
「うくぅぅっ……!」
「ぐっ……」
解放された自身から温かいものが溢れ出る。
め付けられて、虎徹は焦って腰を引いたがバーナビーが膝で押さえた。
「ン……かまいませんから……はやく……」
初めての感覚に痙攣の続く身体は、ビクンビクンと跳ねて敏感度を増していく。
「っ……、」
虎徹は襲い来る快感に乗って激しく腰を動かした。
「アッ……ハ、ンン……ッ!」
「は、……くぅぅ……――っ!」
虎の熱が勢いよく流れ込んでとかした身体じゅうに広がる。
「アッ……!や、やめっ……ハァ、ア、――!」
バーナビーの辛そうな熱を撫でて二度目の解放を助ける。
荒い呼吸を整えながら、虎徹は適度な筋肉のついた細い身体をちから強く抱き めた。
「やっと、お前の心が聞けたな」
「……相変わらず、強引ですね」
「こうでもしないと、逃げてっちゃう ろ?バニーちゃんは」
「人を野良みたいに言うの、やめてくださいよ」
「んじゃー、飼われたいのか?」
「また訳のわからないことを……」
白い腕が浅黒い背にゆっくりと がしっかり回され、金色の髪が僅かに揺れた。
2011/9
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