<海の底のアンドロイド>




顔、体つき、髪の色、瞳、全てが同じだった。足りないものは心の中身と昨日までの記憶だけ。しかし今のエドワードにとって、それらは然程重要ではなかった。
機械の稼働音が絶えない研究所の一室で、アルフォンスは起動した。
17歳の五体満足な男性、整った細面、痩せてはいるが適度に鍛え縦に伸びた体、褪せた黄金色の髪は短く刈り、開いたばかりの瞳は更に少し色濃い。
三秒ほど、その眼が電子的な青い光を灯した。人工皮膚はよく出来ていて、触れば体温も感じる。彼の脳は最新型高性能コンピューターが搭載され、身体的能力のインプットはもちろん、知識の記憶を保存し、豊富な言語解析を備え、握手しただけで相手がどういう人物であるか記録を探り当てることができる。
エドワードは高揚しながらもどこか悲哀と皮肉が入り雑じった感情を抱いて、目の前に起き上がる作品を眺めた。ここの責任者である父親からは、夢物語だ、もし実現したとしても馬鹿げている、そんな風に言われ続けてきた。やっと、この力を証明すべきときが訪れたのだ。

「おはよう」

おずおずと話しかけると、くすんだ黄金色がエドワードを認識したようだった。

「オレが……わかるか?」
『エドワード・エルリック、ホーエンハイム・ラボのチーフであり息子。僕は貴方に従う』

イントネーションの堅い話し方で、声が流れ、エドワードは口を閉じることもできないまま動けずにいた。アルフォンスは首を僅かに傾げる。それを見て、安心させようと何とか小刻みに頷くことはできた。

『僕は、アルフォンス。貴方に創られた人工知能です。お役に立てることを望みます』

起動時のテスト用にインプットした台詞を発音し終えると、彼は立ち上がった。震えながら、エドワードは自分の手で創ったアンドロイドと対峙する。
創作者に依存する、いくつかの仕草をプログラムした。目を見つめれば、見つめ返す。手を握ると、微笑む。挨拶を同じ言葉で返す。これらが正常に作動すれば、問題は起きていないことがわかる。
ふと顔を上げると、アルフォンスの目も見つめ返した。プログラムは正常に作動した。涙が出そうだった。







エドワード・エルリック博士 特別研究日誌 2日目
"Alfonsは至って正常に稼働し、豊富な知識と能力を早くも披露し始めている。昨日よりも発音、イントネーションが滑らかに馴染み、普通の人間とほぼ変わらない仕草、しゃべり方で話す。オレの発する言葉には敏感に反応し、笑い、悲しみ、喜び、怒り、謝罪、礼儀の対応を確認することができた。
身体的能力は17歳男性の平均値である。試しにバスケットボールをしてみたが、大変いい動きだった。ここの部分だけを強化したモデルを創るとすれば、プロ選手のトレーニングに非常に高いレベルで貢献できるだろう。
当然ながら食事はしないので、排泄もしない。すっかり人間と同じように接してしまい、危うく忘れるところだった。ことによると、人間より良く出来ているかもしれない。
汗やその他一切の分泌物がないので、風呂に入る必要もない。しかし入りたがったので、怖かったが一緒に入って色々な物の説明をしてやった。幸い、故障は見られず、Alfonsも大変満足したようだった。必要がないのに、風呂をえらく気に入ったので、明日も入るつもりらしい。


ホーエンハイム博士はオレの能力を認めてはくれたが、Alfonsを創ったことは否定し続けている。とりあえず、Alfonsに敬語を止めさせなければならない。







耳を澄ましても、開けた窓の外でそよぐ風の歌声しか聞こえて来ない。太陽はこの部屋が白い壁だとわかるよう窓から光を差し入れ、ついでに窓際に座るエドワードの体を暖める。
部屋のメインは白い布団とシーツを敷かれたベッド、そこに眠り続ける一人の少年。彼の腕は点滴のチューブへと管が繋がれ、その痩せ衰えた肉体に生命を繋ぎ止める為の栄養が絶えず注ぎ込まれている。エドワードは6年間閉じたままの瞼を見やり、弟の見る夢を想像した。
そういえば、心電図の音が耳に届く。一定の間隔を保って響き続ける小さな電子音。日だまりがあまりにも心地よくて、耳に入らなかった。そう、まるで、楽園に居るとこんな心地なんだろうと思わせるような、日だまりだった。
エドワードは静かに頬を濡らす。神の啓示だとかいうやたら分厚い本に書いてあることを信じる訳じゃないが、自分は天国へ行けない気がする。それでもいい、と思っていたはずだが、人間という生き物はどうも欲深いらしい。
ベッドの端に虚しさを体現して横たわる、温かくも冷たくもないさらさらして骨ばった白い手を撫でて、「また明日な」と呟いた。窓の外で風が凪いだ。彼らを優しく見守るかのように。







その日の午後は、分析も記録も何もしたくなかった。研究施設の休憩所に行ってテレビを点けてみたが、つまらないコメディと安っぽいメロドラマとニュースしかやっていない。それはいつものことなのに、今日は絶望に近い感覚を味わった。
こんな日もあるよな、と自分に言い聞かせてため息をつき、ソファーにドサリと身を投げ出す。白衣をシワにすると怒る幼なじみがいるが、死んだ母と違って口うるさい女の言う事など聞いたことがない。彼女の場合は、聞かないとスパナが飛んでくるが。

『なんですか? これは』

施設の回りは殆んど知り尽くした筈のアルフォンスだが、目の前でテレビを点けて見せたことはなかったらしい。エドワードは憂鬱な自己分析を頭の隅に追いやり、説明してやった。

「……で、このボタンでチャンネルが変えられる」

退屈なコメディ、平凡極まりないニュース、ありふれたメロドラマ。
――愛してるの……!
――ダメだ……君を連れては行けない。

『"愛してるの"って、どういう意味ですか?』

テレビのリモコンを操作したアルフォンスが尋ねた。テレビの中で、男は去ろうとし、だが、すぐに振り返る。女は涙を浮かべ、悲しげに手を伸ばす。
――お願い。連れて行って。ずっと傍に居させて……、
エドワードはリモコンを使わずに電源を切って、立ち上がった。アルフォンスは黙ってその後を付いてくるが、きっと少々戸惑った表情をしているだろう。
しかし、それは感情からではなく、"尋ねたこと"に"返答"がないが故の理解できない空白をもて余しているからに過ぎない。喜怒哀楽をプログラムに組み込むのは簡単ではないが出来た。
おかげで、人間と同じように言葉を理解し、冗談を言われたら笑ったり、寝る前に電源を落とそうとすると寂しそうにしたりする。
しかしそれでも、自由な感情がある人間とは根本的に違う。アルフォンスは、何らかの理由によって返答を得られない場合があることを学んだ。







水には色がない。空は途方も無い量の塵――分子や微粒子――が光を反射しているおかげで、美しい青に見える。海はその空の色を映しているだけの、透明で巨大な鏡なのだ。
なぜ地球の大気が、散乱しやすいからといって青を選んだのかはわからない。もし宇宙の理が気まぐれだったなら、赤い空になっていたかもしれない、そんなことを一度考えだすと深みにハマっていきそうで、慌てて身をすくめこびりつきかけた思考を振り落とす。
エドワードはメンテナンスのため、アルフォンスの首の後ろにあるジャックにコンピューターから引っ張ってきたケーブルを繋いだ。

『ん……』
「どうだ?」
『問題ありません。続行できます』

メンテナンス中、虚空を見つめ、その奥で膨大な量のデータがうごめく瞳を、ずっと眺めていた。ふと青い光が収まり、自分の眼を間違ってやや濃いめにコピーしてしまったかのようなブラウンに戻る。

『終了しました』
「……」
『……エドワードさん?』

不安げな声が目の前で聞こえる。その整った唇を最後に、目を閉じた。瞼の裏に、同じ眼がよみがえる。自分の濃いめにコピーしたそれではなく、少し幼い本物の眼。

「アル……」

口をつぐんだ。アルフォンスは主人の様子が普段と僅かに違うことを認識しながら、返事をした。

『はい』
「……何でもない。お疲れさま」

コンピューターの電源が切れ、先程見た息を呑むような美しいブルーも、どこか彼方へ消えていった。誰のせいでもない。







絞りたてのオレンジジュースを食堂からもらってきたアルフォンスが研究室に戻ると、エドワードは実験台に突っ伏してうずくまっていた。

『エドワードさん。オレンジジュースです』
「ん……サンキュ。置いといて」
『……眠ったほうが、よいのでは?』
「寝てる」
『ええと。横に、なって』

返答に困ったアルフォンスは、肩に手を乗せてなんとか伝えようとする。エドワードは初めて気がついたかのように上体を起こし、暫くして小さく頷きながらオレンジジュースを飲み干した。

「そう、だな。……ちょっと寝てくる」

親指で仮眠室を指し、アルフォンスが理解したのを見ると欠伸をしながら怠そうに入っていった。一人残されたアンドロイドは、少し思案したのち、小さな音で廊下へ出ていく。
建物内の地図情報を更新しようとしたが、特に変化は見当たらないようだ。別棟の端まで来た時、看護師が小さな部屋から出てくるのを見た。その部屋の情報は無い。鍵もかかっていない引き戸をそっと開けて、中に入ると戸を閉めた。
誰もいない殺風景な部屋には、汚れを知らないベッドと専門的な医療用機器、チューブにつながれた少年がそこに横たわっていた。微かな呼吸を聞き取らなければ、まるで死んでいるような様子の少年は、エドワードと同じくらいだろうか、痩せこけた童顔のせいでもっと幼く見える。
そして、よく似ていた。崩れそうな体を、何本ものチューブで支え辛うじて生き長らえているのだろう。
アルフォンスはその顔をじっと見て、入ってきた時同様、ゆっくりと出ていった。知る者はいない、静かな午後だった。







街は休日を楽しもうとする人々であふれ、どこの店も満員だった。エドワードはやれやれとばかりにため息をついて駅前の木に寄りかかる。

「ため息を吐くと、幸福が逃げるぞ」

背後から急に現れる常習犯には、散々脅かされてきたせいで今さら驚いてやる気がしない。平静を装って文句は「遅ぇ」だけにした。

「それで? やっと会えたのに恋人らしい一言もなしか?」
「黙れくそ大佐」
「おやおや、随分とご機嫌斜めだな。八つ当たりは御免だぞ」

何軒めかのレストランに空きのテーブルを見つけて、二人はやっと昼食にありついた。

「会わせたい奴がいる」
「ほう。珍しいな」
「……やっと、出来たんだ。今のところ、正常に稼働してる。日常補佐のモデルだ。応用すれば秘書だけでなく、介護、軍のオペレーターや連絡係だってできる」

ロイの目の色が変わった。

「今、来てるのか?」

優秀な頭脳の中では、どうやって恋人を褒め称えようか、軍用のモデルを試作してもらうべきか、などと考えが目まぐるしく動いている。

「ああ。ちょっと待って」

やつれたように見えたのは、睡眠不足のせいかと納得する。携帯電話で簡単な操作を終えたエドワードに声をかけようとした時、彼の肩越しにアルフォンスが店に入ってくるのを見て、ロイの笑顔は凍りついた。忠実な人形は二人の座るテーブルの横まで来て、立ち止まり微笑を浮かべる。

『エドワードさん、お待たせしました』

ロイの表情を予測していたのか、反応を見てもエドワードは驚かずに、やや焦ってひきつった微笑を浮かべる。とても直視できるものではなかった。
嘘をついて驚かせようとしたのか、とも考えた。しかしアルフォンスは明らかに違和感を放ち、不自然に存在している。

「君は……何を、したか、分かっているのか?」

やっとのことで口から出た台詞に、エドワードは俯いた。吐き気がする。席を立ち去るロイを止めずに、エドワードは1/3ほど残ったランチセットを眺めていた。

『エドワードさん。どうしたの?』

アルフォンスは先程までロイがいた椅子に座り、手に触れる。触られることは今は苦痛になりそうな予感がしたが、温かくも冷たくもない手はそのままにしておいた。

「いいんだ。……これで。大丈夫」

冷めたランチとチップ付きの代金を誰もいないテーブルに残して、店を後にした。オーナーとシェフに、罪悪感を感じながら。







深夜、というよりもあと数十分で明け方と呼ぶほうが相応しい時間に、エドワードの携帯電話が着信を知らせた。

『電話です』
「ああ」
『なぜ、出ないの?』
「かけてンのが誰だかも、用件もわかってるからさ」

アルフォンスはコンピューターに接続され、彼のプログラムの一部を更新しながらエドワードが答える。その声は何の感情も読み取れない。

『じゃあなぜ、相手のひとは、エドワードさんが知っていることを知らせようとしているのですか?』
「さあ……なんでだろうな」

疲労と怠惰が答えを濁したのはわかったが、その他に感情が垣間見えた気がして、その一瞬を録画したビデオを繰り返し何度も再生するように、アルフォンスは分析して理解しようとしたが、いつまで経ってもよくわからなかった。

「終わったぞ」

エドワードはケーブルを抜いて、人工皮膚と同じ肌色に塗ってあるジャックの蓋を閉めた。まばたきをして、首を鳴らすアルフォンスの仕草は、とても自然に見える。この一週間で彼は環境に馴染み、研究所内の人間も彼がいることを受け入れ、彼は沢山の知識を得た。

「あいつは嫌味ったらしくて、人が嫌がる事をわざとする。だからまだ独身なのさ」

あいつはオレが知っているということを、知らないんだろ。そう言えばもっと単純に済ませることができたのに、そうしなかったのは、本当に甘えと弱さのせいなのだろうか。

『エドワードさんを苦しめるなら、僕が電話に出ます』

あまりにも真剣な目をしているので、つい笑ってしまったが、アルフォンスはその意味を理解できただろうか。

『なぜ笑うのです』
「いや……いいんだ。ごめん。ありがとな」

その柔らかい人工毛髪を撫でて、エドワードは微笑みかける。その笑顔が、喜んでいるようにはどうしても認識できなくて、アルフォンスは困惑した。原因さえ不明だが、今にも泣きそうに見えたから。







雨粒が地面を叩き、屋根から雨どいを伝って小さな滝のように流れ落ちる様を眺めながら、アルフォンスはデータを整理していた。後ろでは、ヴァン・ホーエンハイム博士が、自身が得意とする人工臓器の新型を微調整をしている。
この部屋――白髪が混じり老眼鏡をかけつつも脳には全く変化のない彼の研究室に入った際に、その新型は従来型とは訳が違い、他の機器に左右されずハッキング 防止に何重にもプロテクトがかかり、よほど凄腕のハッカーでも突破する前に警備会社へ連絡が行くほどの逸品である。

「なあ、だいぶここの暮らしには慣れたか?」

この人はいつも、十分に力を持っているにも関わらず相手の顔色を伺うような話し方をする。

『はい。おかげさまで』
「そうか、それならいい」

作業を続けながら視線を動かさずに言うその姿は、どこかにとんでもない秘密を隠しているような印象を与える。アルフォンスは暗い窓に映る自分の顔を見つめた。

『あの。聞いても良いですか?』

強い雨の音に混じって、小さな金属の部品が擦れ合う音がする。

「ああ、なんだ?」
『この間、別棟に行きました。特別治療室に、16歳くらいの男の子が昏睡状態で横たわっていました』

別棟という言葉を耳にした時点で、ホーエンハイムは手を止めていた。何を口にするべきか迷いながらゆっくりと振り返る。アルフォンスは窓を見つめ続けていたが、ホーエンハイムの表情を分析していた。

『あの人は誰ですか?』

好奇心のようなプログラムによって生まれた、些細な質問。だがそれは、重大な意味を含んでいる。可哀想なアンドロイドは、そのことを理解するのだろうか。

「あれは、おれの息子だよ。大事な……」

アルフォンスの情報収集能力と、その分析能力は素晴らしく精巧に造られていた。しかし、真実を知ったところで彼には感慨すらない。
ホーエンハイムは心の中をのたうつ何かを言葉にしようと口を何度か開いたが、喉の奥でヒューヒューと微かな音を出す程度しかできず、やがて諦めて作業へ戻った。先刻よりも雨脚は弱くなり、やがて静寂が訪れるまで、アルフォンスは窓を眺めていた。

「できたぞ」

卓上の蛍光灯の下で鉛色に輝くそれに向けられた言葉はほぼ独り言だ。翌朝、その心臓は特別治療室へ運ばれた。







街に行ってみたいと言い出したアルフォンスを、エドワードは驚いて見つめた。自分から何かを希望するとは思っていなかったし、特にプログラムした覚えも無かったからだ。これは一体どういう仕組みで働いているのだろうかと、興味津々でノートを取り出しながら、希望を叶えてやることにした。

「この間はすぐ帰っちまったからな。聞きたいことがあったらなんでも聞いてくれよ」
『はい。ホーエンハイム博士に、電球を買ってくるよう頼まれました』
「はは、そうか。わかった、帰りに買おう」

エドワードの私用で使う車に乗り込み、アルフォンスにエンジンのかけ方から説明しながら出発すると、街に着くのがあっという間にと言うほど早く感じた。

『街というのは、なんの為に在るのですか?』

街の入り口に駐車して、休日に相応しく賑わう大通りを歩きながら二人は質疑応答を繰り返す。

「そうだなー。人間が、情報を集めたり生活に必要な物を売買したり娯楽を楽しんだりする為かな」
『ゴラク?』
「ああ、えーと……色々な形があるんだ。映画を観たり、生活には必要じゃないけど美しい物を買ったり。本とか」
『エドワードさんが好きな娯楽はなんですか?』
「オレ? そうだなぁ……」

訊かれて困ってしまった。この数年、ずっと研究所にこもりっきりで、最近は自宅にすら帰っていない。あの日から娯楽など、何をするか忘れてしまうくらい、縁の遠いものになってしまった。
適当に答えを取り繕おうとした時、車道を挟んだ反対側の歩道に、見知った顔を見つけた。今日のデート相手らしき若い女性と歩いているが、沈んだ表情をしている。
大佐はいつも、コネを持続させるために街中の女性にごまをすっているが、何か事件があった時にはその情報網が非常に役立つ。わかっていてもエドワードはロイが女性と喫茶店に入るのを見届けながら、胃袋に圧迫感を感じた。あれから連絡を取っていない。
踵を返して歩きだしながら、視界が回らないように落ち着けと自分に言い聞かせた。

「帰ろう」
『まだ電球を買っていませんが』

もしアルフォンスに心があったなら、エドワードの表情や声のトーンを読んで心情を多少察することが出来ただろう。
エドワードはアルフォンスを一瞥し、無言のまま車に向かって速足を進めた。アルフォンスは理解できないまま、電球の件は保留にして後を追う。彼はこのことを、"返答がない場合の事例"に加えた。







ガラス張りの廊下に面したこの部屋の窓から、角を曲がった先にある研究室の開きっぱなしのドアが見える。その奥に、コンピューターに向かうエドワードの背も見えた。
ホーエンハイムが廊下の向こう端から現れ、速足で研究室へ入っていくなり両手を広げて何か大声を出した。エドワードは驚いて振り向く。彼が父親の話を聞くのに手を止めるのは珍しいことだと気がついた。
ホーエンハイムはなにか良いニュースを伝えようとしているが、エドワードにとってそれは全く同じように良いニュースではなく、悲しみも含んでいるらしかった。俯くエドワードの前に両膝をついて、ホーエンハイムは説得するか懇願するかのようにして目を覗き込む。
一度だけエドワードが口を開き、しばらくしてから小さく頷いた。ホーエンハイムは息子を抱きしめ、立ち上がって部屋を出ていく。
閉まる寸前のドアの隙間から、椅子に座ったまま体を折って頭を抱え込むエドワードの姿が見えた。ホーエンハイムが研究室に戻った時のドアの開閉音で、やっと聴覚が戻ったような感覚に陥った。

「なんだ、ここに居たのか」
『はい』

ホーエンハイムは忙しなく机上の書類をひっくり返し、戸棚をいくつか開けて薬や何かの液体が入った小瓶を数個持ち出し、最後に人工臓器が収納されたケースを掴んだ。心臓は完成したのだ。

「手術は明日だ。新しい友達ができるぞ」

アルフォンスはホーエンハイムが手放しで喜べない何かを抱え、その何かのせいで表情に狂気じみてもいる影を落としているのを見た。見たが、その何かが何なのかまでは理解が及ばなかった。
もしかして、とホーエンハイムが閉めていったドアの向こうで遠ざかっていく足音を聞きながら、アルフォンスは考える。人工臓器を埋める手術は大変危険で、万が一どこかで不都合があった場合、生命に危機がもたらされる。
その確率はホーエンハイムの技術と能力をもってすればどの外科医に任せるより低いはずだったが、彼は自信が崩れたら、もしも失敗したら、というようなお決まりの不安によって、これから地獄へ行くような顔をしていたのかもしれない、と思った。
しかしアルフォンスは、その分析が正しい確率のほうが低いことを知っていた。そしてそれは翌朝9時ちょうどに、大天使が刻印をきざむかのごとく確定した。少年は正確に動く心臓を得て、混沌と絶望の淵から帰還したのだ。







術後の経過は驚くほど順調で、看護婦が居たら二重丸よりも花丸を付けただろう。エドワードは毎日、朝と昼と夜に、様子を見に別棟へ行った。少年はみるみるうちに体力を取り戻し、意識が戻り、目を醒ました。
錠剤とチューブの数が減り、口からスプーンを使って固形物を食べるようになり、自分の足で立ち上がることが出来るようになった。一般的な17歳の少年と変わらずに会話し、相手を理解し、行動した。
しかし彼はただ一つ欠けていたのだ。

「今日はほら、寒いから、これを着てろよ」
「うん。ありがとう」
「秋も終わりだな。雪が積もる前に街へ連れてってやるよ」
「うん」

エドワードは弟の欠落に気づかないふりをして過ごした。彼にとっては、弟が五体満足に息をして自分で歩けてその声を聴くことができて手を握り返してくれるだけで、十分だった。
これ以上何かを望んだら望んだものさえもすべて失ってしまいそうで怖かったのは事実だ。しかし彼は、弟の目に光を見いだせないせいで、以前よりも疲弊していった。

『エドワードさん』
「あ、ああ……どうした? メンテナンスか?」

午前中探し回って、やっと見つけたのは、別棟の廊下に置かれたベンチで横になっている姿。場所と、微睡み始めていたところを見ると、昼食の後のリハビリが終わった頃から夜までの、弟の自由時間に一緒にいられるよう、明け方まで仕事をしていたのだろう。

『メンテナンスが必要なのはエドワードさんのほうです』
「なんだそりゃ」

欠伸混じりに、呟いて体を丸める。

『こんなところでは、体が冷え、痛くなります。せめて仮眠室へ』

返答の代わりに、規則正しい寝息が聞こえてきた。やや思案したあげくアルフォンスは彼の弟の病室へ、予備の毛布を取りに行った。ノックをすると、「どうぞ」の声。
つい数週間前までは昏睡状態になっていたとは思えないほど回復した少年は、ベッドの上で朝食を終えたところだった。
兄は何も言わなかった。自分と同じ顔の機械が存在することなど。

「誰……?」
『エドワードさんが寝てしまったので、予備の毛布をお借りします』

収納を開け目当ての毛布を出し閉める間、沸騰した湯に沸き上がる泡のように、次から次へと疑惑が浮かんでは消えていった。ゆっくりと体を横たえ、深く息を吐く。吐き終えて、兄がどんなに思い詰めた6年間を過ごしてきたかに思い至った。

『ありがとうございます』

滑らかな機械の声が言って、出ていった。驚いたが、不思議と何も感じない。兄ではなく自分がおかしいことに、やっと気付いた。







エドワードが12歳の誕生日を迎えた日、父と母は上機嫌で街へ連れて行ってくれた。弟は兄の嬉しそうな顔につられて笑い、それが嬉しくてくすぐってやった。今までで最高の誕生日だと思った。
父親は寡黙だったがいつも静かに微笑んでいたし、母親は優しく頭を撫でてくれた。弟は生まれつき心臓が弱く、運動を控え物静かに育ったが、持ち前のヒマワリのような明るさと優しさは母親譲りで、父親の妙に頑固なところもそっくり持っていた。
車を停めて大通りへ出た家族は、科学設備に貢献したことで名が知れ、顔をみれば町中が笑顔で挨拶を返してくれる。誰もが羨む理想の形は、長く続かないのが常である。
プレゼントを選べと言われて有頂天になったエドワードは、跳ねるようにして通りを横切った。慌てて母親が追いかけるところへ、やや不作法な乗用車が向かい、その運転手が欠伸混じりにアクセルを踏んだ時が最後だ。
緊張感の薄い運転手が欠伸をした数十秒、車道を横切ったことは"運が悪かった"と言ってもいいだろう。優しい母親は二度と息子に触れることなく旅立って逝った。
だが、それを目の前で見た弟の心臓が激しい動悸と圧迫に耐え兼ね、一時的に機能を停止したのはどうだろうか。いつも落ち着いている父親が取り乱して弟と母親の間で泣き叫び狼狽えるところまで、エドワードは通りの反対側から眺めていた。足は鉄で出来ているかのように動かず、思考は停止してパニックを起こすことすらできないでいた。
運転手が降りてきて狼狽えながら自分に、そして通行人に救護を頼む父親と、ただの傷付いた肉体となった母親に、話しかけどうすべきか必死に考える中で、傍観者のような宙をさ迷う存在に感じた。
何分たっただろうか、実際には何十秒だったが、エドワードは我に返り、母親に駆け寄ってつい数週間前に本で覚えた心肺蘇生を試みた。父親に呼ばれて初めて、母はもう戻らないのだと悟り、泣きながら弟のもとへ行った。サイレンが聞こえ、救急隊員が降りてきても、エドワードは手を止めなかった。







一定の間隔を保って微かな寝息をたてる少年を、アンドロイドがじっと見つめていた。その空っぽの心臓には、何も無い。病室の壁に掛けられた時計の針は午前2時17分を指している。
研究施設内のネットワークに常時LANアクセスできるアルフォンスの時計は、2時16分34秒を過ぎたところだ。
意識を向けると、ベッドの上に正確に機能する心臓を認識できる。厳重なプロテクトがかかっているので中に入ることはできないが、どのようなプログラムを施されているか読み取ることができるので、もし問題が発生したら真っ先に突き止められるだろう。
異常がないのを確認して、アルフォンスは目を開いた。数分前とどこも変わらない病室の景色。明かりは全て消され、白いベッドだけが仄かに浮かんでいる。
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不意に、バグを起こしそうになった。顔が――0.5秒毎に違う日のエドワードが現れ、消えていく。フォルダをひっくり返して大量の小さな紙片が出てきたみたいに、それはしばらく続いて、そして終わった。
洪水のような混乱を前に立っていたアルフォンスは、このまま全てのデータを失ってしまうのではないかという恐怖に襲われ、走り出したい衝動に駆られた。
これは当然、彼にとって初めて且つ極珍しい出来事だった。故障かもしれない、とアルフォンスは思った。だが、どこも異常は見られない。
今考えていた事だって、理論も理屈も正しい。しかし、わからないことが一つあった、原因である。
毎晩ここで彼の寝息を聞きながら暁の光を待つうち、どこかがウイルスに侵されたのだろうか、などとあり得ないとわかっていながら思考を組み立てては苦笑して崩す。
ふ、と口角を上げ眉を下げて、ショートしそうなほど驚愕した。これはなんだ? いま、何をした?







エドワードの脳内は自分の作ったアンドロイドが悩んでいるかどうかよりも、弟が心を閉ざしたままである事で占めていた。肉体は健康そのもので、あと数日で安静にしている必要も無くなる。
検査はすべて終了し、全ての項目に丸が付けられた。それなのに、弟は弟ではない。あれほど望み、6年間の全てを費やして捧げてきたエドワードにとってこれは贖罪の花が開ききっていないことを意味した。
枯れてしまう前につぐないきれるのだろうか?
水の探し方もわからない砂漠で、エドワードは途方に暮れていた。終わらせることは容易い。

「……散歩に、行かないか?」
「うん、いいよ」

ロイはさぞ、自分に腹を立てているだろう。期待を裏切ったエドワードを許すことも叱ることもできず、彼の唯一の美徳である強いさから成る優しさによって、何も言わず放って置かれているのだ。その感謝の念が、か細い火に囲いを作り、吹きすさぶ風から守っていた。

「オレは最低だよ」

その自嘲は隣を歩く弟の耳にも届いたはずだが、彼は口を開かなかった。エドワードは振り返って表情を伺う自分が、恥にまみれていると知って顔を赤くしたが、知ってからは逃げないと決めた。

「なあ、アル」

立ち止まると世界も立ち止まって見守っている。だがその視線はどこまでも冷酷で無情だ。

「僕は……?」

その先に続く言葉を想像して青ざめたエドワードの前で、それ以上何も言わず弟は崩れた。

「アル! おい、しっかりしろ! ……くそっ!」

脱け殻のような体を抱き上げて、別棟へ急ぎ戻る。喉が詰まり鳩尾は圧迫され目の奥がきりきりと痛んだが、水はどこを探しても出てこなかった。







雨が降っていた。窓を流れる水を通して灰色の景色を眺めながら、佇む姿は、人間と変わらない。

『エドワードさん』
「ん、なんだ?」

キーボードを叩く音が雨音に混じり、響いている。

『この大地の向こうには、海があるんですよね』
「あ?」

唐突に当たり前の事を訊かれると、理由が気になってしまうのが人間の性である。

「ああ、そうだ。どうしたんだ?急に」

椅子をくるりと回して体ごと向き直り尋ねると、アルフォンスも窓から離れて向き直った。

『海に行ってみたいんだ』
「……なんで?」

笑みを浮かべて聞くエドワードは、熱心な研究者の顔である。このアンドロイドがどのように機能しているのかが、目下のところ一番興味のある事柄だった。

『僕は……』

アルフォンスは少し迷ってから、ごく真剣な顔でこう答えた。

『耐水性についての完璧なレポートに貢献できます』

エドワードは笑った。ずいぶんと生真面目な顔が、おもしろかったのだ。

「ああ、いいよ。必ず行こう」

エドワードは半分以上、本気で答えた。なんだか嬉しくて笑顔のまま、再びキーボードに向かう。アルフォンスは全てを言わなかった。
“ただの好奇心”という名の貝殻を拾って、見つからぬようポケットに隠したのだ。







なんとか弟は再び呼吸をしていた。数人の、父親が雇っている研究員たちの力を借りて。このままでは生きているのか死んでいるのかわからないまま、衰弱してゆくだけだ。病室を出て頭を冷やそうと珈琲を淹れに歩きだし、アルフォンスと出会した。

『……大丈夫?』

持って歩き回ったせいで冷めた珈琲を差し出され、理由なくその頭を撫でた。「お前なんか創るんじゃなかった」と口に出して言えるわけもなく、珈琲をすする。

『彼は死ぬのですか』

問われたその言葉に自分でも驚くほど動揺したのは、そのことを考えないようにしてきたからか?
誰もそんなことは望んでいないはずだ。まして目の前のアンドロイドは感情を持たない。でも今は、見つめ返してくるくすんだゴールドのほうが人間らしく見えた。
感じた、といったほうが正しいかもしれない。現実と妄想の区別はつけられるはずだ。

「わからない……」

抱き締めたい衝動を無理矢理押し込め、自己憐憫に浸って泣こうとしたが渇れている。アルフォンスが口を開いた。

『僕なら彼を助けられる』

目を見張ると、渇いた粘膜がひきつった。

「な……お前、何……」

そんなに簡単なことなら是非頼みたい。そう思った次の瞬間、混沌から現れた事実がエドワードを釘付けにした。それは希望でも絶望でもなく、光も闇も纏っていない、ただ真実であるだけだった。

『そう、僕が彼の中に入って、欠陥を修復します』
「そんなの……」
『大丈夫』

制止を遮り、アルフォンスは続ける。彼自身、この考えがどこから生まれたのか理解していなかったが、そんなことはもうどうでもよかった。

『僕は生命を持たないマシン。あなたのような能力があればいくらでも創れます。実際、僕は日常生活の補佐や介護を目的としたアンドロイドのプロトタイプとテストモデルを兼ねている。量産の企画も進んでいる』
「それとこれとは……!」
『違わないよ。そうでしょう?』

ゆっくりと、真実の波が押し寄せ、今まで砂浜に並べたものを海の底へ流していく。エドワードは足元を見たがもう、何も残っていなかった。

『エドワードさん。僕はあなたの役に立つよう創られました。今が、その時です』

自分で造ったプログラムのことは、当然ながら熟知している。引き留める方法を探し考えながら、言う通りなのかもしれないと言う声が心のどこかで聞こえた。
全てを否定してやりたかった。できないこともわかっていた。理由はもう、何の意味も成さない。

「……っ待て! アルフォンス!!」
『やっと、名前を呼んでくれたね』
「っ……!?」

アンドロイドは笑った。そして、 コアの中にあるプログラムを丸ごと転送する。

「やめろ――!」

冷めた珈琲が、陶器の破片と共に床に拡がった。





海を前に、エドワードは力なく膝をついていた。潮風と空虚に、白衣の裾がたなびく。一体どうしたら、良いのだろう。静まり返った心の中ではただ波が満ちては引いた。
アルフォンスが脇を通り抜けて行った。彼は海へ入っていく。

「だめだ。行くな」

頭の中では、耐水性に対しては自信のある出来だと自負していたから大丈夫だと確信していたが、心は迫り来る不安を訴えている。

「行くな。行くな。アルフォンス……!」

アルフォンスは振り向くと笑った。その顔は弟ではないとはっきり判る。空を映す海のような眼を印象に残す、瓜二つの別人だった。
なにかを言いかけ――声帯が音を作り出す前に、波に飲まれて見えなくなった。もしも自分の作りが完璧でなかったら、機械の内部は浸水しデータは全て消滅してしまう。

「アルフォンスーッ!」

エドワードは動けなかった。必死にもがき、海の中へ入って、確かめたかったのだが、どうしても身動きが取れなかった。

「兄さん」

いつの間にか、弟が彼を抱き留めていた。

「僕はここに居るよ」

目が醒めた。あの海が代わりにさざめいていたので、エドワードは涙を流さなかった。





起動する前の状態のようなアルフォンスを抱きかかえ床にうずくまる。夢を砕き現実を語るのは白衣に付いた茶色い染みと、中身の無いブレイン・コア。研究員たちが脇を駆け抜けて行った。
振り向くと、弟の病室に数人の研究員とホーエンハイムが入っていき、すぐにその中の一人が出てきて駆け寄った。

「エド、アルフォンスの意識が戻ったぞ!」

エドワードはアンドロイドを横たえゆっくりと立ち上がり、ふらつく足で病室に向かった。研究員と看護婦が、検査の準備をしている中で、弟――アルフォンスが寝ている。ホーエンハイムが側にいた。その反対側に床に膝をついて、エドワードはベッドへかがみこむ。

「アル……オレだ、わかるか?」

アルフォンスはぱっちりと目を開き、兄を見るなり微笑んだ。

「エドワード……兄さん」







何一つ変わらなかった。彼が居た場所に弟のアルフォンスが居るだけ、しかしそれも本来はアルフォンスの場所なのだから、元に戻ったと言ったほうが正しいのである。
だが、エドワードは否定したい気分に駆られて研究所を出てきた。とても仕事なんて出来やしない。車をだらだらと走らせ、一時間後には砂浜に立っていた。押し寄せる波を眺めていると、今にも沖のほうから彼が何食わぬ顔で現れるのではないかと思った。
望んでいたかもしれない。望むことが間違いだと訴え、芽生えた闇の花を握りつぶす自分もいた。
作り方まで覚えている防水システムと耐水加工の人工皮膚では、24時間以上水没してしまったら助かる見込みはないのもわかっている。だがそれ以前に、そもそも海になんて、来たことはなかった。

「……兄さん」

飛び上がるほど驚いたのをうまく隠して、背を向けたまま黙っていると、アルフォンスは隣の砂浜に腰をおろした。
聞こえるのはゆるやかに寄せて返す波音のみ、水平線は遠く、太陽は分厚い雲に遮られ鈍い光を放っている。それでも、美しかった。

「アル……」
「僕ね、夢を見ていた気がするんだ」

腰を下ろし、オレは、と言いかけて、それをわざと遮るようにアルフォンスが口を開いた。

「……夢?」
「長い長い夢だったよ。兄さんがずっと側にいてくれた。僕は兄さんの役に立ちたいんだけど、うまくいかないんだ」

当惑して、改めてアルフォンスを見る。自分よりも母に似た細い面、父親ゆずりの強い意思を湛えた黄金色の眼と髪は自分と同じ。

「兄さんを困らせてばかりだった。僕は海に行きたくて……」

いつのまにかエドワードは頬を濡らし感情の洪水に巻き込まれていた。気付いて心配そうに覗き込む弟の手をつかみ、大丈夫だと頷いてみせるが、涙は止まらない。止め方もわからなかった。

「ちが……うんだ、アルフォンス……オレは困ってたんじゃな……」
「兄さん?」

怪訝な顔もぼやけ、自嘲したくとも笑えない。

「側にいてくれたのは、お前の方だよ……」

アルフォンスはおぼろげな記憶をそっと箱にしまいこみ、鍵をかけた。静かに泣きつづける兄を抱いて、海が赤く染まるまで、黙って潮風に吹かれ、そして思った。
これからは強く生きていける。どんな間違いを犯しても、償うことはできるのだ。
海の底で、青い光が瞬いた。

砂浜に崩れた影はエドワードひとりだけだった。





END.




2012/06


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